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映える  作者: シズ
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21/25

サロン

 二か月経ってから、仁科が言った。


「あの人のサロン、入って」


「入るんですか?」


「中を見る」


「撮るんですか?」


「撮れたら撮る。撮れなかったら、話すだけでいい」


 仁科は表を出さなかった。この回だけ、時刻の入った紙が無かった。


      *


 その日のうちに申し込んだ。会費は月一万二千円だった。


 申し込みの画面は青くて、目の奥が少し痛くなった。和彦は一度、目をつぶった。


 和彦が自分のカードで払った。申し込みの画面は三つあって、最後に名前を打ち込む欄がある。本名を入れるところで、和彦は一度止まった。


 止まってから、本名を入れた。


 確認のメールが四分で来た。文面の最後に「ようこそ」と書いてある。そのあとに、男の名前が入っていた。撮影のとき机に置いてあった名刺と、字の並びが同じだった。


      *


 中に入ると、まず一覧が出た。


 教材が並んでいる。番号がついていて、一番から順に見ていくことになっていた。一本あたり十分から二十分で、下に短い説明がある。


 和彦は上から開いていった。


 三本目までは、講義だった。男が喋っている。背景は白い壁で、画面の隅に小さく数字が出る。


 一本目は十二分あった。撮影のときに聞いた話と、ほとんど同じだった。順番も同じで、途中の間まで同じだった。和彦は倍速にして、それからもとに戻した。


 二本目は、下がったときに売る人の話だった。これも同じだった。


 三本目だけ、少し違った。男が紙を持っている。紙には手書きの線が引いてあって、右上へ伸びていた。線の下に数字が書いてある。和彦はそこで止めて、拡大した。文字は潰れていて、読めなかった。


 四本目を開いた。


      *


 自分が編集した動画だった。肩が一度、上がって下りた。


 冒頭の三秒を、和彦は覚えている。切るところで迷って、二回やり直した。二回目のほうを使った。そのまま、その二回目が流れた。


 題は変わっていた。〈教材④ 増える人の考え方〉と書いてある。


 チャンネル名は出ていない。陽菜の名前も、里佳の名前も出ていない。冒頭のロゴは切ってあった。切り方はきれいで、フレーム単位で合っている。


 和彦は最後まで見た。十四分六秒あった。見ているあいだ、耳が音を先に覚えていた。どこで里佳が笑うかを、体のほうが知っている。


      *


 和彦は一覧に戻って、数えた。


 教材は全部で三十一本ある。そのうち四本が、自分たちの動画だった。四本とも、題が変わっている。


  ○教材④  増える人の考え方


  ○教材十一 始めない人の共通点


  ○教材十九 最初の三万円


  ○教材二十六 やめどきの話


 二十六番は、去年の秋に撮ったものだった。あのとき陽菜は風邪をひいていて、声が低かった。低いまま出した。


 低いまま、そこにあった。和彦は膝の上で指を組んで、また離した。


 和彦は四本とも開いた。手が勝手に速くなっていた。


 どれも、切り方が同じだった。冒頭のロゴを外して、最後の告知を落として、途中の笑いを一か所だけ残してある。残っているのは、里佳が笑ったところだった。


 和彦は、その笑いを残したのが自分だったことを思い出した。あのとき、切るかどうかで十分迷った。残すことにしたのは、間が持たなかったからだった。


 その十分の判断が、教材の中で同じ場所にあった。


      *


 次の日、和彦はもう一度開いた。各教材の下に、会員が書き込む欄がある。


 四番の下には、四十七件ついていた。


  〈これで分かりました〉


  〈何度も見返してます〉


  〈先生の説明がいちばん分かりやすい〉


 和彦は三つ目を二度読んだ。二度目に、指が画面の上で止まった。画面は冷たくなかった。ずっと触っていたからだった。


 説明をしているのは、男だ。訊いているのは陽菜で、切ったのは和彦だった。


      *


 撮影は三日後にやった。


 陽菜が画面を見ながら喋る形にした。和彦が横からカメラを回す。画面には、モザイクをかける前提の枠を置いた。


「思ったより、ちゃんとしてますね」


「してるよ」


「これ、全部見たら詳しくなれそう」


 陽菜はそう言って、一覧を下までスクロールした。四番のところで指が一度止まって、それから通り過ぎた。


 和彦は何も言わなかった。喉のあたりが少し詰まって、それだけだった。


      *


 撮影は一時間で終わった。


 陽菜は画面を見ながら喋りつづけた。途中で二回、言葉が出なくなった。出なくなるところは、どちらも教材の説明を読んでいるときだった。


「なんか、うまいこと言ってるんだけど」


「はい」


「途中から、同じことしか言ってない気がする」


 陽菜はそう言って、画面から目を離した。離してから、髪を耳にかけた。


 和彦はカメラを止めなかった。そこは使わないと決めていた。それでも止めなかった。


      *


 編集のとき、仁科が来た。


 和彦は四番のところを見せた。画面を止めて、題のところを指した。


「これ、うちのです」


 仁科は画面を見た。見てから、少し黙った。


「四本ありました」


「うん」


「入れますか?」


「入れない」


 仁科はそれだけ言って、机の端に手をついた。


「理由、訊いていいですか?」


「訊いていいけど、答えない」


 仁科はノートを開いて、そこに何か書いた。書いてから閉じた。


 和彦は四番の部分を切った。切ると、十九分が十五分四十秒になった。


      *


 翌週、出す前に仁科がもう一つ言った。


「サロンの名前は伏せて」


「伏せるんですか?」


「うん」


「でも、探せば分かりますよ」


「探した人だけが分かればいい」


 和彦は音を消して、文字にモザイクをかけた。かけるのに二時間かかった。文字は九か所あった。


      *


 恵那は来ていない。五か月、一度も来ていなかった。


 時計は五時五分だった。


 カメラは机の端で回っている。誰も、その位置を直さなくなっていた。


「一万三千二百」


「はい」


 瀬川が缶を配った。冷えていて、指が濡れた。開ける音が三つ続いて、最後の一つだけ乾いた音がした。


「あれさ、入ったやついる?」


 大野が訊いた。


「いないでしょ」


「俺、ちょっと考えたんだよな」


「やめときなよ」


 里佳が言った。言い方は軽かった。


 大野は笑って、缶を置いた。置いた場所が濡れていて、缶の底に丸い跡がついた。


「あの人、また出てほしいって言ってたよ」


 瀬川が言った。


「誰に」


「仁科さんに。連絡来てたって」


 里佳が「え、出すの?」と言った。


「知らない」


 誰も、その先を訊かなかった。缶を開ける音が二つ続いて、それから誰かが笑った。何に笑ったのかは、和彦には分からなかった。


      *


 駅まで歩いて、始発を待った。和彦は四本のことを誰にも言わなかった。


 言う相手を考えた。仁科は知っている。大野は数字の話をしている。恵那は来ていない。


 陽菜は、四番のところを通り過ぎた。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  一万三千二百円  大野立替  四月二十三日


   会費    一万二千円    杉本立替  四月九日


 会費の欄は、翌月も同じ額で立った。和彦は退会の手続きをしていなかった。


 三か月目に気づいて、その日に手続きをした。画面に「またお待ちしています」と出た。


      *


  〈月一万二千円のサロンに入ってみた〉


  十五分四十秒/再生 448,000


  〈これ見れば十分だな〉

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