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映える  作者: シズ
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7/25

モザイク

 言い出したのは大野だった。


「溶ける水着ってあるじゃん」


「ある?」


「あるって。水につけると溶けるやつ」


「それ、どうすんの?」


 里佳が訊いた。


「着てもらって、プール入ってもらう」


 部屋が笑った。止める声は出なかった。恵那は画面を見たまま、指を動かしていた。


「やる?」


 大野が言うと、恵那は「やっていいよ」と言った。それだけだった。


      *


 段取りは恵那がつけた。


 貸切のプールを二時間で押さえた。撮影の許可を取って、書類を出して、保険にも入った。手続きは全部、その日のうちに終わった。


 和彦は書類の控えを見た。日付が三つと、判子が二つ押してある。


「ちゃんとしてますね」


「ちゃんとしないと、貸してくれないから」


 恵那はそう言って、控えを和彦に渡した。


 三人にはあらかじめ言ってあった。


 仕掛けるのは大野で、驚くのは三人。三人とも、それを知っている。


「知ってて驚くの?」


 和彦が訊くと、里佳が笑った。


「驚くのが仕事でしょ」


「はい」


「知らないでやったら、それはもう仕事じゃないって」


 陽菜が横で「あたし、知ってても驚くタイプだから大丈夫」と言った。


 仁科は何も言わなかった。ノートを開いて、時刻の欄を作っていた。


      *


「仁科さんも出るんですか?」


「出るよ」


「いつも撮る側ですけど」


「三人いるほうがいいって言われたから」


 仁科はペンを置いた。置いてから、少しだけこちらを見た。


「なに」


「いえ」


「べつに、いいでしょ」


 仁科はノートを閉じた。閉じる音がいつもより短かった。


 前の日に、和彦は機材を箱に詰めた。


 カメラが三台、三脚が二つ、予備の電池が六本、それから防水の袋。袋はプールで使うために新しく買った。指で開け閉めして、二回試した。堅くて、爪が引っかかった。


 箱は重かった。持ち上げると、腰のあたりに来た。


      *


 当日は曇りだった。


 室内プールで、天井が高くて、音がよく響く。水の匂いが強い。和彦は入口で靴を履き替えて、機材を運んだ。


 カメラは三台にした。プールサイドに二台、水面と同じ高さに一台。三台目は瀬川が持った。


「これ、どこ撮るんすか」


「全体でいいと思います」


「全体」


「あとで切るので」


 瀬川はうなずいた。うなずいてから、カメラの向きを少し下げた。


      *


 撮影は一時間半で終わった。


 水着は本当に溶けた。溶け方は思ったより遅くて、二回目でようやく形になった。三人は驚いた。驚き方は三人とも違っていた。


 里佳がいちばん大きい声を出した。陽菜は笑いながら水に沈んだ。仁科は動かなかった。動かないまま、二秒くらいしてから、両腕を胸の前で組んだ。


 大野が笑っていた。瀬川はカメラを構えたまま、少し顔を横に向けていた。


 和彦はカメラを止めなかった。止めるという考えが、そのとき浮かばなかった。


      *


 二回目のあと、仁科がプールの縁に上がってきた。


 和彦はタオルを渡した。渡すとき、指が触れた。仁科の手は冷たかった。


「ありがと」


「大丈夫ですか?」


「なにが」


「寒くないですか?」


「寒い」


 仁科はタオルを肩にかけた。かけてから、髪を絞った。水が床に落ちて、細い音がした。


「杉本くん」


「はい」


「あたし、変じゃなかった?」


 和彦は少し考えた。


「変じゃなかったです」


「そう」


 仁科はそれ以上、何も言わずに更衣室のほうへ歩いていった。歩き方はいつもと同じだった。


      *


 最後に、おまけを撮った。


「じゃあ、男性陣はあっち向いてて」


 里佳が言った。台詞は決めてあった。


 和彦と大野と瀬川が、プールの反対側を向いた。向いているあいだ、後ろで笑い声がした。三十秒くらい続いた。


 カメラは一台だけ回したままにしてある。回しているのは、恵那だった。


      *


 編集は和彦がやった。


 素材は三台ぶんで、合計四時間五十分あった。


 最初に、使うところを決めた。決めてから、モザイクをかける場所を探した。


 探すというのは、全部を見ることだった。


      *


 一コマずつ送る。


 人が動くので、隠す場所も動く。四角を置いて、次のコマで少しずらして、また置く。二秒で六十コマある。六十回、位置を直す。指の腹がマウスの角で赤くなる。


 和彦は最初、まとめて追いかける機能を使った。使うと、途中で外れる。外れると、外れた一瞬だけ、何も隠れていない画になる。


 そこは手でやるしかなかった。


      *


 二日目の夜に、和彦は数え始めた。


 かけたコマの数を、紙に書いた。


  〈一日目 二千百四十〉


  〈二日目 三千八百二〉


 三日目に終わった。合計は七千九百六十一だった。


 和彦は数字を三回確かめた。三回とも同じだった。


      *


 確認は五回した。


 書き出して、通しで見て、外れているところを探す。一回目で四箇所見つかった。二回目で一箇所。三回目と四回目で、ゼロ。五回目でもう一箇所出た。


 最後の一箇所は、〇・二秒だった。


 和彦はそこを直して、もう一度書き出した。書き出しに五十分かかった。終わったのは三時過ぎだった。


 窓の外が薄くなっていた。目の奥が乾いていて、瞬きをすると痛かった。


      *


 三日目の夜、和彦は途中で手を離した。


 肘から先が痺れていた。指を握って、開いて、また握った。関節が鳴った。


 机の上に、四角い形の残像が残っている。目を閉じても、瞼の裏で四角が動いていた。


 和彦は水を飲んだ。飲んでから、また座った。


      *


 できたものを通した。


 モザイクは全部で十九箇所ある。合計の長さは一分四十秒。


 和彦は、その一分四十秒を並べて見た。並べると、そこだけ画面が四角く濁っている。


 濁っているところに、目が行く。行かないようにしても、行く。


 和彦は椅子の背にもたれた。肩を回すと、首の後ろで音がした。


      *


 和彦は一度だけ、モザイクを外して通した。


 外すのは、押すだけでできる。四角が全部消えて、素材のままの画が出る。


 和彦は最初の五秒で止めた。止めてから、画面を伏せた。伏せた画面の縁が、指の下で温かかった。


 もう一度、モザイクを戻した。戻すのも、押すだけだった。


 外したことは、誰にも言わなかった。


      *


「順番、変えて」


 恵那が画面を見て言った。


「どこですか?」


「あっち向いててのやつ。あれを最後に」


「いま、真ん中です」


「最後にして」


 和彦は移した。移すのに三分もかからなかった。


 通してみると、終わり方が変わった。


「なんで最後なんですか?」


「最後にあるものを、覚えて帰るから」


 恵那は画面を指した。


「途中にあると、ただの流れになる。最後にあると、そういうチャンネルだったってことになるの」


「はい」


「中身は同じだよ」


 恵那は指を離した。


「一秒も変えてない」


      *


 出したのは金曜の夜だった。


 土曜の朝で十二万を越えた。日曜には四十万になった。前のいちばん高い回の二倍近くあった。


 コメントは三千を越えた。和彦は上から順に読んだ。


  〈ちゃんと配慮してるのが好感持てる〉


  〈最後のやつで安心した〉


  〈こういうチャンネルは伸びてほしい〉


 和彦は一つ目を三回読んだ。


 配慮というのは、七千九百六十一のことだった。


      *


 瀬川が編集の画面を覗きにきた。


「これ、全部手でやったんすか」


「半分は手です」


「時間かかりますね」


「かかりました」


「見なきゃいけないんですよね、隠すとこ」


 和彦はマウスから指を離した。離してから、画面を少し倒した。


「見ないと、位置が合わないので」


「そっすよね」


 瀬川はそれ以上、何も訊かなかった。訊かないまま、椅子を運びに戻った。運ぶ音が、いつもより長く続いた。


      *


 月曜に、仁科が来た。


「見た?」


「見ました」


「あたしのとこ、どのくらい映ってた?」


 和彦は数字を思い出した。


「合計で、二十二秒です」


「そんなに」


「三人のなかでは、いちばん短いです」


「そう」


 仁科はノートを開いた。開いてから、何も書かずに閉じた。


「短くしたの?」


「短くはしてないです。素材がそのくらいでした」


「ふうん」


 仁科は机の端に座った。座ってから、髪を一度耳にかけた。


「べつに、いいけど」


 里佳は自分の映り方を、何度も確かめていた。


「うち、ここ顎の線きれいじゃない?」


「きれいだと思います」


「ここ、切らないでよ」


「切ってないです」


「切ったら怒るからね」


 里佳は笑った。笑ってから、画面を陽菜のほうへ回した。


 陽菜は自分のところを見て、少しだけ黙った。


「あたし、笑いすぎだね」


「笑ってました」


「笑ってると、なんか、大丈夫そうに見えるよね」


 和彦は答えを持っていなかった。


      *


 六時半に、恵那が帰った。


 閉まってから、大野が机の下から缶を出した。プールの回は伸びたので、当然やるという言い方だった。


「四十万だよ、四十万」


「四十一万です」


「もっとすごいじゃん」


 里佳が笑って、缶を配った。仁科は一本だけ取って、机の端に置いた。開けなかった。


 時計は七時二十分だった。


「七千二百」


「はい」


「今日は多いね」


「人が増えたので」


「また増えたの?」


「十一人います」


 大野は数えなかった。数えずに「へえ」と言った。


 和彦はレシートを二つ折りにした。折り目が濡れていて、指の跡がついた。


      *


 水曜に、切り抜きが出た。


 誰かがこの回の一部を短くして、別の場所に上げている。長さは三十秒で、モザイクは入ったままだ。


 再生は十万を越えている。


 和彦は数を控えた。控えてから、恵那に見せた。


「消したほうがいいですか?」


「消さない」


「でも、うちの動画です」


「うん。でも、あれが宣伝になってるから」


 恵那は画面を返した。


「切り抜きは、こっちが作れないの。だから止めない」


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   プール使用料  三万八千円  杉本立替  十一月七日


   打ち上げ    七千二百円  大野立替  十一月七日


 保険料は、別の行にした。二千四百円だった。


 モザイクにかかった十九時間を入れる欄は、なかった。


      *


  〈水着が溶けるドッキリしたら大変なことになった〉


  十四分七秒/再生 412,000


  〈ちゃんと配慮してるのが好感持てる〉

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