33.ゴール!!!
私を助けに来る宇佐見君の姿を見て、涙がブワッと出てきた。
ダメじゃん、姿が見えなくなっちゃうよ。
動けるようになったらしきシュア君が私の前に短剣を持って出る。耳が出てしっぽがある獣人モードだ。
キャナリアさんはプレーリードッグさんに抱き起こされて後方に連れて行かれる。
道の脇に居た観客は猪豚から距離を置き、レースの警備係が猪豚を取り囲む。
皆が私達を助けに来てくれたことがすごくうれしい。
宇佐見君が走って来て、私の言葉で拘束されて動けない猪豚に剣で切りつけた。剣道の上段の構えってやつで。
続けて猪豚の足に剣を刺す。
後続の獣人達も次々と猪豚に斬りかかり、足に刺す。奴は地面に縫い付けられている。
自分も含めて誰も猪豚にやられなくて本当に良かった。私の言葉が少しは役に立って良かった。
私はシュア君の身体で猪豚が見えないようにされながら、やはり後方へ連れて行かれる。
それでも猪豚のうめき声と血の臭いが私の身体に貼り付いた。
ここは地球と違うって改めて実感。力がある者が勝者となる世界。
人間にはちょっとキツいところだね。
そんなところで暮らしている宇佐見君。地球の友人に猪豚のことを話しても通じないだろう。宇佐見君が地球人と距離を取ってしまうのは当たり前だなとボーッと考えた。
後方へ連れて行かれた私とキャナリアさん。しばらくじっと並んで地面に座っていた。ふと、顔を見合わせる。
「残りの距離、走りませんか?」
私は声に出していた。まだ身体が恐怖の名残でギクシャクしている気がする。
でも、猪豚の乱入でレースを終わりにしてはいけない気がするのだ。
背中に背負った水を飲んで、私はスクッと立ち上がった。ちょっと前に出て、キャナリアさんを振り返る。
引きつったような笑みのキャナリアさんが横に立ち並ぶ。
フワッと笑った宇佐見君が声をかける。
『用意、スタート!』《行ってこい!》
ただでさえ動けなくなってきていた身体が休憩しちゃったもんだから、すっごく身体が重く感じる。きっつー。
石畳の両側から溢れるように居た獣人達が私達の姿を見つけて避けてくれる。おお、モーゼ気分だわ。
あ、かなり先だけどゴールのゲートが見えてきた。
だいぶさっきよりスピード落ちてるね。でも、今の私達にはこれが精一杯。
後ろには護衛従者の2人も付いてきている。そしてなんと、宇佐見君ことディ皇子まで付いてきているのだ。
あは、楽しい。苦しいのに。息できないのに。
「楽しいね!」《楽しいよ!》
私は再びこの楽しい気持ちを周りに、世界にまき散らかしていた。
キャナリアさんが不思議そうな顔をする。
シュア君がうぷぷと笑う。
宇佐見君とは眼があった。そして笑顔でうなずかれる。
ゴールのゲートには色とりどりのテープが見える。辺りには沢山の獣人の歓声。
『かないませんわ。』
小さなつぶやきと共にキャナリアさんの姿が私の横から消えた。
人間急には止まれない。
ブンブンと無理矢理手足を振って走って居た私はそのままゴールテープを切ったのだった。
急には止まれない私が糸が切れたように立ち止まる。クラッと崩れ落ちる身体を受け止めたのはシュリさんだった。
「本当に頑張ったわね。1位おめでとう。」
ギュッと抱きしめられて、猪豚に噛みつかれた肩の痛みを思い出し、遠くに行きかけていた意識が戻る。
「霧島、お疲れ様。お前が俺の婚約者だ。これからよろしくな。」
素っ気ない言葉と共に宇佐見君はヒラヒラと手を振って、警備係の詰め所へと向かう。後ろ姿でわずかに見える耳がほんのり赤いのは気のせいでは無いだろう。私の顔も真っ赤なんだから。
ボーッとしていた私だったけど、彼の言葉を聞いて1位になったとわかっちゃったんだもん。ちょっとにやけたのはお愛嬌ってことで。
◇◇◇
猪豚に噛みつかれた肩は幸い殆ど出血していなかった。平べったい臼歯が多かったのが幸いした。それでも今すごく痛いのには変わりない。今は赤い歯形の内出血だけど青アザになるんだろうな。さっきは走ることに一生懸命で痛みを忘れていた。
救護所でシュリさんに化膿止めの薬草を塗りたくられ、こっそり地球の痛み止めを飲まされた。
辺りは続々とゴールする獣人と観客でごった返し、さらに猪豚騒ぎで警備担当らしき制服の騎士だか軍人みたいな獣人が行き来している。レースの始まり以上のお祭り騒ぎだ。
◇◇◇
精神力を絞り出したせいか、疲れのせいか、物凄く眠い。
ボーッとしたままシュリさんにお世話され、気が付いたら、レースの表彰式に参加していた。椅子に座っているぞ。
辺りを見れば良く知った広場の噴水前にいる。ここで表彰されるのかな?
少し高い場所の中央には、見ているだけで威圧感ハンパない堀の深いお顔のダンディなおじさまがマントを羽織って立っている。あ、マントの中は和風チックな服じゃないんだ。正装は洋服なんだ。黒いマントには金の刺繍。中の服も黒で金モールに金ボタン。金色に近い茶色の髪の毛…切れ長な眼が宇佐見君に似ている。…王様かな?
左隣には真っ白いストレートロングの髪に褐色の肌、優しそうな感じのスラッとしたお兄さんが立っている。少し短めの白いマント。やはり金の刺繍付き。中の服も白。王族だよね。側には寄り添うようにたおやかな令嬢が薄紅色のロングワンピースを着て立っている。
右隣には赤に近い茶色の豪奢な巻き髪にキラキラとした飾りをつけた涼やかな美人が赤いドレスで立っている。凜としていて格好いい。女王様?
豪華な目の保養メンバーの正面になる場所に私は座っていた。
目の前の人達と違って私の格好はレースに参加したときのままだ。汚いまんまだ。良いのかな。
ファンファーレが鳴り、王様の言葉が続く、そんなに大きな声でもないしマイクもないけど何を話しているのかしっかり伝わってくる。さすが裏月の対話能力。
王のレースへの感想と参加者への慰労の言葉が終わり、ワーッという歓声が鳴り止むと壇上に宇佐見君が登場していた。
王の横に立つ宇佐見君。濃い緑色の短いマントには銀の刺繍付き。中の服は明るい若草色の軍服。すっごい凜々しい。なんて存在感。この人もあの高い所に立っている人達の仲間だってのが分かる。知っている人なのに私の知らない世界の人なんだ。
素敵過ぎて眼が離せない。
宇佐見君が2、3言皆に向かって話をした。そして私に眼を向ける。優しげな王子様の視線だ。私にスッと手を差し伸べてきた。
『透子 霧島さん。こちらへ。』
ガタンと思わず立ってしまった私。辺りの視線が私に集中する。ギクシャクと手足を動かし、壇上へと向かった。




