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映える  作者: シズ
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3/25

伝説のヤンキー

 九月に入って、初めて外から人を呼んだ。


 相手は登録者が二万八千いた。


「向こうから来たんですか?」


「こっちから出した」


 恵那は画面を回して、和彦のほうへ向けた。チャンネルの名前は片仮名で三文字だった。並んでいる画は、どれも同じ男が腕を組んでいる。


「この人、何やってる人ですか?」


「昔の話をしてる」


「昔の話」


「それだけで二万八千いる」


      *


 戸倉という男だった。


 三十を少し過ぎている。背は高くない。首が太くて、肩から腕にかけての線がまっすぐだった。半袖のシャツの下に、消えかけた線が見えた。和彦はそれを見て、すぐ目を戻した。


「どうも、戸倉です」


 声は低くて、丁寧だった。靴を脱いで上がって、椅子を勧められる前に立っていた。


「今日はよろしくお願いします」


 里佳が「あ、こちらこそ」と言った。言ってから、少し笑った。笑い方が普段と違っていた。


      *


 撮影は二時間の予定だった。


 カメラは二台にした。一台は和彦が回して、もう一台は三脚に載せた。三脚のほうは瀬川が見ることになったが、瀬川はほとんど画面から目を離さなかった。


「じゃあ、昔の話からお願いします」


 恵那が言った。それだけ言って、画面の外へ下がった。


      *


 戸倉はよく喋った。


 中学のとき、隣の中学と揉めた話。高校に行かなかった話。夜に集まる場所があって、そこに三十人いた話。


「相手が四人だったんですよ。こっちは一人」


「一人?」


 大野が身を乗り出した。


「三人までは勝てるんですけどね」


「三人まで」


「四人だと、さすがにボコボコにされちゃって」


 戸倉は笑った。笑ってから、自分の顎のあたりを指でさわった。


「ここ、二回折れてます」


 里佳が「痛そう」と言った。陽菜が顔をしかめた。


「で、次の日に仕返し行ったんですよ」


「行ったんですか?」


「行きました。一人ずつなら勝てる自信あったんで」


「一人ずつ」


「呼び出して、順番に」


 戸倉はそう言って、また笑った。


「勝ちました」


 部屋が沸いた。里佳が手を叩いて、陽菜が「え、すご」と言った。瀬川は画面を見たまま、口の端だけ動かした。


「そしたら今度は、そいつらと俺らとヤクザで、三すくみみたいになっちゃって」


「ヤクザ」


「あの辺のですけど。名前は言えないですね」


「三すくみって、どういうことですか?」


「向こうがこっちに来ると、ヤクザが出てくるんですよ。で、ヤクザが出てくると、今度は……あれ、逆かな」


 戸倉は少し考えた。指で机を二回叩いた。


「まあ、そんな感じで。しばらくぐちゃぐちゃで」


「へえ」


「上の人が話つけて、一回収まって、また揉めて」


「大変じゃないですか」


「大変でしたね。バイトも行けなくなって」


 里佳が笑った。大野も笑った。


「で、そうこうしてるうちに、俺捕まっちゃって」


「捕まったんですか?」


「捕まりました」


 部屋がまた沸いた。


      *


「え、もしかして人殺したんですか?」


 陽菜だった。声が大きかった。


 部屋が一瞬、静かになった。


「いや」


 大野が笑った。


「それだったらニュースになるでしょ」


「あー、たしかに」


「なるなる。名前も出るって」


 里佳も笑った。戸倉も笑った。笑ってから、水を飲んだ。


「そうっすよね」


 陽菜がそう言って、自分の頬を軽く叩いた。


 話はそこで終わった。次の話になった。


 和彦はカメラを構えていた。構えていると、顔の半分がレンズの後ろに入る。そこから見ると、笑っている顔がよく見えた。


      *


 一時間ほどして、戸倉が水を飲んだ。


「まあ、そのあと捕まったんですけどね」


「え、捕まったんですか?」


「捕まりました。何回も」


「少年院とかですか?」


 訊いたのは陽菜だった。悪気はなかった。


 戸倉はコップを置いた。置いてから、少し笑った。


「少年院じゃなくて、刑務所」


「刑務所?」


「少年刑務所ってとこ。行ったことある人、あんまいないでしょ」


 部屋の誰も声を出さなかった。それでも、空気は落ちなかった。むしろ、そこで一段上がった。


「何年いたんですか?」


 大野が訊いた。


「二年ちょっと」


「二年」


「長かったっすね」


 戸倉はそう言って、話を戻した。戻したあとは、また抗争の話になった。


      *


 終わりぎわに、戸倉が座り直した。膝に手を置いて、背を伸ばした。


「最後に、若い子に言っときたいことがあるんですけど」


「どうぞ」


 恵那の声が画面の外から入った。


「俺みたいになるなって言うと、たぶん誰も聞かないんですよ」


 戸倉は一度、自分の手のひらを見た。指の付け根に古い傷がある。


「だから、そうじゃなくて。自分が何やってるか分かんなくなったら、それは危ないから。俺はずっと分かんなかった」


 部屋が静かになった。里佳が姿勢を直したのが、画面の端で分かった。


「いまは分かるんですか?」


「分かります。分かるようになるまで、時間かかりましたけど」


 戸倉は笑った。笑い方が、それまでと違っていた。


 和彦は構えたまま、その顔を最後まで撮った。


      *


 撮り終わったのは八時前だった。


 戸倉は靴を履きながら、里佳と話していた。里佳は玄関のところに立って、笑っていた。


「今日ありがとうございました」


「こちらこそ。いい話が撮れました」


 恵那が言った。声は動かなかった。


 戸倉は一度、部屋の中を振り返った。振り返ってから、頭を下げて出ていった。


      *


 編集は三日かかった。


 二時間三十八分あった。使ったのは十九分。抗争の話が中心で、捕まった話は真ん中に置いた。


 和彦は真ん中の部分を何度も通した。


 順番はこうなっている。四人にやられた。仕返しに行って、勝った。しばらく揉めた。そのあと捕まった。刑務所に二年いた。出てきて、いまは働いている。


 繋がっている。何も足していない。順番も変えていない。


 それでも、和彦は手を止めた。


 伝票を打つ仕事を、和彦は知らない。まだ知らない。


 ただ、数字を並べたときに合わないと分かることは、もう覚えていた。合わないと分かるのは、数字が小さすぎるか、大きすぎるかのどちらかだった。


 喧嘩で、二年。


 和彦は紙に書いてみた。


  ○三人までは勝てる。四人でやられた


  ○次の日、仕返しに行った。呼び出して、順番に。勝った


  ○そいつらと、俺らと、ヤクザで三すくみ。ぐちゃぐちゃ


  ○そうこうしてるうちに捕まった


  ○少年刑務所 二年ちょっと


 和彦は四行目を見た。


 そうこうしてるうちに、と書いてある。何が起きたかは、書いていない。


 戸倉は一度も言っていなかった。訊かれてもいなかった。


 繋がっているように聞こえたのは、順番のせいだった。


      *


 仁科が横を通って、紙を覗いた。覗いて、すぐ離れた。


「なにそれ」


「順番を書いてます」


「順番なら、動画にあるでしょ」


「あるんですけど」


 和彦は紙を裏返した。裏返してから、また表に戻した。仁科はもう見ていなかった。


      *


 和彦は調べた。


 喧嘩で人を殴った十代が、どうなるかを調べた。書いてあることは、どれも同じだった。まず家庭裁判所へ行く。多くは保護観察になる。重ければ少年院になる。少年刑務所という言葉は、なかなか出てこない。


 出てくるのは、二つの場合だった。


 一つは、罪がずっと重いとき。もう一つは、二十歳になっているとき。


 和彦は二つ目を読み直した。審判の前に二十歳になれば、少年法の対象から外れる。外れると、検察官に送られる。送られると、大人と同じ裁判になる。


 条文の番号が二つ並んでいた。和彦はそれを手帳に写した。写しながら、字が濃くなっているのに気づいた。力が入っていた。


      *


 名前は聞いていた。


 和彦は打ち込んだ。姓と、名と、市の名前を並べた。


 三件出た。


 二件は同姓同名の別人だった。一件は、九年前の記事だった。短い記事で、四行しかない。市の名前と、年齢と、罪名と、判決が書いてある。


 ニュースには、なっていなかった。


 四行の記事が一つあるだけだった。テレビでも、大きな記事でもない。九年経って、上のほうには出てこない。


 それでも、名前は出ていた。


 大野が言ったことは、半分だけ当たっていた。


 和彦はコメントを開き直した。


 上から三百まで送って、それを見つけた。


  〈ある意味伝説だよ(笑)〉


 動画の題は〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉だった。


 和彦はその一行を、しばらく見ていた。返信は無かった。いいねが四つ付いている。


 年齢は、二十歳だった。


 和彦は日付を二つ書き出した。


 一つは事件の日。もう一つは、記事に出ている誕生日の月。並べると、あいだが十一日しかなかった。


 十一日。


 和彦は椅子の背にもたれた。天井を見た。喉が渇いていたが、水を取りに行かなかった。


 十一日早ければ、名前は出ていない。記事もない。和彦が打ち込んでも、何も出てこない。


 罪名は二つ書いてあった。


 一つは窃盗。何件かある。もう一つは、和彦の知らない言葉だった。漢字が六つ並んでいて、口に出すと硬い音がした。


 調べると、いまの名前と違っていた。九年前は、その名前だった。その前は、また別の名前だった。呼び方は十年ごとに変わって、中身は変わらない。


 和彦は三つの言葉を並べて書いた。書いてから、二本線で消した。消しても、下に残った。


 万引きだけでは、二年にならない。


      *


 動画では、その話は出ていない。


 出ていないのではなかった。誰も訊いていない。訊かれていないから、答えていない。


 戸倉は嘘を一つもついていなかった。四人にやられた話も、仕返しに行った話も、本当かもしれない。刑務所にいたのも本当だった。二年いたのも本当だ。


 ただ、それは繋がっていない。


 和彦は自分の作った十九分を、もう一度通した。


 繋がっているように見えた。繋げたのは、和彦だった。


      *


 金曜に、恵那が来た。


 和彦は画面を閉じずに待っていた。恵那が横に立ったところで、手帳を開いた。


「恵那さん」


「うん」


「戸倉さんのことなんですけど」


「なに」


「捕まった理由、たぶん喧嘩じゃないです」


 恵那は画面を見たまま、少し首を傾けた。


「調べたの?」


「名前を入れただけです」


「そう」


 返事はそれで終わりだった。恵那は驚かなかった。怒りもしなかった。手も動かなかった。


「知ってましたか?」


「知らない」


「じゃあ」


「でも、そうだろうなとは思ってた」


 和彦は言葉を探した。喉の奥が乾いていて、一度、咳をした。


「出すの、やめますか?」


「なんで?」


「嘘は言ってないですけど」


「言ってないなら、いいでしょ」


 恵那は椅子に座らなかった。鞄を持ったままだった。


「和彦くん、その人はいまなにしてる?」


「働いてます」


「働いてる人が、昔の話をしてる」


「はい」


「それだけのことでしょ」


 和彦は、それでも言おうとした。言おうとして、言うことが見つからなかった。


 嘘は無い。誰も訊かなかった。訊かなかったのは自分たちだ。訊いていれば答えたかもしれない。訊けばよかったのかどうかも、分からない。


「和彦くん」


「はい」


「編集って、なにをすることだと思う?」


「切ることですかね」


「切ったら、切ったところが無くなるでしょ」


 恵那は鞄を持ち直した。


「無くなったところは、誰も探さないの」


 和彦は記事を印刷しようとした。


 紙が出てくる音がして、途中で止めた。止めても、半分は出ていた。四行のうち上の二行だけが出ている。年齢のところで切れていた。


 和彦はその紙を折って、鞄の底に入れた。入れてから、鞄を閉じた。


 その紙は、そのあと一度も出さなかった。捨てもしなかった。


      *


 出したのは土曜の朝だった。


 昼までに一万を越えた。夜には四万八千になった。翌日は十二万だった。


 コメントは千を越えた。和彦は上から順に読んだ。半分ほど読んだところで、指が止まった。


  〈この人、ちゃんと反省してるのが伝わってくる〉


  〈ある意味伝説だよ(笑)〉


  〈昔悪かった人のほうが、人の痛みが分かる〉


 和彦は三つ目を三回読んだ。三回読んで、画面を伏せた。


 二つ目は、読み飛ばしていた。


      *


 月曜に、陽菜が来た。携帯を両手で持っている。


「杉本くん、あたし泣いちゃった」


「どこでですか?」


「最後の。若い子に言いたいことってやつ」


「あそこですか?」


「うん。あれ、いい人じゃん」


 和彦は返事をしなかった。返事をしないでいると、陽菜は自分でうなずいた。


「なんかさ、ああいう人のほうが、ちゃんとしてるよね」


「そうかもしれないです」


「ね」


 陽菜は携帯を鞄に入れた。入れる手が、少しだけ止まった。止まってから、また動いた。


      *


 十日ほどして、コメントが一つ付いた。


  〈キボウシって地元の掲示板に書かれてますけど。〉


 和彦は、その言葉を知らなかった。


 打ち込んで調べた。出てこなかった。地名でもなかった。店の名前でもなかった。人の名前かどうかも分からなかった。


 和彦は、そのコメントをしばらく開いていた。返信は付いていない。次の日も付いていなかった。


 記事は四行しかなかった。


 掲示板には、もっとあるのだと思った。


 和彦は、その掲示板を探さなかった。探し方は分かる。名前と、市の名前を並べればいい。前と同じことをすればいい。


 和彦は、そこで手を止めた。


      *


 三日後に見たら、そのコメントは下に落ちていた。


 消えたのではない。新しいコメントが上に積もっただけだった。


 和彦は下まで送って、それを探した。四百件目のあたりにある。返信は一つもついていない。


      *


 塾の問い合わせが、その週だけで十四件あった。


 仁科が表に書き込んだ。数字を丸で囲って、横に線を引いた。


「戸倉さんの回、効いてるね」


「そうですね」


「また呼ぶ?」


「恵那さんが決めます」


「決まってるでしょ、それ」


 仁科は定規を置いた。置いてから、ノートを閉じた。


      *


 六時二十分に、恵那が鞄を取った。


 閉まってから、大野が缶を出した。買ってきたのではなく、机の下に置いてあったものだった。


「戸倉さん、また来るんでしょ」


「たぶん」


「あの人、いい人だよな」


 里佳が言った。誰も否定しなかった。


 和彦は缶を持っていた。開けずに持っていた。指の腹が結露で濡れて、そのうち手のひらまで冷たくなった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  六千三百円  大野立替  九月十二日


   謝礼    三万円    戸倉様   九月九日


 謝礼のほうは、項目名の欄に「外注費」と入れた。


 和彦は、手帳に書いた二つの日付を消さなかった。消す欄が、そもそも無かった。


  〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉


  十九分四秒/再生 312,000


  〈昔悪かった人のほうが、人の痛みが分かる〉

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