表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/20

第14話:親友



 佐伯が帰ったあとも。


 教室には、妙な静けさが残っていた。

 窓の外は夕焼けだった。


 風が吹くたびにカーテンが揺れる。


 そのたびに、誰もいないはずの教室の空気がざわつく気がした。


不意に冷泉が口を開く。


「なに」


「嫌な予感する」



 一ノ瀬は振り向く。


冷泉は閉じた本の表紙を指先で叩いていた。

一定のリズムだったはずなのに、途中でわずかに乱れる。



「根拠は」




「ない」




 即答だった。




「でも嫌」



「なんだそれ」



「女の勘」



「信用ならねえ」



「失礼」



 そう言った冷泉は笑った。


 だが目だけが笑っていない。



 その違和感だけが、妙に引っかかった。




 翌日。



 昼休み。



 一ノ瀬は校舎裏のベンチにいた。



 別に尾行しているわけじゃない。



 ただ。



 依頼人の話を聞くなら、相手も見るべきだと思っただけだ。




「だからそれは違うって」



 聞き覚えのある声。



 佐伯だった。



 その隣には一人の女子生徒。



 肩までの黒髪。


 どこか大人しい雰囲気。



 水瀬だった。




「またそんな顔してる」



 佐伯が笑う。



「別に」



 水瀬も小さく笑う。



 それだけ。



 ただそれだけなのに。



 一ノ瀬は妙なものを感じた。



 二人は自然だった。


 自然すぎた。



 長い付き合いなのだろう。



 言葉が少なくても会話になっている。



 沈黙が苦になっていない。



 距離感が近い。



 けれど。



 水瀬は何度も佐伯の顔を見ていた。



 確認するように。


 何かを確かめるように。



 佐伯もそれに気づいているはずなのに、気づかないふりをしているように見えた。



 ふと。



 佐伯がストローを振りながら言った。



「ねえ」



「ん?」



「私がいなくなったらどうする?」




 一ノ瀬の眉が動く。



 軽い調子だった。



 冗談みたいに。



 だが、その言葉だけが妙に浮いていた。



 水瀬は笑わなかった。



 むしろ。



 一瞬だけ肩が強張った。



「そういうこと言わないで」



 小さな声。



 けれど拒絶するような響きだった。



 佐伯の笑顔が止まる。



 ほんの一瞬。



 だが今度は見間違いじゃなかった。



 目だけが冷たくなる。



 何かを考えるような空白。



 そして。



 また笑った。



「ごめんごめん」



 明るく。



 いつも通りに。



 けれど、その直後。



 水瀬が視線を落とした。



 安心したようにも見えたし。


 怯えたようにも見えた。



 一ノ瀬は見てしまった。



 まただ。



 笑う前の空白。



 まるで。



 その場にふさわしい表情を探しているみたいな。



 親友同士の会話なのに。



 どこか噛み合っていない。



 ほんのわずかなズレ。



 だが、そのズレだけが妙に目についた。




 その日の放課後。



 遺言部の教室。



 一ノ瀬は窓際に立っていた。



「どうだった」



 冷泉が聞く。



 一ノ瀬は少し考える。




「仲良かった」




 それが最初の感想だった。



 嘘じゃない。



 本当に仲が良かった。




「でも」



 小さく続ける。



「変だった」




 冷泉が顔を上げる。



「どっちが」




 一ノ瀬は答えない。



 窓の外を見る。



 夕焼けが校舎を赤く染めていた。



 風が吹く。



 カーテンが揺れる。



 誰もいない廊下で、何かが動いたような気がした。



「……分からない」




 それが一番正直な答えだった。



 佐伯がおかしいのか。



 水瀬がおかしいのか。



 それとも。



 二人とも同じものを隠しているのか。



 まだ何も見えていない。



 だが。



 見えていないこと自体が、不気味だった。



 佐伯の笑顔。



 水瀬の沈黙。



 どちらを思い返しても、胸の奥に小さな棘が残る。



 そして、その棘は時間が経つほど深く刺さっていく気がした。



 窓の外では、いつの間にか夕日が沈みかけていた。



 教室が暗くなる。



 誰も口を開かなかった。



 ただ。



 この依頼は――。



 まだ始まったばかりなのに。



 もう、引き返せない場所まで続いている気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ