撮れ高
その週は、撮れなかった。月曜に一本、水曜に一本の予定だった。月曜は機材の不具合で二時間潰れて、使えるのが十四分しか残らなかった。水曜は雨で、外の企画が流れた。
木曜の夜、和彦は素材の長さを数えた。
四十一分。いつもは三時間ある。
「足りない」
仁科がノートを見て言った。
「足りないですね」
「今週、二本出すんでしょ」
「予定では」
「じゃあ、撮るしかない」
仁科は定規を横に置いた。置いてから、来週の欄を指した。
「これ、今日やろう」
*
来週の企画は、ドッキリだった。準備に三日かかる予定になっている。小道具と、段取りと、仕込みの人。
その日にできるのは、段取りだけだった。
「準備、間に合わないです」
「間に合うところまででいい」
「雑になります」
「雑なほうが、素っぽく見えるよ」
仁科はそう言った。言い方は普通だった。
やってみると、雑になった。仕掛けの位置が悪くて、陽菜が先に気づいた。気づいたので、二回目をやった。二回目は瀬川が笑ってしまって、それも使えなかった。
三回目でようやく成立した。成立したが、驚き方が小さかった。
和彦は時計を見た。八時だった。撮れたのは、二十分だった。
*
部屋は暑かった。二月なのに暖房が効きすぎていて、和彦は袖をまくった。腕の内側がすぐ汗ばんだ。
機材の熱と、人の熱で、窓が曇っている。誰かが指で線を引いた跡が残っていた。
「まだ足りない」
仁科がノートを閉じた。
「あと、どのくらいですか?」
「三十分」
和彦は素材の数字を足した。四十一と二十で、六十一分。二本ぶんにするには、あと三十分は要る。
「明日じゃ駄目ですか?」
「明日は、みんな来ない」
仁科は部屋を見た。九人いた。
「いま、全員いるでしょ」
「打ち上げ、撮ろう」
仁科が言った。
「打ち上げをですか?」
「うん。素でいいから」
「いままで撮ってないです」
「撮ってないから、新しいでしょ」
止める人はいなかった。大野が「いいじゃん」と言って、里佳が「うち、酔っても知らないよ」と言った。
和彦はカメラを机の端に置いた。置いてから、電源を入れた。
*
二十分撮って、和彦は画面を確かめた。
飲んでいるだけだった。喋っているだけだった。切るところが多すぎて、残るのは五分もない。
「弱いです」
「弱いね」
仁科はノートを開いた。開いて、線を一本引いた。
「罰ゲーム、足そう」
「なんの罰ゲームですか?」
「センブリ茶。苦いやつ」
「ありますか、それ」
「買ってある」
仁科は鞄から袋を出した。出したのは、そのときだった。
和彦は、いつ買ったのかを訊かなかった。
*
ゲームは仁科が決めた。簡単なルールだった。順番に数字を言って、決められた倍数のところで手を叩く。間違えた人が飲む。
里佳が「それ、うち得意」と言った。
最初に間違えたのは瀬川だった。飲んで、顔をしかめた。部屋が笑った。
二回目は大野だった。三回目も大野だった。
四回目から、陽菜が続けて間違えた。
陽菜は五回続けて飲んだ。喉のところを手で押さえていた。
「もう無理」
「まだ二周目だよ」
「無理だって」
陽菜は笑っていた。笑いながら、コップを持った。
和彦はカメラの後ろにいた。ルールを頭の中でなぞって、それから数を数えた。
その日、陽菜の番に当たる倍数が、ほかの人より二つ多かった。
和彦はもう一度、数え直した。二回とも同じだった。
仁科が決めた順番だった。
和彦は、それを言わなかった。言うほどのことではないと思った。順番はくじで決めていない。決めていないから、偏る。偏るのは、たまたまだった。
和彦はカメラの角度を直した。
センブリ茶の匂いは、草の匂いだった。
注ぐと湯気が上がって、部屋に薄く広がる。苦いのは匂いでも分かった。里佳が「これ無理」と言って、鼻をつまんだ。
和彦はコップの数を数えた。八つ出ている。使われているのは、六つだった。
*
六周目で、陽菜が机に伏せた。
「ちょっと待って」
「大丈夫?」
「だいじょうぶ。苦い」
陽菜は顔を上げた。目が赤かった。焦点は、そのときはまだ合っていた。
誰かが背中をさすった。誰の手だったかは、和彦の位置から見えた。
和彦はカメラを止めなかった。
*
九時過ぎに、陽菜が動かなくなった。伏せたまま、返事はする。返事はするが、間が長い。里佳が肩を叩いて、「寝る?」と訊いた。陽菜は「寝ない」と言った。
和彦はカメラを止めた。止めてから、机の上を見た。
小さいシートが出ている。空いていた。
和彦は種類を数えた。四つあった。
いつもは一つか、二つだった。
和彦は、それが何かを訊かなかった。訊く相手を考えた。仁科はノートを書いている。大野は缶を開けている。里佳は陽菜の背中に手を置いている。
和彦はシートを見た。見てから、目を戻した。
*
十時に解散した。陽菜は瀬川と里佳が送っていった。大野が「明日、平気かな」と言った。仁科が「平気でしょ」と言った。
和彦は機材を片づけた。片づけながら、その日撮った時間を足した。
合計で、二時間七分になっていた。
足りていた。
*
和彦は最後に部屋を出た。
電気を消すと、机の上のものが影になる。缶と、コップと、それから小さいものが端に残っていた。
和彦は手を伸ばしかけて、伸ばさなかった。ドアを閉めて、鍵をかけた。鍵は冷たかった。
*
編集は四日かかった。
二本ぶんにした。一本目がドッキリで、二本目が打ち上げだった。
打ち上げのほうを切っているとき、和彦は背中に置かれた手のところで止まった。
手だけが映っている。顔は入っていない。
和彦はそこを切った。
理由は、手だけ映っていても意味が分からないからだった。
シートは映っていなかった。机の端で、カメラの画角の外にある。和彦は素材を三回確かめた。三回とも、映っていなかった。
映っていないので、切る必要もなかった。
*
二本目が伸びた。打ち上げの回が、その月でいちばん高い数字になった。
コメントは二万を越えた。
〈素の感じが一番好き〉
〈これからも打ち上げ出してほしい〉
〈宮下さん飲みすぎで草〉
和彦は二つ目を三回読んだ。
*
その週から、打ち上げは毎回撮ることになった。仁科が表に列を足した。「打ち上げ」と書いて、線を一本引いた。
和彦はカメラを机の端に置きっぱなしにした。片づける手間が減った。
*
三日後、陽菜が来た。
「あたし、あの日のこと、あんまり覚えてない」
「センブリ茶ですか?」
「うん。苦かったのは覚えてる」
陽菜は笑った。笑い方は、いつもと同じだった。
「そのあとは飛んでる」
*
次の企画は、撮り直しだった。二週間前に出した回の続きを撮ることになった。同じ画で、同じ服で、続きを撮る。
陽菜が来て、着替えて、机の前に座った。
座ってから、「ちょっと痛い」と言った。
「どこがですか?」
「なんでもない」
「痛いって」
「昨日ぶつけたの」
仁科が鞄から小さい容器を出した。中身は透明だった。
「これ、塗って」
「なにこれ」
「歯医者で使うのと同じやつ」
陽菜は受け取った。受け取って、言われたところに塗った。
「効きます、それ」
大野が言った。
「効くよ」
「塗るだけで?」
「塗るだけで」
仁科は容器を鞄に戻した。
和彦は、それ以上訊かなかった。
*
撮り直しは、十一回やった。声が枯れる前に終わった。
同じ台詞を同じ位置で、十一回。陽菜は一度も止まらなかった。表情も変わらなかった。
和彦はテイクの数を数えた。十一だった。
前は、四回か五回で終わっていた。
編集は楽だった。同じ画が十一本あるので、いちばん良いところを選べる。選んで、繋ぐ。繋ぎ目が分からない。
和彦は、その回をいちばん短い時間で仕上げた。
六時間だった。
*
五時十分に、打ち上げが始まった。
カメラは机の端で回っている。誰も、それを気にしなくなっていた。
大野が袋を提げてきた。瀬川が缶を配った。仁科はノートを開いたまま座った。
時計は五時十分だった。
「一万一千四百」
「はい」
「今週、二本出したんだよな」
「二本です」
「よく撮れたな」
「はい」
*
少ししてから、里佳が缶を置いた。置いてから、陽菜のほうを見た。
「いや、あの日は大変だったね」
「大変でした」
「陽菜、平気だったの?」
「平気って言ってました」
「ならよかった」
里佳は缶を口に運んだ。飲んでから、机に置いた。
陽菜は隣で笑っていた。その話が出ているあいだ、一度も口を挟まなかった。
カメラは机の端で回っている。
誰も、そのあと、その話をしなかった。
和彦はレシートを二つ折りにした。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万一千四百円 大野立替 二月十二日
和彦は、その週に撮った時間をもう一度足した。
合計は、二時間七分だった。
足りた理由の欄は、なかった。
*
〈打ち上げ、初めて撮ってみた〉
二十三分十秒/再生 1,640,000
〈これからも打ち上げ出してほしい〉




