いってみた
十二月だった。年内はあと二本しか出せない。和彦は指を折って確かめる。
次はホストだった。
「行くだけ?」
「行くだけ。客として」
仁科がノートを広げた。
「里佳が行って、和彦くんが撮る」
「顔、映していいんですか?」
「向こうが映していいって言ってる。そういう店を選んだから」
*
店は同じ駅の西口にあった。
東口の店から歩いて七分だった。和彦は歩きながら、その距離を測った。測る必要はなかった。
中は明るかった。キャバクラより明るい。天井が見える。音楽は同じくらいの音量で、曲が違った。
男が四人並んで挨拶した。四人とも背が高い。髪の形がそれぞれ違って、服の色も違った。
里佳が「わ」と言った。言ってから、口を押さえた。
席は奥だった。革の椅子で、座ると音がする。
氷の匂いがした。おしぼりは熱くて、里佳が指先だけで持った。和彦は機材の位置を三度直した。三度目で、ようやく肘が当たらなくなった。
ついたのは、リュウという人だった。
二十代の後半に見えた。声が低くて、笑うと少し高くなる。座り方が浅くて、体がこちらへ向いていた。
「今日は撮影なんですよね」
「そうです」
「じゃあ、ちゃんとしないと」
リュウが笑うと、里佳も笑った。
*
最初の三十分で、里佳の話し方が変わった。語尾が短くなって、相槌が増える。声の高さが少し上がった。
和彦はカメラの後ろで、それを聞いていた。
「あの、訊いていいですか?」
里佳が言った。
「どうぞ」
「ホストって、女の子に借金させるって聞くんですけど」
リュウはグラスを置いた。置いてから、まっすぐ里佳を見た。
「うち、それは一切やってないです」
「一切ですか?」
「一切です。売掛は作らない。払える範囲で遊んでもらう。それがうちのやり方なので」
里佳が黙った。黙ってから、「かっこいい」と言った。
「いや、普通のことなんで」
「普通じゃないですよ」
「普通です」
リュウは笑った。笑い方が、そこだけ短かった。
「潰れる子が出たら、うちが困るんで」
里佳はそこから、ずっと笑っていた。肘を机に置いて、顔を近づけて、話を聞いている。聞きながら、何度もうなずいた。うなずくたびに、髪が肩で動いた。
和彦はカメラを構えていた。
構えたまま、これは演技なのかどうかを考えた。考えて、分からなかった。
*
和彦は喉が渇いていた。
水をもらって、二杯飲んだ。飲んでも渇きが引かない。空調が強くて、鼻の奥が乾いていた。
立ちっぱなしで、膝の裏が張っている。カメラを持つ腕を、途中で右から左へ替えた。
*
テキーラが出たのは、二時間目だった。
小さいグラスで、里佳は三杯飲んだ。三杯目のあと、机に肘をついて、少しのあいだ動かなかった。
「大丈夫っすか」
「だいじょうぶ」
「無理しないでくださいね」
「してない」
里佳は顔を上げた。上げてから、笑った。
目の焦点は、合っていた。
*
撮影は、そこで終わった。和彦がカメラを止めて、伝票をもらった。
金額は九万八千円だった。
*
帰りに、里佳が「楽しかった」と言った。
「そうですか」
「うん。あの人、いい人だよ」
「そうですね」
「ほんとにいい人。ああいう人、いるんだね」
里佳は歩きながら、そう言った。足元が少しふらついて、和彦は半歩ぶん、そちら側へ寄った。
寄っただけで、支えはしなかった。
*
編集は三日かかった。三時間半が、十九分になった。
和彦は「うち、それは一切やってないです」のところを、真ん中に置いた。前に置くと説明になる。後ろに置くと、そこで終わってしまう。
里佳がテキーラを飲むところは、最後に置いた。
*
出したのは土曜だった。日曜に六十万。月曜に百五十万になった。これまででいちばん高い数字だった。
コメントは三万を越えた。
〈リュウさん誠実すぎる〉
〈ホストのイメージ変わった〉
〈本間さん完全に落ちてて草〉
和彦は三つ目を三回読んだ。
和彦は伝票を作った。飲み代は九万八千円。項目名は「取材費」にした。
次の週、店から連絡が来た。〈動画を見たという方から、ご予約を三件いただきました〉と書いてある。
文の下に、金額が書いてあった。
和彦はそれを「広告費」で通した。
仁科が表に列を足した。列は二本ある。一本は東口の店へ「働きに行った人」。もう一本は西口の店へ「客として行った人」。
和彦は両方に数字を入れた。入れながら、名前の欄を見た。
名前は入れないことになっている。入れる欄も無い。
ただ、店から来る連絡には、名前が書いてあった。
*
十一月に、和彦は気づいた。西口の店へ行った客の一人の名前が、東口の店の応募者の名前と同じだった。
和彦は二つの連絡文を並べた。
姓と名が一致している。読みも同じだった。
和彦は画面から目を離した。
目の奥が痛い。指の先が冷たくなっていて、握ると関節が鳴った。
和彦は日付を確かめた。
西口へ行ったのが九月。東口に応募したのが十一月。
あいだは二か月だった。
和彦は、それを誰にも言わなかった。言う相手を考えた。恵那は来ていない。仁科は表を作っている人だから、たぶん先に気づいている。
和彦は表を閉じた。
閉じてから、もう一度開いた。二本の列は、そのまま並んでいた。
*
和彦は数字を出した。西口へ送った客は、その月で十四人。東口へ働きに行った人は、九人。
同じ名前は一つだけだった。
一つだけなら、たまたまだと和彦は思った。思ってから、その計算をしなかったことに気づいた。
*
十二月に、リュウが辞めた。店からの連絡に、そう書いてある。理由は書いていない。
和彦は動画を開いた。「うち、それは一切やってないです」のところを、もう一度通した。
言い方は、いまでも本当に聞こえた。
*
一月に、東口の店長からメールが来た。
〈おかげさまで、人が足りています〉と書いてある。文の下に、また金額が並んでいた。
和彦は金額を伝票に写した。写しながら、前の月の行を見た。同じ項目名が、縦に十二個並んでいる。
十二個とも、間違ってはいなかった。
*
五時二十分に、打ち上げが始まった。
この二か月、恵那は一度も来ていない。
大野が袋を提げてきた。瀬川が缶を配った。仁科は座って、ノートを鞄に入れた。
時計は五時二十分だった。
「一万二百」
「はい」
「里佳、また行きたいって?」
大野が訊いた。
「行かない」
「なんで」
「一回でいいの、ああいうのは」
里佳はそう言って、缶を持った。
和彦は、その言い方をどこかで聞いた気がした。どこでかは、思い出せなかった。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 一万二百円 大野立替 十二月四日
取材費 九万八千円 杉本立替 九月二十日
その下に、広告費が二行ある。東口の分と、西口の分だった。
項目名は、二つとも同じだった。
*
年が明けて、和彦は表をもう一度並べ替えた。
二本の列を、日付順ではなく名前順にした。名前順にすると、同じ字が縦に並ぶ。
同じ名前は、二つになっていた。
和彦はその二行を、しばらく見ていた。見てから、日付順に戻した。戻すと、二行は離れて、見えなくなった。
*
〈ホストクラブ、初めて行ってみた〉
十九分四十秒/再生 1,520,000
〈リュウさん誠実すぎる〉




