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episode2-17

 舞台は整った。

 柴村早苗(しばむらさなえ)が降ろした宮殿風のイメージを、現実の食堂にダブらせながら。

「無論、こちらの代表者はこの荒谷仁(あらやひとし)がやらせて貰う」

 重いどよめきが、突入部隊側から広がりゆく。

 対競合種機構としての性格も持つ女王護衛軍は、執聖騎士団と同様に、一日以下の短期決戦をセオリーとした軍隊だ。

 山奥に分け入る事もあるが、その生命力をもってすれば、水だけで二週間の継戦が可能。

 そのため、彼らの戦略に糧食と言う概念が無い。

 幅広い知識とサバイバル能力を要求される護衛軍・執聖騎士と言えど、調理の腕前だけは求められないのだ。

 そして、そんな護衛軍の中で、荒谷仁が例外の存在である事を元同僚の護衛軍達は知っている。

 彼の腕前は、五ツ星級。

 かつて仲間だった護衛軍には、その事実を味覚に刻まれた者も少なくはない。

 この勝負、少なくとも女王護衛軍の中に勝てる者は居ない。

 ならば、友軍の執聖騎士団に希望を託すしか無いがーー、

「テレサ君」

 ルカが、確信に満ちた目で、自らの従士を見上げる。

 だが、

「その女は駄目だ」

 荒谷の断固とした声が、二人の間に割り入った。

「騎士桐江(キリエ)

 挑戦者には貴様を指名する」

「何!?」

 もっとも驚いたのは、当のルカだ。

 荒谷は、何を思って自分なぞを。

 戸惑いのあまり、返す言葉が無い。

「勝手な事をぬかすな。そちらの人選は自由に決めておいて」

 突入部隊から、苛立ちのこもった糾弾が飛ぶが。

「黙れ。

 従わないなら、この場の全員、上獅子(かみしし)の供物となるだけだ」

 結局、この一言で封殺される。

《……、…………》

 ミネッテが、小さく口を開いては閉じた。

 ルカもテレサも、気付いてすらいないのだろうが……荒谷があえてルカを指名した事実、その理由。

 最低限度、人並みの猜疑心を備えたミネッテだけは、察してしまった。

 元所属していた護衛軍と言えど、その全ての料理の腕までを把握しているとは考えづらい。

 荒谷が知らないだけで、荒谷に勝てる料理人が突入部隊の中に居ないとも限らない。

 荒谷としては、確実に勝てる相手を選びたい事だろう。

 一方で、荒谷はルカを指名した。

 外様(とざま)である執聖騎士が相手では、なおの事、その腕前を読めない筈なのに。

 しかも、である。

 荒谷は、

 対戦相手がテレサだと敗れる可能性があり、

 ルカが相手ならば確実に勝てる、

 そう確信している節がある。

 何故、それがわかる?

 荒谷は、この状況になる前に、どこかでその“確証”を得たのだ。

 准将の甥であるルカはともかく、何故か、全く無名であるテレサの戦力すらも把握している。

 荒谷の自信ありげな振る舞いは、その情報にかなりの信頼性がある事を示している。

 テレサ・バーンズの料理を口にした事があり、なおかつ、カエサルの息子達に属している人物。

 一人だけ、居る。

《どう、しますか?》

 ミネッテは結局、本当に言いたい事を言わず。

 無意味な問いを投げ掛けるのみ。

「受けよう」

 ルカは、高い背筋を真っ直ぐに伸ばすと、即答した。

《えっ、勝算があるのですか?》

「ある。

 良い物を作る意志があれば、必ずや」

 ルカの力強い自信とは裏腹、ミネッテは口許を覆って怯えるのみ。

 つまる所、ルカには現実的な勝算が何ら無いと言う事だ。

 意志の力だけで、素人がシェフを凌駕出来るはずがない。

 具体的な指向性の無い思考には、何の奇跡的価値もない。これは、常識以前の哲理だ。

「案ずるな。受けた以上は勝つ」

《……》

 それだけを告げたルカの目は、真っ直ぐ前を見据えている。

「その意気はよし。門外漢がこの荒谷をどうやって下すか、せいぜい必死になる事だ」




 ルカと荒谷、双方共にコック姿に着替えて厨房へと入る。

「調理の制限時間は六〇分。

 使用食材、及び、調理法に制限はありません」

 進行役を請け負った荒谷の部下が、早口に告げる。

「ただし、調理中は厨房から出てはいけません。

 つまり、食材はこの厨房の保冷庫にある物に限られます」

 ルカと荒谷、両決闘者が所定の位置に立つ。

「また、各一名ずつ、助手を付ける事が認められます」

 “調理人”と言う言葉を辞書で引くと、次のように記される。

 一般家庭・飲食店・各種公的機関等において“料理”に携わる者のうち、

 包丁を使い、また、献立・調味・盛り付けの裁量権を持つ者。

 ただし、加熱や冷却のような奇跡的要因の絡む作業はこの限りではない。

 一人の調理人が、火や水の全てを降臨させられるとは限らない。

 調理人とは言わば、刃を振るう前衛。

 その調理人が出来ない穴を埋め、料理を成立させるのが助手の仕事。言わば、後衛と言う事だ。

 荒谷は、助手を付ける事を辞退。

 単独で必要な手札が揃っているのなら、わざわざ助手を付ける必要は無いと言う事だ。

 ルカは、保冷や洗浄など、水回りの奇跡は必要最小限呼べる。

 その為、護衛軍の中から、加熱調理の可能な者(大倉と言う者)に協力を要請した。

 火加減は、降臨規模とは別に、儀式執行者の調理センスも問われる。

 せめて助手だけでもテレサを頼れたなら心強かったが、一切の家事的奇跡を呼べないのでは、どうしようも無い。

 家事がどの程度カバー出来るかは、資質や幼少期の環境に依るので、彼女を殊更責める謂われもない。

 むしろ、儀式思考的才能を理由に料理下手に甘んじず、調理人としての精進を人一倍怠らなかった事には尊敬の念を覚える。シーザーに見習わせたい。

ルカはそうも考えていた。

 彼のささやかな事情はともかく、その調理環境は整った。

 あとは、

「審査は、どの様に行われる」

 やはりこの一点である。

「それについても抜かりはない。

 前に出ろ、椎堂百合香(しどうゆりか)

 百合香に命じた、と言うよりはその脇に固めさせた部下に命じたらしい。

 百合香の左右に立っていた、力士像のように屈強な男が二人。

 か弱い彼女が苦鳴を漏らすのも無視して、力ずくで引っ立てようとする。

 そこへ、

「その、女性の扱い方は、いやしくも文明人のする事ですか」

 柴村早苗が、震えがちな声で糾弾した。

「何だと?」

 荒谷達には、威圧的に、

 しかし自分の背後に居る被害者仲間達には、けなげに勇気を振り絞る女、というイメージを同時に与える。

 悪く言えば玉虫色な、

 良く言えば、敵を圧して味方を鼓舞する、

 器用な態度である。

 柴村早苗のシンパと化した人質達が、またも殺気だった。

 どうせ殺されるなら、早苗を護って死んでやろうか。

 そんな覚悟さえも帯びた、人質達。

 怯えと憎悪の混ざった視線が、荒谷に殺到する。

 せっかく話がまとまりかけた所だ。

「……丁重に扱え」

 荒谷は、重い語調でそれだけを命じた。

 荒谷の部下達は、手のひらを返すように百合香をエスコートした。

「判定には、彼女に協力してもらう」

「え、わたし、ですか」

「そうだ。

 この勝負、敗者の陣営に配置した生け贄のみが、上獅子の供物となる。

 ここまでは話したな。

 では、その儀式起点をどうするか?

 これを解決する為に、貴様の託宣が必要だ」

 途端に、百合香の顔が青ざめた。

 膝が笑い、転びそうなる彼女を、荒谷の部下が支える。

 今度は、紳士的にだ。

鹿島富美子(かしまふみこ)が提唱した、託宣による五感共感論。

 託宣を通して、他者の感覚――五感や情動――を疑似的にシェアする、歴史的発明だ。

 この国の、そして世界の託宣事情を一変させかねないほどのな。

 だが、実際にそれを確立したのは、鹿島では無い。

 貴様だ。椎堂百合香」

 周囲、託宣に明るい者達から、まばらな驚嘆が漏れた。

 簡単に言い放つが、それは荒谷自身も言っていたように、託宣の歴史そのものを塗り替える大偉業でもある。

 もし荒谷の言う事が真実ならば、鹿島富美子は椎堂百合香の大業を、横から掠め取った事になる。

 つまりそれは、鹿島が女王である可能性は低いと言う事を示唆する。

 女王の条件とは、託宣の分野で偉業を成し遂げ、当代一の巫女として認められる事。

 いかに能力が高くても、実績が他人の真似事ではまず選出されまい。

 仮に誤魔化そうとしても、誤魔化しきれるほど宮廷は甘い組織でもない。

 宮廷が、技術の剽窃(ひょうせつ)を黙認してでも鹿島を抱えるのは、椎堂百合香の影武者とする為とは考えられないだろうか。

「心配するな。誰が女王かを、今、追及する気は無い。

 貴様はただ、審査に協力すれば良い。

 可能だろう?」

 百合香は、三呼吸の躊躇いの後、小さく頷いた。

 荒谷は、彼女の機微にはまるで興味を示さず、

 早口にルールを告げて行く。

「審査員は、人質の中から無作為に九名、選出する。

 その九名が双方の料理を試食する。

 この時、“こちらの方が相手よりも劣る”と言う精神反応が、その陣営の生け贄に返される。

 これが、一票の仕組みだ。

“どちらが旨いか”と言う条件では、勝った方が死ぬ事になるので、マイナス票と言う基準を取らざるを得なかった。

 とにかく。

 五つの投票を受けた生け贄が、これを儀式起点として、上獅子の供物となる。

 この票に誤魔化しを利かせられないようにする為に、椎堂百合香が必要となる寸法だ」

 敵が作った物であろうと、味方が作った物であろうと、食の嗜好ばかりは誤魔化しようがない。

 確かに表面上「うまい」「まずい」という演技が可能であれば、この勝負は成立しない。

 それこそ、俳優でもある柴村早苗に演じさせれば、泥を食っても至高の美食に出会ったかのようなリアクションを可能とするだろう。

 だが。

 二品を食し、どちらが旨いかの比較が終わった瞬間の精神反応を正確に分析できるのなら、この勝負の公平性は成立する。

 生け贄の儀式は、執行者の命を捨てる性質上、生半可な覚悟では成立しない。

 一度“料理勝負の勝敗に命を捧げるのだ!”と決めたからには、その他のルールで充分な降臨規模を得る事は不可能となる。

 新たに玉砕の意志を得るまでの数秒。それだけの時間があれば、突入部隊は、占拠者達を殲滅できる。

 この為、おいそれと儀式起点を変えて降臨を強行する事はできない。

 つまり、荒谷が負けた時、生け贄がルールを反故にして、この一帯を爆破させる心配は無いと言うことでもある。

「このルールで問題ないか?

 貴様が決めろ、騎士キリエ」

 審査法は確かに平等だ。

 だが、戦力比は絶望的と言える。

 荒谷を出し抜く策謀など思い浮かぶはずもない。

 ルカ・キリエとは、騙される事はあっても、他人を欺く才能は皆無である。

 これまでに「謀られたか!」という断末魔を発せずに済んだのは、シーザーとシェイの想像を絶するフォローによる賜物でしかない。

 ここに彼らは居ない。

 テレサも取り上げられた。

 この勝負、全方位的に勝ち目がないが、

「了承した。その条件を全面的に呑む」

 彼は、よどみなく言い放った。

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