サロン
二か月経ってから、仁科が言った。
「あの人のサロン、入って」
「入るんですか?」
「中を見る」
「撮るんですか?」
「撮れたら撮る。撮れなかったら、話すだけでいい」
仁科は表を出さなかった。この回だけ、時刻の入った紙が無かった。
*
その日のうちに申し込んだ。会費は月一万二千円だった。
申し込みの画面は青くて、目の奥が少し痛くなった。和彦は一度、目をつぶった。
和彦が自分のカードで払った。申し込みの画面は三つあって、最後に名前を打ち込む欄がある。本名を入れるところで、和彦は一度止まった。
止まってから、本名を入れた。
確認のメールが四分で来た。文面の最後に「ようこそ」と書いてある。そのあとに、男の名前が入っていた。撮影のとき机に置いてあった名刺と、字の並びが同じだった。
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中に入ると、まず一覧が出た。
教材が並んでいる。番号がついていて、一番から順に見ていくことになっていた。一本あたり十分から二十分で、下に短い説明がある。
和彦は上から開いていった。
三本目までは、講義だった。男が喋っている。背景は白い壁で、画面の隅に小さく数字が出る。
一本目は十二分あった。撮影のときに聞いた話と、ほとんど同じだった。順番も同じで、途中の間まで同じだった。和彦は倍速にして、それからもとに戻した。
二本目は、下がったときに売る人の話だった。これも同じだった。
三本目だけ、少し違った。男が紙を持っている。紙には手書きの線が引いてあって、右上へ伸びていた。線の下に数字が書いてある。和彦はそこで止めて、拡大した。文字は潰れていて、読めなかった。
四本目を開いた。
*
自分が編集した動画だった。肩が一度、上がって下りた。
冒頭の三秒を、和彦は覚えている。切るところで迷って、二回やり直した。二回目のほうを使った。そのまま、その二回目が流れた。
題は変わっていた。〈教材④ 増える人の考え方〉と書いてある。
チャンネル名は出ていない。陽菜の名前も、里佳の名前も出ていない。冒頭のロゴは切ってあった。切り方はきれいで、フレーム単位で合っている。
和彦は最後まで見た。十四分六秒あった。見ているあいだ、耳が音を先に覚えていた。どこで里佳が笑うかを、体のほうが知っている。
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和彦は一覧に戻って、数えた。
教材は全部で三十一本ある。そのうち四本が、自分たちの動画だった。四本とも、題が変わっている。
○教材④ 増える人の考え方
○教材十一 始めない人の共通点
○教材十九 最初の三万円
○教材二十六 やめどきの話
二十六番は、去年の秋に撮ったものだった。あのとき陽菜は風邪をひいていて、声が低かった。低いまま出した。
低いまま、そこにあった。和彦は膝の上で指を組んで、また離した。
和彦は四本とも開いた。手が勝手に速くなっていた。
どれも、切り方が同じだった。冒頭のロゴを外して、最後の告知を落として、途中の笑いを一か所だけ残してある。残っているのは、里佳が笑ったところだった。
和彦は、その笑いを残したのが自分だったことを思い出した。あのとき、切るかどうかで十分迷った。残すことにしたのは、間が持たなかったからだった。
その十分の判断が、教材の中で同じ場所にあった。
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次の日、和彦はもう一度開いた。各教材の下に、会員が書き込む欄がある。
四番の下には、四十七件ついていた。
〈これで分かりました〉
〈何度も見返してます〉
〈先生の説明がいちばん分かりやすい〉
和彦は三つ目を二度読んだ。二度目に、指が画面の上で止まった。画面は冷たくなかった。ずっと触っていたからだった。
説明をしているのは、男だ。訊いているのは陽菜で、切ったのは和彦だった。
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撮影は三日後にやった。
陽菜が画面を見ながら喋る形にした。和彦が横からカメラを回す。画面には、モザイクをかける前提の枠を置いた。
「思ったより、ちゃんとしてますね」
「してるよ」
「これ、全部見たら詳しくなれそう」
陽菜はそう言って、一覧を下までスクロールした。四番のところで指が一度止まって、それから通り過ぎた。
和彦は何も言わなかった。喉のあたりが少し詰まって、それだけだった。
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撮影は一時間で終わった。
陽菜は画面を見ながら喋りつづけた。途中で二回、言葉が出なくなった。出なくなるところは、どちらも教材の説明を読んでいるときだった。
「なんか、うまいこと言ってるんだけど」
「はい」
「途中から、同じことしか言ってない気がする」
陽菜はそう言って、画面から目を離した。離してから、髪を耳にかけた。
和彦はカメラを止めなかった。そこは使わないと決めていた。それでも止めなかった。
*
編集のとき、仁科が来た。
和彦は四番のところを見せた。画面を止めて、題のところを指した。
「これ、うちのです」
仁科は画面を見た。見てから、少し黙った。
「四本ありました」
「うん」
「入れますか?」
「入れない」
仁科はそれだけ言って、机の端に手をついた。
「理由、訊いていいですか?」
「訊いていいけど、答えない」
仁科はノートを開いて、そこに何か書いた。書いてから閉じた。
和彦は四番の部分を切った。切ると、十九分が十五分四十秒になった。
*
翌週、出す前に仁科がもう一つ言った。
「サロンの名前は伏せて」
「伏せるんですか?」
「うん」
「でも、探せば分かりますよ」
「探した人だけが分かればいい」
和彦は音を消して、文字にモザイクをかけた。かけるのに二時間かかった。文字は九か所あった。
*
恵那は来ていない。五か月、一度も来ていなかった。
時計は五時五分だった。
カメラは机の端で回っている。誰も、その位置を直さなくなっていた。
「一万三千二百」
「はい」
瀬川が缶を配った。冷えていて、指が濡れた。開ける音が三つ続いて、最後の一つだけ乾いた音がした。
「あれさ、入ったやついる?」
大野が訊いた。
「いないでしょ」
「俺、ちょっと考えたんだよな」
「やめときなよ」
里佳が言った。言い方は軽かった。
大野は笑って、缶を置いた。置いた場所が濡れていて、缶の底に丸い跡がついた。
「あの人、また出てほしいって言ってたよ」
瀬川が言った。
「誰に」
「仁科さんに。連絡来てたって」
里佳が「え、出すの?」と言った。
「知らない」
誰も、その先を訊かなかった。缶を開ける音が二つ続いて、それから誰かが笑った。何に笑ったのかは、和彦には分からなかった。
*
駅まで歩いて、始発を待った。和彦は四本のことを誰にも言わなかった。
言う相手を考えた。仁科は知っている。大野は数字の話をしている。恵那は来ていない。
陽菜は、四番のところを通り過ぎた。
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その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万三千二百円 大野立替 四月二十三日
会費 一万二千円 杉本立替 四月九日
会費の欄は、翌月も同じ額で立った。和彦は退会の手続きをしていなかった。
三か月目に気づいて、その日に手続きをした。画面に「またお待ちしています」と出た。
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〈月一万二千円のサロンに入ってみた〉
十五分四十秒/再生 448,000
〈これ見れば十分だな〉




