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映える  作者: シズ
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2/25

サムネ

「サムネ、作って」


 恵那はそう言った。三本目を出した次の日だった。


「サムネって、あの、最初に出てる画ですか?」


「うん」


「あれ、勝手につくものだと思ってました」


「勝手につくよ。勝手につくと、真ん中の一コマになる」


 和彦は自分の出した三本を思い出した。どれも真ん中の一コマだった。中身は違うのに、並べると同じ動画に見えた。


 恵那は携帯を出して、画面を和彦のほうへ向けた。三本目の画は、陽菜が口を開けているところで止まっていた。目が半分閉じている。


「これ、押す?」


「押さないです」


「でしょ」


 和彦は動画をもう一度通した。


 二十八分ある。使えそうな顔を探した。探すというのは、止めて、進めて、また止めることだった。


 一時間で十一枚を書き出した。


 並べてみると、どれも似ている。喋っている途中の顔は、たいてい口が歪んでいる。笑っている顔は、目が細くなって誰だか分からなくなる。


 残ったのは二枚。


 顔を切り抜くのに、輪郭をなぞる必要があった。髪の先が背景と同じ色で、そこだけ何度もやり直した。指が痛くなって、和彦は一度、マウスから手を離して開いたり閉じたりした。三十分やって、髪の一房が残った。


 一枚は、陽菜が話を聞いているところ。何もしていない。もう一枚は、笑い終わったあとで、口が閉じかけている。どちらも本人には見えない顔だ。


 和彦は二枚を並べて、しばらく置いた。


 どちらがいいのかは分からなかった。分からないので、両方を縮小して、携帯の画面と同じ大きさにしてみた。小さくすると、聞いている顔のほうは何をしている顔なのか読めなくなった。もう一枚のほうは、口の形だけが残った。


 和彦は椅子の背にもたれた。首の後ろが凝っていて、片手で肩を押した。天井の蛍光灯が、視界の端で一度またたいた。


「どっち?」


 仁科がノートから顔を上げた。机の端に座っている。


「まだ決めてないです」


「二枚あるなら、両方出せば?」


「両方は出せないです」


「なんで?」


「一本に一枚しかつかないので」


「じゃあ、順番に付けたら」


 和彦は打つのをやめた。


「途中で変えられるんですか?」


「知らない。できるんじゃない」


 仁科はそう言って、またノートに戻った。ペンの音が続いた。


      *


 できた。


 管理の画面に、差し替えの欄がある。押すと、その場で変わる。動画そのものには何も起きない。長さも、中身も、音も、一秒も動かない。


 和彦は手帳を出した。


  〈サムネは、あとから変えられる。本体は変わらない〉


 書いてから、少し見た。書くほどのことではない気もした。それでも消さなかった。


      *


「文字、入れないんですか?」


 和彦は訊いた。ほかのチャンネルは、たいてい大きな字が乗っている。


「入れない」


「入れたほうが、分かりやすくないですか?」


「分かりやすいと、読んで終わる」


 恵那は指で画面を一度叩いた。


「読んで、内容が分かったら、押さないでしょ」


「はい」


「分からないほうがいいの。顔だけ」


 和彦は文字の入った案を消した。消すのは一秒だった。指がキーの上に残った。


      *


 金曜に、一枚目を付けた。


 聞いているほうの顔にした。理由は、そちらが自然だったからだった。


 三日で、再生は九百二十で止まる。


      *


 月曜に、二枚目に替えた。


 口が閉じかけているほうにした。切り抜いて、少し大きくして、顔だけが入るようにした。背景の本棚が消えた。消すと、撮った場所が消えた。


 替えた直後は、何も変わらなかった。和彦は三十分おきに画面を開いて、閉じて、また開いた。同じ数字が三回続いたところで、指が止まった。指の腹が画面の油で滑って、押したつもりが押せていなかった。


      *


 火曜の夜、和彦は数字を確かめた。


 千七百八十だった。


 もう一度、確かめた。


      *


 水曜に恵那が来た。


「二倍になってます」


「うん」


「動画は、一秒も変えてないです」


「そうだね」


 恵那は椅子に座らなかった。鞄を机に置いて、画面を覗いた。


「和彦くん、これどういうことだと思う?」


「サムネのほうが、良かったってことですかね」


「じゃなくて」


 恵那は画面の数字を指した。


「八百六十人が、月曜まで押さなかったの」


 和彦は数字を見た。


「押さなかった人が、押したってことですか?」


「そう。中身は同じなのに」


「はい」


「だから、中身を良くしても、その人たちには届かない」


 恵那はそこで一度、言葉を切った。


「届かせてから、中身の話をするの」


 新しい人が二人来ていた。


 名前は聞いた。顔も見た。挨拶もした。二人とも一年生だと言って、机の端に並んで座っている。片方が缶を配る係になり、もう片方は何もしていなかった。


 どこから来たのかは、和彦は知らなかった。訊く機会はあった。訊かなかった。


      *


 その週から、和彦の仕事が一つ増えた。


 一本につきサムネを三枚作る。出すときに一枚。三日で数字を見て、伸びていなければ二枚目に替える。それでも伸びなければ三枚目にする。


 仁科が表に列を足した。「サムネ①②③」と書いて、線を三本引いた。


「替えた日、ここに書いて」


「はい」


「替える前の数字も」


「両方ですか?」


「両方。じゃないと比べられない」


 仁科は定規を置いた。


      *


 オランダの回は、火曜の朝で四万を越えた。


 前のいちばん高いのが五千。八倍だ。


 和彦は数字を打ち込むとき、前の数字を消そうとした。


「消さないで」


 恵那が横から言った。


「え」


「その横に書いて」


 和彦は消しかけた行を戻して、横に四万と打った。五千と四万が、同じ行に並んだ。


「なんで残すんですか?」


「残さないと、上がったことにならないから」


 その回のサムネは、一枚目のままだった。


 和彦は三枚作ってあった。二枚目も三枚目も、使わずに残っている。


「今回、替えなくていいですか?」


「いい」


「伸びてるからですか?」


「そう。伸びてるときは触らない」


 恵那は画面から目を離さなかった。


「触ると、効いた理由が消える」


      *


 木曜に、恵那が一本ぶんのサムネを確かめた。三枚並べたうちの真ん中を指した。


「これ」


「それ、いちばん暗いです」


「うん」


「暗いと、見えにくくないですか?」


「見えにくいと、近づけるでしょ」


 和彦は画面に顔を寄せた。寄せると、目の位置が分かった。離すと、分からなくなった。


「顔全部が見えると、判断される。半分だと、確かめたくなる」


「はい」


「確かめるのが、押すってこと」


 恵那は指を離した。爪の先が画面に触れた跡が、うっすら残った。和彦は袖でそこを拭いた。


      *


 夕方、陽菜が来た。


「杉本くん、あれあたし?」


「陽菜さんです」


「顔、こんな大きい?」


「切り抜いたので」


「切り抜いたって」


 陽菜は携帯を近づけた。それから、遠ざけた。


「あたしの顔って、これなんだ」


「これです」


「なんか、知らない人みたい」


 陽菜は笑った。笑ってから、もう一度画面を近づけた。


「でも、これのほうが可愛くない?」


「そうかもしれないです」


「じゃあ、これでいいや」


 陽菜はそう言って、携帯を鞄に入れた。入れてから、また出した。


      *


 里佳が入ってきて、鞄を椅子に置いた。


「うちの顔は、使わないの?」


「里佳さんは、後ろのほうにしか映ってないので」


「じゃあ前に出るわ」


「出ますか?」


「出る出る。次から前」


 里佳は笑った。それから、真面目な顔で言った。


「でもさ、うち切り抜かれたら分かんないと思う」


「どうしてですか?」


「顔が動いてないと、うちって分かんないタイプだから」


 和彦は返事をしなかった。返事の代わりに、手元の画面を閉じた。閉じるとき、指が一度すべった。


 里佳は自分の頬を両手で挟んで、上に持ち上げた。持ち上げてから、離した。頬は元の位置に戻った。指の跡が、しばらく白く残っていた。


「動いてないと分かんないって、たぶんいいことじゃないよね」


「そうですか」


「そうだよ」


 里佳は笑って、鞄から缶を出した。開ける音が部屋の端まで届いた。


      *


 瀬川が椅子を運んでいた。四脚まとめて抱えて、壁際に置いている。


「杉本さん、俺のサムネって、ないんすよね」


「まだ、ないです」


「作ったら見せてくださいよ」


「出さないかもしれないですけど」


「それでもいいっす」


 瀬川は椅子をもう四脚運んだ。運び終わってから、こちらへ来た。


「顔って、切り抜けるんすね」


「切り抜けます」


「へえ」


 瀬川は自分の頬を一度さわった。さわってから、手を下ろした。


      *


 その週、和彦は三本ぶんのサムネを九枚作った。九枚のうち使ったのは三枚で、残りの六枚はフォルダに入ったままになった。


 フォルダを開くと、同じ顔が並んでいる。並べると、どれが本人なのか分からなくなる。和彦は目の奥が重くなって、一度、瞼を指で押さえた。押さえてから、フォルダを閉じた。


 消しはしなかった。消す理由もなかった。


      *


 六時半に、恵那が鞄を持った。


「和彦くん」


「はい」


「三枚のうち、いちばん本人に似てないのが、いちばん伸びるよ」


「そうなんですか」


「たぶんね」


 恵那はドアを開けた。閉まる音がした。


 閉まってから、大野が「今日は?」と言った。


「今日は、なに」


「打ち上げ」


「四万いったんでしょ。じゃあやるって」


 止める人はいなかった。里佳が缶を数えて、二本足りないと言った。大野が出ていって、袋を提げて戻ってきた。ビニールの鳴る音がした。


 時計は七時十五分だった。


「五千七百」


 大野がレシートを机に置いた。


「今日、多いね」


 仁科が言った。


「人が増えたから」


「増えた?」


「新しい子が二人来てるでしょ」


 和彦は部屋を数えた。九人いた。前は七人だった。


 レシートは二つ折りにして、財布に入れた。


      *


 打ち上げのあいだ、瀬川が自分の携帯を見ていた。画面を横にして、また縦にした。


「なにしてるの?」


 里佳が訊いた。


「自分の顔、切り抜けるかなと思って」


「切り抜いてどうすんの?」


「どうもしないっす」


 瀬川は携帯を伏せた。伏せてから、缶を持ち上げて、口をつけずに置いた。


      *


 九時ごろ、山内が来た。段ボールを三つ運んで、廊下に積んだ。積んでから、上の一つを開けて、中を確かめて、閉じた。


「飲んでいきませんか?」


 和彦が言うと、山内は「明日、早いので」と言った。声は低くて、短かった。それだけ言って、帰った。


 廊下に積んだ段ボールは、朝には無くなっていた。


      *


 十一時前に、和彦は駅まで歩いた。


 風が首に当たった。信号で止まって、携帯を出した。


 オランダの回のコメントが、二百を越えていた。上から順に読んだ。


  〈この人の顔がタイプすぎる〉


  〈内容も良かった〉


 和彦は、二つ目のほうを二回読んだ。


      *


 次の日から、和彦は毎日十一時に数字を確かめるようになった。


 四万二千百。四万二千八百。四万三千百。上がり方は日ごとに小さくなって、四日目には百も動かなくなった。


 和彦は差を書き出した。千百、七百、三百、九十。


 その並びを見ていると、終わりが分かる気がする。分かっても、することは何もない。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  五千七百円  大野立替  七月二十五日


 項目名は「会議費」にした。前と同じにした。


 人数の欄は、なかった。


      *


  〈オランダ、日本と違いすぎた〉


  二十八分四秒/再生 41,200(前 5,120)


  サムネ①のまま/替えなし


  〈この人の顔がタイプすぎる〉

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