episode2-16
職場恋愛だった。
軍属では、さほど珍しくないことだ。
惚れた要因は何だっただろう、と、たまこは何度か自問した。
軍人然とした、凛々しい顔立ち。
美しい弓射のフォーム。
そして。
どこか捨て鉢に見えるほどの、苛烈な戦い方。
頼もしく力強い、その長い腕。
寡黙な中に覗く、近しい人へのやさしさ。
――今思えば、彼の内包していた矛盾を、わたしは初めから感じ取っていた。
小娘はそれを“アンバランスさから来る魅力”と短絡的に受け止めた。
小娘が彼と結ばれ、おばさんになった時。
初めて、そのツケを直視させられた。
それよりほか、形容しようのない話だ。
順当に結婚し、順当に子供を授かった。
父としては、どんな男だったろう。
やはり息子二人に対しても寡黙な父だったと思う。
けれど、その背中は、二人の男の指標となった。
長男は、父の背中に膝を折った。
父と同じ事をしても永久に一番になれぬと悟った。
そんな父を持ったから、儀式光学の道を究めることにした。
次男は、父の背中に、今も噛り付いている。
何が何でも父を凌駕してやろうと決意した。
だから、生涯を弓だけに捧げんとし、今は若くして師範代に到達した。
彼の意志は、全く色を変えながらも、確かに息子たちに受け継がれている。
朝田大地は、
そんな息子達を見て何を思ったのだろうか。
たまこに、それを知るすべは無い。
未来永劫、もう二度と。
だが、朝田大地は、その時が来ると信じて死んで行ったのだろう。
桐江准将率いる本隊が正面の施設西口を突破。
吉井隊による朝田たまこの確保を確認した後、同エリアを制圧した。
これにより、吉井隊は本隊と合流した。
朝田大地以下、十数名の遺体が淡々と運搬されてゆく。
茫然と見つめる朝田たまこをよそにして。
現状。
懸念は、女王容疑者である朝田たまこのの奪回による、占拠者達の反応だ。
バジル・メルメの目的が見せしめに女王を殺す事である以上、占拠者達は女王の正体を暴く必要がある。
四人居た女王容疑者のうち、一人が救出されたと言うことは、
占拠者にとって人質としての女王が失われた、と言う“可能性”が浮上する事でもある。
司令のバジルはともかく、現場で極度の緊張を強いられている造反護衛軍達が、いつまでも人質を生かしておく保証はどこにもない。
女王容疑者を一人救出する度、占拠者達は追い詰められる。
後に助け出される人質ほど、命が危うくなるだろう。
「この為、残り二箇所の監禁場所は、同時に攻略します。
我が隊は、柴村早苗、及び、椎堂百合香の監禁されて居る一階レストランを担当します」
吉井敬吾が、本隊から預かった方針をルカに告げた。
「今度は、五個小隊が同伴しますから、充分な戦力が確保出来る事でしょう」
ルカとミネッテは、何の疑念もないようだが、
――だいじょうぶかな。
テレサは内心でのみ、不安を滲ませた。
占拠者達とて、女王護衛軍。
既に戦力で負けている事は重々わかっている事だろう。
人質の存在以外に拠り所がない、絶望的な籠城戦に立たされた彼らが、果たして正面対決に応じるものかどうか。
今しがた、彼女達自身が、寡兵で朝田隊を下したばかりだ。
次は逆の立場、と考えずにはいられない。
とは言え。
根拠が示せない以上、不安を言語化する事は、いたずらに隊を混乱させるだけと判断。
テレサは、開きかけた口唇をそっと閉じた。
食堂。
造反護衛軍の荒谷は考える。
この区画は完全に制圧され、女王容疑者の一人である朝田たまこが奪われた。
仮に朝田たまこが女王であった場合、すでに敗北が確定していることになる。
その可能性におののき、周囲の“駒”達も、半ば恐慌をきたしかけている。
ただでさえ、大スター・柴村早苗の気配にあてられ、熱狂を孕んだ人質たちを抱えている。
それを抑え込む部下達までもが暴走すれば――この食堂を中心としたブロックは、たちまち天の炎に呑まれ、焼きカスになる事だろう。
柴村早苗も、椎堂百合香も、ここを攻め落とさんと向かってきている突入部隊も。誰も彼も。
それは構わない。
元々武力勝負で勝ち目は無かったし、援軍のない籠城戦でもある。
最終的には、そうせざるを得ないはずなのだ。
だが。
――捕らえた容疑者四人の中に、本当に女王はいるのだろうか?
その疑念が、彼らに歯止めをかけ続けている。
救出部隊が今もなお攻めてくるのは、あくまでも“人質救出”を目指しての事で、警察組織として当然で普遍的な行動に過ぎない。
何も、連中の目的が女王救出にあるとは限らないのだ。
未だに、女王が誰であるかの目星はついていない。
それがわからないまま、女王争奪戦は、おそらく最終局面を迎えようとしている。
バジル・メルメや、それ以下の上層部は、未だ答えを示してはくれない。
鹿島富美子を捕らえている部隊と連携し、女王容疑者を全て一掃してしまえば……。
……そう踏み切れるくらいなら、そもそもこの籠城自体、必要無い。
四人の中に女王が居なければ……荒谷自身と大勢の同胞の無駄死にを意味する。
そう、同胞たち。
女王などという、上獅子の糞の何万分の一も価値が無い糞にこびへつらい、本心を抑圧し、今生の大半を屈辱に浪費させられてきた。
その気持ちをわかってくれるのは、同じ境遇の者達だけだ。
彼らは、何としてでも上獅子に認めてもらい、永遠の時を得てもらわなければならない。
そしてこの時。
荒谷は、既に持っていた。
単純な武力差を無視し、あわよくば人質を抱え続けたまま、今生を続行できる策を。
一つだけ。
「柴村早苗」
荒谷は、可能な限り威圧的な重低音の声で命じる。
「そして、椎堂百合香」
厨房で縮こまっていた椎堂百合香は、面白いほどわかりやすく、肩を震わせた。
――馬鹿が、バレていないとでも思ったのか。
「協力しろ。
それで貴様らの余命が決まる」
吉井敬吾とて、占拠者の心理状態が想像できなかったわけでは無い。
次の突入は、占拠者達を崖っぷちにまで追い詰める事となる。
高い確率で、女王容疑者の三人は殺される事だろう。
だから。
だから、彼にとって、女王救出任務は終わったも同然だった。
女王が死のうが助かろうが、吉井は、自分が生還出来ればそれで良かった。
だから、
「総員、突入!」
前衛がドアを蹴破ると同時、吉井はルカの背中を力の限り蹴りつけた。
「!?」
ルカの長身が、トラックに跳ね飛ばされたかのような勢いで、敵地に突っ込む。
「ルカさん!?」
そして吉井自身は、突入部隊の人波に逆らい、姿を消した。
吉井敬吾の暴挙に、テレサはただただ狼狽するしかない。
だが、身体は吹き飛んだルカの速度を凌駕して飛び出す。
彼をかばいながら受け身を取って、テレサは素早く視線を上げた。
だが。
何も見えない。
ドアが開いている以上、光源は充分なはずだが。
立て籠もっている者達が奇跡的措置により、あらゆる環境光を消滅させたのだろう。
だが、たかだか全盲状態に陥って無力化される素人は居ない。
女王護衛軍の誰も。
そして、テレサも。
音の反射で感じる。
肌に伝わる微妙な熱で感じる。
泡沫のごとく、無数に浮かぶ体臭が、如実に語る。
総勢四六人のヒトが、この場に存在していると。
テレサは床に手をつき、接地。
その気になれば――超音速程度の儀式戦術であれば――それを視認した瞬間、厚み三〇ミリ強の防護壁を立ち上がらせ、防げる。
ただ、複数人がかりの大規模儀式に対して、どこまで対抗できるか。
襲い来るのは熱波か、水撃か、大気の変質か、冷気か、毒か。
光とか電撃は、できればやめてほしい。
「挑戦者、入場!」
そんな事を念じていたテレサに浴びせられたのは、何の害もない、中年男にしては張りのある肉声。
ただ、その言葉の内容には、理解が追い付かない。
まるで、これからプロレスかボクシングでも始まるかのような、
刀傷沙汰の気配がまるで感じられない、正々堂々とした声だった。
ふっ、と、華美に装飾された広間のイメージが頭に浮かんだ。
安っぽい宮殿を模したかのような。
託宣だ。
何者かが託宣を通して、このイメージを見せている。
「挑戦者が、文字通り身を投げ出し、このコロシアムに飛び込んできた」
にわかに、光が射した。
いや、光を飲み込んでいた奇跡的な事象変化――言い換えれば闇――が消えた、と言うのが正確か。
モダンなデザインの大カフェテリア。
そこに、あの安っぽい宮殿の託宣像がダブり、何とも異様な情景を醸し出している。
「迎え撃つは、この荒谷 仁」
裏切りの護衛軍少佐・荒谷が、どこか芝居じみた振る舞いで進み出る。
「動くな」
テレサ、ルカ、後続の突入部隊が身構えるのを測ったかのように、荒谷が制止した。
「ここから先は、俺のルールに従ってもらう。
さもなくば、この食堂ごと、全員が原型もなく潰れる事になる」
ふざけるな、と思いはしても、それを迂闊に口走るような未熟者は、この場には一人も居ない。
テレサは、床に手をついて接地したまま、現場に視線を巡らせる。
壁に沿って、等間隔に配置された占拠者達。
彼ら彼女ら全てが生け贄だとすれば、この建物自体が危うい。
どうすれば――、
「そこの従士。床から手を離し、直立になれ」
荒谷が、油断なくテレサに命じた。
まるで、大地の秘術を知らないまでも、“接地”が儀式起点だと確証を持っているかのような。
そんな、迷いの無さで。
あり得ない事だが……テレサは、素直に従うしかない。
これで、突入部隊は完全に制圧された事になる。
だが、わざわざ制圧しなければならない事が、そもそも不自然なのだと、誰もが見抜いていた。
生け贄による無差別爆破をちらつかせて脅かすくらいなら、問答無用で自爆してしまえば済むはずなのだから。
――荒谷は、欲をかいている。
死を恐れず、自滅もいとわない上獅子派。
だが、それは“今すぐ死んでも良い”と言う考えとは、必ずしも同じではない。
生き延びる目があるのなら、それに賭ける程度の足掻きはする者も居る。
思想を持って死の恐怖を克服しようとも――肉体に刻まれた“生への執着”までも消し去る事は出来ない。
「わかって居るとは思うが、兵力勝負で我らに勝ち目は無い。
かと言って、我らに投降の意思は無い。
貴様等とて、我らもろとも消し灰となる事は望まないだろう」
「要求は、何だ」
吉井に蹴り飛ばされて以降、膝をついたまま、身動きを許されないでいたルカが問うた。
「兵力に左右されない、平等なルールで決着をつける」
荒谷が半歩引き、自らの背後――厨房を指し示した。
「そうか! 荒谷、貴様やはり」
入り口で立ち往生を余儀なくされていた護衛軍の一人が、理解の声を張り上げた。
顔見知りであるらしい彼――西尾は、荒谷の意図を読めたらしい。
「料理で決める」
荒谷は、非常に滑らかな滑舌で告げた。
「えっ?」「何……?」
テレサもルカも、荒谷が何を言っているのかが理解できないまま。
「この俺と、貴様らのうちの誰か一人が、タイマンで戦う。
ただしその手段は武力や儀式戦術では無い。
料理による戦いだ。
より旨い料理を作った者を、勝者とする。
両陣営に、我が隊の生け贄――自爆要員――を置き、負けた方が生け贄の自爆の道連れになり、
死ぬ」




