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映える  作者: シズ
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13/25

白熱

 企画は討論だった。


「日本は、性に対して寛容すぎるか」


 恵那が言った題は、それだけだった。二派に分けて、専門家を呼んで、戦わせる。司会は里佳がやる。


「戦わせるんですか?」


「意見が割れるように並べるだけ」


 恵那は指を動かしていた。名前が四つ並んでいる。


「割れないと、途中で終わるから」


 四人が来た。法学の准教授と、社会学の研究者と、それから支援団体の人が二人。二人のうち一人は女性で、もう一人は五十代の男だった。


 支援団体の二人は、同じ側に置かれた。


「同じ側でいいんですか?」


 和彦が訊くと、恵那は「よくない」と言った。


「じゃあ」


「分けて」


「でも、意見は近いです」


「近いところを離すのが、いちばん熱くなるの」


      *


 収録は部屋ではやらなかった。


 大学の空き教室を借りた。机をコの字に並べて、真ん中にマイクを置く。カメラは三台にした。


 和彦は正面の一台を持った。持ちながら、四人の名札を確かめた。名札は仁科が作った。書体が揃っていて、字の大きさも同じだった。


      *


 教室は暑かった。五月なのに窓が開かない造りで、機材の熱がこもる。チョークの匂いが薄く残っていた。


 和彦は上着を脱いだ。脱いでも、背中に汗が伝った。マイクの位置を直すとき、指がケーブルに引っかかって、爪が少しめくれた。


      *


 始まって十分で、熱くなった。


 法学の人が制度の話をして、支援の男が「現場ではそうならない」と言った。言い方は静かだった。静かだが、途中で相手の言葉に重ねた。


 重ねられた側が、もう一度最初から言い直した。


 里佳が「ちょっと待ってください」と入った。入ったところで、社会学の人が笑った。笑ってから、こう言った。


「いまの、まさに縮図ですよね」


 部屋が一度、静かになった。


      *


 四十分ほどして、支援団体の女性が手を上げた。


「あの、一旦落ち着きませんか?」


 声は大きくなかった。それでも通った。


「ちょっと、話が噛み合ってないので」


 里佳が「じゃあ、五分休憩します」と言った。


      *


 五分のあいだ、四人は喋らなかった。


 法学の准教授が窓のほうを向いて、支援の男が携帯を出した。社会学の人は水を飲んだ。支援団体の女性だけが、手元の紙を見ていた。


 和彦はカメラを止めなかった。


      *


 再開すると、また同じ形になった。


      *


 和彦は数えた。遮った回数は、一時間で三十一回あった。内訳は、寛容でいい側が十四、厳しくすべき側が十七。


 喋った長さも測った。合計で、二十六分と二十九分だ。差は三分しかない。その三分のあいだに、三十一回遮っている。


      *


 一時間半を過ぎたころだった。


 支援団体の女性が、こう言った。


「あの、たぶんですけど、緩いか厳しいかじゃないんです」


 部屋の音が落ちた。


「厳しくしても、逃げられない人は逃げられない。緩くても、逃げられる人は逃げられる。問題は、逃げられるかどうかなんです」


 法学の准教授が、少し黙った。黙ってから、うなずいた。


「それは、そうですね」


「そうなんですよ」


 厳しくすべき側の男も「その点は同じです」と言った。


 四人が、そこで一度、同じ側になった。


 和彦はカメラを構えていた。


 構えたまま、その二分ほどを撮った。撮っているあいだ、部屋の温度が下がったように感じた。


 誰も遮らなかった。


      *


 里佳が次の質問を出して、また割れた。


 割れたところから、あとの四十分は元に戻った。声が大きくなって、机を叩く音が入って、途中で一人が席を立ちかけた。


 終わったのは八時前だった。


 四人は握手をして帰った。帰りぎわ、支援の女性が里佳に「いい企画ですね」と言った。里佳が「ありがとうございます」と言った。


      *


 帰りに、和彦は機材を運んだ。


 三脚が肩に食い込む。教室から駐車場までが遠くて、途中で一度置いた。置いた場所は自販機の前で、低い音が鳴っていた。


 缶を一本買った。冷たくて、手のひらが痺れた。


      *


 編集は四日かかった。


 三時間二十分が、二十四分になった。和彦は最初、合った二分を残した。残して、通してみた。


 通すと、そこで止まった。熱が下がって、そのあとの四十分が繰り返しに見えた。


 和彦は、その二分を外した。


 外すと、繋がった。割れたまま最後まで行って、割れたまま終わる。そのほうが速い。息を継ぐところが無いぶん、短く感じた。


      *


 和彦は外した二分を、別のフォルダへ移した。


 フォルダの名前は「使わない」だった。中には、もう十いくつか入っている。


 五分の休憩も、そこに入れた。手を上げたところから、再開までを丸ごと切ってある。


 移してから、和彦は一度だけ、それをもう一度通した。


 問題は、逃げられるかどうかなんです。


 和彦はそれを止めた。止めた指が、しばらく動かなかった。


      *


「切ったの?」


 恵那が訊いた。


「切りました」


「なんで」


「そこで熱が下がるので」


「うん」


 恵那はそれ以上、何も訊かなかった。


「合ってると思います?」


「合ってるよ」


 恵那は画面を見ていた。


「伸びないところは、外していいの」


      *


 出したのは土曜だった。


 日曜に三十万。月曜に八十万。火曜で百二十万を越えた。この作品でいちばん高い数字になった。


 コメントは二万を越えた。


  〈完全に論破されてて草〉


  〈支援団体の人が一番説得力あった〉


  〈こういう議論もっとやってほしい〉


 和彦は上から三百まで読んだ。三百のうち、どちらが勝ったかを書いているものが百八十四あった。


 和彦は勝敗ごとに数字を分けてみた。寛容でいい側が勝ったと書いた人が九十一。厳しくすべき側が勝ったと書いた人が九十三。


 ほとんど同じだった。差は二人しかない。


 和彦はもう一つ数えた。この動画を最後まで見た人の割合は、六十一パーセントだった。前の回は四十二パーセントだった。


 どちらが勝っても、数字は同じになる。


      *


 その夜、部屋は静かだった。誰もいない。廊下で水の音がして、止まった。


 和彦は椅子に深く座って、目を閉じた。閉じても、二分の声が耳に残っている。声は低くて、少し掠れていた。


 目を開けて、和彦は数字の画面に戻った。


      *


 水曜に、支援団体の女性からメールが来た。


 短い文だった。〈拝見しました。ありがとうございました〉と書いてある。それだけだった。


 和彦は返事を打った。打ちながら、二分のことを書こうとして、書かなかった。


      *


 その週、和彦は伝票を作った。


 出演の欄がある。四人ぶんの行を作って、金額の欄まで来た。


「これ、いくらですか?」


「なにが」


「出演料です」


 恵那は数字の画面を見たままだった。


「無いよ」


「無い」


「うん。話してないから」


「話してないというのは」


「金の話。誰もしてない」


 恵那は指を止めた。


「向こうも訊かなかったでしょ」


「訊かれてないです」


「じゃあ、無い」


 和彦は金額の欄を空けたままにした。四行とも空いている。


 交通費だけがあった。四人とも同じ額で、千二百四十円。同じ駅から来たわけではない。一律にしたのは仁科だった。


「なんで同じなんですか?」


「そのほうが揃うから」


「揃うと、どうなるんですか?」


「見たとき、変に見えない」


 仁科は定規を置いた。


      *


 誰も文句を言わなかった。四人のうち三人が、その後もSNSで動画を紹介した。紹介すると、また少し数字が動いた。


 和彦は動いた分を数えた。四千二百だった。


      *


 六時に、恵那が帰った。


 閉まってから、大野が袋を提げてきた。百二十万いったからやるという言い方だった。


 里佳が「うち、司会うまくなったと思わない?」と言った。


「うまかったです」


「でしょ」


 時計は六時十五分だった。


「七千四百」


「はい」


「あの先生たち、いくら払ったの?」


 大野が訊いた。


「払ってないです」


「え、ただ?」


「ただです」


「まじか。安いな」


 大野は笑った。ほかにも何人か笑った。


 和彦は笑わなかった。笑わなかったが、否定もしなかった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  七千四百円  大野立替  五月八日


   交通費   四千九百六十円  杉本立替  五月一日


 交通費は千二百四十円の四人ぶんだった。


 出演料の四行は、そのまま空いている。


      *


 六月に、その回の切り抜きが十九出た。


 いちばん多かったのは、机を叩いたところだった。次が、席を立ちかけたところ。三番目が、社会学の人が「いまの、まさに縮図ですよね」と言うところだった。


 和彦は十九を全部確かめた。合った二分が入っているものは、一つもない。


 入るはずがなかった。出していないからだった。


      *


  〈日本は性に寛容すぎる? 専門家4人で徹底討論〉


  二十四分十一秒/再生 1,240,000


  〈こういう議論もっとやってほしい〉

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