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庭の植樹が風に吹かれてザワザワと音を立てて靡き、雲が流れてきて太陽を覆い、ひんやりとした空気が肌をさす。
少し寒そうに剥き出しになった二の腕を摩っていた美里が、
「ねえ、あれ」
と言って、前方を指差した。
瑰と一成が、その指の先に目線を向けると、若い女が、小走りに庭を横切って行った。
「誰だ?」
瑰と一成が、声を揃えて言った。
「ちょっと聞いてくるわ」
と、席を立った美里に
「ここを片付けてからな」
瑰が、言った。
美里は、乱雑にガラスのポットの載った銀の盆に三人分のガラスのカップを載せて、
「お願いね」
と瑰の前に銀の盆を置いて、若い女を追っかけた。
「頼むな」
瑰は、その銀の盆を一成の前に置いた。
一成は首を横に振って、瑰の前に銀の盆を戻した。
「俺?」
瑰が素っ頓狂な声をあげて、頭を振った。
若い女が、扉の閉まる音にビクッと跳ね上がって、振り返った。
「ごめんなさい。驚かせちゃった?」
「あ、いえ」
若い女が、モジモジしたように言った。
「あらためて、こんにちは」
「こんにちは」
「私は、峯岸美里。あなたは?」
「原田凛です」
「ご子息のフィアンセ?」
「はい」
婚約者の原田凛は、伊織より2歳年上の、目鼻立ちのはっきりとした色白の美人。
「伊織さんのお知り合いの方ですか?」
「ううん。お父上の知り合いの友人。招待されたバースディパーティに、出席できなくなった友人の代理できたの。宜しくね」
「こちらこそ」
鉢植えの緑色のパフィオペディを見て、
「珍しいわね、緑色のパフィオペディなんて。別名、女神のスリッパ」
美里が、言った。
「詳しいんですね」
「多少はね」
正面玄関の扉を開けようとした途端、中から開けられて
「これは、申し訳ございません」
執事が、侘びるように瑰が持った銀の盆を手に取った。
「若い女性をお見かけしましたが」
と、瑰が言って
「お坊ちゃまのフィアンセの凛様です」
と、執事が返して
「ご子息はお出かけに?」
と、一成が言い
「はい」
執事が、返事した。
玄関前に駐車されたフェラーリは消えていた。
温室の中には、胡蝶蘭、シンビジウム、カトレア、テンドロビューム、オンシジウム、グラマトフィラム、バンダ、パフィオペディラムなどの数々の鉢植えの洋ランが置かれてあった。
「手入れはいつもあなたが?」
「ええ」
「大変じゃない?」
「大変ですけど……。大奥様に頼まれたものですから」
「お住まいはお近くなの?」
「いえ。小樽です」
「え?……小樽?」
「はい。何か?」
「ううん。何でも」
「美里!そこにいるのか!」
瑰の声がした。
「ええ、いるわよ!入って!」
扉が開いて、瑰と一成が入ってきた。
「彼女がそう言ったのか?」
「ええ。住まいは小樽だって」
「彼女があの脅迫状を?」
「まさか」
「あり得るかもな」
「本気でそんなこと思ってるの」
「依頼人は、何のために永承に依頼してきたんだ?」
「そりゃ、脅迫者を捜すためでしょう」
「なのに、あの依頼人は、脅迫状が送られてきたとは言ったが、脅迫者を捜してくれとは言ってない」
「誰が送りつけてきたのか、知ってるってことか?」
「無きにしも非ず。中らずと雖も遠からず。かもな」
「だったら、凛さんを問い質せば済むことじゃない。こんな回りくどいことしなくても」
「息子のフィアンセだからな。そうしたくてもそうできないんだろう」
「そうだな」
「一成さんも凛さんだと思ってるの?」
「彼女とは思ってないが。依頼人は、誰が送り付けてきたのか、知っている」
「ええッ?」
ああでもないこうでもないと、瑰の客室で美里と一成とともに話し合っていると、ドアをノックする音がした。
瑰がドアを開けると、そこに執事が立っていた。




