落ちない
十二月だった。人が減っても、出す本数は変わらなかった。
診断の企画は、三週目で止まった。一週目が二百十一。二週目が九十四。三週目が四十一。
和彦は三つの数字を並べて書いた。ペン先が紙に引っかかった。
二百十一、九十四、四十一。
半分より下がって、また半分より下がった。四週目はやらなかった。
*
「これ、どうしますか?」
「もういい」
仁科はノートを見なかった。
「一回目で終わるやつだから」
「二回目もやりましたけど」
「二回目は、一回目を見た人がやるの。三回目はいない」
仁科は線を引いた。診断の列に、横線が一本入った。
かわりに、毎日一本出すことになった。
「毎日ですか?」
「毎日」
「作れないです」
「短くていい。三分でいい」
仁科は表を出した。縦に日付が三十並んでいる。横は空だった。
「ここ、埋めて」
和彦は枠を目で追った。目の奥が重かった。
三十個ある。中身は決まっていない。決まっていないのに、日付だけが先にある。
「中身は、どうやって決めるんですか?」
「その日にあったことでいいよ」
「無い日は?」
「無い日はない」
仁科は定規を置いた。
「毎日、何かしてるでしょ」
*
最初の一週間は、素材があった。撮ってあって使わなかったものが、フォルダに溜まっている。「使わない」に入れたものも、そこから出した。
二週目で足りなくなった。
三週目から、和彦は撮るようになった。撮る予定のない日に、カメラを持って部屋に行く。誰かが何かしていれば、それを撮る。
していなければ、待った。膝の上でカメラが重くなった。
*
撮る予定のない日の部屋は、静かだった。
空調の音と、誰かのキーの音しかしない。和彦はカメラを膝に置いて、待った。待つあいだ、指でレンズの縁をなぞった。冷たかった。
二時間待って、何も起きない日もあった。そういう日は、自分の手元を撮った。数字を打っている手を、三分だけ撮った。
その回も、出した。
*
オンラインの授業も始まった。
英語のスクールで、一回二時間。週に三回ある。教えるのは外から雇った人だった。
和彦は入室の記録を数えた。一回目が四十一人。二回目が三十八人。三回目が三十六人。
落ち方が、診断より緩い。和彦は指で数字をなぞった。
「これは、落ちないんですね」
「金を払ってるから」
仁科はそう言った。
「払ったものは、途中でやめにくいの」
*
その月、チャンネルの数字を和彦は出した。
総再生は、前の月より上がっていた。
和彦は内訳を見た。毎日出しているぶんが積み上がって、一本あたりの数字は下がっている。それでも合計は増えていた。
一本の平均は、四万から一万二千になっていた。
人は減っていた。ミナがいない。ケイもいない。里佳は向こうにいる。
三人減って、五人増えた。増えた五人は、まだ画面に出ていない。
和彦は出ている人の数を数えた。前は六人だった。いまは三人だった。
*
三人は、陽菜と瀬川と、それから新しく来た子だった。陽菜は毎日出た。瀬川も毎日出た。新しい子は、週に二回。三人とも、顔がよく映る位置に座る。
和彦は一人あたりの出演時間を出した。
陽菜が、月に十四時間。前の月は六時間だった。和彦は喉のあたりに、何か引っかかる感じを覚えた。
「陽菜さん、多くないですか?」
和彦は仁科に言った。
「多いね」
「減らしますか?」
「減らすと、埋まらない」
仁科は表を見ていた。三十の枠のうち、二十六が陽菜になっていた。
「本人が、いいって言ってるから」
和彦は陽菜の声を、編集のたびに聞いていた。
毎日聞くので、変わったところが分かる。九月ごろから、語尾が少し掠れるようになった。掠れるのは、その日の後半だけだった。
和彦は音を少し持ち上げて、そこを目立たなくした。持ち上げると、息の音も一緒に上がる。息のほうは下げた。
陽菜は、いいと言った。
「あたし、暇だし」
「授業は」
「行ってる」
陽菜は笑った。笑い方は、いつもと同じだった。
「出てないと、忘れられるじゃん」
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九月の数字を、和彦は出した。総再生は、また上がっていた。登録者も増えていた。三十万を越えた。
和彦は前の年の同じ月と比べた。人は半分になっている。数字は二倍になっていた。
和彦は、その二つを並べて書いた。
書いてから、線で消した。消しても、下に残る。指で擦ると、紙の毛羽が立った。
誰も、それを言わなかった。打ち上げでも出なかった。大野は数字の話をした。仁科は表の話をした。瀬川は何も言わなかった。
数字が上がっているので、話すことは無かった。
*
十月に、里佳から連絡が来た。向こうの写真が一枚と、短い文だった。〈元気? 数字見てるよ。すごいね〉
和彦は返事を打った。〈おかげさまで〉と打って、消した。〈元気です〉と打ち直して、送った。
里佳が帰ってくるのは、二月だった。
*
十一月に、瀬川が一日だけ休んだ。その日の枠は、陽菜が埋めた。二本撮って、一本を翌日にまわした。
和彦はその二本を通した。二本とも、同じ椅子で、同じ服だった。撮った日が同じだと、たぶん分かる。
和彦は服だけ替えてもらうことにした。陽菜は肩をすくめて、上着を取った。撮り直しは、七分で終わった。
*
和彦は肩を回した。首の後ろが固い。指の関節が、鳴らすと痛かった。
毎日一本というのは、毎日机に向かうということだった。夜が短くなって、朝が遅くなった。
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十二月に、和彦は一年ぶんの数字を並べた。
一月の総再生と、十二月の総再生。十二月のほうが、四倍あった。
その下に出ている人の数を並べた。一月が六人。十二月が三人。
その下に、打ち上げの金額を並べた。一月が四千二百円。十二月が一万四千六百円。
三つの行が、上から順に並んだ。和彦は目を細めて、上から下へ指を動かした。
*
和彦は、その表をしばらく見ていた。どの行にも、間違いは無かった。金額は合っている。人数も合っている。再生数は機械が出した数字だった。
和彦は三回確かめた。三回とも同じだ。手のひらが乾いていた。
*
和彦は表を閉じた。
閉じてから、椅子の背にもたれた。天井の蛍光灯は一本切れている。切れたままで、誰も替えていない。
替えようと思ったことは、何度かあった。脚立が要ると思って、そこで止まる。首を上げると、肩の後ろが引きつった。
*
五時に、打ち上げが始まった。
カメラは机の端で回っている。恵那は来ていない。もう、一年近く来ていなかった。
大野が袋を提げてきた。缶を配る役は、新しく来た子になっている。
時計は五時ちょうどだった。外はもう暗い。
「一万四千六百」
「はい」
「今年、すごかったな」
大野が言った。
「すごかったです」
「来年、もっといくだろ」
「たぶん」
大野は缶を開けた。開ける音が、部屋のあちこちで続いた。
和彦は数えた。十六本だった。缶の冷たさが、指の先に残っていた。
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その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万四千六百円 大野立替 十二月十七日
和彦は、その上に並んだ一年ぶんの行を見た。
金額は、上から下へ、少しずつ大きくなっていた。
人の欄は、そこには無かった。
*
〈今日の一本〉
三分二十秒/再生 11,800
〈毎日出てくれてありがとう〉




