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episode2-12 ~玉砕~

 ミネッテの言葉に、現場の全員が目を見開いた。

 朝田たまこと言えば、救出対象の一人であった筈だ。

 だが、ミネッテとの繋がりが全く無いはずの彼女が、どうやってコンタクトを取れたのだ。

「朝田少佐は、託宣でやり取りされた言葉を文字のイメージに変換し、無差別に索引可能な儀式様式を独自に編み出していました。

 彼女は、知って居る相手の話題を、何時でも何処でも文章化し、探り当てる事が出来ます。

 例えば“吉井敬吾”と言う言葉をキーワードとして網を張る事で、世界中を範囲として、自分の名が一度でも出た託宣会話の全てを引き寄せる事が可能なのです」

 それは事実上、朝田たまこは単独で世界中の人間と交信可能である、と言う事を意味した。

 また、あらゆる託宣通信を盗み観る事も可能だろう。

 立て籠もりという現場の状況を考えれば、まだ殺されていないのが不思議な程の人物だった。

 朝田少佐の意思が宮廷の託宣課のオペレータ達を伝い、最後にミネッテに行き着いたと言うことは、

「彼女の目的は、自分でしょう。

 潜入作戦の件を探り当ててくれたのかも知れません。

 従士ヌルミ、取り次いで貰えますか?」

《ぁ……はい》

 二人の間には、護衛軍の中で面識があったのだろうか。

 吉井敬吾の反応には、少しの迷いも無かった。

 ミネッテは、朝田たまこから投げ渡された託宣データを、ルカ達にそのまま流し始めた。

 たまこが知る限りの情報が、手早く脳裏に注がれてゆく。

 ミネッテを中継点とした朝田たまこ巫覡(ふげき)少佐の託宣像が、三人の脳裏に語りかけていた。

 朝田は、口の中で自分の鼓膜を震わせる程度の小声をこもらせているだけなので、本来の声質はわからない。

《……以上が、このフロアを占拠している元護衛軍の詳細かな》

 朝田少佐は、現場の見取り図と、近くにいる造反護衛軍全員の身元と戦術を網羅したリストを同時に送ってきていた。

 彼女が頭の中で描いたものらしいが、紙媒体に劣らぬ鮮明なものだった。

 ルカはそれを瞬時に記憶した。

 ――非常に助かった。

 裏切った護衛軍の中には、対策を知らなければ、潜入班から死者の出かねない相手も居た。

 だが、ルカとテレサが浮かべた微かな安堵は、それ以上の憂いに沈んだ。

 造反者のリストに、朝田大地という名を認めたからだ。

 単なる同姓、ならばいいのだが。

「朝田大地大尉も、造反されましたか」

 吉井が、騎士達の細い希望を断ち切る現実を口にした。

 当然、朝田少佐は、夫の戦術も――ひいては致命的な弱点も、リストには記していた。

「心中お察し申し上げます」

 朝田たまこ少佐は、疲れきった顔に、何とか笑みらしきものを作り、

《お気遣いありがとう。あたしは大丈夫》

「……」

《もし、あなた達が桐江准将より先に来てくれたなら、朝田大尉は――夫のことはすぐに殺してください》

 人の好い、典型的な主婦の顔で、冷然と乞うてきた。

「そんな」

 迷い子のような面差し、かすれ声で呟いたのはテレサだった。

 ルカもまた、やり場の無い思いに、唇を引き結んでいる。

《あの人は、負けると思った時点でこのフロア全部を巻き添えにするはずだから》

 夫は、朝田たまこにとって、まさに勇将という言葉の体現者だった。

 普通なら二の足を踏んでしまうような無謀な戦術を、彼は、恐怖心など無いかのように選び取り、何度も半死体となりながら生き延びてきた。

 ……その勇気の出所に、今日まで気付けなかったのは皮肉だが。

 真面目で好感がもてた反面、あぶなっかしくて放っておけない。

 そんな夫だった。

 それを、半生に渡ってサポートしてきた妻には、彼の末路が、予知するようにわかっていた。

「無論、承知して居ります」

 淀み無く応じたのは、吉井大尉だけだった。

「造反者と占拠者の殲滅もまた、女王護衛軍の任務であります」

 正論だ。

 この上なく、正論だ。

 今現在、両者の思いの渡し橋となっている格好のミネッテは、苦い顔をするしかない。


 心中お察し申し上げます。

 その言葉に、欠片の偽りも無い。

 仮に吉井敬吾の妻の正体が過激派であり、自分や娘を殺して救おうなどと言い出せば。

 彼は深く傷つき、途方に暮れる事だろう。

 そして、その可能性は決して低いものではない。

 准将の姪であるリナすらもそうだったのだから。

 同じ、家庭を持つ者として、朝田の気持ちはわかりすぎる程にわかった。

 だから。

 朝田たまこが、何の躊躇いもなく朝田大地の殺害に手を貸したのも、何ら不思議には感じなかった。

 当然だ。

 人間が最も優先すべきは、自己の保守。

 少なくとも吉井敬吾も、啓太も、女王を護る自分自身を保守できなければ、話にならない。

 仮に吉井夫人が牙を剥いたとして、吉井敬吾も吉井啓太も、何ら遅滞無く彼女を殺してのけるだろう。

 ひとたび彼が殺すと決めた相手に、貴賤は無い。

 テロリストも愛妻も、同じように、効率よく殺せる。

 いや。

 ひとたび彼の中で殺す対象となったなら、テロリストと愛妻の区別さえわからなくなる、と言う方が正確な所だった。

 だから、吉井は朝田の気持ちを良く理解したつもりだった。

 それならば、殺すしか無い、と。

 実際、両者の本心は救いがたい程に解離していた。

 だが、表面的には見事なまでの合致を見せていた為、誰も吉井の考えには気付かない。

 そして、吉井が他の誰かの考えに気付く事もまた、無い。


 誰もが言葉少なくなったまま。

 テレサカーは海中を行く。

 吉井の降ろした大気のドームを見上げると、大小様々な魚影がよぎり行く。

 水族館のような光景だ。

 だが、水族館と違い、隔てているのはガラスではない。

 度々、間抜けな小魚が大気の落とし穴に突っ込み、車の屋根を叩いたりした。

 変わった景色を好むテレサも、今ばかりははしゃぐ気になれないようだ。

 いや。

 本来の彼女は、こんな陰鬱な時にこそ、仲間を励ますべく、空気を読まない事もするのだが……今はそれすらも忘れてしまっている。

 それは、朝田夫婦の事を想ってか。

 その柔らかな眼差しに、どこか張り詰めた色が混ざっている。

 ふと。

 前衛としての鋭い視力が、彼方にそびえる山のような存在を映した。

 群青色を基調とした情景に、更に色濃く闇が凝っているような……。

 それは山のように巨きい。

「ルカさん、あれ、なんですか?」

 テレサの意図を察したルカが、速やかに祈る。

 テレサと自分の視神経が強化されん事を。

 そうして見えたのは。

「チョウチンアンコウだ。

 熱帯域・極圏域共に広く分布する深海魚。

 頭部に餌を誘き寄せる為の誘引突起を有し、その部位から光を放つ。

 矮雄であり、雌の体長が四〇センチ前後で在るのに対し、雄の体長は四センチ程度」

 ルカの、早口な説明に対し、

「でもあれ、どう見ても四〇センチとかじゃないですよね? メートル級ですよね?」

 テレサが律儀に応じ、

「競合種だ」

 吉井が最悪の宣告を下した。

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