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映える  作者: シズ
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23/25

卒業

 最初にいなくなったのは、ミナだった。


 一年のときに来て、二年目からカメラの前に出るようになった子だった。声が小さくて、そのぶん撮ると印象に残る。コメントに名前を書く人が、そのころ千人くらいいた。


 来なくなったのは、二月だった。


      *


「ミナちゃん、今週も来ないね」


 里佳が言った。


「連絡ありました?」


「うちには無い」


 和彦は表を見た。仁科の作った表で、名前が縦に並んでいる。ミナの行は、三週間ぶん空いていた。


 仁科は線を引いていた。空いた欄の上に、横線を一本引いた。


      *


 三日後、仁科が顔を上げずに言った。


「ミナ、卒業ってことにするから」


「卒業ですか?」


「うん」


「大学、まだ二年ですけど」


「チャンネルの卒業。そう言えば伝わる」


 仁科はノートを閉じなかった。閉じないまま、次の行に日付を書いた。


 告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。


  〈ミナちゃんが、チャンネルを卒業することになりました。二年間、本当にありがとう。


   これからの活躍を、みんなで応援しています〉


 和彦はそれを打ち込んだ。打ちながら、二年間という数字を確かめた。合っていた。


      *


 出したのは金曜だった。コメントは八千を越えた。


  〈ミナちゃん寂しい〉


  〈次のステージ頑張って〉


  〈卒業おめでとう〉


 和彦は三つ目を三回読んだ。誰も、理由を訊かなかった。


      *


 和彦はミナが映っている回を開いた。


 いちばん最近のもので、六分ある。声が小さいので、音を上げて聞いた。上げると、部屋の空調の音まで入ってくる。


 和彦は音を戻した。戻して、画面を閉じた。指が冷たかった。


 二人目は、里佳だった。


 三月に決まった。オランダの大学に、半年行くことになった。


「うち、行ってくる」


「決まったんですか?」


「決まった。前から出してたやつ」


 里佳は笑った。笑い方が、いつもより少し高かった。


「向こうの回、あれが効いたんだよね。書類に貼ったの」


 これは本当だった。書類も、面接も、里佳が自分でやった。和彦は推薦の紙を一枚だけ書いた。書いて、印を押して、渡した。


 里佳が持っていったとき、封筒の口を指で押さえていた。


 告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。


  〈本間里佳が、半年間の留学に行くことになりました。向こうからも、たまに顔を出してくれる予定です。


   帰ってくる日をみんなで待っています〉


 和彦は同じように打ち込んだ。打ちながら、半年という数字を確かめた。合っていた。


      *


 出したのは月曜だった。コメントは一万二千を越えた。


  〈里佳ちゃん留学すごい〉


  〈行動力ありすぎ〉


  〈帰ってきたら絶対見る〉


 和彦は上から読んだ。理由を訊いている人は、一人もいなかった。


 訊く必要が無かった。理由が書いてある。


      *


 里佳は四月に発った。空港には誰も行かなかった。行こうという話は出た。出て、その週の撮影が二本入っていて、それで消えた。


 里佳は最後の日、部屋で缶を一本だけ開けた。


「じゃ、いってくるね」


「いってらっしゃい」


 瀬川が言った。瀬川は、そのとき缶を持っていなかった。


      *


 里佳がいなくなった部屋は、少し広くなった。


 声が減ったのが、いちばん分かった。里佳は喋る人だった。喋る人が抜けると、音の量が変わる。


 和彦は録音の波形を見た。前より、山が低い。低いぶん、余白が広かった。


      *


 三人目は、六月だった。


 ケイという、二年目の男の子だった。編集を少し手伝っていて、和彦は三回ほど一緒に作業した。


 六月の第一週から、来なくなった。


「ケイ、どうしたんですか?」


「来ないね」


「連絡は」


「無い」


 仁科は表を見ていた。ケイの行が、二週間ぶん空いている。


 和彦は、その空き方を見た。ミナのときと同じだった。行の長さも、線の引き方も同じだった。


      *


 一週間後、仁科がペンを止めずに言った。


「ケイ、実家の事情ってことにするから」


 和彦は、そこで手を止めた。


「実家の事情ですか?」


「うん」


「本当ですか、それ」


「知らない」


 仁科はペンを置いた。置いた音が短かった。


「でも、そう言えば、誰も訊かないでしょ」


 告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。


  〈ケイが、実家の事情でしばらくお休みすることになりました。


   落ち着いたら、また戻ってきてくれるそうです。それまで待ちましょう〉


 和彦は三度目を打ち込んだ。打ちながら、確かめる数字が一つも無いことに気づいた。


      *


 出したのは水曜だった。コメントは六千を越えた。


  〈ケイくん大丈夫かな〉


  〈無理しないでほしい〉


  〈待ってます〉


 和彦は最後の一つを三回読んだ。誰も、理由を訊かなかった。


      *


 和彦は三つの文を並べてみた。


 二年間、本当にありがとう。


 帰ってくる日をみんなで待っています。


 落ち着いたら、また戻ってきてくれるそうです。


 三つとも、和彦が打った。三つとも、仁科が口で言った。三つとも、どこにも紙が残っていない。


 和彦は、真ん中だけが本当だと気づいた。里佳は本当に留学した。書類がある。印を押したのは和彦だった。


 前と後ろは、確かめていない。確かめる方法も無い。


 和彦は、確かめようとした。ミナの連絡先は表に載っている。番号を出して、画面に並べた。並べて、そのまま置いた。


 押さなかった。


 押さない理由を、和彦は考えなかった。


      *


 夏に、ミナからコメントが来た。本人かどうかは分からない。名前が同じだった。一行だけだった。


  〈みんな元気そうでよかったです〉


 返信は一件だけと決まっている。その回の一件は、別の人に使われていた。


 和彦は、そのコメントを開いたままにした。しばらく開いて、それから閉じた。


      *


 人は、また増えた。六月に三人、七月に二人来た。名前は聞いた。顔も見た。挨拶もした。


 どこから来たのかは、和彦は知らなかった。


      *


 和彦は、ケイと一緒に作業した三回を思い出そうとした。


 どの回だったかは分かる。何を喋ったかは、思い出せない。編集のあいだ、二人ともほとんど喋らなかった。


 肩が凝ったと言って、ケイが首を回していた。その音だけを覚えていた。


      *


 五時に、打ち上げが始まった。


 カメラは机の端で回っている。恵那は来ていない。半年、一度も来ていなかった。


 大野が袋を提げてきた。缶を配る役は、新しく来た子になっていた。


 時計は五時ちょうどだった。


「一万三千八百」


「はい」


「今日、何人いる?」


 大野が訊いた。


「十四人です」


「増えたな」


「増えました」


「じゃあ、いいじゃん」


 大野は缶を開けた。


 和彦は部屋をもう一度数えた。十四人いた。


 半年前と、二人しか違わなかった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  一万三千八百円  大野立替  七月九日


 和彦は表の上のほうを見た。ミナの行と、ケイの行が、そのまま残っている。


 消す欄は、なかった。


      *


  〈ケイからのお知らせ〉


  二分四十秒/再生 187,000


  〈待ってます〉

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