第14話:親友
佐伯が帰ったあとも。
教室には、妙な静けさが残っていた。
窓の外は夕焼けだった。
風が吹くたびにカーテンが揺れる。
そのたびに、誰もいないはずの教室の空気がざわつく気がした。
不意に冷泉が口を開く。
「なに」
「嫌な予感する」
一ノ瀬は振り向く。
冷泉は閉じた本の表紙を指先で叩いていた。
一定のリズムだったはずなのに、途中でわずかに乱れる。
「根拠は」
「ない」
即答だった。
「でも嫌」
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「なんだそれ」
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「女の勘」
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「信用ならねえ」
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「失礼」
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そう言った冷泉は笑った。
だが目だけが笑っていない。
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その違和感だけが、妙に引っかかった。
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翌日。
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昼休み。
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一ノ瀬は校舎裏のベンチにいた。
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別に尾行しているわけじゃない。
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ただ。
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依頼人の話を聞くなら、相手も見るべきだと思っただけだ。
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「だからそれは違うって」
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聞き覚えのある声。
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佐伯だった。
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その隣には一人の女子生徒。
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肩までの黒髪。
どこか大人しい雰囲気。
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水瀬だった。
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「またそんな顔してる」
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佐伯が笑う。
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「別に」
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水瀬も小さく笑う。
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それだけ。
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ただそれだけなのに。
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一ノ瀬は妙なものを感じた。
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二人は自然だった。
自然すぎた。
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長い付き合いなのだろう。
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言葉が少なくても会話になっている。
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沈黙が苦になっていない。
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距離感が近い。
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けれど。
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水瀬は何度も佐伯の顔を見ていた。
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確認するように。
何かを確かめるように。
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佐伯もそれに気づいているはずなのに、気づかないふりをしているように見えた。
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ふと。
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佐伯がストローを振りながら言った。
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「ねえ」
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「ん?」
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「私がいなくなったらどうする?」
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一ノ瀬の眉が動く。
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軽い調子だった。
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冗談みたいに。
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だが、その言葉だけが妙に浮いていた。
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水瀬は笑わなかった。
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むしろ。
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一瞬だけ肩が強張った。
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「そういうこと言わないで」
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小さな声。
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けれど拒絶するような響きだった。
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佐伯の笑顔が止まる。
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ほんの一瞬。
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だが今度は見間違いじゃなかった。
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目だけが冷たくなる。
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何かを考えるような空白。
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そして。
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また笑った。
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「ごめんごめん」
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明るく。
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いつも通りに。
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けれど、その直後。
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水瀬が視線を落とした。
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安心したようにも見えたし。
怯えたようにも見えた。
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一ノ瀬は見てしまった。
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まただ。
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笑う前の空白。
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まるで。
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その場にふさわしい表情を探しているみたいな。
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親友同士の会話なのに。
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どこか噛み合っていない。
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ほんのわずかなズレ。
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だが、そのズレだけが妙に目についた。
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その日の放課後。
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遺言部の教室。
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一ノ瀬は窓際に立っていた。
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「どうだった」
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冷泉が聞く。
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一ノ瀬は少し考える。
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「仲良かった」
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それが最初の感想だった。
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嘘じゃない。
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本当に仲が良かった。
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「でも」
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小さく続ける。
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「変だった」
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冷泉が顔を上げる。
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「どっちが」
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一ノ瀬は答えない。
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窓の外を見る。
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夕焼けが校舎を赤く染めていた。
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風が吹く。
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カーテンが揺れる。
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誰もいない廊下で、何かが動いたような気がした。
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「……分からない」
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それが一番正直な答えだった。
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佐伯がおかしいのか。
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水瀬がおかしいのか。
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それとも。
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二人とも同じものを隠しているのか。
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まだ何も見えていない。
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だが。
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見えていないこと自体が、不気味だった。
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佐伯の笑顔。
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水瀬の沈黙。
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どちらを思い返しても、胸の奥に小さな棘が残る。
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そして、その棘は時間が経つほど深く刺さっていく気がした。
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窓の外では、いつの間にか夕日が沈みかけていた。
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教室が暗くなる。
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誰も口を開かなかった。
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ただ。
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この依頼は――。
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まだ始まったばかりなのに。
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もう、引き返せない場所まで続いている気がした。




