32. あともう少し
獣人の体力を考えれば10キロのランなんてあっという間のはずだった。
地球人の私には裏月の重力は有利なはずだった。
それがなんて長く感じる時間となったのだろう。
マラソンなんてダラダラと授業で走った事しか無い。部活で走ったりジョギング程度のことはしたことあったけど、こんなハイペースで走り続けたことなんて初めて。
私の身体頑張っているね。
手足を懸命に動かし、汗はぬぐってもぬぐっても流れてくる。硬い石畳が靴底にあたり膝に振動がくる。
でもそんな状態なのは私1人ではない。隣のお嬢さん獣人のキャナリアさんもだ。
ヒョウか虎系獣人と思われるキャナリアさんだが思ったより走るスピードは遅い。獲物を狙うときのヒョウは時速60キロくらい出るんじゃなかったっけ。跳躍力もすごいはず。長距離は苦手とかなら、助かるんだけど。
民家が増え、石畳の道の両側に私達を応援する獣人が増えてきた。
キラキラした目で「頑張れ!」なんて言われたら、醜態はさらせないよね。あー、私の見栄っ張り。
手をグルグルと振り回している獣人がいれば、シュア君がさりげなく私の横でガードしてくれている。そう、いつの間にかバイクからシュア君も降りて一緒に走っていたんだよね。直接手を引いたり触ったりしなければ、どんな状態でレース参加者のそばに居ても良いらしい。疲れてきた今、シュア君の存在は癒やしです。
キャナリアさんと私は今並んで走っている。さらに外側に護衛従者がいるので4人で並んでいるという変な光景だ。
しばらくキャナリアさんと抜きあいをしていたんだけど、さすがに疲れてきてこの4人横並びという有様だ。
周りの歓声は聞こえるが、急にさらにウワアと大きな声が上がる。
何が起きた? 怪訝そうな顔をした私がふと後ろを振り返ると、モワモワと立ち上がる土煙が遙か彼方に見える。
「猛牛?」
声がこぼれた。
「あっ、バイク無し組が来た。」
シュア君が言葉を漏らした。あのごついタフなお姉さま達がランになって猛スピードで追い上げて来たようだ。獣人の能力を使い2本足で猛スピードで走っているのだろう。やっぱり人間とは違うわ。
やばっ、のんびりしていたら私達がゴールするのと同じような時刻にこっちに来そうだな。
同じ事を思ったらしいキャナリアさんと眼が会う。
二人して更なる加速だ。
王都の市街地に入る。ゴールはあの広場だ。残りは直線。見たことある景色が続く。あともう少しだ。
護衛従者の2人は私達の後ろに付く。
綺麗なキャナリアさんの表情が歪んでいる。私なんてもっとひどい顔してるんだろうな。もうフォームもガタガタだ。ただ手足を動かしているだけ。単なる醜い女の争いになっていなければ良いなあ。
だたひたすら相手より前へ前へ。ただそれだけ。
「頑張れ私。頑張れ私。」
頭の良さを競うわけでも運動能力の高さを競うわけどもないし、このレースの本当の狙いって何なんだろう?
ふと疑問が浮かぶ。
そんな中、鳥肌がたつような風が吹いた。
…何?
瞬間、空から何かが私達にに突っ込んでくる。同時に叩き付けられる憎悪。
とっさにキャナリアさんの前に出る私。
瞬発力だけは獣人に負けないよ。
何が突っ込んできたのかわからないので、身を守るつもりで叫ぶ。
「こっち来ないで!」
私の叫びで少しはスピードが落ちたかも知れないが、その効果は殆ど無かったようだ。
何かは私の肩にぶつかり衝撃で後ろのキャナリアさんまで吹っ飛ぶ。
「せっかく傷がよくなったのに…」
私はあまりの痛さと驚きで地面に尻餅をついたまま動けなかった。
前に転がっていた何かは立ち上がった。
肉の塊? 獣人か? 豚か猪のような顔。虚ろな小さい眼、縦横に巨大な身体に小さな手足。…私が見たことある獣人となんか違う。鳥肌が引かない。男? 女?
目の前の獣人は黄色い歯をむき出してニヤッと笑い、何か吠えた。
護衛従者のシュア君とプレーリードッグさんが私達に近づこうとして止まってしまった。顔が歪んでいる。動けないの?
猪豚がいきなり近寄って来たと思ったら私の肩に噛みついた。
「いった~い!!!」
痛さのあまりに声が出て、思わず渾身の力で猪豚の顔を押し返す。同時に腹に膝蹴り。何度も蹴って殴って、やっと距離をとる。
『人間、うまい。』
ぞぞっ…この猪豚、私を食べに来たのか。
知性を感じない眼。にらみつけていないと、こっちに来そうだ。
視線をそらされたと思ったら猪豚がキャナリアさんにゆっくり向かっていく。彼女はまだ地面に座ったままだ。
「逃げて!」
私の声で動けるようになったのか、キャナリアさんは這って逃げようとする。
猪豚に向かって私は体当たり。無駄だったかも知れない。
でも、まだ周りに私以外に動ける獣人はいない。
「止めなさいよ。」《何するのよ!》
ありったけの嫌悪感と排除しようとする気持ちを込めて猪豚に感情を叩きつける。
効いたか!
動きが鈍くなり、地面に膝をついた猪豚。短い手足でバランスがとれないのかフラフラしている。
「このデブ、殺人鬼、怪物、食人鬼、こっちに来んな!」
ひたすら汚い言葉で罵り、嫌悪感を猪豚に叩きつける。何度も、何度も。
今動けるのは私だけ。
私の武器は感情をぶつけること。森でやったじゃない。
動く人がいないなか、ゴール方面から誰か来る気配がした。
感情をぶつけすぎて、頭がうまく働かない。膝に両手をつき肩で息をする。
「き・り・し・ま!!!」
顔を上げる。宇佐見君だ。こっちに走ってくる。
その後ろにも獣人がいる。
宇佐見君の手には剣がある。
「あんた、もう終わりね。」《動くな!!》
猪豚に再度感情をぶつけた。
ホラーになっちゃいました…orz
やっと皇子の出番です。




