第1話 外れスキル【決裁】
新作です。
外れスキル【決裁】を授かった神殿書記官が、勇者にも魔王にも神々にも申請不備を叩きつける話です。
気軽に読んでもらえたら嬉しいです。
第1話 外れスキル【決裁】
「ロレンツ。お前、今日で勇者パーティーを抜けろ」
魔王軍第七将軍バルガを討伐した、その日の夜だった。
王都へ戻る途中の野営地で、勇者アレクシス・グランヴェルは焚き火越しにそう言った。
俺は手元の羊皮紙から顔を上げる。
右手には羽ペン。
左手には、今日の戦闘で使用された神々の権能一覧。
聖剣解放。
戦域結界。
上級治癒。
雷槍投射。
女神加護の一時増幅。
ついでに、勇者アレクシスによる無許可の聖光波三連発。
最後のやつは、あとで理由書が必要だ。
「抜けろ、ですか」
俺が聞き返すと、アレクシスは不機嫌そうに眉を寄せた。
「ああ。お前はもう必要ない」
周囲にいた仲間たちも、特に驚いた様子はなかった。
聖女ルシア・ベルクレールは困ったように目を伏せている。
賢者セドリック・ヴェインは杖に顎を乗せ、つまらなそうにこちらを見ていた。
戦士ライネル・グレイヴに至っては、露骨に鼻で笑っている。
「そもそもよぉ、前から思ってたんだよ」
ライネルが焚き火に枝を放り込んだ。
「お前、戦闘中なにしてんだ? 後ろで紙見て、何か書いてるだけじゃねえか」
「権能使用の記録です」
「それだよ、それ」
ライネルは笑った。
「記録? 承認? 決裁? そんなもんが魔王軍相手に何の役に立つんだよ」
俺は羽ペンを置いた。
「役には立っていますよ。今日使った聖剣解放も、ルシア様の上級治癒も、セドリック様の雷槍投射も、すべて神殿省の権能管理規則に基づいて使用されています」
「だから何だ」
勇者アレクシスが吐き捨てる。
「俺たちが勝ったのは、俺が勇者だからだ。ルシアが聖女で、セドリックが賢者で、ライネルが一流の戦士だからだ。お前の外れスキルのおかげじゃない」
外れスキル。
その言葉には、聞き覚えがあった。
十五歳のスキル鑑定の日。
俺に与えられたスキルは、【決裁】だった。
火を操るでもない。
剣技を極めるでもない。
傷を癒やすでもない。
魔物を従えるでもない。
ただ、申請を受け、確認し、承認または却下する。
それだけのスキル。
神殿省の役人たちは俺を珍しがったが、冒険者たちは笑った。
ハンコ押しスキル。
書類係。
戦えない事務屋。
実際、俺自身もそう思っていた時期がある。
けれど、神殿省に入ってからは違った。
この世界で、神々の権能を人間が使うには、必ず通すべき手続がある。
祈り。
契約。
申請。
承認。
発動。
記録。
奇跡は、ただ起きるものではない。
少なくとも、神殿省の管理下にある権能については。
「ロレンツ」
聖女ルシアが小さく言った。
「ごめんなさい。でも、アレクシス様の言うことも分かるの。あなたは優秀だけど、前線では……その、戦えないから」
「聖女様まで気を遣わなくていいですよ」
俺は羊皮紙をまとめながら答えた。
「事実です。俺は戦えません」
「そうだろ?」
アレクシスが勝ち誇ったように笑った。
「勇者パーティーに必要なのは、強いやつだ。魔王を倒す力を持つ者だ。後ろで書類を書くだけのやつじゃない」
「では、俺の扱いはどうなりますか」
「王都に戻ったら、正式に離脱手続きを出す。だが、今この場でパーティーからは外れてもらう」
「今ですか」
「不満か?」
「いえ」
俺は首を横に振った。
「では、離脱理由は能力不足でよろしいですか」
アレクシスの顔が引きつった。
「……何?」
「離脱理由です。自己都合なのか、パーティー側からの除名なのかで、神殿省への報告書式が変わります」
一瞬、沈黙が落ちた。
次の瞬間、ライネルが腹を抱えて笑った。
「こいつ、追放される時まで書類の心配してやがる!」
賢者セドリックも口元を歪めた。
「実に君らしいな、ロレンツ君。最後までつまらない男だ」
「つまらなくても、記録は必要です」
「もういい」
アレクシスが立ち上がった。
「お前のそういうところが気に入らなかった。勇者である俺に、いちいち申請だの承認だの言いやがって」
「必要な手続です」
「俺は勇者だぞ」
「勇者であっても、権能使用には承認が必要です」
「だから、それが気に入らないんだよ!」
アレクシスの声が野営地に響いた。
焚き火の炎が揺れる。
「俺は神に選ばれた勇者だ! 魔王を倒すために聖剣を授かった! なのに、なぜ俺がお前みたいな書類係に許可を取らなきゃならない!」
なるほど。
そういう話だったのか。
俺はようやく理解した。
単に役に立たないと思われていたわけではない。
面倒だったのだ。
聖剣を振るたび、神殿省の規則を確認しろと言われる。
聖光波を撃つたび、使用目的と範囲を記録しろと言われる。
女神加護を増幅するたび、事後報告を求められる。
勇者様にとって、それは相当気に入らなかったらしい。
「分かりました」
俺は羊皮紙を革鞄にしまった。
「では、俺はここで離脱します」
「荷物は置いていけ」
ライネルが言った。
「パーティー資産は持ち出し禁止だ」
「私物しかありません」
俺は自分の鞄を持ち上げた。
中に入っているのは、着替え、筆記具、神殿省の規則集、それから未処理の報告書。
金目のものは特にない。
「本当に行くのね」
ルシアが不安そうにこちらを見る。
「はい」
「その……今までありがとう」
「こちらこそ。聖女様の治癒申請は、いつも記載が正確で助かりました」
「最後までそれなのね」
ルシアは少しだけ寂しそうに笑った。
俺は一礼した。
勇者アレクシス・グランヴェル。
聖女ルシア・ベルクレール。
賢者セドリック・ヴェイン。
戦士ライネル・グレイヴ。
彼らは強い。
間違いなく、この国でも最高峰の実力者たちだ。
ただ、ひとつだけ問題がある。
彼らは、自分たちがなぜ神々の権能を使えているのか、まるで理解していない。
まあ、もう俺には関係ない。
俺は野営地を離れ、夜道を歩き始めた。
久しぶりに、定時後の残業がない。
それだけで、少し気分が軽かった。
***
翌朝。
勇者アレクシスたちは、魔王軍の残党と遭遇した。
数は多くない。
鎧をまとった魔族が五体。
飛行型の小鬼が十数匹。
後方に、呪術師らしき影が二つ。
いつもなら、聖剣を一度解放すれば終わる程度の相手だった。
「雑魚だな」
ライネルが剣を抜く。
「アレクシス、いつも通り派手にやっちまえ」
「ああ」
アレクシスは聖剣を掲げた。
「女神アルティアよ! 選ばれし勇者たる我に、聖なる光を!」
聖剣が、沈黙した。
「……ん?」
アレクシスはもう一度剣を掲げた。
「女神アルティアよ! 聖剣解放!」
何も起きない。
聖剣は、ただの美しい剣のままだった。
「おい、何をしている」
賢者セドリックが眉をひそめた。
「早くしろ」
「している!」
アレクシスは苛立った声で叫んだ。
「聖剣が反応しない!」
その時、聖剣の刀身に淡い文字が浮かび上がった。
《権能使用申請:未承認》
アレクシスは固まった。
「未承認……?」
続けて、さらに文字が浮かぶ。
《承認者不在》
《管理者:ロレンツ・アシュフォード》
その場の空気が止まった。
ライネルが間抜けな声を出す。
「ロレンツって……昨日追い出した、あいつか?」
ルシアの顔が青ざめる。
「待ってください。私の治癒も……」
彼女は杖を握り、祈りを捧げた。
「慈悲深き女神よ、我らに癒やしを」
杖の先に、淡い光が灯りかける。
しかし、すぐに消えた。
《上級治癒申請:差戻し》
《理由:戦闘状況記録未添付》
《承認者:ロレンツ・アシュフォード》
「差戻し……?」
ルシアの声が震えた。
賢者セドリックは舌打ちし、杖を前に突き出した。
「馬鹿馬鹿しい。神の権能など使わずとも、私の魔術で十分だ」
「雷槍よ、敵を貫け」
空に魔法陣が展開される。
だが、雷は落ちなかった。
《禁呪級魔術補助権能:保留》
《理由:周辺被害予測未入力》
《承認者:ロレンツ・アシュフォード》
セドリックの顔から血の気が引いた。
「……周辺被害予測?」
ライネルが叫ぶ。
「おいおいおい! 何だよこれ! 全部あいつの承認が必要なのかよ!」
魔王軍の残党が迫ってくる。
アレクシスは歯を食いしばり、聖剣を構えた。
光らない聖剣。
祈っても発動しない治癒。
落ちない雷。
彼らはその時、初めて理解した。
自分たちの勝利の裏側で、誰がすべての権能を通していたのかを。
***
その頃。
俺は辺境行きの乗合馬車に揺られていた。
窓の外には、朝の平原が広がっている。
王都から遠ざかるにつれて、空気が少しずつ軽くなっていく気がした。
膝の上には、神殿省から支給された携帯端末。
小さな水晶板に、権能申請の通知が次々と表示されている。
《聖剣解放申請:未処理》
《上級治癒申請:添付不足》
《禁呪級魔術補助権能:周辺被害予測未入力》
俺は水晶板を見つめた。
そして、ため息をつく。
「追放した相手に、まだ申請を飛ばしてくるのか」
規則上、俺はすでにパーティー同行管理者ではない。
だから、勇者パーティーの権能使用を承認する義務もない。
俺は指先で、水晶板を操作した。
《聖剣解放申請》
却下。
理由:管理者変更手続未了。
《上級治癒申請》
差戻し。
理由:戦闘状況記録未添付。
《禁呪級魔術補助権能》
保留。
理由:周辺被害予測未入力。
水晶板が静かに光る。
俺は鞄から神殿省規則集を取り出し、未処理欄に印をつけた。
「申請不備です。差し戻します」
馬車は、のんびりと辺境へ向かって進んでいく。
久しぶりに、空が広かった。
***
その日の夕方。
王都の神殿省本庁に、一件の緊急照会が入った。
差出人は、勇者アレクシス・グランヴェル。
件名は、
『勇者パーティーにおける聖剣解放権能の使用不能について』
だった。
担当官は照会文を読み、首をかしげた。
添付資料がない。
戦闘状況記録もない。
管理者変更届もない。
同行権能管理者の離脱手続も未了。
そして、照会文の末尾にはこう書かれていた。
至急、聖剣を使えるようにされたい。
担当官は無言で判を押した。
差戻し。
理由。
申請不備。
その頃、俺は辺境の宿場町で、温かいスープを飲んでいた。
鞄の中の水晶板が、また小さく震える。
《勇者パーティーより緊急照会》
俺は見なかったことにした。
勤務時間は、もう終わっている。
神々の権能だろうと、勇者の都合だろうと、時間外対応には正式な命令が必要だ。
俺はスープをひと口飲み、久しぶりに静かな夕食を味わった。
明日からは、辺境神殿での勤務が始まる。
辺境なら、王都よりは平和だろう。
そう思っていた。
少なくとも、この時の俺は本気でそう思っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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次話では、追放されたロレンツが辺境神殿へ向かいます。
もちろん、勇者パーティー側の申請不備もまだ終わっていません。




