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映える  作者: シズ
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1/25

初回

 編集は、和彦がやることになった。


 誰かが決めたわけではなかった。撮り終えたあと、恵那がカメラからカードを抜いて、机に置いた。置いた場所が、たまたま和彦の前だった。


「これ、切れる?」


「やったことないです」


「じゃあ、覚えて」


 恵那はそう言って、ノートパソコンを開いた。無料の編集ソフトを入れて、和彦のほうへ画面を向けた。それだけだった。


 和彦は、やり方を訊こうとした。訊く前に、恵那は別の机へ行っていた。


      *


 最初の一時間は、読み込みだけで終わった。


 カードの中身をパソコンに移すのに三十分かかった。移してから、ソフトが開かなかった。入れ直して、もう一度開いたら、今度は開いた。


 和彦は画面の下に並んだ帯を見た。帯は横に長く、端が見えなかった。つまみを動かすと、音が先に鳴って、画が遅れてついてきた。


 直し方が分からなかった。


 携帯で調べた。設定の中に項目があって、そこを合わせると直った。十五分かかった。


 和彦は手帳に書いた。指が強張っていた。〈音ずれ 設定→同期〉。次にやるときのために書いたのだが、次があるかどうかは、まだ誰も言っていなかった。


      *


 素材は三時間十二分あった。


 和彦は最初、全部を通した。二時間目の途中で首が痛くなって、椅子の背に一度もたれた。首の後ろが熱かった。窓の外はもう暗かった。


 三時間十二分のうち、二人が喋っている時間はそれほど長くない。


 カメラを止め忘れている時間があった。それがいちばん長かった。


 止め忘れているあいだ、部屋では誰も何もしていない。里佳が携帯を見ている。瀬川が椅子を並べ直している。陽菜が髪を結んで、結び直している。恵那は画面の外にいて、声だけが時々入る。


 和彦は、その部分を早送りしなかった。理由はなかった。つまみに指を置いたまま、動かさなかっただけだった。


 二十分ほどして、陽菜が「あー、緊張する」と言った。誰も返事をしなかった。


      *


 和彦はメモ帳を出して、時刻を書き出した。


  ○一回目  三分二十秒  ※黙る


  ○二回目  二分四十秒  ※笑う


  ○三回目  四分十秒   ※笑う


  ○四回目  九分三十秒


 四回目だけ、長かった。


 一回目から三回目までは、途中で必ず止まる。止まると笑って、笑うと最初からになる。四回目は、止まらなかった。


 和彦は四回目を三度通した。三度目に、陽菜が一度だけ言葉に詰まるところがあった。〇・八秒だった。


 そこは、詰まったままにしておいた。


「どれ使うの?」


 恵那が後ろから覗いた。近くはなかった。


「四回目、ですかね」


「なんで」


「いちばん長いので」


「うん」


 恵那は頷いて、それから画面を指した。


「ここ、いる?」


 和彦は指の先を見た。里佳が画面の外から喋っている。


 ──初対面?


 ──初対面じゃないけど。


「いらないと思います」


「じゃあ切って」


 和彦は範囲を選んで、消した。四秒だった。


 消したあとで、前後を繋いだ。繋いだところで陽菜が笑っていて、その笑いの理由が消えていた。理由が消えると、笑いのほうは残った。


 和彦はもう一度、繋いだところを再生した。


 おかしくはなかった。


 むしろ、前より自然だった。


 和彦は一度、消したところを戻した。戻して、もう一度鳴らした。


 里佳の声が入ると、部屋が広くなる。二人のほかに人がいることが分かる。分かると、二人が喋っているのが撮影だと分かる。


 和彦は、もう一度消した。


 消したほうは、二人しかいない部屋に見えた。


      *


 水曜の夜は、部屋に人がいる。


 瀬川が椅子を運んでいた。四脚まとめて抱えて、壁際に置いて、高さを揃えている。誰も手伝わない。誰も見ていない。


「杉本さん、それ何すか」


「編集」


「へえ」


 瀬川が肩ごしに覗いた。息が首にかかって、すぐ離れた。


「俺、映ってます?」


「いまのところ、映ってないです」


「よかったっす」


 瀬川はそれ以上訊かなかった。訊かないまま、椅子をもう四脚運んだ。


 仁科がノートを開いて、机の端に座っている。表を書いていた。縦に名前、横に日付が並ぶ表で、まだ半分も埋まっていない。


「杉本くん」


「はい」


「それ、何分になる予定?」


「決まってないです」


「決めたほうがいいよ」


「どうしてですか?」


「終わらないから」


 仁科はそう言って、ノートに何か書いた。和彦の名前の横だった。何を書いたのかは見えなかった。


 しばらくして、仁科が定規を出した。表の右端に、線を一本引いた。


「列、足したから」


「なんの列ですか?」


「編集」


 和彦は自分の名前の行を見た。新しい列の、いちばん上に印がついていた。ほかの行は空だった。


「これ、俺だけですか?」


「いまのところは」


 仁科はノートを回して、和彦のほうへ向けた。向けてから、すぐ戻した。


      *


 七分になった。


 三時間十二分が、七分になった。和彦は数字を並べて書いてみた。百九十二分と、七分。割ると、二十七分の一だった。


 残ったのは、二人が向かい合って喋っている九分半のうち、七分だった。


 捨てたのは、黙っている時間と、笑っている時間と、里佳の四秒と、カメラを止め忘れていた一時間四十分だった。


 和彦は、嘘をついていないと思った。


 実際、一言も足していない。順番も変えていない。喋っていないところを詰めただけだった。


「題、どうします」


 恵那は机に肘をついて、画面を見ていた。


「〈初めて撮ってみた〉」


「それでいいですか?」


「うん」


「もう少し、なんか」


 恵那は指で机を一度叩いた。


「いらない」


 恵那は画面から目を離さなかった。


「一本目は、中身で見られない。誰が出てるかでも見られない。何もないところから見る人はいないから、題は短いほうがいい」


「はい」


「短いと、押しやすいの」


 和彦は打ち込んだ。八文字だった。


「書いたやつ、あります?」


「なにを」


「いまの話です。紙で、もらえますか?」


「ない」


 恵那は紙を出さなかった。メモも渡さなかった。言って、それで終わりだった。


 和彦は自分の手帳に書こうとして、途中でやめた。書くほどのことでもない気がした。


      *


 書き出しに四十分かかった。


 途中で一度止まって、やり直した。二度目は最後まで通った。ファイルの大きさは千二百メガあった。


 部屋を出たのは十一時過ぎだった。廊下の蛍光灯は一本切れていて、そこだけ暗い。靴の音が思ったより響いた。手すりは冷たかった。階段を下りながら、和彦は段を数えた。数えるつもりはなかった。


 十四段だった。


      *


 出したのは木曜の朝だった。


 和彦は一限の前に、ロビーの椅子に座った。椅子は冷たかった。携帯の再生数の欄に、0と出ている。


 十時には、4になっていた。


 昼には、11だった。


 和彦は数えた。四人と、七人。七人がどこから来たのかは分からない。四人のほうは、たぶん分かる。


 三限のあいだに一度だけ確かめた。14だった。


      *


 夕方、部屋に行くと、陽菜がいた。


「杉本くん、見た?」


「見ました」


「あたし、あんな喋り方してる?」


「してました」


「うそでしょ」


 陽菜は笑って、それから携帯を出して、もう一度自分の顔を見た。見ながら、髪を耳にかけた。かけてから、また下ろした。


「顔、丸くない?」


「丸くないです」


「丸いって」


 陽菜は画面を近づけたり離したりした。


「ここ、あたし変なとこで詰まってる」


「詰まってました」


「切れなかったの?」


「切れました」


「なんで切らなかったの」


 和彦は少し考えた。


「そこだけ、本当っぽかったので」


 陽菜は画面を見たまま「ふうん」と言った。それから、もう一度その部分を再生した。二回再生した。


      *


 里佳が入ってきて、鞄を机に置いた。


「見たよ、うち」


「どうだった?」


「ふつう」


「ふつうって」


「ふつうって意味だよ」


 里佳は椅子に座って、足を組んだ。


「でも、うちが喋ってるとこ無かったね」


 和彦は画面を見ていた。目は上げなかった。


「入れてもよかったのに」


「すみません」


「べつに、いいけど」


 里佳はそれきり、その話をしなかった。かわりに、陽菜の携帯を覗き込んで、「ここ、もっと寄ってもよかったんじゃない」と言った。


      *


 六時に恵那が来た。


 来て、画面を一度見て、数字を確かめた。そのとき14が23になっていた。


「もう一本、いつ撮る?」


「来週ですかね」


「今週でよくない?」


「今週ですか?」


「間が空くと、忘れられるから」


 恵那は鞄を持ち直した。持ち直しただけで、まだ帰らなかった。


「和彦くん」


「はい」


「切ったところ、覚えてる?」


「四秒のところですか?」


「うん」


「覚えてます」


「そう」


 恵那はそれ以上、何も言わなかった。


 七時前に、鞄を持って出ていった。ドアが閉まる音がした。


 閉まってから、誰かが「飲む?」と言った。


 大野だった。上着を着たまま、椅子の背に手をかけていた。座りはしなかった。


「一本目、出たんでしょ。じゃあ打ち上げじゃん」


「打ち上げ」


 瀬川が繰り返した。


「打ち上げだよ。ふつうやるって」


 誰も反対しなかった。


「うち、ビール」


 里佳が言った。


「あたしも」


 陽菜が続けた。仁科はノートを閉じて、鞄に入れた。閉じたが、鞄には手を置いたままだった。


 和彦は時計を見た。七時二分だった。


      *


 大野が両手に袋を提げて戻ってきた。ビニールの鳴る音がした。缶と、袋菓子と、レシートが一枚。


 レシートは机の上に置かれた。置いてから、大野は自分の缶を開けた。


「四千二百」


「はい」


「経費だよね、これ」


「経費だと思います」


「じゃ、頼むわ」


 和彦はレシートを二つ折りにして、財布に入れた。指先が濡れていて、紙が少しよれた。


「これさ」


 大野が携帯を出した。画面には再生数が出ている。


「これ、いくらになんの」


「いくらって」


「金。一回いくら」


 大野は缶を持ったまま、画面を近づけた。


「まだ、たぶん零です」


「零?」


「ある数まで行かないと、つかないので」


「いくつ」


「千です。登録者が」


 大野は缶を口から離した。


「じゃあ今、五十八人が、ただで見たってこと?」


「そうなります」


「へえ」


 大野はそれ以上訊かなかった。訊かないまま、袋菓子を開けて、机の真ん中に置いた。


      *


 十時までいた。


 誰も帰らなかった。誰も、帰ろうとも言わなかった。里佳が同じ話を二回して、二回目のほうが長かった。瀬川は缶を一本しか開けなかった。仁科は途中から画面を見ていて、指がキーの上にあった。


 九時ごろ、山内が来た。段ボールを二つ運んできて、廊下に置いて、そのまま帰った。飲みませんかと和彦が言うと、「明日、早いので」と言った。


「あの人、いつも運んでるね」里佳が言った。


「そうですね」


「なにを?」


「知らないです」


 陽菜が「あたし、次もう少し上手くやる」と言った。


「上手くなくていいよ」里佳が言った。「上手いと嘘っぽい」


「そうかな」


「そうだよ。さっき詰まってたとこ。あれがいちばんよかった」


「え、あれ恥ずかしいんだけど」


「恥ずかしいのがいいんだって」


 和彦はそれを聞いていた。聞きながら、七分の動画のことを考えていた。上手くはなかった。上手くなかったところを、二十七分の一まで削った。


 削ったあとのものは、上手くはなかった。


      *


 帰りに、和彦は駅まで歩いた。


 踏切の音がして、足を止めた。待つあいだに携帯を出した。再生数は58だった。コメントが一つついていた。


  〈二人とも、緊張しすぎててかわいい〉


 和彦は、それを二回読んだ。


 次の日、120になった。その次の日は204だった。それから、上がり方が緩くなった。


 和彦は毎日、同じ時刻に確かめるようにした。夜の十一時にした。理由は、その時刻なら必ず起きているからだった。


 一週間で、311だった。


      *


 月曜に、恵那が数字を確かめた。


「三百十一」


「はい」


「一本目にしては、いい」


「そうですか」


「うん。誰も知らないんだから」


 恵那は画面を閉じた。


「和彦くん、なんで見られたと思う?」


 和彦は答えを探した。


「短かったからですかね」


「それもある」


「ほかに、なんですか?」


「暗くしたから」


 和彦は打つ手を止めた。


「カーテン閉めて、蛍光灯一本消したでしょ。あれ」


「明るいほうが、よくないですか?」


「明るいと、部屋が映るの」


 恵那は椅子から立った。


「部屋が映ると、大学生が撮ってるって分かる。分かると、最後まで見ない」


「はい」


「暗くすると、顔しか映らない」


 それだけ言って、恵那は自分の鞄を取った。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  四千二百円  大野立替  七月十一日


 項目名の欄には「会議費」と入れた。ほかに入る欄がなかった。


 欄の下に、その日の時刻を入れる場所はなかった。


      *


  〈初めて撮ってみた〉


  七分二秒/再生 311


  〈部屋の感じが好き〉

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