白熱
企画は討論だった。
「日本は、性に対して寛容すぎるか」
恵那が言った題は、それだけだった。二派に分けて、専門家を呼んで、戦わせる。司会は里佳がやる。
「戦わせるんですか?」
「意見が割れるように並べるだけ」
恵那は指を動かしていた。名前が四つ並んでいる。
「割れないと、途中で終わるから」
四人が来た。法学の准教授と、社会学の研究者と、それから支援団体の人が二人。二人のうち一人は女性で、もう一人は五十代の男だった。
支援団体の二人は、同じ側に置かれた。
「同じ側でいいんですか?」
和彦が訊くと、恵那は「よくない」と言った。
「じゃあ」
「分けて」
「でも、意見は近いです」
「近いところを離すのが、いちばん熱くなるの」
*
収録は部屋ではやらなかった。
大学の空き教室を借りた。机をコの字に並べて、真ん中にマイクを置く。カメラは三台にした。
和彦は正面の一台を持った。持ちながら、四人の名札を確かめた。名札は仁科が作った。書体が揃っていて、字の大きさも同じだった。
*
教室は暑かった。五月なのに窓が開かない造りで、機材の熱がこもる。チョークの匂いが薄く残っていた。
和彦は上着を脱いだ。脱いでも、背中に汗が伝った。マイクの位置を直すとき、指がケーブルに引っかかって、爪が少しめくれた。
*
始まって十分で、熱くなった。
法学の人が制度の話をして、支援の男が「現場ではそうならない」と言った。言い方は静かだった。静かだが、途中で相手の言葉に重ねた。
重ねられた側が、もう一度最初から言い直した。
里佳が「ちょっと待ってください」と入った。入ったところで、社会学の人が笑った。笑ってから、こう言った。
「いまの、まさに縮図ですよね」
部屋が一度、静かになった。
*
四十分ほどして、支援団体の女性が手を上げた。
「あの、一旦落ち着きませんか?」
声は大きくなかった。それでも通った。
「ちょっと、話が噛み合ってないので」
里佳が「じゃあ、五分休憩します」と言った。
*
五分のあいだ、四人は喋らなかった。
法学の准教授が窓のほうを向いて、支援の男が携帯を出した。社会学の人は水を飲んだ。支援団体の女性だけが、手元の紙を見ていた。
和彦はカメラを止めなかった。
*
再開すると、また同じ形になった。
*
和彦は数えた。遮った回数は、一時間で三十一回あった。内訳は、寛容でいい側が十四、厳しくすべき側が十七。
喋った長さも測った。合計で、二十六分と二十九分だ。差は三分しかない。その三分のあいだに、三十一回遮っている。
*
一時間半を過ぎたころだった。
支援団体の女性が、こう言った。
「あの、たぶんですけど、緩いか厳しいかじゃないんです」
部屋の音が落ちた。
「厳しくしても、逃げられない人は逃げられない。緩くても、逃げられる人は逃げられる。問題は、逃げられるかどうかなんです」
法学の准教授が、少し黙った。黙ってから、うなずいた。
「それは、そうですね」
「そうなんですよ」
厳しくすべき側の男も「その点は同じです」と言った。
四人が、そこで一度、同じ側になった。
和彦はカメラを構えていた。
構えたまま、その二分ほどを撮った。撮っているあいだ、部屋の温度が下がったように感じた。
誰も遮らなかった。
*
里佳が次の質問を出して、また割れた。
割れたところから、あとの四十分は元に戻った。声が大きくなって、机を叩く音が入って、途中で一人が席を立ちかけた。
終わったのは八時前だった。
四人は握手をして帰った。帰りぎわ、支援の女性が里佳に「いい企画ですね」と言った。里佳が「ありがとうございます」と言った。
*
帰りに、和彦は機材を運んだ。
三脚が肩に食い込む。教室から駐車場までが遠くて、途中で一度置いた。置いた場所は自販機の前で、低い音が鳴っていた。
缶を一本買った。冷たくて、手のひらが痺れた。
*
編集は四日かかった。
三時間二十分が、二十四分になった。和彦は最初、合った二分を残した。残して、通してみた。
通すと、そこで止まった。熱が下がって、そのあとの四十分が繰り返しに見えた。
和彦は、その二分を外した。
外すと、繋がった。割れたまま最後まで行って、割れたまま終わる。そのほうが速い。息を継ぐところが無いぶん、短く感じた。
*
和彦は外した二分を、別のフォルダへ移した。
フォルダの名前は「使わない」だった。中には、もう十いくつか入っている。
五分の休憩も、そこに入れた。手を上げたところから、再開までを丸ごと切ってある。
移してから、和彦は一度だけ、それをもう一度通した。
問題は、逃げられるかどうかなんです。
和彦はそれを止めた。止めた指が、しばらく動かなかった。
*
「切ったの?」
恵那が訊いた。
「切りました」
「なんで」
「そこで熱が下がるので」
「うん」
恵那はそれ以上、何も訊かなかった。
「合ってると思います?」
「合ってるよ」
恵那は画面を見ていた。
「伸びないところは、外していいの」
*
出したのは土曜だった。
日曜に三十万。月曜に八十万。火曜で百二十万を越えた。この作品でいちばん高い数字になった。
コメントは二万を越えた。
〈完全に論破されてて草〉
〈支援団体の人が一番説得力あった〉
〈こういう議論もっとやってほしい〉
和彦は上から三百まで読んだ。三百のうち、どちらが勝ったかを書いているものが百八十四あった。
和彦は勝敗ごとに数字を分けてみた。寛容でいい側が勝ったと書いた人が九十一。厳しくすべき側が勝ったと書いた人が九十三。
ほとんど同じだった。差は二人しかない。
和彦はもう一つ数えた。この動画を最後まで見た人の割合は、六十一パーセントだった。前の回は四十二パーセントだった。
どちらが勝っても、数字は同じになる。
*
その夜、部屋は静かだった。誰もいない。廊下で水の音がして、止まった。
和彦は椅子に深く座って、目を閉じた。閉じても、二分の声が耳に残っている。声は低くて、少し掠れていた。
目を開けて、和彦は数字の画面に戻った。
*
水曜に、支援団体の女性からメールが来た。
短い文だった。〈拝見しました。ありがとうございました〉と書いてある。それだけだった。
和彦は返事を打った。打ちながら、二分のことを書こうとして、書かなかった。
*
その週、和彦は伝票を作った。
出演の欄がある。四人ぶんの行を作って、金額の欄まで来た。
「これ、いくらですか?」
「なにが」
「出演料です」
恵那は数字の画面を見たままだった。
「無いよ」
「無い」
「うん。話してないから」
「話してないというのは」
「金の話。誰もしてない」
恵那は指を止めた。
「向こうも訊かなかったでしょ」
「訊かれてないです」
「じゃあ、無い」
和彦は金額の欄を空けたままにした。四行とも空いている。
交通費だけがあった。四人とも同じ額で、千二百四十円。同じ駅から来たわけではない。一律にしたのは仁科だった。
「なんで同じなんですか?」
「そのほうが揃うから」
「揃うと、どうなるんですか?」
「見たとき、変に見えない」
仁科は定規を置いた。
*
誰も文句を言わなかった。四人のうち三人が、その後もSNSで動画を紹介した。紹介すると、また少し数字が動いた。
和彦は動いた分を数えた。四千二百だった。
*
六時に、恵那が帰った。
閉まってから、大野が袋を提げてきた。百二十万いったからやるという言い方だった。
里佳が「うち、司会うまくなったと思わない?」と言った。
「うまかったです」
「でしょ」
時計は六時十五分だった。
「七千四百」
「はい」
「あの先生たち、いくら払ったの?」
大野が訊いた。
「払ってないです」
「え、ただ?」
「ただです」
「まじか。安いな」
大野は笑った。ほかにも何人か笑った。
和彦は笑わなかった。笑わなかったが、否定もしなかった。
*
その週の欄に、和彦は打ち込んだ。
打ち上げ 七千四百円 大野立替 五月八日
交通費 四千九百六十円 杉本立替 五月一日
交通費は千二百四十円の四人ぶんだった。
出演料の四行は、そのまま空いている。
*
六月に、その回の切り抜きが十九出た。
いちばん多かったのは、机を叩いたところだった。次が、席を立ちかけたところ。三番目が、社会学の人が「いまの、まさに縮図ですよね」と言うところだった。
和彦は十九を全部確かめた。合った二分が入っているものは、一つもない。
入るはずがなかった。出していないからだった。
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〈日本は性に寛容すぎる? 専門家4人で徹底討論〉
二十四分十一秒/再生 1,240,000
〈こういう議論もっとやってほしい〉




