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映える  作者: シズ
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17/25

いってみた

 十二月だった。年内はあと二本しか出せない。和彦は指を折って確かめる。


 次はホストだった。


「行くだけ?」


「行くだけ。客として」


 仁科がノートを広げた。


「里佳が行って、和彦くんが撮る」


「顔、映していいんですか?」


「向こうが映していいって言ってる。そういう店を選んだから」


      *


 店は同じ駅の西口にあった。


 東口の店から歩いて七分だった。和彦は歩きながら、その距離を測った。測る必要はなかった。


 中は明るかった。キャバクラより明るい。天井が見える。音楽は同じくらいの音量で、曲が違った。


 男が四人並んで挨拶した。四人とも背が高い。髪の形がそれぞれ違って、服の色も違った。


 里佳が「わ」と言った。言ってから、口を押さえた。


 席は奥だった。革の椅子で、座ると音がする。


 氷の匂いがした。おしぼりは熱くて、里佳が指先だけで持った。和彦は機材の位置を三度直した。三度目で、ようやく肘が当たらなくなった。


 ついたのは、リュウという人だった。


 二十代の後半に見えた。声が低くて、笑うと少し高くなる。座り方が浅くて、体がこちらへ向いていた。


「今日は撮影なんですよね」


「そうです」


「じゃあ、ちゃんとしないと」


 リュウが笑うと、里佳も笑った。


      *


 最初の三十分で、里佳の話し方が変わった。語尾が短くなって、相槌が増える。声の高さが少し上がった。


 和彦はカメラの後ろで、それを聞いていた。


「あの、訊いていいですか?」


 里佳が言った。


「どうぞ」


「ホストって、女の子に借金させるって聞くんですけど」


 リュウはグラスを置いた。置いてから、まっすぐ里佳を見た。


「うち、それは一切やってないです」


「一切ですか?」


「一切です。売掛は作らない。払える範囲で遊んでもらう。それがうちのやり方なので」


 里佳が黙った。黙ってから、「かっこいい」と言った。


「いや、普通のことなんで」


「普通じゃないですよ」


「普通です」


 リュウは笑った。笑い方が、そこだけ短かった。


「潰れる子が出たら、うちが困るんで」


 里佳はそこから、ずっと笑っていた。肘を机に置いて、顔を近づけて、話を聞いている。聞きながら、何度もうなずいた。うなずくたびに、髪が肩で動いた。


 和彦はカメラを構えていた。


 構えたまま、これは演技なのかどうかを考えた。考えて、分からなかった。


      *


 和彦は喉が渇いていた。


 水をもらって、二杯飲んだ。飲んでも渇きが引かない。空調が強くて、鼻の奥が乾いていた。


 立ちっぱなしで、膝の裏が張っている。カメラを持つ腕を、途中で右から左へ替えた。


      *


 テキーラが出たのは、二時間目だった。


 小さいグラスで、里佳は三杯飲んだ。三杯目のあと、机に肘をついて、少しのあいだ動かなかった。


「大丈夫っすか」


「だいじょうぶ」


「無理しないでくださいね」


「してない」


 里佳は顔を上げた。上げてから、笑った。


 目の焦点は、合っていた。


      *


 撮影は、そこで終わった。和彦がカメラを止めて、伝票をもらった。


 金額は九万八千円だった。


      *


 帰りに、里佳が「楽しかった」と言った。


「そうですか」


「うん。あの人、いい人だよ」


「そうですね」


「ほんとにいい人。ああいう人、いるんだね」


 里佳は歩きながら、そう言った。足元が少しふらついて、和彦は半歩ぶん、そちら側へ寄った。


 寄っただけで、支えはしなかった。


      *


 編集は三日かかった。三時間半が、十九分になった。


 和彦は「うち、それは一切やってないです」のところを、真ん中に置いた。前に置くと説明になる。後ろに置くと、そこで終わってしまう。


 里佳がテキーラを飲むところは、最後に置いた。


      *


 出したのは土曜だった。日曜に六十万。月曜に百五十万になった。これまででいちばん高い数字だった。


 コメントは三万を越えた。


  〈リュウさん誠実すぎる〉


  〈ホストのイメージ変わった〉


  〈本間さん完全に落ちてて草〉


 和彦は三つ目を三回読んだ。


 和彦は伝票を作った。飲み代は九万八千円。項目名は「取材費」にした。


 次の週、店から連絡が来た。〈動画を見たという方から、ご予約を三件いただきました〉と書いてある。


 文の下に、金額が書いてあった。


 和彦はそれを「広告費」で通した。


 仁科が表に列を足した。列は二本ある。一本は東口の店へ「働きに行った人」。もう一本は西口の店へ「客として行った人」。


 和彦は両方に数字を入れた。入れながら、名前の欄を見た。


 名前は入れないことになっている。入れる欄も無い。


 ただ、店から来る連絡には、名前が書いてあった。


      *


 十一月に、和彦は気づいた。西口の店へ行った客の一人の名前が、東口の店の応募者の名前と同じだった。


 和彦は二つの連絡文を並べた。


 姓と名が一致している。読みも同じだった。


 和彦は画面から目を離した。


 目の奥が痛い。指の先が冷たくなっていて、握ると関節が鳴った。


 和彦は日付を確かめた。


 西口へ行ったのが九月。東口に応募したのが十一月。


 あいだは二か月だった。


 和彦は、それを誰にも言わなかった。言う相手を考えた。恵那は来ていない。仁科は表を作っている人だから、たぶん先に気づいている。


 和彦は表を閉じた。


 閉じてから、もう一度開いた。二本の列は、そのまま並んでいた。


      *


 和彦は数字を出した。西口へ送った客は、その月で十四人。東口へ働きに行った人は、九人。


 同じ名前は一つだけだった。


 一つだけなら、たまたまだと和彦は思った。思ってから、その計算をしなかったことに気づいた。


      *


 十二月に、リュウが辞めた。店からの連絡に、そう書いてある。理由は書いていない。


 和彦は動画を開いた。「うち、それは一切やってないです」のところを、もう一度通した。


 言い方は、いまでも本当に聞こえた。


      *


 一月に、東口の店長からメールが来た。


 〈おかげさまで、人が足りています〉と書いてある。文の下に、また金額が並んでいた。


 和彦は金額を伝票に写した。写しながら、前の月の行を見た。同じ項目名が、縦に十二個並んでいる。


 十二個とも、間違ってはいなかった。


      *


 五時二十分に、打ち上げが始まった。


 この二か月、恵那は一度も来ていない。


 大野が袋を提げてきた。瀬川が缶を配った。仁科は座って、ノートを鞄に入れた。


 時計は五時二十分だった。


「一万二百」


「はい」


「里佳、また行きたいって?」


 大野が訊いた。


「行かない」


「なんで」


「一回でいいの、ああいうのは」


 里佳はそう言って、缶を持った。


 和彦は、その言い方をどこかで聞いた気がした。どこでかは、思い出せなかった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  一万二百円  大野立替  十二月四日


   取材費   九万八千円  杉本立替  九月二十日


 その下に、広告費が二行ある。東口の分と、西口の分だった。


 項目名は、二つとも同じだった。


      *


 年が明けて、和彦は表をもう一度並べ替えた。


 二本の列を、日付順ではなく名前順にした。名前順にすると、同じ字が縦に並ぶ。


 同じ名前は、二つになっていた。


 和彦はその二行を、しばらく見ていた。見てから、日付順に戻した。戻すと、二行は離れて、見えなくなった。


      *


  〈ホストクラブ、初めて行ってみた〉


  十九分四十秒/再生 1,520,000


  〈リュウさん誠実すぎる〉

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