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映える  作者: シズ
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11/25

分かってくれてる

 その週から、コメントを読むのも和彦の仕事になった。


「全部読むんですか?」


「全部」


「一万あります」


「じゃあ、上から千」


 恵那はそう言って、紙を一枚も出さなかった。


      *


 和彦は表を作った。縦にコメントの種類を並べて、横に本数を並べる。種類は自分で決めた。決めるのに、二日かかった。


  ○顔のこと


  ○中身のこと


  ○自分の話


  ○悪口


  ○その他


 千件を分けると、いちばん多いのは顔のことだった。四百三十一。次が中身で、二百二。悪口は五十四だった。自分の話は、百十七あった。


 読むのは、思ったより疲れた。


 千件を送るのに、指を六百回ほど動かす。途中で親指の付け根が痛くなって、和彦は途中から人差し指を使った。画面が近いので、目の奥が重くなる。


 二百件を過ぎたころ、和彦は窓を開けた。外の音が入ってきた。車と、誰かの自転車のブレーキと、遠くの工事の音だった。


 自分の話というのは、こういうものだった。


  〈わたしも去年、同じことがありました〉


  〈職場の人間関係で悩んでいて、この動画に救われています〉


  〈高校のとき、似たようなことを言われたのを思い出しました〉


 どれも長い。顔のことを書く人は一行で終わるが、自分の話をする人は五行も六行も書いた。和彦は文字数を数えた。平均で百四十七字ある。顔のことの平均は、十九字だった。


「これ、どうしますか?」


 和彦は表を見せた。恵那は上から順に見て、自分の話のところで指を止めた。


「これ、増やして」


「増やすんですか?」


「うん」


「どうやってですか?」


「人を下げないこと」


 恵那は指を離した。


「下げると、その場では笑う。でも次の日には忘れられてる」


「下げないと、何をするんですか?」


「見る」


「見る」


「人のこと、ちゃんと見て、そのまま出す」


 恵那は椅子に座らなかった。


「そうすると、見てる人が自分の話を始めるの」


「自分の話ですか?」


「うん。それが、いちばん強い」


      *


 その月から、企画が少し変わった。人を並べて順位をつけるものが減って、人に話を聞くものが増えた。街で声をかけて、そのまま十分喋ってもらう。編集はほとんどしない。


 和彦は最初、それを不安に思った。切るところが無い。切らないと、間が残る。間が残ると、間延びして見える。


 出してみると、伸びた。


 前より遅い。それでも落ちなかった。二週間経っても、まだ数字が動いている。


「これ、なんで落ちないんですか?」


「保存されてるから」


「保存?」


「あとで見返す人がいるの。顔の動画は見返さないでしょ」


 恵那は画面を指した。


「一回見て終わるものと、何回も見るものは、伸び方が違う」


 和彦は数字を書き出した。


 顔の動画は、三日で八割が入る。話を聞く動画は、三日で四割だった。残りが、そのあと二か月かけて入ってくる。


 「分かってくれてる」というコメントが出始めたのは、三本目からだった。


 最初は一件だった。次の回で七件、その次で二十四件になった。和彦は数え続けた。


  ○一本目  一


  ○二本目  七


  ○三本目  二十四


  ○四本目  六十八


  ○五本目  百三十一


 増え方が、前に見た数字と逆だった。上がり方が日ごとに大きくなっている。前は、日ごとに小さくなった。


 街で声をかける撮影は、寒い日が多かった。


 和彦はカメラを持って、手袋をしなかった。手袋をすると、ボタンの位置が分からなくなる。指が赤くなって、そのうち感覚がなくなった。


 断られるほうが多い。十人に声をかけて、二人が立ち止まる。立ち止まった人のうち、一人が最後まで喋る。


 喋り出すと、みんな長かった。


      *


 四本目のあと、長いコメントが来た。


 千二百字あった。書いたのは、たぶん若い人だった。学校のことと、家のことと、それから病院のことが書いてある。最後に「陽菜さんの動画だけが救いです」と書いてあった。


 和彦はそれを三回読んだ。読んでから、陽菜に見せた。


 陽菜は画面を持って、途中で一度、目を上げた。


「これ、どうしよう」


「返しますか?」


「返したほうがいいよね」


「たぶん」


 陽菜はその場で打ち始めた。打っては消して、また打った。三十分かかった。


      *


 できたのは二行だった。三十分かけて、二行になった。


  〈読みました。無理しないでね〉


「これでいいかな」


「いいと思います」


「短くない?」


「短いですけど」


 和彦は言葉を探した。


「長いと、また書いてくると思います」


 陽菜は画面を見た。しばらく見てから、送信を押した。


 押したあと、携帯を伏せた。伏せてから、また表に返した。


      *


 次の日、恵那が来た。


「返信、一件だけにして」


「一件ですか?」


「うん。一本の動画につき、一つ」


「たくさん来ますけど」


「たくさんに返すと、返してもらえなかった人が出るでしょ」


 恵那は鞄を机に置いた。


「一つだけなら、選ばれた人がいることになるの」


「選ばれなかった人は」


「次があると思う」


      *


 その週から、返信は一件になった。どれに返すかは、陽菜が決めた。決めるのに毎回三十分かかって、そのあいだ陽菜は何も喋らなかった。


 和彦は横で数字を打っていた。打ちながら、選ばれなかったほうの数を数えた。


 四本目のときは、千百九十九だった。


      *


 三月に、陽菜宛の封筒が届いた。


 部屋の住所は出していない。大学の名前で調べたらしかった。中に便箋が四枚と、写真が一枚入っている。


 写真は、陽菜の動画の画面を撮ったものだ。画面の縁まで写っていた。


「気持ち悪くない?」


 里佳が言った。


「気持ち悪くはないけど」


 陽菜は便箋を最後まで読んだ。読んでから、封筒に戻した。


「この人、たぶんほんとに困ってるんだと思う」


「でも会ったことないよね」


「ないよ」


「じゃあ、この人が知ってる陽菜って、誰?」


 陽菜は答えなかった。封筒の角を指で何度も折っていた。


 封筒は厚みがあった。手に取ると、思ったより重い。糊のところが二重に貼ってあって、開けるのに時間がかかった。


 紙の匂いがした。新しい便箋の匂いだった。


 和彦は、その封筒を預かった。


 机の引き出しに入れて、鍵をかけた。鍵は自分が持った。


 入れるとき、便箋の一枚目が少し見えた。丁寧な字で、行が曲がっていない。和彦は引き出しを閉めた。


      *


 和彦は選ばれなかったコメントを、しばらく読んでいた。


 千百九十九のうち、返信を求めているものは少なかった。ほとんどは、ただ書いてある。答えを待っていない。書いて、それで終わっている。


 和彦はその中の一つを開いた。三百字あって、最後に「読んでもらえなくても大丈夫です」と書いてあった。


 和彦は画面を閉じた。閉じてから、机の上で指を組んだ。組んで、また離した。


      *


 その月、登録者が十万を越えた。


 恵那は数字を確かめて、それだけだった。里佳が「なんか言ってよ」と言うと、「よかったね」と言った。


「それだけ?」


「うん」


「十万だよ」


「知ってる」


 恵那は鞄を持った。


「次は、五十万」


 和彦は表を作り直した。


 千件のうち、自分の話は百十七から四百二十六に増えていた。顔のことは、四百三十一から二百八になっている。悪口は十一だった。


 和彦は増えたほうと減ったほうを並べて書いた。


 書きながら、思ったことがあった。


 この四百二十六人は、陽菜のことを何も知らない。学部も、実家も、朝に何を食べるかも知らない。声を出すときに肩が上がる癖も、知らない。


 それでも、分かってもらえたと書いている。


 和彦はその行を書きかけて、消した。消した下に、字が残っている。指で擦ると、紙の毛羽が立った。


      *


 その夜、和彦は自分の動画を一本、最初から見た。


 街で声をかけた回だった。喋っているのは知らない人で、名前も出ていない。仕事の話をして、途中で少し笑って、最後に「まあ、こんなもんです」と言って終わる。


 和彦はその十分を、切らずに出した。切るところが無かったからだった。


 コメントの一つ目に「この人、分かってくれてる」と書いてある。


 書かれているのは、喋った人のことではない。撮った側のことだった。


 和彦は誰にも、その違いを言わなかった。


      *


 六時に、恵那が帰った。


 閉まってから、大野が「今日、やる?」と言った。十万いったからやるという言い方だった。


 瀬川が缶を配った。配る役は、いつのまにか瀬川になっていた。


 時計は六時二十五分だった。


「六千八百」


「はい」


「陽菜、ファンレター来たんだって?」


「来た」


「見せてよ」


「やだ」


 陽菜は笑った。笑ってから、缶を持ち上げた。


「あれ、返事書けないもん」


「なんで」


「なんかさ、あたしのこと、あたしより分かってる感じで書いてあるんだよ」


 誰も、それに答えなかった。


      *


 その週の欄に、和彦は打ち込んだ。


   打ち上げ  六千八百円  大野立替  三月二十七日


 和彦は引き出しの鍵を、財布の中に移した。便箋の欄は、そこには無かった。


      *


  〈街で声かけて、十分だけ話を聞いてみた〉


  二十一分八秒/再生 486,000


  〈この人、分かってくれてる〉

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