第10話:届いた言葉
「……探せるんですか」
女子生徒の声は、まだ少しだけ揺れていた。
放課後の教室。
夕焼けが、机の上に長い影を落としている。
「名前分かってるなら、なんとかなる」
一ノ瀬は、変わらない調子で言った。
「でも……迷惑じゃ」
「かもな」
あっさりと返す。
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「でも、それでやめる理由にはならない」
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女子生徒は言葉を失う。
視線はノートへ落ちる。
白いページ。
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「……怖いです」
「だろうな」
「今さらって思われるのも」
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「思われたら、それで終わり」
一ノ瀬は淡々と言う。
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「でも」
ほんの少しだけ間を置く。
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「言わないまま終わるよりはマシ」
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そのとき。
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「で、やるの?やらないの?」
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ドアが開く。
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冷泉が、壁にもたれかかるように立っていた。
どこか気だるそうな顔。
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「依頼なんでしょ」
女子生徒に向けて言う。
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「なら、悩んでる時間が一番もったいない」
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空気が、少しだけ動く。
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「名前」
短く促す。
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「……あ、はい」
女子生徒が慌てて答える。
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「去年の卒業生か」
冷泉は小さく頷く。
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「じゃあ辿れる」
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「そんな簡単に……?」
「簡単じゃないけど、できる」
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迷いのない声だった。
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一ノ瀬は、軽く息を吐く。
「……行くか」
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数日後。
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校門の前。
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女子生徒は、落ち着かない様子で立っていた。
指先が、わずかに震えている。
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「逃げるなら今のうちだけど」
冷泉が言う。
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「……逃げません」
小さく、でもはっきりと答える。
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一ノ瀬は何も言わない。
少し離れた場所で、ただ立っている。
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「あの……」
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後ろから声がした。
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振り向く。
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そこにいたのは、少しだけ驚いた顔の相手。
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「久しぶり」
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短い一言。
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空気が止まる。
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女子生徒の喉が動く。
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言葉が出ない。
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怖い。
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でも――
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頭の中に、残っている。
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――残すなよ。
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息を吸う。
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「ごめん」
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それだけを言う。
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「あと……」
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少しだけ間。
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「ちゃんと、言いたかった」
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それだけで十分だった。
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沈黙。
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けれど、その沈黙はもう重くない。
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「……そっか」
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相手は、少しだけ笑った。
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「気にしてなかったよ」
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軽い声。
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でも、それでほどけるものがあった。
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女子生徒は、小さく息を吐く。
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肩の力が抜ける。
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「……ありがとうございました」
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帰り道。
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女子生徒が頭を下げる。
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「言えて、よかったです」
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一ノ瀬は、少しだけ間を置いた。
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「……そっか」
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短く、それだけ返す。
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冷泉は隣で、小さく肩をすくめた。
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「珍しくまとも」
「うるさい」
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軽い言い合い。
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いつもの空気。
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女子生徒が帰ったあと。
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夕焼けの中、二人だけが残る。
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少しだけ、風が吹く。
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「……残したくないんでしょ」
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冷泉が、何気なく言った。
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一ノ瀬は、答えない。
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ただ、空を見上げる。
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夕焼けが、ゆっくりと色を変えていく。
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白い部屋。
やわらかい声。
「うん、うん」と頷く姿。
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そして。
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言わなかった言葉。
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一ノ瀬は、小さく息を吐く。
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誰にも聞こえないくらいの声で、呟いた。
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「……来てほしかったんだよ」
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その言葉は、もう届かない。
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でも。
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消えることもなかった。
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ただ、そこに残っている。




