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episode2-13

「各員、交戦体制に移れ!」

 吉井が鋭く命じた時にはもう、テレサは鋭くハンドルを切っていた。

 車体が、急カーブを描く。

 ほぼ同瞬。

 世界が純白の虚無に染まる。

 チョウチンアンコウの角から放たれた、膨大な光学エネルギーが、最前までテレサカーのあった空間を消滅させた。

 海中道路は、後方一キロばかり消滅。

 膨大な砂粒にまで分解された元・路面は、海水と混じりあって濃霧と化した。

 水中で減衰していてでさえ、この威力だ。

 チョウチンアンコウが陸棲生物で無かった事に、テレサは心の底から感謝した。

 ルカの講釈から瞬時にアンコウの攻撃器官を予測し、的確に回避してのけたテレサの機転には、吉井も内心で舌を巻いた。

 ――これが、執聖騎士団か。

「従士ヌルミ。御父上の予知範囲を五秒に指定。

 アンコウの、光線の射出方向を指示しろ。

 尾鰭(おびれ)や口、腹等の肉体を用いた近接攻撃に関しては無視しても良い」

《ぁ、は、は、はいっ!》

 託宣の向こうのミネッテが動転している間にも、アンコウの軟体角はエネルギーを生成し終えている。

《ろ、六時――》

 どうにか方角を指示してきたが、もう遅い。

 だかテレサは、自力でアンコウの肉の動きからそれを予測。

 車を横に退避させた。

 ――白。

 景色に、白しかない。

 音もなく、また海底がえぐれた。

 その軌道上の海水は急速に熱せられ、沸騰する。

 車体を少し掠めただけでも、ひとたまりもないだろう。

 だが、テレサが二度かわしたのを視て、ミネッテも徐々に要領を掴んできただろう。

 水の抵抗で思うように速度が出せないこの状況。

 アンコウも、射撃を外すごとに狙いを精密に修正して来ている。

 ミネッテの予知なしでは、この局面は乗り切れまい。

 今。

 テレサ、ルカ、吉井の命は、一般人レベルのひ弱な女の反応力に握られていると言って良い。

《上! 三時方向!》

 ミネッテの予言を聞いたテレサは、適切に車を駆る。

 アンコウが急浮上。

 その余波だけで、車両が流されてコントロールを失う。

 だが、それすらも予測し、計算に入れてのテレサによって、車体はよれよれながらも光波を逸れた。

 場が海中である以上、立体的に動けるアンコウに圧倒的な利がある。

 テレサが車外に出れば、車よりはまだ俊敏に泳げようが……人間という形態である以上、あくまでも瞬発力に任せた、直線的な動きしかできない。

 水棲競合種の動きに、対抗できようはずもない。

 まして、現場で唯一まともな前衛である彼女が車を離れては、ルカと吉井を守りきれない。

 結局、薄ノロの車体に押し込められたまま、テレサは競合種の超速度に応じなければならない。

《九時方向! ああっ!》

 九時方向からの光波を辛くも回避。

 そして、ミネッテの狼狽ぶりから、+αの要因を予測。

 光波を避けきった車体へ、アンコウの小山じみた体躯が迫ってきていた。

 ルカが、車とアンコウの接触する因果を逸らさせ、巨体は素通り。

 しかし、渦巻く波に揉まれ、車のコントロールが効かない。

 戦艦じみた巨体の尾びれが、横凪ぎに襲う。

 尻尾の根元から車体に接する軌道だ。

 ルカ一人の思考力=降臨規模で、どこまで因果を引き離せるか。

 わからないが、やるしかない。

 ルカは思いの丈を、天へと捧げた。

 副次的な光が、狂ったように閃く。

 乗員の身を打つ振動。

 くぐもった爆音。

 被撃したか?

 だが、車体に破壊は無かった。

 凄まじい泡の尾を引きながら、テレサカーは凄まじい推進力を得て、アンコウから離れた。

「総員、次の接触に備えよ!」

 儀式の構えを解いた所だった吉井が、鋭く指示を飛ばす。

 ルカの逸らし切れなかった尾びれが激突するより早く、吉井敬吾の降臨させた発破が、車体を吹き飛ばす事で逃れさせたのだ。

 誰一人ミスの出来ない連携。

 だが、これだけ手を尽くしても、逃れる事で精一杯だ。

 海中の競合種にここまで接近してしまった以上、退却は絶望的だ。

 アンコウを殺せなければ、それはこの隊の絶滅を意味する。

 また、吉井が使う符の残数には限度がある。

 その吉井が維持する空気のドームもまた、有限だ。

 持久戦は、当然自殺行為。

 となれば。

「直接交戦しかない。

 自分が競合種の表層を破壊するので、従士バーンズは追撃を。騎士キリエは前衛のフォローを」

 結局のところ、捨て身の策しか残されていない。

 主にテレサが捨て身となる方策ではあるが、吉井敬吾は、自分の生還率が最も高い手しか選ばない。

 ――敬吾、ひどいぞ!

 啓太人格が意識の底からなじってくるが、耳鳴り程度の些事として処理。

 これまで、ずっとそうしてきた事だ。

「わかりました。では、おでこを狙いましょう」

 吉井の真意を知ってか知らずか、テレサは落ち着いた声で応じた。

「頭はやっぱり急所ですし、最悪でもあの光るツノを壊せれば、チャンスはあります」

《テレサ!?》

 ミネッテから叩き付けられた思念は、刺すような悲鳴だ。

 競合種の至近距離に人が飛び込む事がどう言う事か、彼女にもよくわかっている。

 だが、

「やるしかないです。

 ミネッテ、こんなときこそ冷静にね?

 ルカさん、敬吾さん、

 わたしが突入の合図をしたら、援護をおねがいします」

「……了解」

「了解」

 三人は、迅速に車外へ飛び出した。

 海水の壁に突き入ると、全身が海水に包み込まれる。

 圧迫感も重圧もないのに、ただただ身体が重い。

 ともあれ、三人は真っ直ぐ一列に隊列を組んだ。

 アンコウが誰を狙っても、その動線にテレサが入る為に、だ。

 テレサの背中に、身体強化を意味する後光が射す。

 アンコウとテレサは、同時に姿を消した。

 次瞬、アンコウの頭上で逆さまに飛び上がっている最中のテレサが現れた。

 牙を剥くアンコウの上唇に、大鎌を引っ掛けるようにし、その突進をブロックした格好だ。

 凄まじい反動がテレサの細腕を苛み、実際に筋を痛めたが、決してグリップを離すわけにはいかない。

 赤い副次光が、海を染める。

 ルカの祈りに導かれ、吉井の放った符が、魚群のようにアンコウへ殺到。

 その全てが、人間で言えば額にあたる部位に折り重なって付着。

 ――発破、極点降臨!

 吉井が心の中で叫ぶと、凄まじい光と、鉄塊のような重低音が放射した。

 それはこの海中から水面、そして天をも穿つ爆切エネルギーの柱となった。

 一〇枚にも及ぶ符を一点に集中設置する事により降臨点を絞り、爆轟のエネルギー=降臨規模を濃縮するイメージ。

 破壊面積こそ狭まるが、吉井敬吾の持つ手札の中では最大の対個体殺傷力を持つ、対競合種戦術だ。

 光と肉と体液に濁った海水が、透明度を取り戻す。

 アンコウは……。

 触角ごと額が抉れていた。

 水中で熱量が大幅に減衰した事を考えても、充分すぎる威力ではある。

 だが、骨までは貫通していない。

 致命傷には程遠い。

 ほんの数秒で、完治されてしまうはずだ。

 だが。

 遥か上方に、テレサ。

 その更に上方に、巨岩が飛び上がっていた。

 吉井が発破を呼び込んだどさくさに、秘術で舞い上げたのだろう。

 テレサは頭上の岩を蹴った。

 その反動で雷速を得て、アンコウの頭上に大鎌を降り下ろした。

 浮力と水の抵抗に縛られた人間風情が、このような速度で迫るとは。

 それを夢にも思わなかったアンコウは、反応が遅れた。

 吉井の抉った傷に、鎌が叩き込まれる。

 音を突き抜ける速度と、大鎌の重さ、テレサの膂力(りょりょく)

 その全てが集約された鎌の突端が、アンコウの頭蓋を砕いた。

 砕けて綻んだ頭蓋骨は、極一点に集中した、法外な力学的エネルギーに屈した。

 城塞たる頭蓋は漆黒の刃の侵略を許し、なだれ込んだ衝撃波が、脆い脳を蹂躙し尽くした。

 びくりと、一度だけ痙攣を見せたアンコウは、糸が切れたかのように動きを止めた。

 傷の再生も停止。

 代謝が止まったそれが、もはや生きてるとは思えない。

 だがテレサの戦術は、念入りだった。

 アンコウの死体を蹴って、今度は上へ急上昇したかと思うと、先ほど頭上に飛ばした岩に手をついた。

 秘術によって不条理な推進力を与えられた岩は、横たわるアンコウの頭部へと一瞬で達し、地中へねじ込むように潰した。

 明らかな過剰殺傷だが、この距離での競合種戦では、用心し過ぎるという事は無い。

 ともあれ、超音速の巨岩に潰されたアンコウの頭蓋は、原型を留めないまでに散った。

 城塞かシェルターか、あるいはそれ以上の強固さを持つ存在であっても、生物という枠に在る以上、致命傷以外のなにものでも無い。

 チョウチンアンコウは、間違いなく死んだ。

 一転して、静寂が訪れた。

 耳孔に入り込んだ海水の、くすぐるような音と。

 くぐもって、生物の腹の中に居るような音と。

 あとは、雑多な雑音のみ。

 魚群の通過する、音とも言えぬ水掻き音や。

 束ねた布を少しずつ、力任せに千切るような音が。

「……!?」

 声も出せないまま、驚愕したのはテレサだった。

 彼女がつい、吐き出してしまった呼気の音で、吉井が、ルカが、異変に気付く。

《対象を殺害、出来たのでしょうか?》

 ただ一人、ミネッテが的外れな問いを発する。

 現場三人の目は、今しがた殺したアンコウの亡骸にくぎ付けだった。

 チョウチンアンコウの腹を、内側から、何かが食い破った。

 濁った汚液と、白身肉が無惨に散らばる中、それは這い出してきた。

 そいつは、体長一〇センチ程度の小魚だった。

 ただ、皮は裂け、肉は崩れ、骨が突き出している。

 みすぼらしい、瀕死の魚。

 だが。

 テレサ達の緊張は解けない。

 そして、ひと拍子の遅滞を経て。

《あ、ああッ!》

 ミネッテが、悲痛な叫びを上げた。

 予知した、この後の出来事を目の当たりにし、ようやく。

 まともな生物が、競合種の腹を食い破るなど、不可能。

 死に損ないの小魚に見えたそれは、チョウチンアンコウの肉片を、大渦のような貪欲さをもってして、吸い込みだした。

 そして、節食した肉を不条理な速さで自分の血肉に転化。

 またたきをした直後。

 テレサらの眼前には、そびえ並ぶ山岳じみた体格の、ビワアンコウが現れていた。

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