当たってる
占い師を呼ぶことにしたのは、仁科だった。恵那には何も言っていない。
「当たる人がいるの」
「当たるんですか?」
「当たるって、そういう企画でしょ」
仁科はノートを開いた。名前が一つ書いてある。レイ、と片仮名で書いてあった。
「男の人ですか?」
「男の人。男の人が好きな人」
「それ、言うんですか?」
「本人が言ってる。だから言う」
レイは四十代に見えた。背が高くて、痩せている。声は低いが、よく通った。部屋に入ってきたとき、靴を揃えてから、机の位置を一度だけ直した。
「ここ、少しずらしていいですか?」
「どうぞ」
三十センチだけ動かして、それで満足したらしかった。
仁科は前の週から、レイと連絡を取っていた。和彦はそれを知らなかった。知ったのは、あとになってからだった。
*
最初に座ったのは陽菜だった。レイはカードを並べなかった。手も見なかった。ただ、正面から見た。
「あなた、朝ごはん食べてないでしょう」
「え」
「今日だけじゃない。ずっと」
陽菜が笑った。笑ったが、笑い方が短かった。
「なんで分かるんですか?」
「顔に出てる」
*
そこから、全部当たった。去年の秋に、誰かと別れたこと。それを人に話していないこと。夜に寝つけないこと。携帯を伏せて置く癖があること。
陽菜は途中から何も言わなくなった。言わないまま、うなずいていた。
和彦はカメラを構えていた。構えたまま、指の位置を直した。
里佳のときも同じだった。
「あなた、人に頼まれるとやるでしょう」
「やります」
「やって、あとで疲れるでしょう」
「疲れます」
「疲れてるって、言わないでしょう」
里佳は口を開けて、閉じた。閉じてから、笑おうとした。笑いきらなかった。
*
三十分過ぎたところで、レイの声が変わった。大きくはならない。低くなった。
「あのね、二人とも。このままだと駄目になるよ」
部屋の音が落ちた。
「あなたは、選ばれてると思ってるでしょう」
レイは陽菜のほうを見ていた。
「思ってます」
「選ばれてない。使われてるの」
陽菜の顔が動かなくなった。指がスカートの布を握っていた。
「あなたが持ってるのは、証明書。ミスコンとか、そういうもの。それがあるから、そこにいるの」
「はい」
「顔じゃない。あなたのことを一番きれいだって思ってる人は、あの部屋にいない」
陽菜が何か言おうとした。言おうとして、声にならなかった。
*
レイは里佳のほうへ向き直った。
「あなたは、正しいほうにいたいだけ」
「そんなことないです」
「あるよ。誰かが壊れてるのを見て、自分は大丈夫って思ってる」
里佳が「思ってないです」と言った。声が大きかった。
「思ってなくてもいい。でも、それはあなたを守らないから」
陽菜が先に泣いた。声は出さなかった。目のところを手で押さえて、そのまま動かなかった。
里佳は少し遅れた。遅れて、顔をそむけて、それから両手で顔を覆う。指のあいだから息の音がした。
和彦はカメラを止めなかった。止めるという考えが、そのときも浮かばない。指がスイッチの上にあって、そこで止まっていた。
仁科はノートを開いていた。
手は止まらない。書いている。何を書いているのかは、和彦の位置からは見えない。
*
十分ほどして、レイの声が戻った。低いままで、少し柔らかくなっている。
「泣かせるつもりじゃなかったの。ごめんね」
「いえ」
「でもね、二人とも、まだ間に合うから」
レイは机に手を置いた。指を組まずに、平らに置いた。
「一つだけ言うね。自分のことを誰かに決めさせない。それだけ」
陽菜がうなずいた。里佳もうなずいた。
*
そのあと、レイは具体的なことを言った。朝に何を食べるか。夜に携帯をどこに置くか。断るときに何と言うか。
全部、その場でできることだった。
陽菜がメモを取った。取るのを、和彦は初めて見た。
*
終わったのは八時前だった。
レイが帰り支度をしていると、仁科が近づいた。
二人が何か話していた。和彦は機材を片づけていて、聞こえなかった。
*
帰りぎわ、レイがドアのところで止まった。
止まって、仁科のほうを向いた。
「あなたもね」
「え」
「あなた、自分のこと何も言わなかったでしょう」
仁科はノートを持っていた。持ったまま、動かなかった。
*
「体を軽く使う人がいる。悪いことじゃない。でもね、あなたの場合は、そうしないと足りない状態になってる」
部屋の音が消えた。
「足りないのは、そっちじゃないよ」
「なんの話ですか?」
「分かってるでしょう」
レイは笑った。優しい笑い方だった。
「ちゃんと欲しがっていいの。言えばいいだけ」
仁科は何も言わなかった。
顔は動かない。手も動かない。ノートを持ったまま、立っていた。
レイは頭を下げて、出ていった。
ドアが閉まる音がした。
仁科が振り返った。ノートは持ったままだった。
「杉本くん」
「はい」
「今回、あたしが切るから」
「編集をですか?」
「うん」
「大丈夫ですけど、時間かかりますよ」
「いいから」
仁科はカードを抜いて、鞄に入れた。入れてから、ノートも入れた。
和彦は訊かなかった。訊く理由が見つからなかった。仁科は編集ができる。表を作る人だから、手は早い。時間はかかるが、できないことではない。
和彦はそう思った。思って、それで終わりにした。
*
出たのは五日後だった。二十二分あった。陽菜と里佳が泣くところは、そのまま入っている。叱責も、全部入っていた。
最後に、優しい助言が入っている。朝のことも、携帯のことも、断り方も、言われたとおりに入っていた。
見た人は、そこで終わる。
*
和彦は素材の長さを確かめた。三時間十四分あった。使われたのは二十二分。残りは、フォルダに入ったままだった。
和彦はフォルダを開かなかった。
*
二日目の夜、和彦はフォルダの前で手を止めた。
開けば、三時間十四分がある。開かない理由は無い。仕事でもある。
和彦は開かなかった。開かないと決めたわけでもなかった。ただ、指が動かなかった。
*
伸びた。二日で百万を越えた。コメントは二万を越えた。
〈全部当ててて怖い〉
〈最後の優しさで泣いた〉
〈この占い師さん、本物〉
和彦は上から読んだ。二千件目のあたりまで読んで、そこでやめた。
どのコメントも、二人のことを書いていた。三人目の話は、一つも無かった。
*
三日後の朝、陽菜が早く来た。
「あたし、パン食べてきた」
「そうですか」
「一日だけね」
陽菜は笑った。笑い方は、いつもと同じだった。
次の週、陽菜は朝に来なかった。
*
五時半に、打ち上げが始まった。
恵那は来ていない。この一か月、一度も来ていなかった。
大野が袋を提げてきた。里佳が缶を配った。仁科は座って、缶を一本取った。
時計は五時三十分だった。
「七千六百」
「はい」
「あの占い師、また呼ぶ?」
大野が訊いた。
「呼ばない」
仁科が言った。即答だった。
「なんで。伸びたじゃん」
「二回目は当たらないから」
誰も、それに何も足さなかった。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 七千六百円 大野立替 九月十一日
鑑定料 五万円 レイ様 九月六日
鑑定料の項目名の欄には、「取材費」と入れた。
編集の欄は、その週だけ空いていた。
*
十月に、レイからメールが来た。
〈お二人、その後いかがですか〉と書いてある。短い文だった。
和彦は返事を打った。〈おかげさまで、二人とも元気です〉。
打ってから、それを送った。送ってから、元気かどうかを確かめていないことに気づいた。
〈当たりすぎる占い師に、全部みてもらった〉
二十二分八秒/再生 1,180,000
〈最後の優しさで泣いた〉




