84 生産
「ん゛‥‥‥‥」
ふと目が覚める。
蛍光色の針が付いた時計を見ると、ぼんやりだが少しだけいつもより早く起きてしまったことが分かる
『照明』魔法を使い少しだけ明るくすると、ベッドの横の止まり木には、鳩ポッポから進化した鷹ポッポがこちらを見ている、時間になったら起こしてもらおうと思っていたが、今日は出番が無かったようだ。
「おはようポッポ‥‥」
首だけを動かし朝の挨拶をする、じっとこちらを見つめたままのポッポ。せわしなく動いていた鳩時代とは違い、鷹に姿を変えてからやたらと落ち着いている
ポッポに挨拶をした後顔を天井に向けると、そこにはとてもとても可愛らしい顔のネクターがいた
「おはようネクター、今日も可愛いね」
まるで天使の様なネクターに‥‥実際天使だけど、ネクターのポスターに挨拶をした。
ネクターのポスターは至る所に貼ってある、洗面所や台所、食卓の対面する椅子にも、まるでネクターがその場にいるように、その場に座っているように‥‥
この幸せな空間を作る事に成功したのは、オヤスの会社の商品販売のポスターが切っ掛けだった。
◆◇◆◇
「あ! こっちにいたか、オヤス! オヤス!」
ネクターを連れてオヤスがいる工場に向かったが、その時には既に工場にはおらず、工場横の事務所にオヤスはいた。入り口の所からオヤスを呼ぶ
「おや? どうされました?」
俺が直接オヤスを呼ぶときは、何かしらオヤスに取って得になる事が多いので、呼ばれたオヤスの表情は少し明るい
「ポスターの事なんだけどさ、受けることにするよ」
「本当ですか! いやー助かりますよ、ならいつにしましょうか? 今日ポスター撮影の予約を取れば、明後日辺りには撮影できると思うんですが」
「明後日? 駄目だよ、今日じゃないと忙しいから」
「今日は流石に無理じゃないかと‥‥撮影スタジオの方にも予定という物がありますから」
「へぇーそんな事言っちゃうんだー、いいのかな~? いいのかな~? これでもいいのかな~?」
ドアの陰にいるネクターの腰に手をやり、ゆっくりとオヤスに見える場所まで引き寄せる
「ねぇ? 僕は今男なんだよ? その引き寄せ方は違うと思うんだ」
目の前に突然現れたネクターに
「んあっ! はしゃしゃしゃぁぁぁ!!」
ビックリしたオヤスは良く分からない事を口走りつつ、頭を下げ祈りを捧げる姿になった
「それで? オヤスはネクターが一緒にポスターに出てもいいって言っているのに、明後日じゃなきゃダメだって言うんだ~? その内天罰でも受けて死ねばいいと思うよ」
「い゛い゛! 今きゃきゃかやきます!」
気が動転しているオヤスは、よく分からない事を口走りつつ、どこかに走って行った。多分ポスターを作ってくれるスタジオに急いでお願いしに行ったんだろう、でも俺はそのオヤスの口が少し笑っているのに気付いた
「‥‥ねぇ、君っていつも誰かを脅しているの?」
「脅す? 交渉しているだけなんだけど?」
「そう‥‥」
大急ぎで今日の撮影の許可を取ったオヤスと一緒に、俺とネクターは撮影場所にと移動した。
その時オヤスには、甘い方のチョコレートを持って来てくれるように言っておく
・・・・
・・・・
「ねぇ‥‥何で僕が女の姿に変わらなきゃいけないの?」
ネクターの機嫌が悪い
女の姿になってと言った所急に機嫌が悪くなってしまった。
普段から女の姿になるのを拒んでくるネクターだったが、今女になってくれとお願いした所、こうなってしまった。なんだか今にも威圧が飛んできそうだ。
それを見守るオヤスと撮影してくれるスタジオの関係者は、世界が終わるような顔でいる
「大体僕はそこまでしてお金が欲しいわけじゃない、今までどおり教会で貰ってもいいんだ。それを君が‥‥」
ネクターの怒りが収まらない、ネクターに女になってもらうには
「その内でいいから、女の姿になって欲しいな~気が向いたらでいいから」
と出来るだけ強制的でなく、なってくれると嬉しいな~的な感じでお願いしないと駄目みたいだ
ただ‥‥コレを食べてもそんな事言ってられるかな?
「その怒りはごもっともだけど、とりあえずコレを食べてもらいたい、コレを世界に広めるためのポスターなんだ。とても重要な事なんだよ」
オヤスから預かっていた甘い方のチョコレートを見せる
「‥‥黒いんだけど、コレを食べろって言うの?」
眉間にシワを寄せられる、その隙間に紙でも挟めそうだ
「クオルシゼリーも黒かったよね」 ボソッ
その言葉で眉間のシワが消失し、俺とチョコレートを交互に見た後、チョコレートを手に取り
ゆっくりと口の中に入れた‥‥
・・・・
・・・・
結果ネクターは喜んだ、その喜びようは初めてチョコレートを食べたタクティア以上の喜びようで
「ちょっとまっててね!」
と言い、約5秒で女の姿になり再び降臨した。上機嫌のまま撮影を開始し、出来たポスターは2種、2種類とも俺がポスターの構図を考えた。
一枚目は左半分がネクターで、右半分が俺になっている。
ポスターの左側は主力商品となる予定の練乳チョコレートだ。チョコレートを片手に持ち、ただ立っているだけ
出来上がったポスターを見て、その時初めて練乳が入っていることを知った。どうりで甘すぎるはずだ。
しかも乳を出す家畜は、フォアグラを作るように砂糖漬けの毎日で、乳自体が異様に甘い
右半分は俺が受け持つ、俺の場合素顔よりも仮面姿の方が有名らしく、撮影には仮面を掛けることになった。
特にポーズなどは無く、ネクターと一緒で手にチョコレートを持ち、ただ立っているだけの構図
出来上がった物を見ると『ほんのりグース』と書かれていた、ほんのりグースって何だろうと思ったけど、多分苦いとか‥‥そんなニュアンスかな?
俺の担当したチョコレートは甘い物が苦手な人用らしい、あれで‥‥
2枚目は俺とネクターが、お互いに相手の口にチョコレートを入れる瞬間を撮影した物、目線はカメラ目線で、何となくエロく感じ俺のお気に入りだ。
俺の予想ではネクターが写っているこのポスターは、間違いなく盗まれるだろうと思っている、どうせ盗まれるのなら売ってしまった方がいいと、顧問としてオヤスに提言、その売り上げの一部をネクターに報酬として払うという事で決定した。
ポスターの値段は結構高くても売れると俺は判断している、これでネクターは教会に行かずともお金が手に入る事になる。
撮影終了後、オヤスからチョコレートを献上され、上機嫌でネクターは帰って行った。その素敵な笑顔のネクターを見送りながら俺は思った
「あれ? 結局奢ってもらってない」
◆◇◆◇
ポスターの撮影から数日過ぎた。
もう既にチョコレートは2種類とも発売しており、需要に供給が追い付かないほど売れているらしい、24時間工場を操業させるため、人も新しく雇うとオヤスに報告を受けた。
「いやぁー参りました、忙しすぎててんてこ舞いですよ、はっはっはっ!」
とは言ってはいたが、実際工場を稼働させているのは、従業員と責任者であるオヤスの長男のモランである、長男のモランは殆ど最近寝ていないと言っていた。
一方オヤスは毎日ぐっすりと眠り、毎日社長出勤
ポスターの方も予約が殺到しており、1カ月待ちの状態、特に俺とネクターが半々のポスターの売れ行きが凄い
しかし、そのポスターの使われ方に問題がある、丁度俺とネクター半々に撮影されたポスターを半分に切り取り、ネクターの方だけを使っている所、人達がほとんどだ。
最近また早朝に走り出したのだけれど、その帰りに教会により、俺の女神マシェルと、義母になる予定の女神サーナに祈りを捧げに行くと、そこにはネクターのポスターがあった。
俺の写っている右側が切り取られた状態で‥‥
まあ、俺もそういった構図でポスターを作ったら、そんな使い方をすると思ったからこそオヤスにその構図を提案した。
俺の部分を切り取ってネクターの部分だけ使うと‥‥
実際、俺もそうしているしそれはいいのだけど、実際目の当たりにするとちょっと‥‥
・・・・
・・・・
そんなこんなで、ネクターは次いつ来てくれるのかを心待ちにしつつ、俺の休暇の日々は過ぎていった。
俺の防具や消耗品はほぼ修理が終わっており、あとは鎧の防御力を強化するためのアタッチメントが少し残っているのと、愛刀雷雲の修理と改良、それと隊員全員の練習用の刀の作成、そして練習用の刀に付与する魔法『保護』を取りに行くだけだった。
修理やなんやらで忙しく日々を過ごしていたけれど、ふと、思ってしまった
「クオルシが飲みたいですねぇ‥‥」
以前お巡りさんに捕まり買う事が出来なかったクオルシ、ここ数十日も飲んではいない、流石にそろそろ飲みたいな~と思い、コンセの村に買いに行くことにした。その帰りに『保護』でも契約してこようか
◇◆◇◆◇
「ライカは1週間後、コンセの村への駐留になりますね、ハヤト隊長はもう少し時間がかかるようなので、それまでは今現在コンセの村に駐留している部隊と共に行動してください」
タクティア殿から連絡があり、自分は故郷のコンセの村へと向かうことになった。移動の方は軍で車を出してくれる事となり、窓の外の景色を眺めつつ村に着くまでの間のんびりと過ごす
少し前までフレックス隊としてコンセの村に駐留していたので、少しばかり変な気分になる
故郷のコンセの村には駐留してくれている部隊があり、自分は隊長の休暇が終わるまでコンセに留まる事になった。
タクティア殿が言うには、ヨルド要塞攻略でのハヤト隊の功績によるご褒美的な物もあるらしく、同じ部隊のベルフやエクレールも自分と似たような状況らしい。二人とも大陸東部の危険のない後方での任務に当たると言っていた。
ついこの間までコンセに居たのに、また村に顔をだしたら村の皆からは何と言われるだろうか? その事を考えると自然と顔に笑みが浮かんでくる
村を守る為に軍に入隊した自分だが、実際にこうして村を守る仕事が出来ることは自分に取ってとても幸福な事だと感じる
そんな事を考えていると、窓の外には隊長が村の為に作ってくれた巨大な壁が見えてきた
「‥‥暫く壁を見ていなかったせいか、壁が小さく見えるな‥‥」
あれ?
あんなに小さかったかな、あの壁‥‥
‥‥‥‥!
「違う! 何だあれは!」
「お、おい、急にどうした!?」
車を運転してくれていた軍の職員が俺の声で驚き、その勢いで少しだけハンドルを切り、軽く車体が揺れる
「こんな場所に壁なんかなかったんです!]
以前隊長が、コンセの村を変種の魔物から守る為に作った巨大な壁、そのおかげでこのコンセの村は守られる事になった。村の連中はこの村を守ってくれたと、全員隊長に感謝している。
隊長はクオルシを守りたかったと当時言っていたが、自分は隊長なりの照れ隠しだと思っていた。
だが、毎日のように朝クオルシを飲んでいる隊長を見ていると、本当にクオルシの為に壁を建てたのではないかと思うようになってきた。
村と、クオルシの為に建てた壁がある場所から離れたところに、村を囲む壁の半分ほどの高さの壁がそびえ立っていた。
「誰がこんな場所に壁なんかを‥‥」
・・・・
・・・・
「隊長しかいないか‥‥」
よく壁を見ると、村を囲う壁と同じような材質で作りもほぼ一緒、こんなのが誰かれと出来る物でもない
しかし、この壁の向こうには何があるんだ?
「お、おい、このまま進んでも大丈夫なのか? それとも引き返した方がいいのか?」
「大丈夫です、どうやら自分の考え過ぎのようでした、このまま進んでください」
壁の中が気になるが、どのみちコンセの村にもうすぐ着く、それからでもいいだろう
・・・・
・・・・
コンセの村に到着し門をくぐる、この隊長が作った壁の中の、生まれ故郷に1年程任務として住んでいたが、決して慣れることがなかった。
4カ月ぶりに故郷に帰ってきたが、やはり違和感がある
違和感と言えば、心なしか村の中に活気がある様に感じる、駐留してくれる部隊がいる事で村の防衛に回らなくても良くなったせいだろうか? 畑仕事が忙しい?
取りあえず、駐留している部隊長に挨拶に向かおうとするか、仮配属されるのは明後日からだが、早いに越した事は無い
「ライカ?」
不意に後ろから声を掛けられる
この声は
「マーク、久しぶりだな」
声の主は幼馴染で親友のマークだった。大きな籠を持ち額からは汗が出ている、農作業の途中だろうか
「ああ、久しぶりだね、ライカはどうした急に、休暇でも取ったのかい?」
「いや、明後日からここの駐留部隊に配属になるんだ」
ドサッ!
マークはいきなり籠を落とし、自分に掴みかかり、ゆさゆさと体を揺らされる
「お、お前どうしたんだよ、何をやらかしたんだ!?」
「え? え? 何が‥‥」
マークが何に必死になっているのか自分には分からなかった
「ここの駐留部隊に配属って、グース隊長の所を首になったのかよ!」
「いや、ちょっとまて! 首になん‥‥ゆ、揺らさないで」
「破壊の一族の部隊に配属されたって、お前は自慢してたじゃないか!」
「いや、だからちょっと! マ、マークッ!」
・・・・
・・・・
「だったら最初からそう言いなよ、びっくりしたよ」
「最初からそう言ってたよ」
自分の方が力が強い自信はあったが、農作業で力を付けたのかマークの拘束からは逃げることが出来なかった。何とか誤解は解いたが
「言ってなかったよ、駐留部隊に配属になったとしかね」
「そう‥‥だったっけ?」
そうかもしれない
「そうだよ」
「そうか、ごめんな」
あっ・・ちょうどいいか、マークにあの壁の事を
「所でマーク、村の南側に壁があるんだけどあれって何かな?」
「あれ? グース隊長から何にも聞いてないの? 同じ部隊だから知っていると思っていたけど」
やっぱり隊長か‥‥
「休暇中に何度かあったけど、隊長は色々と忙しくて話す時間もあまりなかったし、自分は訓練でほとんど軍本部の中から出て無かったんだよ」
「そうなんだ、あの南側の壁はね、1週間前にグース隊長が来た時に・・・」
・・・・
・・・・
・・・・
「ク、クオルシが無い!?」
「ええ、すみません、最近大量に買ってくれる所がありまして、オヤスと言う人が経営している会社なのですが‥‥そちらに全部売ってしまったんです。クオルシは結構保存が効くので、在庫が結構あったんですが‥‥何分、一つの実からとれるクオルシの量もそうですが、元々の生産量がそうでもなくて、その‥‥在庫も、もう‥‥」
「ちくしょー! オヤスめぇ! 恩を仇で返してきやがった!!」
「あ、あのグース隊長、今度収穫が出来たら真っ先にグース隊長にお売りしますんで、その‥‥今回は申し訳ないのですが‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥きゃ‥」
「へっ?」
「クオルシを増やさなきゃ」
「増やす? あのグース隊長?」
「マーク!」
「アッ、はい!!」
「クオルシの種を頂戴!」
「た、種ですか? でも成長するには5年程‥‥」
「今すぐ生やすから、今すぐ種を頂戴!」
「は、はい!!」
・・・・
・・・・
「という事があってね、5日ほどで南側のクオルシ農園が完成したんだよ、凄かったよ、あっと言う間にクオルシの木が成長したからね、おかげで収穫やら手入れでで忙しくてね、グース隊長とは別の大口のお客さんは、あればあるだけ買い付けるって言ってくれるし、いくら手があっても足りないくらいだよ」
「あはは‥‥‥‥そうか、隊長が」
なるほど『成長促進』の魔法を使ったのか、何でも力業で解決するのは隊長らしいというか
「そうだ、ちょっと先に農園を見てみないかい? 結構すごいんだよ」
「うーん‥」
部隊長に挨拶は後でいいかな、農園も気になるし‥‥あの10本しかなかったクオルシの木が農園になったのか‥‥‥‥
「よし、行こうか」
「じゃあ案内するよ、どうせなら一度全体を見た方がいいかもね、村の南側の壁の上から見てみようか」
マークに連れられ村の南側の壁の上に到着する、前方に見えるのがクオルシの農園、農園の周りは高さ10メートル程の壁にぐるりと囲まれている
「うん‥‥広すぎるね」
「でしょ?」
後方を振り向くと生まれ故郷のコンセの村
最初自分の村が隊長の作った壁に囲まれたのを見た時には、自分の村がこんなに広くなったと感じたものだが、その村が狭く見える位クオルシの農園は広かった。
隊長‥‥クオルシの農園がコンセの村の3倍くらいあるって、どれだけ貴方はクオルシが好きなんですか?




