勝利の代償
突っ伏したままピクリとも動かなかったヒドラがムクリと起き上がり、嬉々として本営に向かって来る。
倒されたはずの魔物が近付いて来るのだから、人々は戦慄した。冒険者の最高峰プラチナランクであるシュラですら苦戦した魔物なのだから、烏合の衆を焼き払うなど造作もないと想像し恐れるのは当然の反応だろう。また、一見するとヌラヌラして見える鱗も、人が根源的に爬虫類を好まない為か恐怖を助長させた。
恐慌状態の人々は、酒など放り投げて逃げたり、腰を抜かす者までいて、戦勝ムードは霧散し大混乱に陥った。
訓練を受けた兵士や、戦いが日常のベテラン冒険者以外は、危機が迫った時に戦闘態勢になれる者は そうはいないものだ。
指揮を担うラセツは己の恐怖心を押し留め、枯れるほどの大声で動揺する者に冷静さを取り戻すよう声をかける。
それと同時に、戦える者をかき集め、聖印徒たちとの部隊を編成し、なんとか迎撃態勢を整えた。
最凶暗黒魔法をまともに食らったヒドラが迫るのには、レウルーラも驚いていた。
(暗黒転生でゾンビ化したものは、命令がなければ死体も同然になる、いわば即死魔法。上位のアンデッドになる確率は相当低い。だからこそ、攻撃に転用したはず)
交戦か退避か…二極化する感情群の中で、ソドムは超然としていた。
さすが影王というべきであろうか、彼は少し首を傾げ、不機嫌そうに肉の串をヒドラの方向へぶん投げて、手についたタレをズボンに拭ってから、さりげなく剣の柄を探る。
(ふむ、こうなったか・・・世の中は思い通りにいかぬからこそ面白いものよ、って言ってらんねぇ状況じゃねーか!!ま、まさか、外したのかぁぁ〜!?いや、倒れたということは効果はあったはず!?とはいえ、あの炎はマズい。勝てたとしても家族に死者が出る。不本意ではあるが、ここはひとつ・・・、右往左往する連中を盾に逃げるか!?)
混乱の最中、皆の意識に心話が舞い込んだ。
『すみません、すみません!この形ですので驚かせてしまい・・・。理屈はわかりませんが、我が主に命を戴きたく』
心話の主は敵であるヒドラ。群衆は初めての心話なので皆戸惑っている。
だが、冷静にヒドラの動向を見るに、各々の頭がウネウネと統率されず上下しているのは、もしかしたら謝罪しているつもりなのかもしれない・・・と思えてくる。
シュラは構えを解かないまま、
「なんなの?普通に喋れるじゃん」と言い、じ~っと観察して殺気がないことを見抜いてから剣を鞘に収めた。
「シュラちゃん、そこじゃないでしょ!ていうか、これは…ヒドラが眷族になったってこと?」と、レウルーラはソドムに問うた。
ソドムは聞こえないふりをして一時考える間を稼ぎ、「ああ、俺に話しかけていたのか」とばかりの小芝居をしてから見解を述べた。
「うむ、暗黒転生によりゾンビ化するはずが、異常なまでの再生能力によって完全にゾンビ化せず、自我が残ったのだろう。とはいえ、配下になったのは変わりないから、構える必要はないぞ」と、やんわり言った。
「なるほど、戦鬼兵団同様のレアケースね」レウルーラは、長年の付き合いになるトロール族のゲオルグ達を思い出して納得した。
(ということは、苦手な冷気を克服したヒドラゾンビってわけね。元々強い火耐性は相殺されてなくなったかもしれないけど、超再生能力があるから関係ないし、完全なゾンビじゃないから腐らない・・・育てればジオルド殿下の地竜よりも大きくなって、強さも成竜以上になるかもしれない。少し知恵が足りなそうだから、並行して教育もしなくてはならないけど)
ソドム夫妻がヒドラを前にして、あれやこれや喋っている姿を見た群衆は、「本当に害はなさそうだ」と安堵して、各々武器を下ろした。だからといって、再び暴れない保証はないので、静々と後退りしている者が多い。
「ブレスを吐かれるより、懐かれたほうがありがたいが、ギルドは けじめをつけないと納得すまい」と、ソドムは小さな声で言った。ちょっと目を離した隙に、敵じゃないとわかったシュラが、飼い猫をかまうかのようにヒドラに向かおうとしたので「コラコラ、処遇を検討中だから待ちなさい」と、ソドムが注意した。
「そうよねぇ。って、ルゼッタちゃんも大人しくしてて!」レウルーラは好奇心旺盛なルゼッタをなだめる。
座学だけでは魔物と渡り合うには不十分だと身に染みたルゼッタは、丁度良い研究対象に触りたくて仕方がなかったので、ついシュラに続いてしまった。彼女は大人気なかったことを恥じて、「はい!申し訳ありません!」と直立姿勢になる。
「服従している相手を討伐するのは忍びないな・・・」
「ええ。おそらく知恵が芽生えた頃には討伐対象だったでしょうし、群れる習性がないから敵に囲まれて生きてきたと考えれば可哀そう」
「ふむ、沼にいるのも、元々はキビ団子に釣られて来ただけで、亜人や冒険者との戦いは正当防衛とも言える・・・か」
(思えば、なにかと討伐対象になったり、攻撃される俺と境遇が似ている気がする)
少し遠くを見ているようなソドムの眼を見て、彼も同情していると思ったレウルーラは、落としどころをひねり出した。
「よし!今回の報酬を辞退して、さらにギルドからあの子を買い取りましょう」という無茶苦茶な提案をした。
「おお・・・、いい考えだ」とは言ったものの、収入がなくなり、更に支払いが発生するのには、かな~り引っ掛かった。表情には出ないようにしても、その笑みは少し硬い。
(買い取るということは、コイツがやらかした迷惑行為を弁償して、被害者の溜飲を下げる金額を請求される。どう考えても倒して報酬をもらった方がいい)
「お願い、助けてあげて」レウルーラはソドムの手を握り頼み込んだ。
珍しく頼みごとをしてくるレウルーラにソドムは少し驚いた。装飾品や食べ物などに執着はない彼女は、魔道具や素材など以外に要求してくることはないからだ。かといってペットが欲しいというわけでもない。
「・・・そうか!召喚用としてキープしておきたいのだな」と、狙いを見抜いたソドム。
「命令を理解できて強い魔物は珍しいからな。火を吐くというのもポイントが高い」ソドムは納得し、さっそく費用をザックリと考え始めた。
「その通り!仮にもアンデットなら召喚コストが少なくて済みそうなのよ。巨竜ゴモラ並みの個体を冴子ちゃんとかの魔力を借りずに召喚できるかも!」目を輝かせて熱弁するレウルーラ。それを見たソドムは満足し、「もう、いくらかかってもいい」と思い、考えるのを止めた。愛妻が喜び、そして戦力が強化されるのだ、例え借金ができようともかまわないと思ったのだった。
「わかった、ラセツ殿に頭を下げよう。ただし、市民の感情もあるから、この地には置けぬ。コキュー島で保護することとする。いいかな?」そう言って、優しく微笑むソドム。
「ありがと、ソドム!じゃあ、今夜は久々に わたしが手料理作るわ」レウルーラは意気込んだ。
「いや、気持ちだけ受け取るよ。俺がラセツに話を切り出すから、細かい条件・金額などをルゼッタたちを交えて話し合ってほしい。なにせ、俺はラセツに嫌われているからな」
(ルーラが作る飯・・・エビの塩焼きや、肉を焼くとかが手料理と言えるのだろうか。超絶不味くはないのだが、食材の良さを引き出していないシンプルな野戦食みたいなのは、平時にはモヤモヤするからなぁ)
「わかったわ、交渉は任せて。シュラちゃん、ルゼッタ、この子を飼うことにしたから、こっちへ来て!」と、レウルーラは陽気に手を振り、二人を呼んだ。
馬車二台ほどの大きさもある超危険生物を飼うなどと、感覚がどうかしているが、その辺は己への自信と、魔人としての物理耐性(斬られたくらいはかすり傷)によるものなのかもしれない。
レウルーラは、ヒドラを手中に収めれば、今まで戦闘では微妙に役に立っていない状況から主力に躍り出られるので、内心は超絶嬉しく歓喜の絶叫を上げたいほどであった・・・ことは誰も気がついていない。




