第四章 桃源郷 後編
一方、フムルとライカはまだリオンの部屋にいた。すっかり暗くなった部屋で、ひとつしかない小さなランプの灯りの中、顔を突き合わせて何かの本を読んでいる。
暗闇の中に浮かび上がるフムルの顔は、崩れかけた化粧と伸びかけて黒ずんできた髭剃りあとで、見るも無残なものだった。ライカはそれを見ないように、ずっと本から視線を逸らさずにいた。
ティセルだけでなく、彼女にかかった追っ手と乱闘を繰り広げたフムルも、既に追われる身であるのに、こんな所で悠長に本など読んでいるには事情があった。
次第に色を深めていく夕闇と静寂の中、ティセルと入れ替わるようにしてアベルが部屋に入ってきた。みな一様に疲れた顔をしている。
入るなりアベルは大きな溜息をついてから、ライカに言った。
「そろそろ行こうか。いつまでもここにいても仕方がない。みんなが待ってる」
しかしライカは大きく首を横に振る。
「嫌だ。オレはみんなのところには行かないよ。ティセルについていく。このまま貧民街のどこかに隠れ住んだって、いいことなんかひとつもないじゃないか。オレはティセルやフムルみたいに強くなるんだ」
「馬鹿なことを言うんじゃない! それじゃお前は犯罪者になるって言うのか? そうならないために先生は……」
そう言ってたしなめるアベルの声を遮って、突然フムルが声高に笑いだした。
「あはははは! この小僧、なかなか賢いじゃない。確かに貧民街にコソコソ隠れ住んだっていいことないわよね。どうやって暮らしていくつもりなのか知らないけど、結局弱いものは踏みつけられる運命だわ。ろくな暮らしはできない。それならいっそあたしたちみたいなアウトローになる方が賢いわね。汚いことに手を染めて、いつ殺されるかわからない暮らしをして、それでも純血の奴らにいいようにされて泣き寝入りしてるよりはずっとマシだわ。いいじゃない! 犯罪者バンザイだわ!」
アベルは何か言い返そうと口を開いたが、何も言わずに口を噤んだ。彼らの先行きが決して明るいものではないことは、彼自身がよくわかっているのだろう。
彼はそのまましばらく悔しげに唇を噛んで俯いていたが、誰に言うともなく小さな声で呟いた。
「誰もが望むままに強くなれるわけじゃない。どんなに願っても強くはなれない……非力な人間だっているんだ。そんな人間はどうすればいい?」
その言葉に、フムルはあからさまな嫌悪を表して吐き捨てるように言う。
「死ぬしかないわね。弱いやつはいいように踏みつけられて、死ぬ運命なのよ。それが弱肉強食ってものだわ。悔しければ強くなるしかない。情けないことばかり言って泣き寝入りしてるような奴は、死ねばいいのよ!」
するとアベルが顔色を変えてフムルを睨み返し、強い口調で言い返す。
「あんたみたいな人が先生の親友だとは思えない! 先生は常に弱いものを助け、守ってきた」
それからライカの腕を掴んで言う。
「行くんだ、ライカ! こんな奴らに関わっていたらロクな死に方はしない。先生がこんな形で死んでしまったのも、こんな犯罪者たちと関わったせいだ。お前までこんな奴らに感化されちゃいけない!」
困惑した表情で、アベルに引きずられるように立ち上がったライカが、何か助けを求めるようにフムルを見る。しかしフムルはそんなライカの視線には気づきもせず、怒り満面で立ち上がった。
そして仁王立ちで、斧をアベルの喉元につきつける。
「ちょっと、それはどういう意味よ!? あたしがリオンに何をしたって言うの? 彼は自分の意思で戦いに行くことを決めたんじゃない。彼の死は誰のせいでもない。彼自身の決断がもたらした結果だわ。どんな悲しい結果だとしてもね……。それは彼自身がよくわかっているはずよ! 彼はそれをひとのせいにしたりしないわ。そうやって自分では何もしないくせに、すぐに誰かを悪者にしたがる奴って大っ嫌い! 今の言葉は取り消しなさい!」
フムルの剣幕に押されてアベルはやや顔を引きつらせながら、それでもなんとか言葉を返した。
「べ……別にあんたのせいだとは言ってない。ティセルがここに来る前、先生はずっと桃源郷について調べていたんだ。きっと僕たちを桃源郷に導くために……。それがティセルが来て、急にそれをやめてしまった。封印図書館に忍び込もうなんて言い出したのはきっと彼女の方なんだ。自分がいればそのくらい造作もないとかなんとか……先生を唆したのはきっと彼女さ。そうじゃなきゃ、先生が僕たちを残してそんな無謀なことをするはずがない! 先生が死んだのはティセルのせいだ」
フムルは怒りを通り越して、もう呆れ顔で言う。
「あんた……あたしの言った言葉の意味がぜんぜんわかってないのね。どっちが言い出したことか知らないけど、行くと決めたのはリオン自身よ。ティセルを責めるのは筋違いだわ」
しかしアベルも意地になって言い返す。
「悪いものを悪いと言って何が悪い!? 彼女が現れなければこんなことにはならなかったんだ!」
その言葉を聞いて、フムルは再び顔色を変えた。そこに表れたのは呆れでも怒りでもなく、その顔は笑っていた。唇の端だけ上げて、目は静かで残忍な冷たい光を湛えたまま。そしてアベルの喉元に当てられた斧が、じわじわと押し付けられていく。
「もう! 2人ともやめなよ!! 喧嘩してる場合じゃないだろ!?」
見かねたライカが突然、声を上げてフムルの腕を掴む。その勢いで斧が横に滑り、アベルの首筋を浅く傷つけた。
するとフムルはいきなり斧を後ろに放り投げて、大袈裟に驚いてみせる。
「あら、いやだ! びっくりするじゃない! ちょっと脅すだけのつもりだったのに、おかげでちょっぴり切っちゃったわ! 本気でやるわけないじゃない。リオンが大事に守ってきたものを、あたしが手にかけるわけにはいかないでしょ? ムカつく奴だけどさ!」
アベルはまるで緊張の糸が切れたように、へなへなとその場に座り込んだ。ライカが呆然とした顔で呟く。
「脅し……って、迫力ありすぎだよ……」
フムルは「ほほほ」と声高に笑って、手近にあった椅子に腰を下ろした。それから少し間をおいて、静かな声でこう言った。
「あたしなんかさ、もう5年もリオンの顔も見てなくて、急に死んだって言われたって実感湧かなくてさ……。涙も出やしない。でも、彼の死を悼む気持ちはみんな同じでしょ? まして自分のためにリオンが命を捨てたなんて……、一番ショックが大きいのはティセルかもしれない。それだけは、わかってあげて。悲しいのはみんな同じよ」
アベルは何も答えなかったが、ただゆっくりと頷いて見せた。
「ねぇ、アベル。さっき、先生は桃源郷について調べてたって言ってたよね? それって何なの?」
短い沈黙の後、ライカがふと思い出したようにアベルに問いかける。アベルは大儀そうに首をもたげると、ぼそぼそと呟くように答えた。
「エルデイシュタフの奥深くにある、永遠に枯れない桃の花が咲き零れる美しい場所だと言われる桃源郷。そこは全ての苦しみから解き放たれる理想郷だとか、どんな願いも叶うとか……。他にも絶対たる力が眠る場所だとか、永遠の命が手に入るとか、いろいろな伝説がある」
「あたしもその話は聞いたことがあるわ。でも、それってただの御伽噺でしょ?」
そうフムルが口を挟む。
「僕もそう思っていたよ。先生が集めていた本もいくつか読んだけれど、どれも伝説ばかりで桃源郷が本当にあるという確証を示したものはなかった。そこを目指して旅立った人は多いけれど、誰一人としてそこへ辿り着いて帰ってきたという人もいない。でも先生はこう言っていたんだ。僕たちが考えているようなものではないかもしれないけれど、桃源郷と呼ばれる場所には何かがある。いつかそこへ行って確かめなければならないとも」
それを聞くと突然ライカが何かに弾かれたようにアベルに飛びつく。そして興奮気味に言った。
「本当!? どんな願いも叶う? それじゃ、もしかしたら先生を生き返らせることだって……!」
「でも、それはただの伝説に過ぎないわ。リオンだってあたしたちが考えているようなものではないって言ってたんでしょ?」
呆れ半分に言うフムルに加勢するように、アベルも言葉を繋ぐ。
「馬鹿なことを言うもんじゃない。エルデイシュタフっていうのは、あの魔神アンサルヴィエを封じた地下洞窟だ。今でもそこには魔物が住みついていて、普通の人間が入り込めばすぐに魔物の餌になってしまう。だから、もし桃源郷が本当にあったとしても、誰も行って帰って来た人はいないんだ。それにそこは立ち入り禁止で、入り口は教皇庁が守っている。みすみす死にに行くようなものだぞ!」
しかしライカはまだ諦めずに言う。
「そんなのわからないじゃないか! 桃源郷が本当にどんな願いも叶う理想郷だからこそ、そこへたどり着いてそのまま帰ってこないだけなのかもしれない。先生だって、行って確かめなきゃいけないって言ってたんでしょ?」
なんと言葉を返して良いものかと、困った顔で黙り込むアベルにライカがまだ続ける。
「それに大丈夫だよ! ティセルが一緒ならエルデイシュタフの魔物だってへっちゃらさ! フムルだって一緒に来てくれるんだから!」
そう言って屈託のない笑顔を見せるライカに、フムルは呆れ半分の苦笑を返す。
「あたしはまだ行くともなんとも言ってないじゃない。ティセルだってどう言うかしら?」
「行こうよ! 行ってみなきゃ、ただのお伽話なのか本当なのかわからないじゃないか! ここで落ち込んでたって仕方ないだろ?」
更に声を励まして言うライカに、フムルは再び苦笑を向けた。それから「ふーっ」と長い溜息をつき、徐に言う。
「そうね。確かにこんな所で落ち込んでたって仕方ないわよね。まあ、行くだけ行ってみるのもいいかもしれないわ。単なるお伽話に過ぎないかもしれないけど、万が一本当にリオンが生き返ったりすれば儲けものよね。それにこんなつまらない世の中で、今までどおり、また用心棒なんかしながら暮らすってのも退屈だしね」
そしてフムルは手のひらでパンと膝を打って言った。
「いいわ。行ってみましょ」
こうして渋々アベルがライカを置いて出て行った後、2人はリオンの蔵書の中から桃源郷に関する本を探しては読み漁っているのだ。書籍の大半は、魔道書か歴史書。ほとんどは難しい本ばかりで、まともに理解できないまま、時間ばかりが過ぎていた。しかし、中には家庭の医学や雑学の本などの実用書も混じっていたり、リオンの趣味なのか、吸血鬼の伝記が数冊あるのも目に付いた。
読んだ本の半分も理解できないまま、どうにかエルデイシュタフの入り口の場所だけ確認すると、フムルが大きな欠伸をした。
「こんな本ばっかり読んでたってちっともわけがわからないわ! もういいじゃない。あとは当たって砕けろよ!」
フムルがそう言って席を立つと、ライカも大きく伸びをして本を閉じた。
「そうだね~。オレたち、どっちも頭脳労働向きじゃないもんね。まあ、なんとかなるさ!」
2人して開き直ると、お互いに顔を見合わせて笑った。
そしてフムルはリオンが使っていたベッドにその巨体を横たえる。その後から、ライカもその隙間に滑り込んだ。
「明日になったらティセルを探さなきゃね。ここに帰ってきてくれるといいんだけど……」
ライカはそんなことを言って目を閉じたと思うと、いつの間にかもうすやすやと寝息を立て始めていた。そんなライカの声を聞いていたのかいなかったのか、フムルも既に鼾をかいて眠っていた。
あれから3日が過ぎた。ティセルはそのままライカたちの元へは帰らず、追っ手を避けながら転々と居場所を変えていた。この先、自分がどこへ行くのか、何をするのかを決め兼ねたまま、ただ所在無く彷徨っていた。
よく晴れて澄み渡った聖都の空に、教会の鐘が鳴り響く。鐘はゆっくりと重々しく、続けて7回打ち鳴らされた。葬送の鐘だ。
それを合図に、教皇庁本部の正門から葬列が進み始める。葬儀用の黒い旗を掲げて一糸乱れぬ行進をする騎兵隊を先頭に、黒革張りに金の鋲を打った豪勢な棺と鼓笛隊が続き、その後を礼装に身を包んだ参列者が続く。
いったいどこから登ったものか、ティセルは教皇庁本部に程近い屋敷の屋根の上からその葬列を眺めていた。高らかにファンファーレを響かせ、葬送の曲を奏でながら進むその一行は、彼女の目には葬列と言うよりも、何か奇妙な祭りのパレードのように見えた。
「こんなところから葬列なんか眺めて、まさかあそこに切り込んでいこうなんて考えてるんじゃないわよね? 敵討ちなんてリオンは喜ばないわよ」
不意に背中から聞き覚えのある声がした。振り返るとそこにはフムルの姿があった。敵ではないとはいえ、知らぬ間に背後を取られるとは、彼女らしからぬことだった。リオンの死以来、こんなふうにぼうっとしてしまうことが多い。我ながら不覚を取ったことを嘲るように、ティセルはふっと小さく笑った。
「まさか。私に敵を討つような義理なんてない」
そっけなくそう言って、また葬列に目をやる彼女に、フムルは苦笑する。
「素直じゃないわね。それならなんでこんなところでリオンの葬式を眺めてるのよ?」
ティセルはフムルの問いには答えず、ぽつりと呟いた。
「みんな退屈そうね。本当に悲しんでいる人なんていないみたい。権力者の葬儀なんてみんなこんなものかしら?」
「そうね……。あの参列者の中に、本当のリオンを知っている人なんていない。次期大賢者だった人の葬儀だから、出ないわけにもいかなくて来ているって人がほとんどなんでしょうね。参列者だけじゃない。純血種も雑種も、あたしたちの他には、誰もリオンの死を悲しんでいる人なんていないのかもしれない」
寂しげにそう言って俯くフムルの手には、一枚の紙切れが握られている。くしゃくしゃに折れ曲がった安っぽい紙に、「事故死」と書かれているのが見えた。
ティセルはそれを一瞬だけちらりと見ると、また抑揚のない声で言う。
「魔道実験中の事故だってね。若き天才魔導師の冥福を祈って……か。嘘ばっかり」
まるでリオンの死は予定のうちだったかのように、翌日にはこの号外が配られた。「クラウィンの後継者、魔道実験中に事故死」そんな見出しで始まる記事には、実際にはありもしなかっただろう実験の詳細や関係者の証言まで書かれている。
それを手にした街の雑種たちは、自分たちには関係のない話だと、深い関心を示すものはほとんどいない。それならまだしも、権力者だからという理由だけで「ざまぁみろ」と悪意のある言葉を吐くものもいた。
ティセルはそんな街の様子を、遣る瀬無い気持ちで眺めていた。リオンのその人となりを、何を為そうとしていたのかを知らず、悪意ある言葉を吐き嘲笑する人々を、腹立たしい気持ちで見ていた。
純血種の世界でも、本心を隠し、大賢者候補として教皇庁の内情を探ってきた彼に、真の理解者などいなかったのだろう。長く続くその葬列も、どこか淡々として、悲壮感などどこにも感じられなかった。
「ねぇ、あんた。これからどうするつもりなの?」
しばらく2人して、ぼんやりと葬列を眺めていたが、不意にフムルが口を開いた。
「さぁね……。また元の暮らしに戻るだけでしょ。リオンのことがあろうがなかろうが、指名手配犯だってことに変わりはないし。適当に稼いで……そのうち野垂れ死にか、処刑されるか……」
まるで自分のことではないように、さもつまらなそうにティセルは言う。無表情のまま、ただ葬列を見送るその顔には、色濃い疲れだけが表れていた。そこに、Bloody Lionの異名をとり、見るもの全てを恐れさせた程の残虐性も、触れるもの全てを傷つけようとするかのような鋭い眼光も、微塵も感じられなかった。
そんなティセルの顔をフムルがまじまじと覗き込む。
「……気持ち悪い顔近づけないでよ」
生気のない声で精一杯虚勢を張った悪態をつく彼女に、呆れ顔でフムルは言った。
「そんな情けない顔で悪態つかれたって、ぜんぜんぐさっと来ないわよ。放っておいたら本当に死にそうね」
「放っておいてよ。私がどうなろうがあんたに関係ないでしょ?」
目の前にあるフムルの顔を押しやりながら、ティセルが言う。
「関係なくないわよ。あんたは本当のリオンを知ってる数少ない友達だもの。リオンが命懸けで救った命だもの。放っておけないわよ」
しんみりと語りかけるフムルの顎に、いきなりティセルは足蹴りを食らわせる。
「いきなり何すんのよ!?」
「誰が友達よ!? 気色悪い!! 汚らしい青髭を近づけないで!」
しかし、フムルは怒るかと思いきや、意外にも豪快に笑った。そしてひとしきり笑った後、にっこり微笑むと、言った。
「やっぱり、そうこなくっちゃね。あたしさ、弱い奴って大嫌い。自分の弱さを言い訳にして、何もせずに自分を可哀相がってるような奴を見てると虫酸がはしるわ。でもさっきのあんた、そんなふうに見えたのよ。リオンに死なれちゃ、もう生きる希望もないの。可哀相なティセル……みたいなね」
フムルが体をくねくねさせて、揶揄するように言った。
「誰がそんな……!!」
ティセルは目を剥いてフムルに掴みかかる。フムルはそれを楽しむように「ふふっ」と笑って、それから続けた。
「でも、あんたは違うでしょ? Bloody Lionと呼ばれる女でしょ? 失敗したとはいえ、封印図書館なんてとんでもないところに挑む度胸がある人間でしょ? あたし、あんたが好きよ。たぶん……だけどね。まだあんたのこと、そんなには知らないもの」
「私はあんたなんて嫌いよ」
出し抜けに「好き」などと言われて、ティセルは少し驚き、なんだか気恥ずかしいようだった。そんな内心の照れを隠すように、ぶっきらぼうに言い捨てる。
しかしフムルはそんな彼女の様子を興味深そうに眺めていたと思うと、また小さく笑った。
「なんか……どうしてリオンがこんな口の悪い女に惚れるのかわかったような気がするわ。そうやって照れるところが、なんだか可愛いわね。やっぱりあたし、あんたが好きだわ」
今度はティセルの鋭い蹴りがフムルのわき腹を抉る。
「ぅぐおっ!」
フムルは低い呻き声をあげながらも、嬉しそうに笑った。
「暴力的なのはいただけないけどね……」
そう呟いてから、フムルは急に話の矛先を変える。
「ねぇ、あんた。あたしたちと一緒に桃源郷に行かない? それを言うためにあたしたち、あんたのことを随分探したのよ」
「桃源郷?」
ティセルは胡散臭そうな顔でフムルを見やる。桃源郷の伝説なら彼女も聞いたことがあった。しかしそんなものは単なるお伽噺に過ぎないと、彼女も思っていたからだ。
「馬鹿じゃないの? そんなお伽噺を信じてるわけ?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
フムルはなぜ桃源郷を目指すことになったのか、ことの顛末をティセルに話して聞かせた。ティセルは頷きもせず黙ってそれを聞いていたが、鼻で笑うように短く息を吐いて言う。
「そんなものを信じるなんて、やっぱりライカもまだガキね。死んだものが生き返るわけがないじゃない。それに、私には関係のない話だわ。どっちにしても、私はリオンなんてどうでもいい。別に生き返って欲しいとも思わない。あんな奴、むしろ生き返らなくていいわよ。小五月蝿くてお節介焼きで、鬱陶しいったらない」
そんなことを言いながら、墓地へと向かう葬列の背中に切ない眼差しを向ける彼女に、フムルは小さく溜息をついて言った。
「出発は明日よ。あんたが見つからなくても、その予定だったの。それまでに決めればいいわ」
フムルが去った後もティセルはそこに残り、ただぼんやりと晴れ渡った空を眺めていた。




