11.異界における存在
そもそも今ってどうなってるんだ?
生身の状態では確かにカナコと力比べで負けるはずはない、それは間違いないのだ。
だが現実、今僕はカナコとの腕相撲で負けた。
しかしここで疑問が生じる。
装備は精神的な力の発露とあったが、それが現実の肉体に影響を及ぼしているのではないかという疑問だ。
「ここって、今は異界なんですか?」
カナコも同じ疑問を覚えたのか、鍋島さんへと質問する。
「カナコ君、良い質問だね。今この家全域は、ぼくの力を使って異界と現実世界が重なりあった状態になっている。それは君達の力を引き出すために必要だったからそうしていたのだが、それがつまりどういう状況かというと、異界に適応出来る人物にとっては、元々の体が持っている性能よりも、精神的な力のほうが前面に押し出されることになるんだね。つまり、今のカナコ君のように、スバル君を力でねじ伏せることが可能になるわけだ。ぼくがこの状態を解除すれば、君達は武具も出せなくなるし、服装も学生服に戻ることとなる」
「なるほど……じゃあ、異界に取り込まれてしまった普通の人間の前に今の僕達が出て行ったら、どういう風に見えるんですか?」
「見えない」
「え?」
「見えないんだよ。魔物と一緒だね。声も聞こえない。一応こちらから接触することは出来るが、相手はぼくらのことが見えないから、透明人間に触られているような感じになることだろうね。とは言え、武具を解除して生身の状態に戻れば、ちゃんと見えるし、会話も出来る。ただしその状態では魔物と戦うことは当然不可能だけどね。まぁ、ぼくは余程のことが無い限りは被害者に触れず、魔物だけを倒すようにしている。だって事情を説明しても理解して貰えないからね。『あなたには見えない魔物に襲われていたので助けました』なんてね。とりあえずは異界を活性化させている魔物さえ倒せば、自然と彼らも現実世界に戻れるんだ。……それにぼく達は精神力で色々な部分が強化されるからいいが、例えば生身の人間を担いで運ぼうとする場合、彼らはその負荷に耐えられない可能性がある。比喩ではなく、担いでいる”荷物”であるところの人間を、誤って握りつぶさないように加減しなければならないのだよ。先ほどの腕相撲もそうだ。もしスバル君が生身だった場合、手首の骨くらいは折れていたかもしれないね」
告げられた内容に、思わずぞっとする。生身の人間とはそこまでの差があるというのか。
僕は思わずカナコの顔を見てしまい、カナコはバツの悪そうな顔でごめん、と謝ってくる。
「いいよ、なんともないしさ」
実はテーブルに叩きつけられた手の甲の部分はまだ赤かったが、そこは見せないようにして手を振る。
そしてそれよりも、更に別の疑問が湧いてきた。
「異界の中にある物質は、どういう扱いになってるんですか?」
先ほどカナコはテーブルを運んでいたが、これは現実世界にどのような影響を与えるのか。
「スバル君、君もいい質問をするね。先ほどのカナコ君の例で説明すると、現実世界にあるテーブルは、もちろん異界でもテーブルとして機能する。まぁ、当たり前のことだね。しかし、異界にあるテーブルは、異界が活性化した際にコピーされた偽物だ。だから異界のテーブルを動かそうが、はたまた壊そうが、それが現実世界のテーブルに影響を与えることはない。ぼくが力を解除すれば、カナコ君が動かしたテーブルは、元の位置に戻っているよ。……だが、ここで注意点がある。カナコ君は先程テーブルを動かした。ではそのテーブルが元々あった位置に、ぼくが立って力を解除したらどうなるか? ……答えはくっついてしまうんだよ。ぼくとテーブルは一体化してしまう。当然ぼくが無事でいられるはずはない、下手しなくても重症、最悪の場合は、現実世界に戻った途端死んでしまうということもありうる。だから、君達も力を行使する際には、現実世界のものをどれだけ動かしたりしたか、必ず覚えておくんだよ。小さなものであれば手術などで取り出すことも可能だが、大きいものと一体化してしまったらまず大惨事になるだろう」
訊けば訊くほど、様々なルールがあるということがわかる。きっとこれらも、過去からの経験の積み重ねで一つ一つ判明していったのだろう。
「異界の活性化度合いによっても状況は変化する。例えば今の活性化状態はかなり弱い状態だから、君達の武器でこの部屋にある物質を壊すことは出来ない。出来るのは自分の肉体を使って破壊することだけだ。まぁ、肉体能力そのものは力を使っていれば強化されているから、それほど苦労はしないはずだけどね。しかし、武器などは先ほどぼくがやったみたいにすり抜けてしまうんだね。だが異界の活性化が非常に強い場合、現実世界の物質も強固にコピーされてくる。そうするとどうなるか? 異界の物質も、君達の武器で触れることが可能になるんだね。こうなると戦い方がガラリと変化する。例えばカナコ君の剣だが、非常に大きいね。異界の活性化度合いが弱ければ、思うがままに武器を振るえばいい。しかし、活性化度合いが強ければ、その剣を振り回せば余程広い場所でない限り、様々なものが障害物になることだろう」
確かに、大通り以外の道路では、あの巨大な剣を振るうには狭すぎるだろう。単純に大は小を兼ねるとはいかないのか。
「大きな注意点はそんなところだろうか。後は実際に魔物が現れた時に、戦うことが出来るかどうかが問題だね」
「そもそも、魔物が現れるのって事前に察知出来るんですか?」
僕達が異界に取り込まれたときはどうだったか……そうだ、志鳥さんのカバンを見つけて、中を確認したときに悪寒を感じたと思ったら、あのろくろ首みたいな奴が現れたんだったか。
「ぼくは遠く離れた位置でも察知出来るが、今の君達には厳しいかも知れないね。とは言え、今回異界との周波数を合わせたから、異界が活性化した際に近くに居れば気づけるはずさ。とりあえず君達はこれからも普段通りに生活をして、異界が活性化したと思ったらその現場に向かってくれ。ぼくはこの街にいる限りは、すぐに駆けつけるからさ。もし君達が間に合いそうにない場所に魔物が出た場合は、ぼくが処理しよう。まぁ……ぼくの予想では、君達が行動している場所を中心に、魔物が発生すると思うけどね」
……鍋島さんは最初から言っていた。今異界が活性化して、魔物が発生しているのは僕達が原因だと。
それはつまり、志鳥さんが行方不明になったのも、僕達が原因だということなのか?
「あの、鍋島さん……」
「鍋島さんだなんて他人行儀に呼ばないでくれ。ぼくのことはミノリでいい」
「あー、はい、ミノリ……さん、あのですね、僕達が異界に取り込まれた時、これを見つけたんですけど……」
呼び方を訂正しながら、僕は志鳥さんのカバンを掲げてみせる。
「……ふむ、これは、異界で見つけたのかい?」
「あーっと、どっちかと言われるとわからないんですが、このカバンを見つけて、中身を確認した時に悪寒がしたんです。それで学校の方にこいつが何かいるっていうんで、見てみたらあのろくろ首がいた、という感じです」
「なるほど、多分それは、魔物が仕掛けた罠のようなものだろうね。恐らく現実世界にいる人間には見えなかったはずだ。……獲物と選ばれたもの以外には」
「……これの持ち主がどうなったか、わかりますか? 彼女は僕達と同じ学年の生徒だったんです」
「……正直に言おう。恐らく生きてはいまい」
「……っ」
そうではないかと考えたことも確かにあった。だが、これまで異界で魔物と戦ってきたミノリさんの口から言われると、真実味が一気に増す。
「私達のせいで、志鳥さんが?」
青ざめた顔をしたカナコが、呆然と呟く。
「ぼくは確かに君達が原因で異界が活性化していると言った。だがそれは、君達に思い当たる節がないことからも分かる通り、君達が責任を感じることではないのだよ。……口で言ったところで、納得出来る事ではないかもしれないけれどね」
そう、頭ではわかっていても、心が納得出来る訳ではない。
僕達は沈んだ顔で、お互い顔を見合わせた。
「君達がこれ以上犠牲者を出したくないというのであれば、ぼくも全面的に協力しよう。もう一度訊く。君達はこの街を守るために、戦うかい?」
答えはもう、決まっていた。
「「はい」」
こうして人知れず、僕達は異界の魔物達と戦うことになったのだ。




