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映える  作者: シズ
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18/25

撮れ高

 その週は、撮れなかった。月曜に一本、水曜に一本の予定だった。月曜は機材の不具合で二時間潰れて、使えるのが十四分しか残らなかった。水曜は雨で、外の企画が流れた。


 木曜の夜、和彦は素材の長さを数えた。


 四十一分。いつもは三時間ある。


「足りない」


 仁科がノートを見て言った。


「足りないですね」


「今週、二本出すんでしょ」


「予定では」


「じゃあ、撮るしかない」


 仁科は定規を横に置いた。置いてから、来週の欄を指した。


「これ、今日やろう」


      *


 来週の企画は、ドッキリだった。準備に三日かかる予定になっている。小道具と、段取りと、仕込みの人。


 その日にできるのは、段取りだけだった。


「準備、間に合わないです」


「間に合うところまででいい」


「雑になります」


「雑なほうが、素っぽく見えるよ」


 仁科はそう言った。言い方は普通だった。


 やってみると、雑になった。仕掛けの位置が悪くて、陽菜が先に気づいた。気づいたので、二回目をやった。二回目は瀬川が笑ってしまって、それも使えなかった。


 三回目でようやく成立した。成立したが、驚き方が小さかった。


 和彦は時計を見た。八時だった。撮れたのは、二十分だった。


      *


 部屋は暑かった。二月なのに暖房が効きすぎていて、和彦は袖をまくった。腕の内側がすぐ汗ばんだ。


 機材の熱と、人の熱で、窓が曇っている。誰かが指で線を引いた跡が残っていた。


「まだ足りない」


 仁科がノートを閉じた。


「あと、どのくらいですか?」


「三十分」


 和彦は素材の数字を足した。四十一と二十で、六十一分。二本ぶんにするには、あと三十分は要る。


「明日じゃ駄目ですか?」


「明日は、みんな来ない」


 仁科は部屋を見た。九人いた。


「いま、全員いるでしょ」


「打ち上げ、撮ろう」


 仁科が言った。


「打ち上げをですか?」


「うん。素でいいから」


「いままで撮ってないです」


「撮ってないから、新しいでしょ」


 止める人はいなかった。大野が「いいじゃん」と言って、里佳が「うち、酔っても知らないよ」と言った。


 和彦はカメラを机の端に置いた。置いてから、電源を入れた。


      *


 二十分撮って、和彦は画面を確かめた。


 飲んでいるだけだった。喋っているだけだった。切るところが多すぎて、残るのは五分もない。


「弱いです」


「弱いね」


 仁科はノートを開いた。開いて、線を一本引いた。


「罰ゲーム、足そう」


「なんの罰ゲームですか?」


「センブリ茶。苦いやつ」


「ありますか、それ」


「買ってある」


 仁科は鞄から袋を出した。出したのは、そのときだった。


 和彦は、いつ買ったのかを訊かなかった。


      *


 ゲームは仁科が決めた。簡単なルールだった。順番に数字を言って、決められた倍数のところで手を叩く。間違えた人が飲む。


 里佳が「それ、うち得意」と言った。


 最初に間違えたのは瀬川だった。飲んで、顔をしかめた。部屋が笑った。


 二回目は大野だった。三回目も大野だった。


 四回目から、陽菜が続けて間違えた。


 陽菜は五回続けて飲んだ。喉のところを手で押さえていた。


「もう無理」


「まだ二周目だよ」


「無理だって」


 陽菜は笑っていた。笑いながら、コップを持った。


 和彦はカメラの後ろにいた。ルールを頭の中でなぞって、それから数を数えた。


 その日、陽菜の番に当たる倍数が、ほかの人より二つ多かった。


 和彦はもう一度、数え直した。二回とも同じだった。


 仁科が決めた順番だった。


 和彦は、それを言わなかった。言うほどのことではないと思った。順番はくじで決めていない。決めていないから、偏る。偏るのは、たまたまだった。


 和彦はカメラの角度を直した。


 センブリ茶の匂いは、草の匂いだった。


 注ぐと湯気が上がって、部屋に薄く広がる。苦いのは匂いでも分かった。里佳が「これ無理」と言って、鼻をつまんだ。


 和彦はコップの数を数えた。八つ出ている。使われているのは、六つだった。


      *


 六周目で、陽菜が机に伏せた。


「ちょっと待って」


「大丈夫?」


「だいじょうぶ。苦い」


 陽菜は顔を上げた。目が赤かった。焦点は、そのときはまだ合っていた。


 誰かが背中をさすった。誰の手だったかは、和彦の位置から見えた。


 和彦はカメラを止めなかった。


      *


 九時過ぎに、陽菜が動かなくなった。伏せたまま、返事はする。返事はするが、間が長い。里佳が肩を叩いて、「寝る?」と訊いた。陽菜は「寝ない」と言った。


 和彦はカメラを止めた。止めてから、机の上を見た。


 小さいシートが出ている。空いていた。


 和彦は種類を数えた。四つあった。


 いつもは一つか、二つだった。


 和彦は、それが何かを訊かなかった。訊く相手を考えた。仁科はノートを書いている。大野は缶を開けている。里佳は陽菜の背中に手を置いている。


 和彦はシートを見た。見てから、目を戻した。


      *


 十時に解散した。陽菜は瀬川と里佳が送っていった。大野が「明日、平気かな」と言った。仁科が「平気でしょ」と言った。


 和彦は機材を片づけた。片づけながら、その日撮った時間を足した。


 合計で、二時間七分になっていた。


 足りていた。


      *


 和彦は最後に部屋を出た。


 電気を消すと、机の上のものが影になる。缶と、コップと、それから小さいものが端に残っていた。


 和彦は手を伸ばしかけて、伸ばさなかった。ドアを閉めて、鍵をかけた。鍵は冷たかった。


      *


 編集は四日かかった。


 二本ぶんにした。一本目がドッキリで、二本目が打ち上げだった。


 打ち上げのほうを切っているとき、和彦は背中に置かれた手のところで止まった。


 手だけが映っている。顔は入っていない。


 和彦はそこを切った。


 理由は、手だけ映っていても意味が分からないからだった。


 シートは映っていなかった。机の端で、カメラの画角の外にある。和彦は素材を三回確かめた。三回とも、映っていなかった。


 映っていないので、切る必要もなかった。


      *


 二本目が伸びた。打ち上げの回が、その月でいちばん高い数字になった。


 コメントは二万を越えた。


  〈素の感じが一番好き〉


  〈これからも打ち上げ出してほしい〉


  〈宮下さん飲みすぎで草〉


 和彦は二つ目を三回読んだ。


      *


 その週から、打ち上げは毎回撮ることになった。仁科が表に列を足した。「打ち上げ」と書いて、線を一本引いた。


 和彦はカメラを机の端に置きっぱなしにした。片づける手間が減った。


      *


 三日後、陽菜が来た。


「あたし、あの日のこと、あんまり覚えてない」


「センブリ茶ですか?」


「うん。苦かったのは覚えてる」


 陽菜は笑った。笑い方は、いつもと同じだった。


「そのあとは飛んでる」


      *


 次の企画は、撮り直しだった。二週間前に出した回の続きを撮ることになった。同じ画で、同じ服で、続きを撮る。


 陽菜が来て、着替えて、机の前に座った。


 座ってから、「ちょっと痛い」と言った。


「どこがですか?」


「なんでもない」


「痛いって」


「昨日ぶつけたの」


 仁科が鞄から小さい容器を出した。中身は透明だった。


「これ、塗って」


「なにこれ」


「歯医者で使うのと同じやつ」


 陽菜は受け取った。受け取って、言われたところに塗った。


「効きます、それ」


 大野が言った。


「効くよ」


「塗るだけで?」


「塗るだけで」


 仁科は容器を鞄に戻した。


 和彦は、それ以上訊かなかった。


      *


 撮り直しは、十一回やった。声が枯れる前に終わった。


 同じ台詞を同じ位置で、十一回。陽菜は一度も止まらなかった。表情も変わらなかった。


 和彦はテイクの数を数えた。十一だった。


 前は、四回か五回で終わっていた。


 編集は楽だった。同じ画が十一本あるので、いちばん良いところを選べる。選んで、繋ぐ。繋ぎ目が分からない。


 和彦は、その回をいちばん短い時間で仕上げた。


 六時間だった。


      *


 五時十分に、打ち上げが始まった。


 カメラは机の端で回っている。誰も、それを気にしなくなっていた。


 大野が袋を提げてきた。瀬川が缶を配った。仁科はノートを開いたまま座った。


 時計は五時十分だった。


「一万一千四百」


「はい」


「今週、二本出したんだよな」


「二本です」


「よく撮れたな」


「はい」


      *


 少ししてから、里佳が缶を置いた。置いてから、陽菜のほうを見た。


「いや、あの日は大変だったね」


「大変でした」


「陽菜、平気だったの?」


「平気って言ってました」


「ならよかった」


 里佳は缶を口に運んだ。飲んでから、机に置いた。


 陽菜は隣で笑っていた。その話が出ているあいだ、一度も口を挟まなかった。


 カメラは机の端で回っている。


 誰も、そのあと、その話をしなかった。


 和彦はレシートを二つ折りにした。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  一万一千四百円  大野立替  二月十二日


 和彦は、その週に撮った時間をもう一度足した。


 合計は、二時間七分だった。


 足りた理由の欄は、なかった。


      *


  〈打ち上げ、初めて撮ってみた〉


  二十三分十秒/再生 1,640,000


  〈これからも打ち上げ出してほしい〉

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