34. 1位の実感
宇佐見君ことディ皇子の正面に私は立った。頭1個以上の身長差があるから自然と顎が上がって上向きになる。
差し出された手に右手を重ねる。重ねた手に体中の熱が集まったように感じて熱い。
「良いレースだった。文句なしでお前が1位だ。おめでとう。婚約者としてこれからよろしくな。」
品良く優雅な動作だけど、口調はいつものぶっきらぼうな宇佐見君だ。でも私を見つめる眼差しはいつもよりずっと優しくて、口元もしっかり弧を描いている。
ちょっと恥ずかしくてジッと見ていられない。足下へ視線を揺らしながら、私は返事を返した。
「こちらこそよろしく。」
ニヤッと下品な笑いを宇佐見君が浮かべたと思ったら、いきなり私の手を引き横に立たせると、私の肩を抱いてきた。彼の横にビックリ眼のまま、ギュッとされた私がいる。正面下方には大勢の獣人さん達の姿…
『皆、彼女がデュランデュデール ディ ディディエル レンの婚約者となった霧島 透子さんだ。歓迎してやってくれ。』
宇佐見君が一言言ったら、ウワーッと歓声が獣人さん達から上がってきた。喜んでくれている?
ヒューヒューと口笛の音が聞こえ、パンパンと何か鳴る音もした。
『おめでとう。』『楽しませてもらったぞ。これからも面白いことしてくれ。』『楽しみが増えたわ。』
などなど伝わってくる。沢山の感情がぶつかってくるけど、裏月的対話能力の低い私には強い思念しか拾えない。なんとなく大勢が喜んでくれている感情はわかるんだけど。
私の顔色は赤くなったり青くなったり、眼は白黒していたことだろう。
現実に頭がついていけないとはこの事なんだな。
ヘニャリと変な笑顔を浮かべて、とっさに頭をしっかり下げるお辞儀をしておいた。
ただでさえ眠かったのに夢心地で私は壇上から降りて、王様一家の皆さんの控えの場らしきところに混ざって居た。
豪華なテントみたいな場所で入り口と周りにはもちろん護衛は何人も立っている。
そして今、私の前にはあの彫りの深いお顔の王様が立っている。威圧感の烈風が私に向かってバンバン来るかと思ったのに来ない…包容力タップリの笑顔で私を見つめている。
「お嬢さん、1位おめでとう。お疲れ様。はじめまして。」
あ、日本語だ。
「レンの父親のファナルだ。レンの母は日本人だから少しは日本語が話せる。まずは謝らせてほしい。今更なんだが、いきなり裏月に連れて来てしまって申し訳ない。」
そう言うとファナル王はガバッと頭を下げた。見事な90度で。
私はその姿をボーッと見ていた。自分のお父さんとは全然違うなあと思いながら。でもあともう少しでお父さんに会えるんだとも思っていた。あー、家族が懐かしい。
ちょっとのあいだ無言の時間が過ぎた。さすがに王様がずっと頭を下げているのはまずいだろうと宇佐見君が私の肩をたたく。
はっとした私は慌てて王様に「頭を上げてください。」と言った。
「私、最初はビックリしたけど、すっごく楽しい時間を過ごせました。だからプラスマイナスゼロってことです。思い出いっぱい抱えて地球に戻ります。こちらこそお世話になりました。」
私も思いっきり低く頭を下げる。
ここで過ごすのもあと少し。ボーッとした頭ではさよならの悲しさもよく分からない。今あるのは優勝した充実感。すべてが終わったという開放感だ。
「あー、お嬢さん。すべてが終わって向こうに帰るだけって思ってないかい?」
ファナル王がいたずらが成功した子供のような眼で私を見つめる。紅茶色の瞳だ。
「聞いていると思うが、レンの婚約者になったからといって必ずしも結婚はしなくてもいい。ただ、お嬢さんさえよければ、国民を楽しませるために婚約者として時々裏月に来てくれないかな? もちろんこっちでの衣食住は王家持ちだ。」
何度も婚約者決めるのも大変なんだよね、とか、レンは好みがうるさくてね、とか、なんだかこの王様言っているんだけど…
自分では判断がつかなくて、宇佐見君に振り返る。
「霧島がまたこっちに来たいって言うなら、また来いよ。」
宇佐見君が眉間をポリとかきながら私に言ってくれた。真面目な表情で。本当に私を婚約者って認めてくれたんだ。
『『『歓迎しますよ。』』』
女王さまも、宇佐見君のお兄さんも、お兄さんの婚約者も私を歓迎してくれている。伝わってくる気持ちに嫌悪は全く感じられない。
ここまで自分を受け入れてくれる人達に出会ったことはないよ。か、感動している自分がいる。
「は、はい! またここに来ます。お世話になります。」
私は頭をブンブンと何度も下げた。みんなに笑われてもね。
王様は私に質問をしてきた。
「1位の賞品に何か欲しいものある?」
え、婚約者になるってのが賞品じゃないの?
こっちの物もらっても関係ないし…ううーん、何がいいかな。
「本人はイヤかも知れないけど、宇佐見君のことを「うさ君」って呼んで良いですか?」
宇佐見君はキョトンとしている。そうだよねえ。小学生のときに、宇佐見君が仲の良い男の子からされていた呼び方がうさ。ちょっと憧れていたんだよね。練は恥ずかしすぎプラス、ハードル高すぎなので、うさ君。
「霧島、欲ねえな。そんなことでいいのか? 俺は別に良いけど。」
本人の許可とれました!
私的には宇佐見君との距離が縮まった実感でスペシャルオッケーですよ。
王様が私を不思議そうに見ているけど、関係ない。
さあ、残すは宇佐見君改めうさ君の誕生日パーティーです。
王城を会場に市民にも開放されるお祭りイベント。美味しい食べ物に、素敵な音楽。
でも身体ガクガクの私はちょっと眠らせてもらおうと思う。
残り少ない裏月での滞在を楽しみたいけど、また来られるんだもん。…シュリさんに付き添われて私はうさ君のお屋敷に戻りました。




