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第13話:笑っている理由



 昼休みの教室は、少しだけ騒がしかった。


 窓の外では風が強く、グラウンドの砂が時折舞い上がる。

 それでも教室の中は、いつも通りの時間が流れていた。


 笑い声。

 机を叩く音。

 誰かが呼ぶ声。


 その中心にいるのが、彼女だった。



「だからさ、それ違うって言ってるじゃん!」



 明るい声。


 よく通る、少しだけ高い声。



「えー絶対そうだって!」


「違うって!もう一回考えてみなって!」



 軽く笑いながら、相手の肩を小突く。


 周りもつられて笑う。



 佐伯は、そういう空気の中心にいるタイプだった。


 自然と人が集まる。

 無理をしているようには見えない。


 少なくとも、外からは。



 少し離れた席で、一ノ瀬はその様子を眺めていた。



「……珍しいね」



 隣で、冷泉がぼそりと言う。



「何が」



「見てる」



 一ノ瀬は、視線を外さない。



「別に」



 短く答える。



 でも、完全に興味がないわけではなかった。



 理由は分からない。


 ただ、少しだけ引っかかる。



 笑い方かもしれない。

 声の出し方かもしれない。



 ほんのわずかな違和感。



「……ああいうの、苦手そうなのに」



 冷泉が続ける。



「うるさい」



 一ノ瀬は小さく返す。




 そのときだった。



 佐伯の視線が、ふとこちらに向く。



 一瞬だけ、目が合う。



 次の瞬間には、もう笑っていた。



 何事もなかったように。



 でも。



 一ノ瀬は、その一瞬を見逃さなかった。



 ほんのわずかに。



 笑う前の“間”。



 それだけが、妙に残った。




 放課後。



 教室は、昼とは違う静けさに包まれていた。



 窓の外は、少しだけオレンジに染まり始めている。



 一ノ瀬は、机に肘をついてぼんやりしていた。



 冷泉は、いつもの位置で本を読んでいる。



 何も起きない時間。



 そのはずだった。



「……あの」



 遠慮がちな声。



 顔を上げる。



 教室の入り口に、佐伯が立っていた。



 昼間と同じ制服。

 同じ表情。



 でも、どこかだけ違う。



「ここって」



 少しだけ言い淀む。



「遺言部、ですよね」



 冷泉が、本から目を上げる。



「まあ、一応」



 軽い返事。



 一ノ瀬は何も言わない。



 ただ、佐伯を見る。



 昼間の“間”が、まだ頭に残っていた。



「依頼、したくて」



 佐伯は、少しだけ笑った。



 昼と同じ笑顔。



 でも。



 近くで見ると、ほんの少しだけ違う。



 何かを隠すような笑い方。



「いいよ」


 冷泉が先に答える。



「内容は?」



 佐伯は、一度だけ深呼吸をした。



 その仕草が、不自然なほど丁寧だった。



「ちゃんと、伝えたいことがあって」



 一ノ瀬の指が、わずかに動く。



 聞き慣れた言葉。



 でも、今回は少しだけ違って聞こえた。



「誰に」



「……友達です」



 少しだけ間があった。



「一番仲いい子で」



 笑う。



 でも、その笑顔はどこか固い。



「ずっと一緒にいて」



 言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。



「大事な子で」




 一ノ瀬は、何も言わずに聞いている。



 違和感は、まだ形にならない。



 でも確実に、そこにある。



「……それで?」



 促すように言う。



 佐伯は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。




「その子に」



 顔を上げる。



 笑っている。



 いつもの笑顔。



 でも。



 その奥にあるものは、見えないままだった。




「“本当のこと”を言いたくて」




 その言葉だけが、静かに残った。



 教室の空気が、ほんの少しだけ重くなる。



 風の音が、遠くで鳴る。




 一ノ瀬は、ゆっくりと息を吐いた。



「……分かった」



 短く答える。



 そのまま、視線を逸らさずに言う。



「やる」




 冷泉が、横で小さくページを閉じる音がした。



 何も言わない。



 でも。



 その沈黙には、わずかな違和感があった。




 佐伯は、少しだけ安心したように息を吐く。



「ありがとうございます」



 深く頭を下げる。



 その姿は、丁寧すぎるくらいだった。




 顔を上げたとき。



 また、笑っていた。



 完璧な笑顔。



 崩れない表情。




 ――でも。



 一ノ瀬は、見てしまった。



 ほんの一瞬。



 笑う前の“空白”。




 それが、やけに長く感じた。

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