暴露動画
一月の火曜、夜の九時だった。
生放送が始まったと、陽菜が言ってきた。告知は無かったらしい。始まってから、人が集まっていた。
「杉本くん、これうちの回のこと言ってる」
和彦は自分の携帯を出した。指が冷たくて、画面がうまく反応しなかった。同時接続が四千を越えている。
*
出していたのは、二年前に伸びていた人だった。
名前は和彦も知っていた。当時は登録者が四十万いた。いまは八万になっている。
題は入っていなかった。〈雑談〉とだけ書いてある。
「俺、あいつと同じ中学なんですよ」
その人はそう言った。缶を持っていた。何杯目かは分からない。
「地元一緒で。まあ、あの頃は俺も、ちょっとあれだったんで」
コメントが速く流れて、読めなかった。
「で、あの動画見てさ。腹立っちゃって」
*
前半の三十分は、自分の話だった。
昔いろいろあった。だから見過ごせない。同じことを何度も言った。言うたびに缶を持ち上げた。
和彦は倍速にしなかった。最後まで、そのままの速さで見た。
*
九時四十分ごろから、中身になった。
「あいつ、四人にやられたって言ってたでしょ」
和彦は画面に顔を近づけた。
「あれ、順番が違うんですよ。仕返しに行ったのが先」
「え」
「先に行って、それでやられたの。逆」
その人は指を二本立てて、入れ替えるように動かした。
*
「そのあと、うちの地元、ぐちゃぐちゃになって」
三すくみの話だった。戸倉が言ったのと、同じところから始まった。
ただ、続きがあった。
「上の人が話つけたってあいつ言ってたけど、あれ話ついてないから。あのあとね」
*
電話が鳴った。
画面の向こうで、着信音がした。市販の音だった。
「あ、ちょっとすいません」
その人は画面の外へ手を伸ばした。
音が消えた。
*
映像は、そのままだった。
その人は座っている。口が動いている。何か話している。うなずいて、また話している。途中で一度、髪をかき上げた。
音だけが無かった。
和彦は時計を見た。見てから、秒を数え始めた。口の中が乾いていた。
*
四分十二秒あった。
同時接続は、そのあいだに四千から一万一千になった。コメントが速くなって、追えなくなった。
和彦は数え終わってから、自分が数えていたことに気づいた。膝の上で、手が握られていた。
*
音が戻った。
「えー、すいません。ちょっと、いろいろありまして」
その人は缶を持っていなかった。手が机の上にある。
「えー、その話はちょっと、あれなんで」
「あれ?」
「まあ、やめときます」
コメントが流れた。速すぎて、読めなかった。
*
放送は、そのあと二十分続いた。
別の話になった。最近見た映画の話と、腰が痛い話をした。缶はもう出さなかった。
十時二十分に終わった。最後に「見てくれてありがとうございました」と言って、頭を下げた。
*
アーカイブは残った。
消していない。次の日も、その次の日も、そのままだった。
和彦はもう一度、無音のところを開いた。
口の動きを読もうとした。
読めなかった。斜めを向いている時間が長い。正面を向いているのは、合わせて二十秒もない。
和彦は二十秒ぶんを、何度も止めて見た。
分からなかった。目の奥が痛くなって、和彦は瞼を指で押さえた。
*
切り抜きが出た。
六つ出て、六つとも無音の四分だった。題は〈【謎】この4分間で何があった〉が三つ、〈闇深すぎる〉が二つ、残りは題が無かった。
合計で四百万を越えた。
本編より、無音のほうが見られていた。
誰が電話したかは、分からなかった。
部屋では、いろんな話が出た。事務所じゃないか。弁護士じゃないか。ヤクザじゃないか。戸倉本人じゃないか。
「本人でしょ、普通に」
大野が言った。
「なんで分かるんですか?」
「分かんないけど」
その話は、そこで終わった。次の話になった。
うちの回にも、人が来た。
〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉。三十一万が、四日で七十四万になった。
和彦は増え方を時間ごとに書き出した。放送のあった火曜の夜がいちばん多い。水曜も多かった。金曜から緩くなった。
うちには、何も来なかった。
*
コメントは荒れた。
〈知らなかったんですか?〉
〈裏取りとかしないんですね〉
〈更生って言葉、軽く使わないでほしい〉
和彦は上から読んだ。二百件目のあたりで、指が止まった。
〈昔悪かった人のほうが、人の痛みが分かる〉
同じ人が、半年前に書いていた。消していない。上のほうに、まだ残っていた。
「消す?」
仁科が訊いた。
「どうしますか?」
「訊いてるの」
和彦は画面を見た。七十四万になっている。
「消すと、知ってたことになりませんか?」
「なるね」
「消さないと、どうなりますか?」
「べつに、どうにもならない」
仁科はノートを開いた。開いて、線を一本引いた。
「伸びてるから、触らない」
*
触らなかった。
固定コメントも出さなかった。謝罪も、説明も、訂正も出さなかった。
三日で、コメントは落ち着いた。新しい動画が二本出て、そちらにコメントが移った。
*
三日後、戸倉が一本出した。
題は〈お騒がせしてすみません〉だった。八分あった。
和彦は最後まで見た。
前半は謝罪だった。心配をかけた、応援してくれた人に申し訳ない、と言った。言い方は丁寧だった。撮影のときと同じ声だった。
後半で、あの人のことを話した。
「正直、あんまり覚えてないんですよね」
「同じ中学ってだけで、そんな仲良くもなかったし」
戸倉は自分の後ろ髪をさわった。さわってから、手を下ろした。
「俺、地元にそもそもあんま友達いねーし」
和彦は、そこで止めた。
和彦は自分の回を開いた。
九分目のところで止めた。
夜に集まる場所があって、そこに三十人いた、と戸倉は言っている。
俺ら、とも言っている。三すくみの話のところで、二回。
和彦は両方を並べて聞いた。同じ声だった。
*
そのあと、三つ目ができた。
一つ目は、九月の撮影。夜に集まる場所があって、三十人いた。
二つ目は、一月の弁明。地元にそもそもあんま友達いねー。
三つ目は、その五日後。一緒の釜の飯食った仲間だよな。
三つとも、同じ人が言っている。
和彦は、それを誰にも言わなかった。
言う相手を考えた。仁科は表を作っている。大野は数字の話をしている。恵那は来ていない。
和彦は画面を伏せた。
*
弁明の動画は、十一万で止まった。
暴露のほうは四百万を越えている。和彦は二つを並べて書いた。四百と、十一。
コメントは冷たかった。〈苦しい〉〈それは無理がある〉〈さっきの放送と違う〉。
*
五日後、もう一本出た。
題は〈すみませんでした〉だった。四分しかない。
背景は、前と同じ部屋だった。座り方が違った。前は椅子の背にもたれていた。今度は、前に出ていた。
「俺、みんなに嘘ついてました」
戸倉は、最初にそう言った。声は落ち着いていた。
「そのことを謝らせてください」
「確かに、あいつとは昔仲間でした」
「一緒にいました。よく一緒にいました」
戸倉はそこで一度、口を閉じた。閉じてから、また開いた。
「あいつがどう思ってたかは、分かんないですけど」
「俺は、親友だと思ってました」
そこで、声が変わった。
戸倉はカメラを見ていた。まっすぐ見ていた。それまでは、少し外していた。
「なあ」
呼びかけていた。画面のこちら側にはいない相手に、呼びかけていた。
「俺ら、一緒の釜の飯食った仲間だよな?」
「いいことも悪いことも、一緒にやった」
戸倉の目から、涙が落ちた。
拭かなかった。片方の頬を伝って、顎のところで止まった。止まってから、また落ちた。
「でも、お前は俺を裏切った」
そこで、少し止まった。息を吸う音が入った。
「……いや」
「お前にとっては、俺が裏切ったように見えたのかもしれない」
「俺のこと、そんなに嫌いだったか」
「言ってくれれば、よかったのに」
「言ってくれれば、俺は出なかったよ」
「一回さ」
戸倉は手のひらで顔を拭った。拭ってから、また前を見た。
「一回、話そうよ」
戸倉は鼻をすすった。すすってから、少し笑った。
「俺もお前も、もう大人だろ」
「殴り合ってどうこうなんて、もうそんな歳でもないんだから」
「会って、ちゃんと話そう。それで、俺が悪かったなら謝るから」
「連絡、待ってるから」
*
そこから五秒くらい、何も言わなかった。
カメラは回ったままだった。戸倉は下を向いている。肩が一度、上下した。
「すみませんでした」
頭を下げて、そのまま終わった。
*
伸びた。
二日で八十万を越えた。弁明のほうの七倍だった。
コメントが変わった。
〈泣いた〉
〈やっぱりいい人じゃん〉
〈嘘つくのが下手なところが好き〉
和彦は上から読んだ。三つ目を三回読んだ。
*
和彦は、四分をもう一度通した。
謝っているのは、嘘をついたことだった。
いいことも悪いことも一緒にやった、とは言っている。何をしたかは、言っていない。
連絡を待っている、とも言っている。連絡先は、たぶん二人とも持っている。
昔のことについては、それだけだった。訊かれてもいない。
和彦は、その四分に一つも継ぎ目が無いことに気づいた。切っていない。撮って、そのまま出している。
暴露した人は、その動画を消さなかった。
無音の四分は、まだ残っている。二つの動画は、同じ画面の上に並んで出てきた。
和彦はどちらも開いたままにした。しばらく、どちらも動かさなかった。
*
二週間後、戸倉のチャンネルが消えた。
和彦が気づいたのは、リンクを踏んだときだった。ページが開かなかった。
消したのか、消されたのかは分からない。動画も、コメントも、全部無くなっていた。
和彦は自分の動画を開いた。そこには、まだ映っている。
*
生放送をした人も、そのあと止まった。
二本出して、どちらも伸びなかった。三本目は出なかった。予告だけ残って、日付が過ぎた。
二人とも、そこから何も出さなくなった。
*
二か月、何も無かった。和彦は月に一度だけ、両方のページを開いた。どちらも止まったままだった。最後の動画の日付が、そのまま残っている。
部屋では、その話が出なくなった。出なくなったのがいつからかは、和彦にも分からない。
*
四月に、動画が上がった。題は〈和解しました〉だった。
両方のチャンネルに、同じものが上がっていた。題も、長さも、サムネも同じだった。二十三分ある。
*
和彦は二十三分を通した。二人が並んで座っていた。同じソファだった。距離が近い。肩が触れている。
昔の話をしていた。中学の先生の名前。潰れたラーメン屋。原付を押して帰った夜。
二人とも、よく笑った。
「若かったよな」
「若かった」
「いま思うと、なんであんなことしてたんだろうな」
「ほんとに」
二人が笑った。
*
二十分を過ぎたところで、話が変わった。
「で、実はですね」
「言っちゃう?」
「言っちゃおう」
二人が顔を見合わせた。合わせてから、同時にカメラを見た。
「俺ら、一緒にブランドやることになりまして」
*
服が出てきた。パーカーが二着。黒と、灰色。胸のところに小さく字が入っている。
和彦はその字を読もうとした。読めなかった。画質のせいではない。もともと、読めない形の字だった。
「これ、今日の二十時から」
「数量限定なんで」
「ほんとに数ないんで、先に謝っときます」
二人が笑った。
*
「あと、これは言っとこうかな」
戸倉が座り直した。
「俺も、道外れちまった一人なんで」
「うん」
「在庫、余った分は配ってるんですよ」
「配る?」
「親に捨てられちまった奴らとか、そういうとこに」
もう一人がうなずいた。深くうなずいた。
「なんか、俺にもできねーかなと思って」
戸倉は自分の手を見た。見てから、また前を見た。
概要欄にリンクが貼ってあった。
和彦は開いた。パーカーは一万四千八百円だった。
二十時に出て、一時間で売り切れた。次の日にもう一度開いたら、〈SOLD OUT〉と出ていた。
和彦は、在庫のことを考えた。
一時間で売り切れている。余った分は、無い。
和彦はそれを誰にも言わなかった。
*
二十三分のあいだに、あの話は一度も出なかった。
罪名も、記事も、少年刑務所も、四分十二秒も、出てこなかった。
最後に、二人で頭を下げた。〈お騒がせしました〉と字が出て、その下にリンクがもう一度出た。
*
伸びた。両方とも伸びた。三日で、戸倉が百二十万。もう一人が百四十万になった。
登録者も戻った。戸倉は消える前より多い。もう一人は、十五万まで行ったときと同じところまで戻った。
和彦は四つの数字を並べて書いた。
*
コメントを読んだ。
〈これが見たかった〉
〈男の友情っていいな〉
〈パーカー買いました〉
〈二人とも幸せになってほしい〉
和彦は四つ目を三回読んだ。
和彦は引き出しを開けた。
九月に鞄の底へ入れた紙が、そこにある。半分だけ印刷された記事だった。上の二行しか出ていない。年齢のところで切れている。
あのとき、和彦は恵那に言った。恵那は驚かなかった。動画は出た。三十一万いった。
言った。何も起きなかった。
*
いま起きたことを、和彦はしていない。
同じ話を、別の人が生でやった。それだけの違いだった。
和彦は紙を戻して、引き出しを閉めた。鍵はかけなかった。かける鍵が、その引き出しには無かった。
*
和彦は、無音の四分十二秒のことを考えた。
あの放送には、編集が一つも入っていない。切ってもいない。繋いでもいない。
それでも、いちばん大きい継ぎ目が、そこにあった。
継ぎ目を作ったのは、電話だった。誰の電話かは、分からない。
*
五時十分に、打ち上げが始まった。
カメラは机の端で回っている。恵那は来ていない。
時計は五時十分だった。
「一万三千四百」
「はい」
「今月、よかったな」
「よかったです」
「なんかあったっけ、今月」
「特にないです」
和彦はそう答えた。答えてから、レシートを二つ折りにした。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万三千四百円 大野立替 一月二十九日
和彦は、その上を見た。九月の行に、謝礼三万円と書いてある。宛名は戸倉様になっていた。
消す欄は、なかった。
*
〈伝説のヤンキーに、全部聞いてきた〉
十九分四秒/再生 740,000(前 312,000)
〈知らなかったんですか?〉




