2話 今は私の担当ではありません
続きです。
勇者パーティーはまだ困っています。
ロレンツは辺境神殿でも通常運転です。
2話 今は私の担当ではありません
翌朝。
勇者アレクシス・グランヴェルは、王都へ戻る馬車の中で水晶板を睨んでいた。
昨夜、神殿省本庁へ緊急照会を出した。
聖剣が使えない。
上級治癒も使えない。
賢者セドリックの雷槍投射も、本来の威力が出ない。
これは明らかな異常だ。
勇者である自分に、神殿省がすぐ対応するのは当然のはずだった。
だが、返ってきた答えはこれだった。
《照会:差戻し》
《理由:申請不備》
《管理者変更届がありません》
《戦闘状況記録がありません》
《同行権能管理者の離脱手続が終わっていません》
「また申請不備か!」
アレクシスは水晶板を握りしめた。
「俺は勇者だぞ! なぜ聖剣を使うのに、いちいち書類がいる!」
向かいに座る聖女ルシア・ベルクレールは、顔を青くしていた。
「ロレンツさんが、いつもそのあたりを整えてくださっていたんです」
「うるさい!」
アレクシスは怒鳴った。
「あいつはただの書類係だ!」
賢者セドリック・ヴェインは、杖を抱えたまま苦い顔をする。
「ですが、実際に権能は止まっています」
戦士ライネル・グレイヴも、珍しく黙っていた。
昨朝の小競り合いで、肩に浅い傷を負っている。
本来なら、ルシアの上級治癒で一瞬で治っていたはずの傷だ。
だが今は、布で巻かれたままだった。
「……追放するにしても、引き継ぎしてからにすべきだったな」
ライネルがぼそりと言った。
「黙れ!」
アレクシスは顔を赤くした。
「ロレンツを呼び戻す。あいつに聖剣を使えるようにさせる」
ルシアは小さく目を伏せた。
「戻ってきてくれるでしょうか」
「来るに決まっている」
アレクシスは当然のように言った。
「勇者パーティーに戻れるんだぞ」
誰も答えなかった。
***
その頃。
俺、ロレンツ・アシュフォードは、辺境神殿の前に立っていた。
王都の大神殿とは比べものにならない、小さな石造りの神殿だった。
扉は古く、押すとぎい、と鳴った。
「今日から配属になりました。ロレンツ・アシュフォードです」
受付の奥で、栗色の髪の少女が飛び上がった。
「は、はい! リナリアです! 神官見習いです!」
「よろしくお願いします」
「あの、王都から来た方ですよね? 勇者様のパーティーにいたって本当ですか?」
「昨日までいました」
「昨日まで?」
「追放されました」
「えっ」
リナリアは固まった。
俺は特に気にせず、受付机を見る。
「引き継ぎ資料はありますか」
「あります!」
リナリアは机の下から木箱を持ち上げた。
どさり。
書類の山だった。
畑への祝福申請。
井戸水をきれいにするお願い。
橋の修理に使う土の精霊への依頼。
子どもの熱を下げる治癒願い。
家畜小屋の魔除け。
山道の安全祈願。
「……これが未処理ですか」
「はい!」
「全部?」
「全部です!」
なるほど。
辺境は平和かもしれない。
だが、仕事が少ないとは言っていない。
「では、上から処理します」
「え、今からですか?」
「未処理なので」
「王都の人って、到着した日は休むのかと……」
「休むと未処理は減りません」
俺は一枚目の書類を取った。
『子どもの熱を下げる治癒願い』
五歳の男児。
高熱。
咳。
村医者のメモあり。
「リナリアさん。この家は近いですか」
「は、はい。村の東です」
「低位治癒は使えますか」
「少しだけなら」
「十分です。一人だけを対象にして、条件付きで許可します」
俺は携帯端末の水晶板を操作した。
《低位治癒:条件付き承認》
《対象:申請書に書かれた子ども一名》
《使用者:見習い神官リナリア》
《使用後、二十四時間以内に報告》
リナリアの腰に下がっていた祈祷鈴が、ちりん、と鳴った。
「通った……!」
「急いでください。終わったら、熱が下がったか記録してください」
「は、はい!」
リナリアは申請書を抱えて走り出した。
入口で一度振り返る。
「ロレンツさん、ありがとうございます!」
「まだ治っていません。お礼は結果を見てからで」
「はい!」
リナリアは外へ飛び出していった。
神殿の中が静かになる。
俺は次の書類を取った。
『畑への祝福申請』
「これは少し直せば通せますね」
次。
『井戸水をきれいにするお願い』
「水の状態が書いていないので差戻し」
次。
『橋の修理に使う土の精霊への依頼』
申請理由。
橋が危ないので何とかしてください。
俺は数秒黙った。
「気持ちは分かりますが、これでは通りません」
その時、鞄の中の水晶板が震えた。
神殿省本庁からの緊急連絡だった。
《勇者アレクシス一行の権能が使えません》
《元・勇者パーティー担当者ロレンツ・アシュフォードは至急返答してください》
元・勇者パーティー担当者。
俺はその文字を見た。
元。
なら、話は早い。
俺は返信欄を開いた。
《昨日、勇者パーティーを追放されました》
《今は私の担当ではありません》
送信。
水晶板の光が消えた。
俺は何事もなかったように、次の書類を手に取った。
『古い祠の修繕相談』
「これは……少し面倒ですね」
その頃、王都では勇者が俺を探していた。
辺境では、俺が村の祈りを処理していた。
そして勇者パーティーの権能は、まだ一つも戻っていなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ロレンツは辺境でも淡々と処理しています。
勇者パーティー側の申請不備は、まだ終わっていません。
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