16. がんばった私
揺れる馬車で身体が座席に当たり、横になったものの寝心地悪いと思っていたのに、気が付いたら私は眠っていた。
普段使わない筋肉使って、見知らぬ場所で見知らぬ獣人と接して、普通に考えればかなり疲れることしていたんだよね。
宇佐見君の屋敷に戻って来たことにも気付かずに、馬車の扉が開いたことにも気が付かずに、私はスヤスヤと眠っていた。
「おい、大丈夫か?」
馬車の扉を開けたのは宇佐見君だった。
声をかけたものの、何も返事が無いので、馬車の中へ身を乗り出して、入って行く。
馬車の中には、馬車が止まったことにも気が付かずに眠り込む私がいる。
宇佐見君はちょっと驚いたようにわずかに目を見開いた。そして彼の口元から小さなささやきがこぼれた。
「ボロボロじゃねえか…」
彼の目に映る私の姿は、すり切れてほこりまみれのボンネットが頭から脱げかけて、左半身が擦ったように汚れ、のぞく手足にも擦り傷と青アザが見えるというものだった。
ボロボロなのに眠っている表情は満足げでうっすら笑みさえ浮かべている。
「連絡は受けていたが、頑張ったみたいだな。お前には関係ないのに、裏月の住人を守ってくれてありがとう。」
思わずといった感じで私の頭をポンポンと叩くと、目を覚まさない私の身体の下に腕を差し込み、お姫様だっこをして、馬車から降りてきた。
皇子としての感謝ではなく、一人の人間として彼女の行った行為に尊敬と愛しさをもって。
シュア君や他の護衛が私を運ぼうとしたが、宇佐見君は首をふり、そのまま私をベッドまで運んでくれたのであった。
私は喉の渇きを感じて目を覚ました。
ベッドに寝ている…側にはシュリさんが居た。
レモン水をもらって飲んで、話を聞く。
馬車で眠ってしまった私は部屋に運ばれ、シュリさんによって着替えと看護がされたとのこと。
埃まみれだった顔や手足は拭かれ、擦り傷の手当もされたようだ。
2時間ほど眠っていたらしい。
「痛たた…。」
傷そのものの痛みは大したことは無いが、打ち身と筋肉痛がひどい。ちょっと身体を動かしただけであちこち痛む。
筋肉痛がすぐにでたのは、若い証拠なんだけどね!
「シュアから聞いたわよ。貴方は、正義感が強くて優しいのね。子供を助けてくれてありがとう。」
「そ、そんな。褒めてもらえるのはうれしいけど、私は何処にでもいるような普通の人ですよ。私のほうこそ、色々お世話になっているお礼になっていれば良いなあと思うくらいで。」
中学生までは優等生で周りから一目置かれている自分をよくみせるように振る舞っていた。でも、年々周りに自分を合わせる術を身に付け、高校では自分程度の学力を持つ者などざらにいると自覚し、特別な所など無い今では、まさに普通の人でいる。
子供はとっさに身体が動いて助けただけで。正義感とか何にも考えていなかったけど。
「で、宇佐見君は渡さない!ってまた叫んだわねえ。うふっ。」
シュリさんが楽しいこと見つけたって顔している。今はしまってあるキツネ耳がピクピクと動いているのが目に浮かびそうだ。
自分でもそんなに感情を露わにするタイプではないと思っていた。
むしろ感情表現にとぼしい部類の人間と思っていたのに。
好きだ嫌いだと騒ぐようなのは自分には無縁と思っていたのに…とりとめも無く色々な考えが浮かんでくる。
ただただ、また宇佐見君に自分の感情をさらしてしまったという自己嫌悪で溜息しかでてこない。
「透子ちゃんをここに運んだの練さまだし。嫌われてはいないわよ。」
顔が赤くなった自覚はある。
うわあ、今度宇佐見くんに会ったらどんな顔すればいいの?
レースのことも話さなくちゃならないのに。
「レースのこと少しだけ聞きました。私でも出られますか? …なんか出なくちゃならないみたいで…モゴモゴ……」
「詳しいことはラジェールさまに聞くとして。うん、私は出るべきと思う。出て欲しい。今の透子ちゃんの体力なら問題ないでしょ。思念貴石付きのバイクも貸してもらうあてがあるみたいだし。さあ、動けるならラジェールさまのところに行くわよ。」
痛む身体をだましだまし、寝間着を着替え、シュリさんの後をついてラジェールさんの執務室へ向かう。
階段を降りるのがつらかったあ。
執務室のドアをシュリさんがノックする。
…なんかどんどん色んなことが起きている。
ちょっと遠い目を私がしていた隙に重厚なドアが開かれていた。




