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4話 勇者様、受付で止められる

勇者様、辺境神殿に到着です。

聖剣はまだ光りません。

4話 勇者様、受付で止められる


翌朝。


辺境神殿の前で、リナリアは固まっていた。


「ロレンツさん」


「はい」


「本当に来るんですよね」


「神殿省本庁の連絡では、そうなっています」


「勇者様ですよね」


「はい」


「私、受付で止めるんですよね」


「お願いします」


リナリアは両手で受付机の端をつかんだ。


顔が青い。


「無理かもしれません」


「無理なら呼んでください」


「最初から呼んでもいいですか」


「受付をお願いします」


「はい……」


俺は昨日から残っている書類を確認していた。


家畜小屋の魔除け。


古い祠の修繕相談。


橋の補強願い。


井戸水の再調査。


昨日の低位治癒の経過報告。


勇者が来るとしても、未処理が消えるわけではない。


そう思っていると、外が騒がしくなった。


神殿の扉が勢いよく開く。


「ロレンツはどこだ!」


勇者アレクシス・グランヴェルだった。


金の髪。


白銀の鎧。


腰には聖剣。


後ろには、聖女ルシア、賢者セドリック、戦士ライネルが続いている。


小さな辺境神殿には、明らかに似合わない一団だった。


リナリアは一瞬びくりとした。


それでも、受付机の前に立つ。


「ご、ご用件とお名前をお願いします」


アレクシスは目を見開いた。


「見れば分かるだろう。勇者アレクシス・グランヴェルだ」


「お、お名前は確認しました。ご用件をお願いします」


「ロレンツを出せ」


「ご用件は、ロレンツさんを呼ぶことでよろしいですか?」


「そうだと言っている!」


リナリアはちらりと俺を見た。


俺は席を立つ。


「おはようございます。アレクシス様」


「ロレンツ!」


アレクシスは俺を見るなり、指を突きつけた。


「戻れ」


「復帰要請ですか」


「そうだ。今すぐ戻れ」


「では、神殿省を通した正式書類をお願いします」


アレクシスの顔が固まった。


「……何?」


「正式な復帰要請であれば、神殿省本庁を通してください。現在、私は辺境神殿勤務です」


「俺が直々に来たんだぞ」


「来訪は確認しました」


「なら戻れ!」


「復帰要請の書類は未確認です」


受付の空気が止まった。


ルシアが気まずそうに目を伏せる。


セドリックは小さくため息をついた。


ライネルは壁を見ていた。


アレクシスだけが、まだ分かっていない顔をしている。


「お前、自分の立場が分かっているのか。俺は勇者だぞ」


「はい」


「世界を救う勇者だぞ」


「はい」


「その勇者が戻れと言っているんだ」


「理由欄にそのように記入してください」


「理由欄!?」


アレクシスの声が裏返った。


その時、神殿の扉がまた開いた。


今度は、村の女性だった。


腕には小さな布袋を抱えている。


「あのう、家畜小屋の魔除けの件で……」


「あ、マルタさん!」


リナリアが少し安心した顔になる。


女性は受付前の勇者一行を見て、目を丸くした。


「え、勇者様?」


アレクシスは胸を張った。


「そうだ。今は大事な話をしている。下がっていろ」


女性はびくっとした。


リナリアも固まる。


俺は手元の受付記録を見た。


「マルタさんは昨日からの予約です」


「は?」


アレクシスがこちらを見る。


「家畜小屋の魔除け申請ですね」


「は、はい。最近、夜になると牛が騒ぐもので」


「分かりました。こちらへ」


「待て!」


アレクシスが叫んだ。


「俺の聖剣が使えないんだぞ!」


「はい」


「家畜小屋より聖剣が先だろう!」


マルタさんが小さく身を縮めた。


リナリアが口を開きかける。


その前に、俺は言った。


「受付順です」


「俺は勇者だぞ!」


「こちらの方は、昨日から待っています」


「世界の危機だ!」


「家畜小屋も、その方にとっては生活の危機です」


アレクシスの口が止まった。


受付の端で、村の女性が小さく呟いた。


「勇者様って、順番抜かすんだねえ……」


アレクシスの顔が赤くなった。


「ち、違う! 俺は世界のために――」


「でしたら、世界のためと書いてください」


「何にだ!」


「申請理由欄に」


ルシアがとうとう口を挟んだ。


「アレクシス様。まずは……謝った方がよいのでは」


「なぜ俺が謝る!」


「追放したのは、私たちです」


「だから迎えに来たと言っている!」


「それは、謝罪ではありません」


アレクシスはルシアを睨んだ。


ルシアは目を逸らさなかった。


数秒、受付に重い沈黙が落ちる。


それを破ったのは、リナリアだった。


「あ、あの」


全員の視線がリナリアに向く。


リナリアはびくっとしたが、受付机の上に一枚の紙を置いた。


「復帰要請でしたら、こちらの用紙にご記入ください」


アレクシスは紙を見た。


「……何だこれは」


「復帰要請書です」


「なぜそんなものがある」


リナリアは俺を見た。


俺は答えた。


「昨日のうちに作っておきました」


「作るな!」


「必要になる可能性がありましたので」


セドリックがこめかみを押さえた。


「アレクシス。書いた方が早い」


「なぜ俺が!」


「聖剣が使えないままの方が困る」


ライネルも低く言った。


「俺も肩がまだ痛い。上級治癒が戻るなら、紙くらい書け」


アレクシスは歯を食いしばった。


それから、乱暴に羽根ペンを取る。


「書けばいいんだろう、書けば!」


復帰要請書。


申請者。


勇者アレクシス・グランヴェル。


復帰を求める相手。


ロレンツ・アシュフォード。


復帰を求める理由。


アレクシスは少し考えた。


そして書いた。


『聖剣が使えないから』


俺はそれを見た。


「差戻しです」


「早すぎるだろう!」


「理由が不十分です」


「十分だろうが!」


「なぜロレンツ・アシュフォードの復帰が必要なのかを書いてください」


「だから聖剣が使えないからだ!」


「それは現在の困りごとです。復帰理由ではありません」


アレクシスは羽根ペンを握りしめた。


今にも折れそうだった。


ルシアが横からそっと言う。


「アレクシス様。ロレンツさんに戻ってほしい理由を、ちゃんと書かないと」


「分かっている!」


アレクシスはさらに書いた。


『ロレンツがいないと聖剣が使えないから』


俺は読んだ。


「少し近づきました」


「通るか?」


「差戻しです」


「なぜだ!」


「本人の同意欄が空白です」


「本人とは誰だ!」


「私です」


「お前は戻ればいいだろう!」


「同意していません」


「なぜだ!」


「昨日、追放されましたので」


アレクシスの顔がまた赤くなった。


村の女性が、今度ははっきり言った。


「追い出した人に、戻れって言ってるのかい?」


受付が静かになった。


アレクシスは女性を見る。


女性は少し怯えたが、引かなかった。


「そりゃあ、まず謝るもんじゃないかねえ」


リナリアが小さく頷いた。


ルシアも頷いた。


セドリックは否定しなかった。


ライネルも否定しなかった。


アレクシスは、誰も自分の味方をしていないことに気づいたらしい。


「……俺は、勇者だぞ」


その声は、さっきより小さかった。


俺は言った。


「はい」


「世界を救うんだぞ」


「はい」


「なのに、なぜ俺がこんな紙を……」


「世界を救うためです」


アレクシスは黙った。


受付机の上に、復帰要請書が一枚。


隣には、家畜小屋の魔除け申請。


どちらも、ただの紙だった。


だが、どちらも誰かが困って出したものだった。


俺は復帰要請書の下に、差戻し理由を書いた。


《差戻し》


《理由:復帰理由が不十分です》


《本人同意欄が空白です》


《謝罪の有無を確認してください》


アレクシスが叫ぶ。


「謝罪欄なんて最初からなかっただろう!」


「必要なので追加しました」


「勝手に追加するな!」


「様式は状況に応じて改定されます」


リナリアが小さく感心した声を漏らした。


「様式って、変えられるんですね……」


「必要なら変えます」


「すごい……」


「感心するな!」


アレクシスが叫んだ。


その時、アレクシスは腰の聖剣に手をかけた。


「もういい。見せてやる」


ルシアが慌てる。


「アレクシス様!」


「俺が勇者だと分からせてやる!」


アレクシスは聖剣を抜いた。


神殿の中に、銀色の剣身が現れる。


本来なら、そこにまばゆい聖光が宿るはずだった。


女神アルティアの加護。


魔を払う光。


勇者の証。


だが、何も起きなかった。


銀色の剣が、朝の光を少し反射しただけだった。


リナリアがぽつりと言った。


「……普通の剣、ですか?」


アレクシスの顔が真っ赤になった。


「違う! 本来なら光る!」


「権能が止まっていますので」


俺は言った。


「現在の聖剣は、物理的な剣としてのみ使用可能です」


「説明するな!」


アレクシスは聖剣を鞘に戻した。


だが、戻す時に少し引っかかった。


かちゃ、と間の抜けた音がした。


村の女性が目を逸らした。


リナリアも目を逸らした。


ルシアは完全に俯いていた。


セドリックは天井を見ていた。


ライネルは肩を押さえていた。


俺は復帰要請書を受付机の端に置いた。


「修正後、再提出してください」


「……今日中に通るのか」


アレクシスが低い声で聞いた。


「内容によります」


「聖剣は」


「申請が通れば戻る可能性があります」


「可能性?」


「他にも管理者変更、戦闘記録、離脱手続、権能使用履歴、反動報告の未提出分があります」


「多すぎる!」


「溜めると増えます」


アレクシスは言葉を失った。


俺はマルタさんの方を向いた。


「お待たせしました。家畜小屋の魔除け申請を確認します」


「あ、はい」


マルタさんはまだ勇者を気にしながら、受付机の前へ来た。


申請書には、家畜小屋の場所、異常の発生時間、牛の様子、過去の魔除け札の有無が書かれていた。


思ったより整っている。


「よく書けています」


「リナリアちゃんに教えてもらいました」


リナリアが少し胸を張った。


俺は水晶板を操作した。


《家畜小屋の魔除け:承認》


《対象:マルタ家東側家畜小屋》


《範囲:小屋および柵の内側》


《期間:七日間》


「承認しました」


「ありがとうございます!」


マルタさんは深く頭を下げた。


その横で、アレクシスが復帰要請書を握りしめている。


勇者の申請は差戻し。


家畜小屋の申請は承認。


受付の空気が、それを理解していた。


その時、携帯端末の水晶板が震えた。


新しい申請だった。


差出人は、魔王軍第三軍団。


俺は目を止めた。


《権能使用申請》


《申請者:魔王軍第三軍団》


《目的:王国軍補給拠点の無力化》


《使用権能:黒炎結界》


《対象範囲:補給倉庫三棟および兵站路一部》


《民間区域:対象外》


《想定被害:軍需物資焼失、非戦闘員被害なし》


《持続時間:十二分》


《撤退条件:王国軍が白旗を掲げた場合、即時停止》


《添付資料:地図、避難誘導計画、被害予測、事後報告書式》


俺は少しだけ黙った。


アレクシスが眉をひそめる。


「今度は何だ」


「申請です」


「誰からだ」


「魔王軍です」


受付の空気が凍った。


ルシアが息を呑む。


セドリックが目を細める。


ライネルが剣に手をかける。


アレクシスは叫んだ。


「魔王軍の申請など、今すぐ却下しろ!」


俺は申請内容をもう一度確認した。


目的。


範囲。


被害予測。


撤退条件。


民間区域への影響。


事後報告書式。


全部そろっている。


俺は思わず言った。


「……不備がありませんね」


受付の前で、勇者アレクシスが絶句した。


ここまでありがとうございます。

勇者様は受付で止まりました。


次回、魔王軍の申請書を確認します。

どうやら、書類だけならかなり優秀なようです。


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