107 軍大学
ベルフが亡くなってから1年以上が過ぎた。
今でもふとしたことでベルフの事を思い出すことがある、逆に言ってしまうとベルフの事を忘れつつもある
自分はこんなに薄情だったか?
一緒に苦楽を共にした仲間の事をいとも簡単に忘れようとしている自分に対し、情けなくも悲しくもある
ベルフの抜けた後のハヤト隊に、人員の補充は予定していない、現在必要としていないからである。
一人抜けた事でハヤト隊単独として行動する時の隊列に多少の変化が生じる、とは言っても本当に多少だけれど。
人員の補充が必要ない事については、後輩のドルバがいる中隊にそのままお世話になっているため、今の段階ではその必要が無いと俺もタクティアも考えていた。
ハルツール軍とマシェルモビア軍の戦況はというと、全体から見て少しずつ押し戻されつつあり、以前の戦線に近づいてきている
『召喚者殺し』
その存在がハルツール軍にとって非常に厄介な問題となっていた。
警戒はしているものの、この1年で数名の召喚者の召喚獣が呼び出し不可となってしまった。
現在もその解決法も無いため、召喚者にとって、そしてハルツール軍にとっても厳しい状況になっている。
対抗策として、竜翼機の航空支援が今までよりも多く受けられるようになった。
緩衝地帯での戦闘では生い茂った木々が邪魔で効果は薄く、砦攻略の時は対空兵器がある為、竜翼機は迂闊に近づけない。
竜翼機を用いた砦攻略をする場合は、まず最初に対空兵器を破壊しなければならない、対空兵器を破壊するには陸軍が何とかしなければならないのだが、そうすると敵の召喚獣が意気揚々と出てくる、それが対空兵器の射程ギリギリの所で陣取られると、我が軍の竜翼機は全く手が出せない。
しかも、数年前から陸軍よりも海軍に予算が多く回されていて、竜翼機自体陸軍では不足している状態にある
「お茶が入りました」
見た目どう見ても悪魔の執事、ラグナがテーブルの上にお茶を置く
「おう」
資料を見ながらそれを一瞥し、また資料に目を向ける
「タクティア様もどうぞ」
「ありがとうございます」
タクティアはラグナにニコッとほほ笑む
今所属している中隊は、全ての人員がサーナタルエに帰還し次の任務に備えている。休暇では無いが、戦略の見直しなどがあり一時的に戻って来ていた。
タクティアは戻って来ても参謀としての自分の仕事がある為、軍本部の自室で仕事があり俺はそのタクティアから「見てもらいたい資料がある」という事だったのでこの場所にいる
ラグナは二人にお茶を出した後、魔法陣の中にそのまま消えていった。
「あっ! 『ういろう』ですよ、ういろう!」
タクティアが子供のようにはしゃいだ声を上げる
「お茶とこのういろうは良く合うんですよねぇー」
オヤスの第一工場は規模を拡大し更に第2工場まで完成した。
そして第2工場の真横に新しく6階建ての本社を建設中である、チョコレートの生産は何とか需要に追いつくようになり、更に今まで工場のキャパを超えていたため生産できなかった『ういろう』も遂に生産が始まった。
しかしながら、ういろうも生産が始まったばかりで、まだ生産が追い付いていない状態にある。
今の所サーナタルエでしか販売はしておらず、スーパーの商品棚に並べる端から売り切れるという有様だった。
その様子を報道番組で見たが、お客が奪い合うようにういろうを奪い去っていく姿は、何となく日本に居た時も見たような光景だった。
「この甘さ控えめのういろうには、甘いお茶が一番ですねぇー」
スイーツを食べる女子のように、頬が緩んでいるタクティアを俺はドン引きで見ていた。
一般で販売するういろうを俺も食べてみたが、どう考えても砂糖の塊にしか感じない、当初試作で作った時よりも甘さが倍増していた。
それを「甘さ控えめ」って‥‥控えめの意味分かってますか?
砂糖のお湯割りと、砂糖の塊を美味しそうに食している目の前の男を見るだけで食欲が失せる気がする
一方の俺の前に出されたお茶は、砂糖が一切入っていない紅茶の味によく似たトロン茶と、当初試作で作られた甘さのういろうだった。
俺一人の為に生産工程を変え、俺専用のういろうを作ってもらっているが、それは死んだ魚の様な目になってしまっているオヤスの長男で工場の責任者のモランと、その息子トリス、さらに工場で働いている従業員の犠牲があってこそ出来ていた。
「家にいても工場のラインが故障した時の警報が聞こえてくるんです」
精神が壊れかけてきたモラン
「最近は夢の中でも仕事をしています」
親に似てきた息子のトリス
この二人、最近では俺の姿・名前を聞いただけでも、丸腰の時に魔物に出くわしたような顔をするようになった。
正直言ってしまうと、ういろうとかチョコレートとか別に‥‥そんなに食べたい訳ではない、でも俺が事務所の方に行くと社長のオヤスが
「おお、ハヤト顧問、直ぐに用意させますから」
とすぐに工場の方に連絡を入れてしまう、俺専用の甘くないういろうとチョコレートを生産させるためだ。
俺だけの分を生産させるためにラインを一時止め、調整する作業をする皆さんに申し訳ないとは思うけれど、召喚獣のデュラ子が欲しがるし、今はラグナの冷蔵機能の付いた『収納』に食品関係は全て入れてあるが、以前は俺の『収納』から勝手に盗んで行っていたノーム達も、酒の肴として欲しがるから数は確保しておきたい、というのもあるがそれ以前に
もらえる物はもらっておきたい
それにしてもオヤスも変わってしまった‥‥話をすると二言目には「金」である
今度どこどこの土地を買い占めるだとか、今建設中の喫茶店を5階建てのビルにして、一階を喫茶店、そしてその上を他のテナントが入れるようにして家賃を稼ぐようにすれば、かなりの金が入ってくるようになる。
なんて話を永遠と聞かされる、最初の頃のオヤスはどこに行ってしまったのか? メニューが口に合わないと言った時の悲しそうな顔をしたオヤス、新しいメニューを開発する事に成功し笑顔を見せたオヤス、あの時の純粋さはもう戻って来ないのだろうか‥‥‥‥
なんて考えてみたけれど、よくよく最初の頃のオヤスを思い出してみると、当初から結構金に執着していたことを思い出した。
そうそう、儲けるためにまだグラースオルグの威圧が残っている頃に俺に話しかけてきてたな‥‥
うん! オヤスは当初から通常営業だった
ほんのちょっとだけ心配したけど杞憂だったな
俺専用のういろうを食べながら資料に目を通しているが、問題の召喚者殺しについては未だに謎のままだった。
召喚出来なくなった召喚獣を復活させる方法もそうだが、その武器についても今だに確認が取れていない
一度、召喚者殺しを持っていた兵士を討ち取った部隊がいた。その後、その敵兵士の『収納』の中身を全て吐き出させる魔道具を使い『収納』の中身を出させたが、その中には召喚者殺しは無かった。
確かに持っていたはずだったが、その討ち取られた兵士は所持していなかったという。
そのほかにも、ヨルド要塞攻略の時に見つけた結界の様な魔道具や、タスブランカで押収した『探知』に引っかからない魔道具の解析も全く進んでいない
「軍もかなり焦ってますよ」
タクティアはそう言っていた、タスブランカで押収した魔道具は不確かだが、召喚者殺しと結界の魔道具は明らかにマシェルモビアの物、これらによってハルツールが不利になっているのは間違いがない
召喚者は地球の軍で例えたら戦車の位置づけに当たる、その戦車が敵にはあり自軍はその戦車をうかつに出せないとなると、どちらが有利かそれは明白である。
「所でハヤト隊長?」
あまり良い事が書かれていない報告書を見ていると、ういろうを平らげたタクティアが話しかけてくる、もっとういろうを寄越せとか言う気かな?
「なに?」
「ハヤト隊長って、小さい子供にしか興味を持てないって本当ですか?」
「‥‥‥は?」
予想外の質問が飛んできた
「私の知り合いから聞いたんですが、そんな噂が流れてきているんですが」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「‥‥‥はぁ~‥‥‥はぁ~」
ため息が2回も出る、大事なため息なので2回出しました。
一時期、タスブランカの次期代表のリテア様とそんな根も葉もない噂が出た時があった。だがそれは暫くするとそんな話も出なくなった‥‥と思っていたがまた再燃したらしい
全く持っていい迷惑だ
「誰だよそんな噂流しているのは、今度その知り合いとかにあった時変な噂流していたら「喰うぞ」って言っておいてよ」
「了解しました、そう伝えておきます」
フンフン! と鼻息を鳴らし、俺をロリコン呼ばわりした奴には復讐してやると心に誓う、ヤタでもけしかけてやろうか?
タクティアは少し考えたのち
「軍大学に入ってみませんか?」
そう提案してきた
「何で?」
「その方が都合がいいんですよね私にとって、ハヤト隊長なら実績もあるので試験も免除出来るだろうし」
私にとってと言ってきやがった。あくまでも自分の為。、ブレないタクティア
「軍大学かぁ‥‥」
軍大学を卒業すれば給料が増えるが、今現在物凄い給料をもらっているしオヤスの会社の顧問もしているからお金には困ってない
それと階級が上がればもちろんそれに伴って仕事が増える、主に書類仕事、タクティアがやってくれているが、俺もやらなければならないのは正直めんどい、階級が上がれば今度は中隊以上を任される事になる可能性がある、部下になる人員が増えるという事だ。
当然管理するのは俺になるが‥‥めんどい、断ろう
「遠慮しておくよ、色々めんどそうだし」
「そうですか、なら仕方ないですね」
意外とあっさりと引き下がる、そんなには重要では無かったようだ。
「それと、お昼になったら喫茶店の方に行きませんか?」
「ん? んー」
どちらかと言ってしまうと今日は行きたい気分ではない、最近のラグナはメキメキと料理の腕が上がってきており、タスブランカが生んだ天才料理人ラグナナさんの意思を受け継ぎ、その内ハルツールで一番の腕を持つのではないか?
という所まで成長した。出来れば毎日食べていたい位、なので今日はラグナの料理を食べたいのだけれど‥‥
「たまにはウチのラグナの料理でも食べてみない?」
「それだけは勘弁してください」
きっぱりと断られた。
以前一度ごちそうした時は、カレーに似た辛いスープ(甘口)を口に入れた瞬間、喉を抑え、床をのた打ち回っていた。
「ははは、ご冗談を」
あまりの大げさな行動に笑ってしまったが、本人はいたっては冗談ではすまなかったらしく、顔に血でも降りかかったのかという位真っ赤にして涙が絶え間なく流していた。
暫くその状態が続き、タクティアの体が痙攣し出した時
あれ? これ本当に死ぬんじゃね?
痙攣しだしたタクティアにビビり、慌てて一番近い医療所に連れて行った。あの時は本当に焦った‥‥あの時の記憶がしっかりと残っているので、タクティアはその後ラグナの料理を食べようとはしなくなった。
なんという貧弱な男だろう、タスブランカに居た時、あの館にいた人達は俺用の新作料理が出来ると、こぞって味見に行っていたというのに、情けない‥‥
ラグナの料理は嫌だと言うので、仕方なくオヤスの喫茶店1号店に行くことになってしまった
◆◇◆◇
「ティンパー聞いたか?」
「いきなり聞いたか? って言われても何の事だかサッパリだぞ」
マシェルモビアの兵士のティンパーと、同じくマシェルモビア軍の召喚者フロルド、二人が所属する部隊は休暇の為本国に戻って来ていた。戦局が少しずつではあるが自国に傾きつつあり、尚且つ有利に運んでいた
「ほらあの女だよ、グースとねんごろになったって噂の女」
グースと聞いてこめかみが反応したティンパーは、直ぐにフロルドの言葉を訂正させようとする
「ト、ト‥‥トラ‥‥‥」
しかしその女の名前が出てこない
「トルリ・シルベな」
「知ってるんなら最初から名前を出せ、‥‥それとその言い方はよせ、グースの情報を持って来た奴だぞ、それでその女がどうかしたか?」
「俺っちが仕入れた情報によるとな、時期は分からないが大規模作戦が実行されるんだと、その為に軍団が編成されてその女が軍団長補佐になったんだとよ」
「軍団が編成された‥‥本当か?」
軍団は約3万程の兵で編成された部隊で、ここ数百年以上は編成されてはいない、軍団が編成されたという事は近々大規模な作戦が行われる可能性がある事を示唆している。
「本当みたいだぜ、でもよぉ、おかしぃいよな! 俺っちだってグースとやり合って生き残ったのによぉ! こっちにもそんな出世話があってもいいと思わねぇか!?」
変な所に腹を立てているフロルドに、ティンパーは少し呆れた
「トルリ・シルベはあの後軍大学に入ったんだろう? 軍学校しか出ていない俺達には無理な話だろ?せいぜい曹長、もしくはどんなに優秀でも少尉が限界だ。それに向こうはグースの情報を持ち帰ってきたし、何より少数で中央深部を通過したんだぞ? 功績だけでも凄いが軍団長補佐に任命されるという事は実際に優秀なんだろう、逆に俺達は見事に撃退されたからな」
それでも納得が出来ないフロルド
「でもよぉ~、う~ッ! くやしぃぃぃぃ!!」
「あまりデカい声出すなよ、見られてるぞ」
通行人の視線も気にせず喚くフロルドからティンパーは少し距離を取った
◆◇◆
「はぁ‥‥」
かつてグラースオルグと戦ったと言われる200人の勇者の子孫、その家系の一人でもあるトルリ・シルベは、ハンガーに掛けられている自身の制服を見てため息を付いた。
ハルツール軍の捕虜となり、捕虜の交換でマシェルモビアに戻ってきた彼女は一躍時の人となった。
彼女が持ち帰ったグラースオルグの情報と、大陸深部を通過したという事実はすぐさま軍を飛び越え一般の人間にも伝わる事になったが、彼女自身はもう軍は嫌だと辞め、婚約者と結婚をする予定でいた。
しかし、彼女の婚約者でもあり同じく軍に所属する男性も彼女と同じで階級が低く、給料もそれにつられ低い、そして、その彼はトルリにこう提案した。
「軍大学に入らないか? 正直トルリが軍を辞めると俺だけの給料では生活がきついと思うんだ。だからもう少し貯金を増やしてから結婚しようと思うんだよ、今回トルリが凄い情報を持って来たことで、多分お願いすれば軍は軍大学の入学を許可してくれると思うんだ」
「なるほど」
とトルリ・シルベは納得した。軍大学とは士官を育てる軍が関与する学校である。
階級が上がれば上がる程給料は良くなるし、戦場でまたあの時のように様子見で出撃させられる事も無くなる、入学中も給料は出るしその間は戦場に出なくてもよい、トルリ・シルベ婚約者と2人、軍大学入学のための試験を受ける事を申請した所すぐに許可された。そして試験結果は、婚約者の男性は見事に落ちたが、トルリ・シルベは見事に受かってしまった。
「俺は落ちちゃったけど、二人の将来の為に頑張ってくれトルリ」
「うん、頑張る!」
二人の明るい未来を夢見て張り切るトルリ・シルベ、彼女からしてみたらあの過酷な大陸深部を通過したことに比べたら、軍大学入学の試験など大したことは無かった。
一生懸命勉強し、ついには主席で卒業を果たした。
彼女は一般の兵士としてではなくどうやら士官としての才能があったらしく、まだ若いながらも大尉にまで上り詰める、そんな彼女に白羽の矢が当たる
今度設立される軍団に、彼女が隊長補佐として任命される事になったのだ。
何でこうなったの?
トルリ・シルベはハンガーにかけられた、軍団長補佐の印がつけられた制服を見てプレッシャーで吐きそうになる
「うっ!」
喉の所まで胃の中の物が出かけたが、ふいに大陸深部で虫を食べた事に比べたら大したことないと思い、出かけた物を飲み込む
「ふぅ‥‥何とか大丈夫そう」
あの時の経験と比べたら大したこと無い、そう思ったトルリ・シルベは立ち上がり
「よし! 結婚資金の為に頑張るぞ!」
そのたわわな胸の前で手を握り締めた。




