89 護衛
「よくいらして下さいました」
ハルツールに住む者はもちろん、マシェルモビアの人間ですら知っている美女が、俺に微笑みながら軽く頭を下げる、その仕草はとても気品があり、一連の動きが指の先までとても美しい
「どうぞ、そちらにお掛けください」
言われた通りに椅子に座ると、美女はテーブルを挟んだ俺の目の前の椅子に、ゆっくりと優雅に腰を下ろす。
別の女性が俺の前のテーブルにお茶を出してくれ、俺はお茶を出してくれた女性に頭を下げる、そして目の前に座っている女性だが‥‥
初代女神さまだ
俺はこの女性を知っている、この世界に来て初めて見た人間だ。
名はイディ・アンドリナ、ハルツール国の主席でトップに当たる女性、この女性がいなかったら俺は、この世界に飛ばされてきた時に死んでいたかもしれない。
後々になってあの時の女性がこの国のトップだったと知った。放送なんかで何度か見ている時に「あーこの人あの時の人に似ているな~」とは思っていたけれど
イディ主席は、3・4年ほど前に寿命が50年延び、体の老化が止まる『生命の契約』期間が終了し、今では普通に年齢を重ねるようになっていた、年を取った言っても20歳ぐらいで契約したはずなので、年齢は70過ぎ、でも20代前半にしか見えない
椅子に腰を下ろしたイディ主席にもお茶が出される
「ありがとう」
お茶を出してくれた女性に主席は軽く微笑みながらお礼をする
うーん、仕草がキレイ過ぎる、全てにおいて完璧、しかもすごく優しそう、手の平で「どうぞ」と茶を進められたので、カップを手に取り一口‥‥‥‥
まっず! うわ、まっず、くそ甘い
思わず吹き出しそうになったのを無理やり飲み込む、大量の空気と一緒にのみこんでしまったので『ゴクッ』と大きい音を出してしまった。
おかげで喉が痛い
軽く咳払いをし、別に何でもありませんよ風を装うが、音が大きすぎたため主席がコチラを向く、何となく恥ずかしかったので、こちらから話を振ってそっちに意識を向けてもらおう
「以前、私が瀕死の状態で緩衝地帯にいる時、助けて下さってありがとうございました」
目が軽く開いた主席は
「あら? あの時の事を覚えていてくれたの」
少しうれしそうにほほ笑んだ。
「はい、あの時の主席の顔は今でもしっかりと覚えています、とてもとても美しい女性だと感じました」
「何だか恥ずかしいわね」
「最初に見たのがオーガで、その後に主席を見ましたから、それはもう女神様かと思いました」
イディ主席はキョトンとした後
「ぷっ! ふふふふ・・・・・」
口を押えて笑い出した。
よしっ! 兄さん直伝の、女性と仲良くなる方法が成功した。兄さんが仕事で習得したこの技
『月とスッポン』
使い処が難しく、兄さんでもめったに使わない、年齢が高く優しい人にしか通用しないこの方法、ただコレが成功すると一気に掴みは取れると、兄さんのお墨付きである
それ以外の人だとどうか?
エクレールに試したら多分
「オーガと比べられても微妙なんだが‥‥」
と返ってくるだろう。
ソルセリー? 考えたくもない
「ふふふふっ‥‥‥‥」
主席の笑いが止まらない、止まるまで暫く待つしかない
主席との会話は、和やかな雰囲気で始める事が出来た。
・・・・
・・・・
その昔、女神サーナがこの地に降り立ち、人々に話し合いと協力の大切さを教えた。女神が降り立ったこの地を女神サーナの名を取り、『サーナタルエ』とした。
サーナタルエの人々は女神サーナの教えの通り、周りの人々と話し合いをし、そして協力して争いを無くしていった。結果的には一つの大きな器『ハルツール国』となった。
女神マシェルの教えにより、武力で周りを制圧して行ったマシェルモビアと違い、あくまでハルツールは話し合いで大きくなったため、その土地の文化や風習、政治体形から法律まで、その考え方自体地域地域で違いがある
その主要都市の代表を一人選び、ハルツールの議員になるのだが、一方では選挙であったり世襲制だったり、今でも君主制になっていたりする所もある。その各代表が集まり、ハルツール国の議員となりこの国の政を行う
その中で「タスブランカ」と呼ばれる都市がある、少し前まで俺達が駐留軍としていたヒューブスの南方にある都市で、大陸西部に存在し、緩衝地帯に最も近い大都市とされている。
タスブランカでは世襲制に近い体制を取っており、代々その一族のから代表が選ばれ、その人が国の代表としてハルツールの一議員となる
・・・・
・・・・
「護衛ですか?」
主席からは意外な言葉が出て来た。
「はい、タスブランカで次期代表になる予定の子です、その子は私の次の主席候補となる予定です、ですが最近、代々タスブランカをまとめ上げてきた一族の力が弱まり、他の勢力となる者達が出てくるようになりました‥‥‥ハルツール国としては今後もその一族から代表を出して欲しいのですが」
何故代々その一族がタスブランカの代表になっていたか? それはグラースオルグが出現し、その後魔物が現れるようになった時、その魔物を抑えるのにもっとも活躍したのがその一族だったからである、それと代表者としての徹底した教育にある
小さいころから代表になるよう、徹底した教育されたその一族の子達は、必ずタスブランカの代表として一族の使命を全うする、だがそれをよしと思わない者達もいる。
タスブランカでの代表選出は、一応世襲制としてその一族が代表になっているだけで、君主制ではない、なので能力があれば誰だってタスブランカの代表とし、ハルツールの議員にもなれるのである
「それは‥‥私がする必要があるのでしょうか? 都市を代表する人物ならタスブランカの方で護衛を付けるか、もしくは一族の方で何とかするのが普通なのではないのでしょうか?」
仮にとはいえ、時期タスブランカの代表となる人物を守る事も出来ない、てのはどうなんだろう
「普通でしたらそれが当たり前ですね、ですが、今のタスブランカはそれさえも許さないくらい、対抗勢力の力が強いのです。
代々、代表を輩出してきた一族‥‥ネジェン家は、本来それほど力を持っている家ではありません。
これまでネジェン家がタスブランカの代表を務めていたのは、ネジェン家が代々優れた代表を選出するので、タスブランカの民は特に反対意見も無く、当然の事として受け止めていたのです。
ネジェン家では、次の代表になる人物を別の場所に隔離し、代表になるための徹底した教育を受けさせます、その間、ごく一部の教育に関係のある人間意外とは接触を断つことになるのです、もちろん家族との接触も断っています。それはネジェン家で定めた決まりなのですが‥‥‥」
ネジェン家は反対勢力の間で何やら不穏な動きがあると感じ、かなりの護衛を付けようとしたが、反対勢力はネジェン家が自分達で作った掟
『教育に必要な人間意外との接触を断つ』
それを逆手にとり「タスブランカの伝統を汚すな」と、護衛すら付けさせようとはしなかった。もちろんネジェン家の人間が近づく事も許そうとはしなかった。
結果、次のタスブランカの代表になる人物は完全に隔離され、孤立した状態にあるという
「ハルツールの国内で起きている事ですから、国として何とか出来ないのですか?」
それが出来れば簡単だとは思うが‥‥
「タスブランカにはタスブランカの政治形態、法律があります、ハルツール国内の出来事ですが、ハルツールが『国』としてタスブランカに介入すると、内政干渉に当たりますからそれは出来ないのです」
国内なのに内政干渉になるとは‥‥何とも不思議でややこしいが、ハルツ―ルが変わった政治形態をしているのは知っていた。
最初ハルツールの政治形態を知った時は、合衆国みたいだとおもったが、よく考えてみるとハルツールは国連やEUに近いのかなと思った。
国連やEUが‥‥うん、大体あってる‥‥んじゃない?
それで内政干渉に当たるからハルツール国としては手を出せないと‥‥あれ? それだと俺も駄目なんじゃないの? 俺そのハルツール国の軍人なんだけど?
「今あの子の周りには20人程の人間以外いません、もし反対勢力がなにかしら手を出して来たら‥‥あの子を守ることは出来ないでしょう、なのでウエタケ・ハヤト、貴方には護衛としてあの子の元に居てもらい、なにかあった場合、貴方の召喚獣で連れ出してもらいたいのです。
貴方のこれまでの功績も聞きました。単独で兵士を救出したり、少数で危険な大陸深部を通過したりと‥‥それに今回貴方を推薦したのは軍の方です、貴方ならそれが出来ると断言されました。
‥‥これは軍からの命令ではありません、『ハルツール』からのお願いです」
主席は一旦間を置き、俺の目を見て最後にこう言った
「‥‥どうかあの子を守って貰えないでしょうか?」
護衛なんかを得意とした特殊部隊もいるだろう、何で俺が? と思ったが納得した、何かあれば召喚獣を使って逃げろという事だった。
‥‥ただ一つ思うのは
「主席はタスブランカ次期代表の事を、先ほどからあの子‥‥と言っていますが、まだ幼い子供なのですか?」
「あら?‥‥そうでしたね、さっきからそう言ってましたね、どうしても見た目がそのようにしか見えない姿なので、あの子‥‥彼女は今年で60歳になります」
主席と10歳程しか違わないのにあの子呼ばわりなの? 俺よりも20以上年上なんだけど
「ですが、彼女が生命の契約をした年齢が10歳の時だったので、姿が10歳の時で止まっているんです、今年で契約が切れるのでこれから体の方は成長していくでしょうが‥‥
時期タスブランカ代表になる為に、物を覚える力の強い10歳で契約したのですが、何分思考も10歳で停止してしまうため、その‥‥以前会った時はとてもわがままな子供の様だったので」
苦笑いをしながらそう話す
次期代表の事は何となくわかった、ただ、どうしても俺では無理じゃないかと思う事が‥‥
「主席があの子と言う理由は分かりました。ですが私はハルツールの軍人です、軍の人間がタスブランカ次期代表の護衛に当たるのは、主席の言った内政干渉に当たるのではないのですか?」
イディ主席はスッと姿勢を正し
「はい、そうなりますね、ですのでウエタケ・ハヤト、貴方には軍を退役してもらいたいのです」
◇◆◇
主席との話を終え、俺は軍本部にあるタクティアに与えられている部屋を訪れた。終わったら一緒にオヤスの喫茶店に行くと約束していたからだ。
トントン
ドアをノックしてみる‥‥返事がない、ノブを回してみると抵抗がないからカギがかけられてないみたいだ。
何だか部屋の中が騒がしいが‥‥
そのままノブを回しドアを開けると
「だから何で隊長が軍を辞めなきゃいけないのよ!」
「だ、だから話をき‥‥‥‥聞ぃて‥‥」
タクティアがソルセリーに首を絞められていた。
気が強いソルセリーだが実力行使をするとは珍しい、よほどの粗相をタクティアがしたのだろう、昔の人は言いました。「触らぬソルセリーに祟りなし」俺は開けたドアをそっと閉め‥‥
「隊長! ハヤト隊長! 助けて、助けて下さい!」
最後の力を振り絞りタクティアは助けを求めてきた
・・・・
・・・・
「だったら最初からそう言えばいいじゃない」
「言いましたよ! 一時的に退役するって、言いましたよ一時的にって!」
ソルセリーは反省するそぶりが全くなく「貴方が悪いんじゃない?」といった態度だ。
反対にタクティアは命の危険を感じたのか、目に涙を浮かべて必死になっている、首に残る絞められた跡が痛々しい
「それで? 隊長はその護衛の要請を受けるのかしら?」
「受けることにしたよ」
「‥‥それでいいの? 一時的にとはいえ軍を退役するのよ?」
「うん、護衛の間は軍から給料は出ないけど、ネジェン家から給料は出るし、護衛が終わったら退役していた期間の給料も軍は払ってくれるみたいだし、年金もあれこれ調整して払ってくれるそうだから心配ないしね」
要は護衛の期間、給料が2か所から出るって事だ。がっぽり儲かりまっせ!
「お金の事を言っている訳じゃないんだけど‥‥」
深いため息をつかれた。
「それにしてもさ、軍から推薦があったって聞いたんだけど、護衛がいつまで続くのか分からないのに、うちの部隊の方は大丈夫なのかな?」
「ああ、それでしたら大丈夫ですよ、推薦したのは私ですし、部隊の方は一時的に敵拠点攻略中の中隊にそのまま組み込まれますから」
タクティアが推薦したのか‥‥なるほど、ソルセリーに首を絞められていた理由が判明した。
「と言うのも、軍本部としては、ハヤト隊をマシェルモビアとの戦闘が特に激しい、最前線に送りたいという考え方なのです。
ですがゴルジア首相は、以前ハヤト隊長が怪我をしたのが頭から消えないのか、ハヤト隊長をマシェルモビアと戦わせたくないみたいで、それを真っ向から反対しましてね、『危険があるならハヤトを行かせる訳にはいかない!』って言ってましたよ」
首、首相‥‥なんて優しい、俺首相に拾われて良かったよ! それに引き換えタクティアときたら、ポンポコ危険な場所に放り込みやがって‥‥
いや? そういえば首相もホイホイ俺を放り込んでたな‥‥やっぱりどっちもどっちだな
「私もソルセリーを前線に送るのは反対ですから、今の現状だって不満なぐらいです。
そんな時に今回のタスブランカの情勢がおかしいとの話が来て、これだ! って思ったんですよ。
軍上層部としては、ハヤト隊を前線には出したいが、一方でタスブランカで不穏な動きがあるのは確認しています、もし何かあったら軍としても色々と困ると‥‥なのでもし何かあった場合、次期代表を救出しなければならい、それが出来るのがハヤト隊長だけと私が力説したんですよ、それで軍の上層部も納得せざろう得なくなったんです」
「でもさぁ、思ったんだけど、もうバレてるんじゃないの? 情報ガバガバのハルツールでしょ? タスブランカの反対勢力にさぁ 『あっ! ハルツールが軍人を送り込んできた! 内政干渉! 内政干渉!』 とか言われちゃうよ? それに俺って有名だろ?」
「大丈夫ですよ、この事を知っているのはここにいる3人、ハルツール政府はイディ主席と現タスブランカ代表、そして軍は本部の人間4名だけ、漏れる事は一切ありません、もし漏れたらその中に敵国の諜報がいるって事になります、それにハヤト隊長はそれほど有名じゃないですよ?」
「おっとぉ‥‥何を言っているタクティア喧嘩売ってるの? 俺はこの世界でかなり有名だぞ、グースって事もあるし、何よりネクターと一緒にチョコレートのポスターにまで出たんだからな」
ほんとにタクティア失礼な所がある、俺程有名な人間なんかいないだろうに、あのマシェルモビアからも一目置かれるというのに
「ハヤト隊長がグラースオルグとして有名なのは、あの仮面のせいですよ、一般の人にはあの仮面の方で認知されていますから、素顔のハヤト隊長なんか知りませんよ」
「いや、それはおかしいだろ、俺の事グースだって知っている人とかいっぱいいるよ? 前なんかスーパーで働いているおばちゃんに 『お兄ちゃん最近、うわぁって来る怖いのが出なくなったねぇ』 って言われたぞ」
フッっとソルセリーが笑う、ソルセリー的に面白かったんだろう
「ハヤト隊長が素顔でいる場所って、ほとんどがハヤト隊長が住んでいる町内ですよね?」
「そうだよ」
「今はハヤト隊長は威圧が出ていないので、町内以外の人が見てもグラースオルグと気づかないんですよ、でもずっとハヤト隊長の威圧に怯えていた人達、つまり町内の人達は仮面を付ける前の顔も見ているし、しょっちゅう姿を見なければならなかったので、覚えたく無くても覚えてしまった‥‥って感じなのではないでしょうか?
一方で町内以外の人達は、仮面をしていた時のハヤト隊長しか見ていなかったはずなので、ハヤト隊長と言ったら仮面という認識があるはずですよ? ですからグラースオルグ、としてのハヤト隊長の素顔なんて町内の人しか知らないと思いますよ?」
‥‥‥‥確かに、威圧があったせいか仮面を身に着ける前は、買い物も町内だけで済ませていたし、仮面を手に入れてからは常に身に着けていた。
丁度クジュの村に駐留する前からだったか? 正直クジュの村でもコンセの村でも、仮面を付けたままの威圧に耐えられる人にしか、素顔を見せていない。
それ以外は常に仮面を付けていた。
そうか‥‥俺が有名なのってこの町内だけだったんだ‥‥もっと世界的に有名になっていると思っていたんだけど。
「そうだね‥‥タクティアの言うとおりだよ」
別に有名になりたい訳ではない、グースなんて既に別の意味で有名なのに、ネクターと一緒にポスターを撮って、自分が有名になったと勘違いしていたようだ‥‥何だか切ない
すっかり肩を落としている状態でいると
「でしょ? 素顔は問題ありませんよ、ただ、名前がそのままではいけないので‥‥」
タクティアは机の中から一枚のカードを取り出した。
「これ、新しいハヤト隊長の身分証です」
「身分証? 何でまた」
「取りあえずはその身分証の名前で潜り込んでください、今タスブランカ次期代表の護衛としてついている人、その交代要員として入る事になります。
もしそれでもウエタケ・ハヤトとバレてしまった場合、もう軍を退役しているから問題ないと押し通して下さい、最悪の場合次期代表を連れて逃げ出してください」
「ふぅん‥‥」
タクティアから身分証を受け取り、それに書かれた名前を見る、横からソルセリーものぞき込む、俺の仮の名前が‥‥‥
◆◇
ハルツール移転門前
「小型の通信機は持ちましたか?」
「持ってるよ」
「記録用の魔道具は?」
「ポッポの首に付いてるよ」
「身分証も無くして無いですよね?」
「ちゃんと持っているよ」
「何かあったらちゃんと連絡してくださいよ」
「分かったよ」
「もし━━」
「もういいって!」
子供を心配する親とのやり取りを終え、軍人としてでは無く、ただの護衛の一人としてタスブランカに向かう。
「あとは頼むよタクティア、ソルセリー」
「はい」
「ええ、分かったわ」
「それじゃあ行ってくる」
軽く手を振る
「行ってらっしゃい、フェルド・ガーン」
タクティアの言葉を背にし、タスブランカに向け移転門をくぐった。




