ガーターズの日常 渡海編
件のヒドラを買い取ったガーターズ一行は洋上にいた。
市民に恐れられるヒドラを街で飼うわけにはいかないので、自領へ連れて行くことになったからだ。
『あの・・・、狭いんですけど』と、ヒドラはさっそく不満を漏らした。甲板の昇降機なるもので船倉に詰め込まれたものの、水やワイン樽や食料もあるので窮屈だった。
ヒドラの心話は階層の違う司令塔(だだの操舵室兼 詰所)にいるソドム達に届いた。
『恩着せがましいようだが、お前の助命で俺たちは金欠なんだ。生きてるだけでもありがたいと思え』ぶっきらぼうな心話で応じるソドムは、ついクセで竜王時代の どすの利いた声を出していた。
航行中のソドムは愛妻とソファーに身を預け、テーブルに投影されている遠見の水晶映像で、半径1kmに異常がないかを監視しつつイチャついている。大海原を上空から見下ろしている映像なので、海賊船や海の巨大生物が接近していれば、先に察知出来るからこその余裕であった。
夫妻の前にある操舵席では、シュラが操縦レバーにもたれかかって、「こいつら、毎日毎日飽きないものかな」と、呆れながら窓の外に注意を払っていた。
ルゼッタはというと、ジャンケンで負けたため、船首の見張り役になってしまい、寒風にガタガタ震えている。ソドムが男女平等・貴賤問わず…という方針ゆえ、連邦王国の姫であろうと容赦はない。
普通に考えて、冷気耐性・物理耐性がある魔人の誰かが行くべきなのだが、最も退屈な役回りなので代わってくれる者などいないのだ。
事情を知らない人がみたら、ハイレグレオタードにマントしか羽織っていない女子を極寒の外にいさせるなどと、虐待にしか見えないだろう。
辛い任務に耐えている者がいるのに、不満を漏らすなど考えられないのだが、魔物は人間の感性とは違うようで、
『それはもう感謝しておりますし、この命を主に捧げる覚悟でおります。そこで、泳いでついて行くというのはいかがでしょう?』と、ヒドラは提案した。外輪船であるレウルーラ号は、ソドムの魔力によって昼夜安定した速度で航行するのだが、風に乗った帆船に比べたら遅いので、泳ぎが不得意なヒドラでも置いていかれることはないからだろう。
これなら、窮屈さから解放され、なによりいち早く襲撃を防げると思っての発言であった。とはいえ、魔物がそこまでの配慮をするとは思っていないソドムの反応は良くない。
『今は我慢しろ。俺らはともかく、凶暴そうな魔物にしか見えないお前を、一般人が見てしまったら、この船が襲われてると勘違いして騒ぎになるからな。ウチの狼男などの魔族や亜人が受け容れられつつあるように、時が経てば害のない魔物への警戒は薄れ、問題は解決するはずだ』地鳴りのような不気味な声色とは正反対に優しい言葉をかけた。眷族化したのだから、命令すれば話は終わるのだが、そうしないのがソドムらしい。
『そうよ、あなたを運ぶためにスタグさんのねぐらを提供したんから、文句は言わない』と、レウルーラはスタグをスウィートに置いてきたことを蒸し返し念を押す。
『申し訳ありません、肝に命じ…あ!!』神妙に頭を下げているヒドラの前に何かが落ちてきたと思ったら、仁王立ちの人間がいた。
赤い髪に不敵な笑み、先の戦闘でエラい手強かった戦士シュラである。ブリッジから滑り棒で降りて(使いたかっただけ)きたのだ。
「食料とか邪魔なら捨ててもいいよ。そんかわり、アンタの尻尾とか食べりゃいいんだからさ。どうせ、再生するからいいっしょ?ちなみに、あたしらは吸血でも生きてもいけるから…」そう言うと、シュラは剣に手をかけた。
ヒドラは、剣を見て「ビクッ」と萎縮した。この魔剣は、斬れ味に加え毒と火を付与してくるので、耐性があっても回復が遅れるから苦手であった。なにより、不死身に近くても痛いものは痛い。
「いや、このままで構いません!ずっと孤独でしたから、会話できる方々に会えて嬉しくて、話すキッカケが欲しかっただけですので」と、苦しい言い訳をするヒドラ。
『おい、虐めてやるな。もはや、敵ではなく家族の一員なんだからな』
(ふむ、我ながら優しいことだ。竜王だったからか竜や蛇に仲間意識が芽生えるのだろうか)
船での調理係は宮廷料理人上がりのソドムで固定だが、少人数で航海しているため、夜番・洗濯・掃除などはローテーションでこなさなくてはならない。
夜番は、操舵席で進路に異常がないかを目視するのが主だ。
時折 後ろのテーブルに投影されている画像を見て、あらぬ方向に進んでいないかをチェックするだけで、睡魔以外に恐れるものはない。魔力で動く(ソドムの魔力を動力源で動力に変換し、その力を歯車で伝達し各所に使う)船だから、帆船のように風向きを気にしないで一定速度で進めるのが冴子製 外輪船の利点であった。
洗濯に関しても、レバー操作でギアを接続すれば、洗濯箱内部の水が攪拌するようになっているので楽ちんで、ちょっと手間なのは隣の脱水箱に移すことと、干すことくらいだろうか。
それと、この船ならではなのだろうが、干し方には奇妙なこだわりがある・・・。それは、ブリッジと船尾のシャワーにロープを渡して、そこに洗濯物を干す生活感丸出しのスタイルで、強調するかのように女性下着を干すことだ。
これは、ソドムの趣味・・・ではなく、賊ホイホイとしての意味合いがあった。これらを見れば、数人の女性が乗船していると賊が確信して、襲撃してくれるかもしれず、そいつらを撃退して本拠地を吐かせて軍資金の足しにするという策なのだ。
もっとも、外輪船は世界に一隻しかなく、歩く災厄・影王が乗船しているのは、賊界隈では知れ渡っていることなので、よほど影王の力をなめているブッ飛んだ輩しか襲い掛かっては来ないと思われる。もちろん、彼女らの名誉もあるため、街近辺ではこのような干し方はしない・・・あくまでも賊討伐仕様といったところだ。
掃除は主に掃き掃除と拭き掃除になるが、こちらは日中の暇な時にやることになっている。
問題は、好んでやる人がいないトイレ掃除であった。
男のソドムが座りションに協力してくれているため、派手に汚れることはないが、小まめに掃除したほうが汚れの蓄積はないし、精神衛生上 キレイにこしたことはない。
というわけで、朝イチに当番がやることになっている。どうせ掃除するなら、キレイにしてから1日のスタートをきったほうが清々しいものだ。
で、今朝のトイレ当番はルゼッタ。
まだ日が明けきらない早朝のブリッジ。目を覚ましたルゼッタは、聖印徒に支給されているゼンマイ式時計で時刻を確認してから、簡易ベッドから起き上がった。
ベッド板を壁に戻すさいには、ジャラジャラと鎖の音がしないように静かに上げ、金具で固定してから、操舵席のシュラに「おはようございます」と小声で挨拶した。
「ふぇ!?お、オハヨー・・・」夜番のシュラは、両腕を枕に突っ伏して、明らかに寝ていた。慌てて涎を手でしごき、起きてましたよっ! と、ばかりに前方を指さし確認をして、勝手に納得して頷いてから、振り向いた。
絶対寝てた!、と確信しているルゼッタ。だが、シュラを立てて あえて指摘せず、「トイレ掃除終わったら交代します」と爽やかに言ってのけた。
(理由はわからないけれど、週末のシュラさんたちは疲れてる傾向があるから仕方がない)
「お~、ちゃんと起きれたし感心感心♪」と、ニッコリ笑うシュラ。同室で寝ているソドム夫妻への配慮など微塵もない声量であった。
「ちょ、シュラさん!お静かにぃぃ!!」抑えた声で、ルゼッタが注意した。
「アハッ!ごめんごめん」そう謝ってから、シュラは寝落ちしていたことへの口止めとして、掃除を手伝うと言い出した。
「ですが・・・、船はどうなるんですか?」と、ルゼッタが聞くと
「大丈夫、大丈夫。ほら、ここは岸もないし敵影もないでしょ。サッと便器を綺麗にする裏技教えてあげるからさ。しかも、手間いらず」イタズラっぽく「ニシシシ」と笑うシュラを見て、「コレ、絶対ダメなことだ」と思ったルゼッタであるが、もしかしたら参考になるかもしれないと一縷の希望を抱き、
「では、やり方だけを教えていただきます。船が心配ですので、シュラさんはすぐにここへ戻ってくださいね」と、教わる側なのに条件を付けた。
「はいはい、あたしだって海の真ん中で船が沈んじゃ困るからね。じゃあ・・・さ、そこのハチミツと水を取ってくんない」そう言って食料系が置かれてる棚を指差し、シュラ自身は おもむろに空のコップとスプーンをテーブルに置いた。




