第6話 説明を求められましても
第6話 説明を求められましても
神殿省本庁からの緊急通達を送信し終えたあと、辺境神殿の受付には、しばらく沈黙が残った。
勇者アレクシス・グランヴェルは、まだ俺を睨んでいる。
聖女ルシアは俯き、賢者セドリックは何かを考え込んでいた。
戦士ライネルは、窓の外を見ている。
リナリアだけが、俺と水晶板を交互に見ていた。
「あの、ロレンツさん」
「はい」
「本庁に、あんな返事をして大丈夫なんですか」
「事実を書きました」
「でも、敵味方は審査項目ではありません、って」
「事実です」
「怒られませんか」
「怒られる可能性はあります」
「ありますよね……」
リナリアは不安そうに肩を落とした。
その横で、アレクシスが吐き捨てる。
「当然だ。魔王軍の攻撃を承認したんだぞ。怒られるに決まっている」
「条件付き承認です」
「同じだ!」
「違います」
「違わない!」
アレクシスは受付机を叩こうとして、途中で手を止めた。
さっき注意されたのを覚えていたらしい。
少しだけ学習している。
その時、水晶板が震えた。
神殿省本庁からの追加照会だった。
《追加照会》
《魔王軍第三軍団による黒炎結界の承認について、詳細説明を求めます》
《確認事項一:承認理由》
《確認事項二:条件設定の根拠》
《確認事項三:王国軍側被害への見解》
《確認事項四:勇者アレクシス一行への説明状況》
「来ました」
リナリアが小さく言う。
「怒ってますか?」
「文面上は、怒っていません」
「文面上は」
「文面は大事です」
俺は返信欄を開いた。
まず、承認理由。
申請内容に不備がないこと。
対象範囲が軍事施設に限定されていること。
民間区域、治療施設、水源、農地が対象外であること。
持続時間と撤退条件が明示されていること。
事後報告義務を付したこと。
条件違反時には大規模権能申請停止を明記したこと。
そこまで入力して、確認する。
「長いな」
ライネルがぼそりと言った。
「説明なので」
「俺なら途中で読むのをやめる」
「読む人に向けて書いています」
セドリックが少しだけ笑った。
アレクシスは笑わなかった。
「王国軍側被害への見解、ですか」
ルシアが静かに言った。
俺はうなずく。
「はい」
「そこは、どう書くんですか」
「想定被害は軍需物資の焼失および兵站路の一時封鎖。人的被害は少数負傷の可能性あり。ただし、申請上は非戦闘員被害なし。承認条件に治療施設への延焼禁止を付しています」
「……人が傷つくかもしれないんですよね」
「はい」
ルシアの声が少し沈んだ。
その問いに、受付の空気が少し重くなる。
俺は水晶板を見た。
「だから、条件を付けました」
「条件を付ければ、いいんですか」
ルシアの問いは、責めているというより、迷っている声だった。
アレクシスのように怒鳴るより、少しだけ答えにくい。
「いい、とは言いません」
俺は言った。
「ただ、条件なしで撃たれるよりはいい」
ルシアは黙った。
俺も、それ以上は言わなかった。
今は、説明を書く時間だ。
俺は返信を完成させ、送信した。
《承認理由、条件設定根拠、被害見解、勇者一行への説明状況を送付しました》
水晶板の光が消える。
「これで終わりですか?」
リナリアが聞く。
「いえ」
「まだあるんですか」
「たぶん、まだあります」
その言葉どおり、数分もしないうちに、別の通知が来た。
差出人は、魔王軍第三軍団。
アレクシスが身構える。
「また魔王軍か!」
「使用後報告です」
「早すぎるだろう!」
「六時間以内と条件を付けました」
「早すぎると言っている!」
「早い分には問題ありません」
俺は報告を開いた。
《黒炎結界 使用後報告》
《使用者:魔王軍第三軍団》
《使用権能:黒炎結界》
《実使用時間:十一分四十二秒》
《対象:王国軍補給倉庫三棟、兵站路一部》
《民間区域への拡大:なし》
《治療施設への延焼:なし》
《水源・農地への影響:なし》
《白旗確認:なし》
《非戦闘員被害:なし》
《王国軍負傷者:軽傷三名》
《魔王軍側負傷者:なし》
《条件違反:なし》
《添付資料:発動範囲図、終了時刻記録、被害確認書、観測班報告》
俺は、少しだけ黙った。
「どうした」
セドリックが聞く。
「報告が整っています」
「またか」
「はい」
リナリアが画面を覗き込む。
「十一分四十二秒って、十二分以内ですね」
「はい」
「治療施設も燃えてない」
「はい」
「白旗もなし」
「はい」
「ちゃんと守ってますね」
「感心するな!」
アレクシスが叫ぶ。
だが、さっきより声に勢いがなかった。
セドリックは水晶板の報告を見ながら、低く言った。
「条件違反はないな」
ライネルも頷く。
「補給倉庫だけか」
ルシアは、軽傷三名の文字を見ていた。
「怪我人は出ています」
「はい」
俺は答えた。
「ただし、申請時の想定範囲内です」
「想定していれば、いいんですか」
また、ルシアの問い。
俺はすぐには答えなかった。
水晶板の中には、整った報告がある。
民間被害なし。
条件違反なし。
使用時間内。
撤退条件遵守。
すべて、正しい。
正しいのに、軽傷三名という文字だけは、そこに残る。
「よくはありません」
俺は言った。
「ですが、報告されなければ確認もできません」
ルシアは何も言わなかった。
アレクシスが苦々しく吐き捨てる。
「魔王軍を褒めるのか」
「褒めてはいません」
「なら何だ」
「報告を確認しています」
「同じようなものだ」
「違います」
アレクシスは歯を食いしばった。
俺は魔王軍の使用後報告に確認済みの印を付けた。
《使用後報告:受領》
《条件違反なし》
《次回申請時、今回報告を参照可能》
送信。
これで、魔王軍の黒炎結界案件は一応閉じた。
そう思った直後、水晶板がまた震えた。
リナリアが小さく呻く。
「今日は、よく鳴りますね……」
「そうですね」
今度の通知も、魔王軍第三軍団からだった。
ただし、使用後報告ではない。
《来訪申請》
《申請者:魔王軍第三軍団副官 エルバート》
《目的:黒炎結界承認に関する謝意、および今後の権能申請手続の確認》
《来訪希望場所:辺境神殿》
《来訪希望日時:明日午前》
《随行員:二名》
《武装:儀礼用短剣一本。封印済》
《敵対行動:なし》
《滞在予定時間:三十分》
《持参資料:今後の申請予定一覧、非戦闘員保護方針、権能使用担当者名簿》
《手土産:焼き菓子》
受付が静まり返った。
リナリアが、最後の一行を二度見した。
「手土産」
ルシアも小さく呟いた。
「焼き菓子……」
セドリックは額に手を当てた。
ライネルは、少しだけ目を細めた。
アレクシスは真っ赤になった。
「却下しろ!」
「まだ審査中です」
「魔王軍を神殿に入れる気か!」
「来訪申請ですので」
「敵だぞ!」
「敵味方は審査項目ではありません」
「それを何度も言うな!」
俺は申請内容を確認した。
目的あり。
日時あり。
随行員数あり。
武装申告あり。
滞在時間あり。
持参資料あり。
手土産あり。
「……不備はありませんね」
「またか!」
アレクシスの叫びが、辺境神殿の受付に響いた。
リナリアは、何とも言えない顔で水晶板を見ていた。
「ロレンツさん」
「はい」
「魔王軍の人って、受付、するんですね」
「申請上は、そうなっています」
「勇者様より先に」
「順番としては、そうですね」
アレクシスが何か言おうとした。
だが、その前に、俺は受付票を一枚取り出した。
「リナリアさん」
「はい」
「明日、来訪者があります」
「魔王軍ですよね」
「はい」
「受付で止めますか」
「止めます」
「ですよね」
俺は水晶板に返信した。
《来訪申請:受理》
《条件:武装封印の確認、入口での受付、滞在時間三十分以内》
《敵対行動があった場合、即時退去》
《手土産については、内容確認後に受領可否を判断》
送信。
水晶板の光が消える。
受付には、まだ勇者パーティーがいる。
明日は魔王軍の副官が来る。
神殿省本庁からは、追加の照会が来るだろう。
俺は、机の上に残っていた書類を見た。
『橋の補強願い』
まだ処理できていない。
「……まず、橋ですね」
俺は書類を手に取った。
リナリアが遠い目をした。
「明日、勇者様と魔王軍が同じ受付に来るんですよね」
「そうなります」
「辺境神殿って、こんな場所でしたっけ」
「私も昨日来たばかりなので」
アレクシスが低く唸った。
「ロレンツ……お前、絶対におかしいぞ」
俺は書類に目を落とした。
橋が危ないので何とかしてください。
気持ちは分かる。
だが、補強範囲が書いていない。
「リナリアさん」
「はい」
「この橋、どの橋ですか」
「えっと、たぶん南の小川の橋です」
「たぶん、では通りません」
「ですよね……」
勇者がいても。
魔王軍が来ても。
神殿省本庁に説明を求められても。
橋が危ないなら、橋の申請は処理しなければならない。
世界は、思ったより忙しい。




