卒業
最初にいなくなったのは、ミナだった。
一年のときに来て、二年目からカメラの前に出るようになった子だった。声が小さくて、そのぶん撮ると印象に残る。コメントに名前を書く人が、そのころ千人くらいいた。
来なくなったのは、二月だった。
*
「ミナちゃん、今週も来ないね」
里佳が言った。
「連絡ありました?」
「うちには無い」
和彦は表を見た。仁科の作った表で、名前が縦に並んでいる。ミナの行は、三週間ぶん空いていた。
仁科は線を引いていた。空いた欄の上に、横線を一本引いた。
*
三日後、仁科が顔を上げずに言った。
「ミナ、卒業ってことにするから」
「卒業ですか?」
「うん」
「大学、まだ二年ですけど」
「チャンネルの卒業。そう言えば伝わる」
仁科はノートを閉じなかった。閉じないまま、次の行に日付を書いた。
告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。
〈ミナちゃんが、チャンネルを卒業することになりました。二年間、本当にありがとう。
これからの活躍を、みんなで応援しています〉
和彦はそれを打ち込んだ。打ちながら、二年間という数字を確かめた。合っていた。
*
出したのは金曜だった。コメントは八千を越えた。
〈ミナちゃん寂しい〉
〈次のステージ頑張って〉
〈卒業おめでとう〉
和彦は三つ目を三回読んだ。誰も、理由を訊かなかった。
*
和彦はミナが映っている回を開いた。
いちばん最近のもので、六分ある。声が小さいので、音を上げて聞いた。上げると、部屋の空調の音まで入ってくる。
和彦は音を戻した。戻して、画面を閉じた。指が冷たかった。
二人目は、里佳だった。
三月に決まった。オランダの大学に、半年行くことになった。
「うち、行ってくる」
「決まったんですか?」
「決まった。前から出してたやつ」
里佳は笑った。笑い方が、いつもより少し高かった。
「向こうの回、あれが効いたんだよね。書類に貼ったの」
これは本当だった。書類も、面接も、里佳が自分でやった。和彦は推薦の紙を一枚だけ書いた。書いて、印を押して、渡した。
里佳が持っていったとき、封筒の口を指で押さえていた。
告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。
〈本間里佳が、半年間の留学に行くことになりました。向こうからも、たまに顔を出してくれる予定です。
帰ってくる日をみんなで待っています〉
和彦は同じように打ち込んだ。打ちながら、半年という数字を確かめた。合っていた。
*
出したのは月曜だった。コメントは一万二千を越えた。
〈里佳ちゃん留学すごい〉
〈行動力ありすぎ〉
〈帰ってきたら絶対見る〉
和彦は上から読んだ。理由を訊いている人は、一人もいなかった。
訊く必要が無かった。理由が書いてある。
*
里佳は四月に発った。空港には誰も行かなかった。行こうという話は出た。出て、その週の撮影が二本入っていて、それで消えた。
里佳は最後の日、部屋で缶を一本だけ開けた。
「じゃ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
瀬川が言った。瀬川は、そのとき缶を持っていなかった。
*
里佳がいなくなった部屋は、少し広くなった。
声が減ったのが、いちばん分かった。里佳は喋る人だった。喋る人が抜けると、音の量が変わる。
和彦は録音の波形を見た。前より、山が低い。低いぶん、余白が広かった。
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三人目は、六月だった。
ケイという、二年目の男の子だった。編集を少し手伝っていて、和彦は三回ほど一緒に作業した。
六月の第一週から、来なくなった。
「ケイ、どうしたんですか?」
「来ないね」
「連絡は」
「無い」
仁科は表を見ていた。ケイの行が、二週間ぶん空いている。
和彦は、その空き方を見た。ミナのときと同じだった。行の長さも、線の引き方も同じだった。
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一週間後、仁科がペンを止めずに言った。
「ケイ、実家の事情ってことにするから」
和彦は、そこで手を止めた。
「実家の事情ですか?」
「うん」
「本当ですか、それ」
「知らない」
仁科はペンを置いた。置いた音が短かった。
「でも、そう言えば、誰も訊かないでしょ」
告知は和彦が作った。文は仁科が口で言った。書いたものは残らなかった。
〈ケイが、実家の事情でしばらくお休みすることになりました。
落ち着いたら、また戻ってきてくれるそうです。それまで待ちましょう〉
和彦は三度目を打ち込んだ。打ちながら、確かめる数字が一つも無いことに気づいた。
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出したのは水曜だった。コメントは六千を越えた。
〈ケイくん大丈夫かな〉
〈無理しないでほしい〉
〈待ってます〉
和彦は最後の一つを三回読んだ。誰も、理由を訊かなかった。
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和彦は三つの文を並べてみた。
二年間、本当にありがとう。
帰ってくる日をみんなで待っています。
落ち着いたら、また戻ってきてくれるそうです。
三つとも、和彦が打った。三つとも、仁科が口で言った。三つとも、どこにも紙が残っていない。
和彦は、真ん中だけが本当だと気づいた。里佳は本当に留学した。書類がある。印を押したのは和彦だった。
前と後ろは、確かめていない。確かめる方法も無い。
和彦は、確かめようとした。ミナの連絡先は表に載っている。番号を出して、画面に並べた。並べて、そのまま置いた。
押さなかった。
押さない理由を、和彦は考えなかった。
*
夏に、ミナからコメントが来た。本人かどうかは分からない。名前が同じだった。一行だけだった。
〈みんな元気そうでよかったです〉
返信は一件だけと決まっている。その回の一件は、別の人に使われていた。
和彦は、そのコメントを開いたままにした。しばらく開いて、それから閉じた。
*
人は、また増えた。六月に三人、七月に二人来た。名前は聞いた。顔も見た。挨拶もした。
どこから来たのかは、和彦は知らなかった。
*
和彦は、ケイと一緒に作業した三回を思い出そうとした。
どの回だったかは分かる。何を喋ったかは、思い出せない。編集のあいだ、二人ともほとんど喋らなかった。
肩が凝ったと言って、ケイが首を回していた。その音だけを覚えていた。
*
五時に、打ち上げが始まった。
カメラは机の端で回っている。恵那は来ていない。半年、一度も来ていなかった。
大野が袋を提げてきた。缶を配る役は、新しく来た子になっていた。
時計は五時ちょうどだった。
「一万三千八百」
「はい」
「今日、何人いる?」
大野が訊いた。
「十四人です」
「増えたな」
「増えました」
「じゃあ、いいじゃん」
大野は缶を開けた。
和彦は部屋をもう一度数えた。十四人いた。
半年前と、二人しか違わなかった。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万三千八百円 大野立替 七月九日
和彦は表の上のほうを見た。ミナの行と、ケイの行が、そのまま残っている。
消す欄は、なかった。
*
〈ケイからのお知らせ〉
二分四十秒/再生 187,000
〈待ってます〉




