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映える  作者: シズ
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16/25

当たってる

 占い師を呼ぶことにしたのは、仁科だった。恵那には何も言っていない。


「当たる人がいるの」


「当たるんですか?」


「当たるって、そういう企画でしょ」


 仁科はノートを開いた。名前が一つ書いてある。レイ、と片仮名で書いてあった。


「男の人ですか?」


「男の人。男の人が好きな人」


「それ、言うんですか?」


「本人が言ってる。だから言う」


 レイは四十代に見えた。背が高くて、痩せている。声は低いが、よく通った。部屋に入ってきたとき、靴を揃えてから、机の位置を一度だけ直した。


「ここ、少しずらしていいですか?」


「どうぞ」


 三十センチだけ動かして、それで満足したらしかった。


 仁科は前の週から、レイと連絡を取っていた。和彦はそれを知らなかった。知ったのは、あとになってからだった。


      *


 最初に座ったのは陽菜だった。レイはカードを並べなかった。手も見なかった。ただ、正面から見た。


「あなた、朝ごはん食べてないでしょう」


「え」


「今日だけじゃない。ずっと」


 陽菜が笑った。笑ったが、笑い方が短かった。


「なんで分かるんですか?」


「顔に出てる」


      *


 そこから、全部当たった。去年の秋に、誰かと別れたこと。それを人に話していないこと。夜に寝つけないこと。携帯を伏せて置く癖があること。


 陽菜は途中から何も言わなくなった。言わないまま、うなずいていた。


 和彦はカメラを構えていた。構えたまま、指の位置を直した。


 里佳のときも同じだった。


「あなた、人に頼まれるとやるでしょう」


「やります」


「やって、あとで疲れるでしょう」


「疲れます」


「疲れてるって、言わないでしょう」


 里佳は口を開けて、閉じた。閉じてから、笑おうとした。笑いきらなかった。


      *


 三十分過ぎたところで、レイの声が変わった。大きくはならない。低くなった。


「あのね、二人とも。このままだと駄目になるよ」


 部屋の音が落ちた。


「あなたは、選ばれてると思ってるでしょう」


 レイは陽菜のほうを見ていた。


「思ってます」


「選ばれてない。使われてるの」


 陽菜の顔が動かなくなった。指がスカートの布を握っていた。


「あなたが持ってるのは、証明書。ミスコンとか、そういうもの。それがあるから、そこにいるの」


「はい」


「顔じゃない。あなたのことを一番きれいだって思ってる人は、あの部屋にいない」


 陽菜が何か言おうとした。言おうとして、声にならなかった。


      *


 レイは里佳のほうへ向き直った。


「あなたは、正しいほうにいたいだけ」


「そんなことないです」


「あるよ。誰かが壊れてるのを見て、自分は大丈夫って思ってる」


 里佳が「思ってないです」と言った。声が大きかった。


「思ってなくてもいい。でも、それはあなたを守らないから」


 陽菜が先に泣いた。声は出さなかった。目のところを手で押さえて、そのまま動かなかった。


 里佳は少し遅れた。遅れて、顔をそむけて、それから両手で顔を覆う。指のあいだから息の音がした。


 和彦はカメラを止めなかった。止めるという考えが、そのときも浮かばない。指がスイッチの上にあって、そこで止まっていた。


 仁科はノートを開いていた。


 手は止まらない。書いている。何を書いているのかは、和彦の位置からは見えない。


      *


 十分ほどして、レイの声が戻った。低いままで、少し柔らかくなっている。


「泣かせるつもりじゃなかったの。ごめんね」


「いえ」


「でもね、二人とも、まだ間に合うから」


 レイは机に手を置いた。指を組まずに、平らに置いた。


「一つだけ言うね。自分のことを誰かに決めさせない。それだけ」


 陽菜がうなずいた。里佳もうなずいた。


      *


 そのあと、レイは具体的なことを言った。朝に何を食べるか。夜に携帯をどこに置くか。断るときに何と言うか。


 全部、その場でできることだった。


 陽菜がメモを取った。取るのを、和彦は初めて見た。


      *


 終わったのは八時前だった。


 レイが帰り支度をしていると、仁科が近づいた。


 二人が何か話していた。和彦は機材を片づけていて、聞こえなかった。


      *


 帰りぎわ、レイがドアのところで止まった。


 止まって、仁科のほうを向いた。


「あなたもね」


「え」


「あなた、自分のこと何も言わなかったでしょう」


 仁科はノートを持っていた。持ったまま、動かなかった。


      *


「体を軽く使う人がいる。悪いことじゃない。でもね、あなたの場合は、そうしないと足りない状態になってる」


 部屋の音が消えた。


「足りないのは、そっちじゃないよ」


「なんの話ですか?」


「分かってるでしょう」


 レイは笑った。優しい笑い方だった。


「ちゃんと欲しがっていいの。言えばいいだけ」


 仁科は何も言わなかった。


 顔は動かない。手も動かない。ノートを持ったまま、立っていた。


 レイは頭を下げて、出ていった。


 ドアが閉まる音がした。


 仁科が振り返った。ノートは持ったままだった。


「杉本くん」


「はい」


「今回、あたしが切るから」


「編集をですか?」


「うん」


「大丈夫ですけど、時間かかりますよ」


「いいから」


 仁科はカードを抜いて、鞄に入れた。入れてから、ノートも入れた。


 和彦は訊かなかった。訊く理由が見つからなかった。仁科は編集ができる。表を作る人だから、手は早い。時間はかかるが、できないことではない。


 和彦はそう思った。思って、それで終わりにした。


      *


 出たのは五日後だった。二十二分あった。陽菜と里佳が泣くところは、そのまま入っている。叱責も、全部入っていた。


 最後に、優しい助言が入っている。朝のことも、携帯のことも、断り方も、言われたとおりに入っていた。


 見た人は、そこで終わる。


      *


 和彦は素材の長さを確かめた。三時間十四分あった。使われたのは二十二分。残りは、フォルダに入ったままだった。


 和彦はフォルダを開かなかった。


      *


 二日目の夜、和彦はフォルダの前で手を止めた。


 開けば、三時間十四分がある。開かない理由は無い。仕事でもある。


 和彦は開かなかった。開かないと決めたわけでもなかった。ただ、指が動かなかった。


      *


 伸びた。二日で百万を越えた。コメントは二万を越えた。


  〈全部当ててて怖い〉


  〈最後の優しさで泣いた〉


  〈この占い師さん、本物〉


 和彦は上から読んだ。二千件目のあたりまで読んで、そこでやめた。


 どのコメントも、二人のことを書いていた。三人目の話は、一つも無かった。


      *


 三日後の朝、陽菜が早く来た。


「あたし、パン食べてきた」


「そうですか」


「一日だけね」


 陽菜は笑った。笑い方は、いつもと同じだった。


 次の週、陽菜は朝に来なかった。


      *


 五時半に、打ち上げが始まった。


 恵那は来ていない。この一か月、一度も来ていなかった。


 大野が袋を提げてきた。里佳が缶を配った。仁科は座って、缶を一本取った。


 時計は五時三十分だった。


「七千六百」


「はい」


「あの占い師、また呼ぶ?」


 大野が訊いた。


「呼ばない」


 仁科が言った。即答だった。


「なんで。伸びたじゃん」


「二回目は当たらないから」


 誰も、それに何も足さなかった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  七千六百円  大野立替  九月十一日


   鑑定料   五万円    レイ様   九月六日


 鑑定料の項目名の欄には、「取材費」と入れた。


 編集の欄は、その週だけ空いていた。


      *


 十月に、レイからメールが来た。


 〈お二人、その後いかがですか〉と書いてある。短い文だった。


 和彦は返事を打った。〈おかげさまで、二人とも元気です〉。


 打ってから、それを送った。送ってから、元気かどうかを確かめていないことに気づいた。


  〈当たりすぎる占い師に、全部みてもらった〉


  二十二分八秒/再生 1,180,000


  〈最後の優しさで泣いた〉

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