面接
コーナーは、里佳が言い出した。
「うちの彼氏、募集していい?」
「募集?」
「応募してもらって、面接すんの」
仁科がノートを開いた。開いて、すぐ書き始めた。
「毎週やる?」
「毎週は無理でしょ」
「隔週」
仁科はそう決めた。恵那には訊かなかった。恵那はその週、一度も来ていない。
フォームは和彦が作った。
項目は仁科が決めた。名前、年齢、住んでいる場所、仕事、身長、それから「強み」。
「学歴、入れます?」
「入れる」
「入れるんですか?」
「入れないと、書いてくる人が出るから」
仁科は定規を置いた。
「欄があるほうが、揃う」
*
一週間で、四百十二件来た。和彦は全部を表に入れた。入れると、並べ替えができる。年齢順、身長順、それから「強み」の文字数順。
文字数順に並べたのは、仁科だった。
「長い人から見る」
「なんでですか?」
「長い人は、来る」
一次に残ったのは十二人だった。選んだのは仁科と里佳で、和彦は数を数えただけだった。
四百十二を十二にする。三十四人に一人になる。和彦は残らなかった四百人のことを、少しのあいだ考えた。考えて、それから表を閉じた。
*
面接は部屋でやった。机を挟んで、里佳が正面に座る。横に仁科が座って、ノートを持つ。和彦はカメラを回した。
一人につき十五分だった。
*
部屋は八月で、暑かった。窓を開けると外の音が入る。閉めると機材の熱がこもる。和彦は開けたり閉めたりして、途中で諦めた。
面接に来る人は、みんな汗をかいていた。ハンカチを出す人と、出さない人がいた。出さない人は、手のひらを膝で拭った。
*
最初の人は、二十六歳の会社員だった。
緊張していた。声が少し高くて、途中で一度、噛んだ。噛んだところで里佳が笑って、その人も笑った。
十五分のうち、後半の八分はうまくいっていた。
終わりに、仁科が席を立った。
「ちょっと、外まで送りますね」
「あ、はい」
二人が出ていった。戻ってきたのは、仁科だけだった。
*
二人目のときも、同じだった。
三人目のときは、仁科が先に立った。相手が立つ前に、ドアのところで待っていた。
和彦はカメラを止めて、機材を片づけていた。片づけながら、その動きを見ていた。
見ていたが、何も思わなかった。仁科は送っているのだと思った。
*
その日、和彦は最後まで残って機材を片づけた。
椅子を戻して、机の位置を直す。床にペットボトルの輪の跡がついていて、指で擦った。擦っても消えなかった。
廊下に出ると、鍵の音がした。誰かが戻ってくる音ではなかった。
*
その回は、伸びた。
九十万を越えた。コメントは一万を越えて、そのほとんどが応募者への感想だった。読むと、名前を覚えている人がいた。
〈一人目の人、いい人そうだった〉
〈本間さん、楽しそう〉
〈次も見たい〉
次も見たいと書いた人が、二千七百いた。
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二回目の募集は、六百件を越えた。三回目は千を越えた。和彦は表を作り直した。列が足りなくなって、横に足した。足すたびに、表の幅が変わる。
仁科が定規で線を引き直した。引き直す音が、部屋の中で続いていた。
*
四回目の収録の日、和彦は数字を確かめた。これまでに面接したのは三十七人だった。
成立したのは、ゼロだった。和彦は、その数字をしばらく見ていた。喉のあたりに、何か引っかかる感じがあった。
「これ、成立しないんですね」
和彦は仁科に言った。
「しないね」
「三十七人です」
「うん」
「成立したら、どうなりますか?」
「終わるでしょ、コーナーが」
仁科はノートを閉じなかった。閉じないまま、次の行に日付を書いた。
「終わったら、次の企画を考えなきゃいけない」
和彦は数字を出した。このコーナーの離脱率は、二十八パーセントだった。ほかの企画の平均も、二十八パーセントだった。
同じだった。和彦はその数字をもう一度確かめた。二回とも同じだ。おかしなところは、どこにも無かった。
和彦は肩を回した。首の後ろが固まっていて、鳴らすと痛かった。目の奥が重い。
*
和彦は表を閉じた。
閉じてから、椅子の背にもたれた。天井の蛍光灯は一本切れている。切れたままで、誰も替えていない。
仁科は送っている。それだけだ。和彦はそう思った。思ってから、水を飲んだ。ぬるかった。
*
五回目に、断った人がいた。断ったのは仁科のほうだった。三十一歳の男で、書類の文字数がいちばん長かった人だった。
「今日は、うちが送らないので」
「え」
「駅、そこなので」
男は少し立ち止まって、それから帰った。
和彦は機材を持ったまま、その様子を見ていた。
「送らないんですか?」
和彦が訊くと、仁科は「うん」と言った。
「あの人、目が」
「目?」
「なんでもない」
仁科はノートを鞄に入れた。入れてから、髪を一度耳にかけた。
「選べるうちは、選ぶよ」
和彦は、その言葉の意味が分からなかった。分からないまま、うなずいた。
*
六回目の日、和彦は仁科の手を見た。
ノートを持っている。ペンは動いている。面接のあいだ、一度も止まらなかった。相手が喋っているときも、里佳が笑っているときも、同じ速さで動いていた。
和彦はその手をしばらく見ていた。見てから、カメラに目を戻した。
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六回目のあと、里佳が言った。
「うちのこれ、いつまでやるの?」
「決まってないです」
「誰か選ばなきゃ終わんないよね」
「そうですね」
「じゃあ、選ぼうかな」
里佳はそう言って、笑った。笑ってから、続けなかった。
*
七回目の途中で、里佳がカンペから目を上げた。
「ねえ、なんか来る人、全部似たり寄ったりじゃない?」
カメラは回っていた。
「似たりって?」
「同じこと書いてくるし、同じこと言うし」
仁科が手を上げた。上げたのは、指を二本だけだった。
「そこ、使わないで」
「はい」
和彦はタイムコードを控えた。四十七分十二秒から、五十秒ぶんだった。
里佳はそのあと、同じ話をしなかった。
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次の回も、成立しなかった。
*
その月、コーナーは八回になった。面接したのは六十四人。成立はゼロ。応募は累計で四千件を越えた。
和彦は四千という数字を打ち込んだ。打ちながら、その数を分母にした計算をしそうになって、やめた。
やめた理由は、自分でも分からない。指はキーの上に残っていた。
*
五時四十分に、打ち上げが始まった。
恵那は来ていない。この二週間、一度も来ていなかった。
大野が袋を提げてきて、里佳が缶を配った。仁科はノートを鞄に入れてから座った。座ってから、缶を一本取った。
その日は、開けた。
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「九千百」
「はい」
「里佳、いつ誰か選ぶの?」
大野が訊いた。
「選ばないよ」
「なんで」
「うち、そういうんじゃないもん」
里佳は笑った。
仁科は何も言わなかった。缶を持って、口をつけて、それから机に置いた。
置いた場所は、置く前と同じところだった。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 九千百円 大野立替 八月七日
交通費 一万二千八百円 杉本立替 八月五日
交通費は、面接に来た人に渡した分だった。八人ぶんで、一人千六百円。金額は全員同じにした。
揃うほうが、変に見えない。
*
九月に、応募者の一人からメールが来た。
三回目に面接した人だった。〈その後、どうなったか教えてもらえますか〉と書いてある。丁寧な文で、最後に「動画は毎回見ています」と付いていた。
和彦は返事を打った。〈今回はご縁がありませんでした。ありがとうございました〉。
打ってから、それを三回読み直した。読み直しても、直すところは無かった。
〈彼氏募集コーナー #8〉
十六分二十秒/再生 905,000
〈次も見たい〉




