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映える  作者: シズ
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19/25

暴露動画

 一月の火曜、夜の九時だった。


 生放送が始まったと、陽菜が言ってきた。告知は無かったらしい。始まってから、人が集まっていた。


「杉本くん、これうちの回のこと言ってる」


 和彦は自分の携帯を出した。指が冷たくて、画面がうまく反応しなかった。同時接続が四千を越えている。


      *


 出していたのは、二年前に伸びていた人だった。


 名前は和彦も知っていた。当時は登録者が四十万いた。いまは八万になっている。


 題は入っていなかった。〈雑談〉とだけ書いてある。


「俺、あいつと同じ中学なんですよ」


 その人はそう言った。缶を持っていた。何杯目かは分からない。


「地元一緒で。まあ、あの頃は俺も、ちょっとあれだったんで」


 コメントが速く流れて、読めなかった。


「で、あの動画見てさ。腹立っちゃって」


      *


 前半の三十分は、自分の話だった。


 昔いろいろあった。だから見過ごせない。同じことを何度も言った。言うたびに缶を持ち上げた。


 和彦は倍速にしなかった。最後まで、そのままの速さで見た。


      *


 九時四十分ごろから、中身になった。


「あいつ、四人にやられたって言ってたでしょ」


 和彦は画面に顔を近づけた。


「あれ、順番が違うんですよ。仕返しに行ったのが先」


「え」


「先に行って、それでやられたの。逆」


 その人は指を二本立てて、入れ替えるように動かした。


      *


「そのあと、うちの地元、ぐちゃぐちゃになって」


 三すくみの話だった。戸倉が言ったのと、同じところから始まった。


 ただ、続きがあった。


「上の人が話つけたってあいつ言ってたけど、あれ話ついてないから。あのあとね」


      *


 電話が鳴った。


 画面の向こうで、着信音がした。市販の音だった。


「あ、ちょっとすいません」


 その人は画面の外へ手を伸ばした。


 音が消えた。


      *


 映像は、そのままだった。


 その人は座っている。口が動いている。何か話している。うなずいて、また話している。途中で一度、髪をかき上げた。


 音だけが無かった。


 和彦は時計を見た。見てから、秒を数え始めた。口の中が乾いていた。


      *


 四分十二秒あった。


 同時接続は、そのあいだに四千から一万一千になった。コメントが速くなって、追えなくなった。


 和彦は数え終わってから、自分が数えていたことに気づいた。膝の上で、手が握られていた。


      *


 音が戻った。


「えー、すいません。ちょっと、いろいろありまして」


 その人は缶を持っていなかった。手が机の上にある。


「えー、その話はちょっと、あれなんで」


「あれ?」


「まあ、やめときます」


 コメントが流れた。速すぎて、読めなかった。


      *


 放送は、そのあと二十分続いた。


 別の話になった。最近見た映画の話と、腰が痛い話をした。缶はもう出さなかった。


 十時二十分に終わった。最後に「見てくれてありがとうございました」と言って、頭を下げた。


      *


 アーカイブは残った。


 消していない。次の日も、その次の日も、そのままだった。


 和彦はもう一度、無音のところを開いた。


 口の動きを読もうとした。


 読めなかった。斜めを向いている時間が長い。正面を向いているのは、合わせて二十秒もない。


 和彦は二十秒ぶんを、何度も止めて見た。


 分からなかった。目の奥が痛くなって、和彦は瞼を指で押さえた。


      *


 切り抜きが出た。


 六つ出て、六つとも無音の四分だった。題は〈【謎】この4分間で何があった〉が三つ、〈闇深すぎる〉が二つ、残りは題が無かった。


 合計で四百万を越えた。


 本編より、無音のほうが見られていた。


 誰が電話したかは、分からなかった。


 部屋では、いろんな話が出た。事務所じゃないか。弁護士じゃないか。ヤクザじゃないか。戸倉本人じゃないか。


「本人でしょ、普通に」


 大野が言った。


「なんで分かるんですか?」


「分かんないけど」


 その話は、そこで終わった。次の話になった。


 うちの回にも、人が来た。


 〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉。三十一万が、四日で七十四万になった。


 和彦は増え方を時間ごとに書き出した。放送のあった火曜の夜がいちばん多い。水曜も多かった。金曜から緩くなった。


 うちには、何も来なかった。


      *


 コメントは荒れた。


  〈知らなかったんですか?〉


  〈裏取りとかしないんですね〉


  〈更生って言葉、軽く使わないでほしい〉


 和彦は上から読んだ。二百件目のあたりで、指が止まった。


  〈昔悪かった人のほうが、人の痛みが分かる〉


 同じ人が、半年前に書いていた。消していない。上のほうに、まだ残っていた。


「消す?」


 仁科が訊いた。


「どうしますか?」


「訊いてるの」


 和彦は画面を見た。七十四万になっている。


「消すと、知ってたことになりませんか?」


「なるね」


「消さないと、どうなりますか?」


「べつに、どうにもならない」


 仁科はノートを開いた。開いて、線を一本引いた。


「伸びてるから、触らない」


      *


 触らなかった。


 固定コメントも出さなかった。謝罪も、説明も、訂正も出さなかった。


 三日で、コメントは落ち着いた。新しい動画が二本出て、そちらにコメントが移った。


      *


 三日後、戸倉が一本出した。


 題は〈お騒がせしてすみません〉だった。八分あった。


 和彦は最後まで見た。


 前半は謝罪だった。心配をかけた、応援してくれた人に申し訳ない、と言った。言い方は丁寧だった。撮影のときと同じ声だった。


 後半で、あの人のことを話した。


「正直、あんまり覚えてないんですよね」


「同じ中学ってだけで、そんな仲良くもなかったし」


 戸倉は自分の後ろ髪をさわった。さわってから、手を下ろした。


「俺、地元にそもそもあんま友達いねーし」


 和彦は、そこで止めた。


 和彦は自分の回を開いた。


 九分目のところで止めた。


 夜に集まる場所があって、そこに三十人いた、と戸倉は言っている。


 俺ら、とも言っている。三すくみの話のところで、二回。


 和彦は両方を並べて聞いた。同じ声だった。


      *


 そのあと、三つ目ができた。


 一つ目は、九月の撮影。夜に集まる場所があって、三十人いた。


 二つ目は、一月の弁明。地元にそもそもあんま友達いねー。


 三つ目は、その五日後。一緒の釜の飯食った仲間だよな。


 三つとも、同じ人が言っている。


 和彦は、それを誰にも言わなかった。


 言う相手を考えた。仁科は表を作っている。大野は数字の話をしている。恵那は来ていない。


 和彦は画面を伏せた。


      *


 弁明の動画は、十一万で止まった。


 暴露のほうは四百万を越えている。和彦は二つを並べて書いた。四百と、十一。


 コメントは冷たかった。〈苦しい〉〈それは無理がある〉〈さっきの放送と違う〉。


      *


 五日後、もう一本出た。


 題は〈すみませんでした〉だった。四分しかない。


 背景は、前と同じ部屋だった。座り方が違った。前は椅子の背にもたれていた。今度は、前に出ていた。


「俺、みんなに嘘ついてました」


 戸倉は、最初にそう言った。声は落ち着いていた。


「そのことを謝らせてください」


「確かに、あいつとは昔仲間でした」


「一緒にいました。よく一緒にいました」


 戸倉はそこで一度、口を閉じた。閉じてから、また開いた。


「あいつがどう思ってたかは、分かんないですけど」


「俺は、親友だと思ってました」


 そこで、声が変わった。


 戸倉はカメラを見ていた。まっすぐ見ていた。それまでは、少し外していた。


「なあ」


 呼びかけていた。画面のこちら側にはいない相手に、呼びかけていた。


「俺ら、一緒の釜の飯食った仲間だよな?」


「いいことも悪いことも、一緒にやった」


 戸倉の目から、涙が落ちた。


 拭かなかった。片方の頬を伝って、顎のところで止まった。止まってから、また落ちた。


「でも、お前は俺を裏切った」


 そこで、少し止まった。息を吸う音が入った。


「……いや」


「お前にとっては、俺が裏切ったように見えたのかもしれない」


「俺のこと、そんなに嫌いだったか」


「言ってくれれば、よかったのに」


「言ってくれれば、俺は出なかったよ」


「一回さ」


 戸倉は手のひらで顔を拭った。拭ってから、また前を見た。


「一回、話そうよ」


 戸倉は鼻をすすった。すすってから、少し笑った。


「俺もお前も、もう大人だろ」


「殴り合ってどうこうなんて、もうそんな歳でもないんだから」


「会って、ちゃんと話そう。それで、俺が悪かったなら謝るから」


「連絡、待ってるから」


      *


 そこから五秒くらい、何も言わなかった。


 カメラは回ったままだった。戸倉は下を向いている。肩が一度、上下した。


「すみませんでした」


 頭を下げて、そのまま終わった。


      *


 伸びた。


 二日で八十万を越えた。弁明のほうの七倍だった。


 コメントが変わった。


  〈泣いた〉


  〈やっぱりいい人じゃん〉


  〈嘘つくのが下手なところが好き〉


 和彦は上から読んだ。三つ目を三回読んだ。


      *


 和彦は、四分をもう一度通した。


 謝っているのは、嘘をついたことだった。


 いいことも悪いことも一緒にやった、とは言っている。何をしたかは、言っていない。


 連絡を待っている、とも言っている。連絡先は、たぶん二人とも持っている。


 昔のことについては、それだけだった。訊かれてもいない。


 和彦は、その四分に一つも継ぎ目が無いことに気づいた。切っていない。撮って、そのまま出している。


 暴露した人は、その動画を消さなかった。


 無音の四分は、まだ残っている。二つの動画は、同じ画面の上に並んで出てきた。


 和彦はどちらも開いたままにした。しばらく、どちらも動かさなかった。


      *


 二週間後、戸倉のチャンネルが消えた。


 和彦が気づいたのは、リンクを踏んだときだった。ページが開かなかった。


 消したのか、消されたのかは分からない。動画も、コメントも、全部無くなっていた。


 和彦は自分の動画を開いた。そこには、まだ映っている。


      *


 生放送をした人も、そのあと止まった。


 二本出して、どちらも伸びなかった。三本目は出なかった。予告だけ残って、日付が過ぎた。


 二人とも、そこから何も出さなくなった。


      *


 二か月、何も無かった。和彦は月に一度だけ、両方のページを開いた。どちらも止まったままだった。最後の動画の日付が、そのまま残っている。


 部屋では、その話が出なくなった。出なくなったのがいつからかは、和彦にも分からない。


      *


 四月に、動画が上がった。題は〈和解しました〉だった。


 両方のチャンネルに、同じものが上がっていた。題も、長さも、サムネも同じだった。二十三分ある。


      *


 和彦は二十三分を通した。二人が並んで座っていた。同じソファだった。距離が近い。肩が触れている。


 昔の話をしていた。中学の先生の名前。潰れたラーメン屋。原付を押して帰った夜。


 二人とも、よく笑った。


「若かったよな」


「若かった」


「いま思うと、なんであんなことしてたんだろうな」


「ほんとに」


 二人が笑った。


      *


 二十分を過ぎたところで、話が変わった。


「で、実はですね」


「言っちゃう?」


「言っちゃおう」


 二人が顔を見合わせた。合わせてから、同時にカメラを見た。


「俺ら、一緒にブランドやることになりまして」


      *


 服が出てきた。パーカーが二着。黒と、灰色。胸のところに小さく字が入っている。


 和彦はその字を読もうとした。読めなかった。画質のせいではない。もともと、読めない形の字だった。


「これ、今日の二十時から」


「数量限定なんで」


「ほんとに数ないんで、先に謝っときます」


 二人が笑った。


      *


「あと、これは言っとこうかな」


 戸倉が座り直した。


「俺も、道外れちまった一人なんで」


「うん」


「在庫、余った分は配ってるんですよ」


「配る?」


「親に捨てられちまった奴らとか、そういうとこに」


 もう一人がうなずいた。深くうなずいた。


「なんか、俺にもできねーかなと思って」


 戸倉は自分の手を見た。見てから、また前を見た。


 概要欄にリンクが貼ってあった。


 和彦は開いた。パーカーは一万四千八百円だった。


 二十時に出て、一時間で売り切れた。次の日にもう一度開いたら、〈SOLD OUT〉と出ていた。


 和彦は、在庫のことを考えた。


 一時間で売り切れている。余った分は、無い。


 和彦はそれを誰にも言わなかった。


      *


 二十三分のあいだに、あの話は一度も出なかった。


 罪名も、記事も、少年刑務所も、四分十二秒も、出てこなかった。


 最後に、二人で頭を下げた。〈お騒がせしました〉と字が出て、その下にリンクがもう一度出た。


      *


 伸びた。両方とも伸びた。三日で、戸倉が百二十万。もう一人が百四十万になった。


 登録者も戻った。戸倉は消える前より多い。もう一人は、十五万まで行ったときと同じところまで戻った。


 和彦は四つの数字を並べて書いた。


      *


 コメントを読んだ。


  〈これが見たかった〉


  〈男の友情っていいな〉


  〈パーカー買いました〉


  〈二人とも幸せになってほしい〉


 和彦は四つ目を三回読んだ。


 和彦は引き出しを開けた。


 九月に鞄の底へ入れた紙が、そこにある。半分だけ印刷された記事だった。上の二行しか出ていない。年齢のところで切れている。


 あのとき、和彦は恵那に言った。恵那は驚かなかった。動画は出た。三十一万いった。


 言った。何も起きなかった。


      *


 いま起きたことを、和彦はしていない。


 同じ話を、別の人が生でやった。それだけの違いだった。


 和彦は紙を戻して、引き出しを閉めた。鍵はかけなかった。かける鍵が、その引き出しには無かった。


      *


 和彦は、無音の四分十二秒のことを考えた。


 あの放送には、編集が一つも入っていない。切ってもいない。繋いでもいない。


 それでも、いちばん大きい継ぎ目が、そこにあった。


 継ぎ目を作ったのは、電話だった。誰の電話かは、分からない。


      *


 五時十分に、打ち上げが始まった。


 カメラは机の端で回っている。恵那は来ていない。


 時計は五時十分だった。


「一万三千四百」


「はい」


「今月、よかったな」


「よかったです」


「なんかあったっけ、今月」


「特にないです」


 和彦はそう答えた。答えてから、レシートを二つ折りにした。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  一万三千四百円  大野立替  一月二十九日


 和彦は、その上を見た。九月の行に、謝礼三万円と書いてある。宛名は戸倉様になっていた。


 消す欄は、なかった。


      *


  〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉


  十九分四秒/再生 740,000(前 312,000)


  〈知らなかったんですか?〉

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