106 魔渇薬
「部下を一人失ったと聞いたが?」
ゴルジア首相はお茶の入った二人分のカップを持って来て、その内の一つをゆっくりと俺の前に置く
カチンと軽い音を立てて置かれ、カップの中のユラユラと揺れるお茶を見つめながら短く
「はい」
と答えた。
戦死した二人の葬儀も終わり、本来なら部隊の方に戻らなければいけなかったが、戻る気にはなれず何となくサーナタルエに残っていた。
部隊の方も負傷者の傷がまだ回復していないはずなので、まだいいだろうと勝手な思い込みもある軍人としては失格か
一応軍所属となっているが、ゴルジア首相にも約半分俺に対する命令権がある為、こうして直接あって報告をすることになっていた。
「あまり思い詰める事は止めた方がいいぞ、戦争をしているんじゃ、人が死ぬのは当たり前のことじゃからな‥‥お主もそんな場面はもう幾らでも見ているだろう? とは言っても初めて持った部下ならそれもしかたないか。
それでも隊長としては優秀な方だと思うがね、ワシが聞いたところだと毎年隊員を欠員補充している部隊もいると聞いている、それに比べたらお主はよくやっていると思う」
首相は自分の意見を話している間、俺の方を見る事はせず手に持っているカップを見ていた。その後ゆっくりとカップに口を付ける
「そう、でしょうか‥‥」
出されたお茶に手を伸ばしカップに触れる
「うぐっ! うぇっ! いかん、間違えてしまった」
渋い顔をした首相が立ち上がり砂糖を取りに行く
間違えた、という事はこっちの方には‥‥まあいい
出されたお茶に口を付ける、お茶の味が全くせず、熱でも溶けきれていない砂糖がザラリと舌に当たる
「すまんすまん、直ぐにそっちの方も入れ直す‥‥ありゃあ飲んでしまったか」
「砂糖のお湯割りありがとうございます」
顔色一つ変えず飲み干した俺を見て、首相はため息を付く
「はぁ、重傷じゃの」
・・・・
・・・・
報告と言っても大した事は無い、報告という名の単なるお茶会でもある、首相の愚痴を聞いたり
「軍の奴らはワシが大人しくしてれば━━」
近況を語ったりする
「ひ孫がチョコレートを欲しがってのぉ、ほれ! あの酒の入ってるやつ━━」
何気ない会話だが陰鬱な気分が少しは和らぐ気がする、首相も俺に気を使って何となくそんな会話をしている様だった。
「ハヤトよ」
渡したチョコレートを大事そうにしまうと
「まだ軍は続けるのか?」
「‥‥‥」
「戦争をしておるんじゃから必ず人は死ぬ、今回初めて部下を失ったがこれからもその可能性はあるし、またそれを見てしまう事もあるじゃろう、‥‥お主が辛いのなら辞めるのも一つの手だと思う」
首相は俺の目の奥を探るようにのぞき込む
「軍を辞めてワシの手伝いをしてくれんかのぅ? これでも結構いそがしいんじゃが‥‥手伝ってくれればこっちもたすかるんだが」
これまで何度か軍を辞め、自分の手伝いをして欲しいと首相には言われてきたが、今回ほど心が動いた事は無いと思う、俺の事をそこまで気遣ってくれる首相の気持ちはありがたいが、ベルフと約束と部隊を放り投げる事は出来ない
「申し訳ありませんが」
「・・ふぅ、そうか、お主がそう言うなら仕方がない、だが辞めたくなったらいつでも言うがよい」
「ありがとうございます」
残念そうな顔をした首相は一枚の紙を渡して来た
「お主が申請していた召喚獣の許可証じゃ、先週やっと許可が下りてな、‥‥気が向いたら行くがよい」
「‥‥はい」
・・・・
・・・・
首相の部屋を出ると召喚獣のラグナが魔法陣の中から現れ
「そちらの許可証は私がお預かりいたしましょう」
手渡すとラグナはそのまま魔法陣の中に戻って行く
一人でいるよりもやはり他の人と話をしていた方が気が楽になる、首相と話をしていてそう感じた。首相も何かと気にかけてくれているみたいで、自分としてはとてもありがたい
軍を辞め、首相の手伝いをしても良かったと少し思ったが、ベルフと約束をしてしまった。生まれ変わってまた俺の部隊にまた入ってくると‥‥
人は死んだら直ぐに生まれ変わる、それがこの世界の常識、しかし実際は人は死ぬと魂が魔力に変換され魂の欠片すら残さない、約束はしたがその約束は果たされる事は無いだろう、それでもベルフとの約束を違える事は出来ない、だから部隊の枠は開けておこう・・・
それにしても首相の言っていた「手伝い」とは一体何をするんだろう? 緩衝地帯付近の村への駐留だろうか?
それと最初の頃言っていた「極秘任務」、今まで一度も受けた事が無いが一体どんな任務なのだろう
「‥‥‥‥部隊に戻るか」
家に帰ったらタクティアに連絡を入れておこう
・・・・
・・・・
「うん、明日そっちに向かうよ、ん? 大丈夫そっちは・・みんなはどうしてる?・・・そう・・分かった、うんそれじゃ」
タクティアとの通話を終えソファーに深く腰掛ける
「はぁ~」
ここ数日ため息がよく出るようになった。
タクティアによると隊員達は皆元気がなく特にライカが一番参っているらしい、前の部隊の全滅を経験しているエクレール、ソルセリーの二人は毅然と振舞っているとか
ソファーに座り天井を見上げながら考える
今回の遭遇戦、広い緩衝地帯で敵と遭遇するのは極めて低い、しかし敵の重要拠点などに近づくにつれその確率はグンと高くなる。
緩衝地帯では木々が生い茂り視界は極めて悪い、なので『探知』を使い不意打ちを受けないよう探る、そこで魔道具などを使い先に敵兵を発見した場合、めったな事では戦闘を回避しないでそのまま戦闘に持ち込む
理由としては、戦闘を回避した敵兵が自軍の拠点など狙われるのを防ぐためである、以前から何度もあったらしい、敵との戦闘を回避し敵拠点を落とし帰ってきたら、自分達がねぐらにしている場所を落とされていたなんてことが
偵察衛星でもあればそんな事も防げるんだろうけど、それはこの世界では不可能になる、技術が無いからとかではなく主にエネルギーの問題。
ここでは魔力が全てのエネルギーとなっている、動力にもなるし、通信でも魔力が使われる
実際に宇宙に向けて色々やったらしい、ロケットを大気圏の外まで打ち上げるのは成功したが、この星から出た瞬間に制御不能に陥った。
通信も魔力に頼っているため、星から出てしまうと宇宙空間には魔力が無いから届かない、なので今でもその時打ち上げたものは軌道衛星上に漂っている、魔力に頼っているこの星はその時点で宇宙開発が出来ず詰んでいる状態にある。
「・・・・」
俺は何となく、あの時ベルフの側に落ちていたカプセルを取り出した、小さなカプセルで、開けてみると白い粉末が入っていた。最初は変わった回復薬だとは思ったが
「それは『魔渇薬』だ」
エクレールがそう教えてくれた。
かつては毒殺のための薬として扱われていたこの薬、つまり毒物扱いされていて暗殺にも使われていた。
解毒剤が無かった時代にはかなりの人が犠牲になったらしい
この薬が毒として認識される理由としては、服用すると一時的に魔力が回復するが副作用として、その後すぐに魔力が体から抜けていき二度と魔力が体の中で作られなくなる、そうすると人は衰弱死してしまう。
もしこの薬を服用してしまった場合、直ぐに解毒剤を飲み丸一日安静にしなければならない、解毒剤が無かった場合の対処法としてははこの魔渇薬を飲み続けなければならなくなるが、その場合もし解毒薬を使用しても回復がかなり遅れる事となる
『魔渇薬』とはつまり、魔力が体から枯渇する薬という事だ
「隊長は知らなかったのか?」
「初めて知ったよ」
「中等部で習うはずだったんだが」
中等部に入学していない俺にはその薬の事を分かるはずも無かった
「一応私も持っている、万が一の為にな」
かつて暗殺にも使われたこの毒物は簡単に手に入る物では無い、持っているだけでも犯罪になる、だが兵士の間ではその時の為に持っている者も少なくは無いという。
あの時のベルフは既にその覚悟が出来ていたのだろう
「‥‥‥‥さて、明日の準備をするか」
魔渇薬を仕舞いソファーから立ち上がった
◆◇◆
ライカは真夜中、光の届かない暗闇の中で一人佇んでいた。
あれから一週間ほとんど眠る事も出来ず、夜になると誰にも気づかれない場所にいる事が多くなった。
「自分のせいだ‥‥」
ここずっとライカの口から出ている言葉、あの時自分があまりにも敵中に入り込んでしまった為、ベルフは命を落とすことになってしまった。
ライカが中に入りすぎてしまった場合、ベルフの指示により下がる事になっていた。だがあの時ベルフからの指示は無くライカは更に奥に入り込んだ
『ライカは少し周りを見た方がいいかもね~』
前の隊長フレックスの言葉が蘇る
「その通りでした、フレックス隊長‥‥自分は‥‥」
人の死はいくらでも見たライカでも、自分の部隊の人間が死んだのは初めての経験だった
「うっ、おぇっ!」
上半身だけになったベルフの姿が、そしてあの時のベルフの顔が記憶に浮かび上がり、胃の中の物が逆流する、べちゃべちゃと地面に胃の中にあった物をぶちまける
寝る事が出来れば考える事なく楽になるのだろうが、寝てしまうと必ず悪夢を見てしまう。
昼はこの奪った敵拠点の防衛としての仕事があるからまだいいが、夜になると隊員達はハヤトが魔法で作った家に戻る、だがライカは戻らなかった。それは他の隊員の目が怖いから
「お前のせいだ!」と言われそうで、ライカはずっと怯えていた。だから誰もいないこの暗い場所に夜になると来ていた
ザッ ザッ ザッ
近づいてくる足音に体が反応する
「こんな所にいたのね」
ソルセリーの声だった
「ライカ、少しでも休まないと体を壊すわよ」
ベルフと一番長い付き合いのソルセリー、ライカはソルセリーは自分の事を憎んでいるのではないか? と感じていた。だからソルセリーの言葉には答えることが出来なかった。
「‥‥タクティアは今回の戦闘で、ライカとベルフが敵中に切り込んでいなかったら、死者の数はかなりの物だろうって言っていたわ、あなた達二人は部隊の被害を最小限にしたのよ」
「‥‥でもそのせいでベルフが死んだ、死んだのは自分のせいだ」
震える声でライカは返す
「いいえ、ライカのせいでもないしベルフのせいでもない、貴方は行けると思って敵中に入り込んだし、ベルフもそう思ったから止めなかったのよ」
「‥‥ちがう‥‥違う! 違う! 自分のせいだ! 自分のせいでベルフは死んだ! 自分が‥‥過信しすぎていたから!」
ライカは声を荒げ、ソルセリーに当たり散らすよう怒鳴った、全て自分がわるいんだと
「落ち着きなさいライカ」
ソルセリーは怒鳴り散らすライカに動じず、ライカに諭すように話す
「私たちは戦争をしているの、それで死者が出るのは当たり前の事なのよ」
「それが当たり前の事でも死んだのは同じ部隊のベルフだ!」
「そうね、でもそれはそういう運命なの死んだのはベルフだけれども、もしかしたら貴方だったかもしれない‥‥、貴方も知っているでしょうけど、私は前の部隊で全滅を経験している、今まで一緒だった人たちがほんの少しの時間でいなくなってしまうの、仲の良かった人も‥‥そして身内も」
「ソルセリー‥‥」
「今回、もしかしたらもっと人が死んでいたかもしれない、タクティアやエクレールが死んでいた可能性もあったし貴方もあの時危なかったと聞いているわ、一緒にいたベルフは死んでしまったけど、私は貴方まで死ぬことがなくて良かったと心から思っているわ」
「‥‥‥」
「思い悩むなと言っても今は無理でしょうけど、あまり悪い方に考えないで」
ソルセリーは優しくライカの手を取り、その上に携帯食用のパナンを乗せた。
「あまり食べていないんでしょう? 少しくらいは喉を通らなくても入れておいた方がいいわ、まともな物が食べたくなったら戻ってらっしゃい、とは言っても隊長がいないから手抜きだけれどね」
ほほ笑んでから戻って行くソルセリー
少し前からだが、ソルセリーは隊長のハヤトの事を思っている事を隠さなくなった。
以前は禁句だったのが、エクレールと一緒にハヤトの事を話している時がある。
ベルフにそれをおちょくられた時も、前のソルセリーだったら顔を真っ赤にして怒り狂っていただろうが、最近では「そうよ」と少しだけ顔を赤らめるだけになっていた。
ハヤトに対してはいつもどおりの態度だが。
ソルセリーの後ろ姿をライカは見えなくなるまで見ていた
ライカはそんなソルセリーの笑顔が少し眩しく感じていた




