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羅虎討伐

 愛しのレウルーラ号は、ソドムの余剰魔力によって動く外輪船なのだが、お世辞にも早いとは言えず、陸上で例えるなら早歩き程度だ。

 とてもじゃないが海洋生物と五分で渡り合える代物ではない。


 そこでソドムは、主《ぬし》の前を横切るというより、接近したところで旋回して避けて、その遠心力でレイコをいい感じに差し出す形をとった。「頼んだぞ、レイコ殿!」溺れかけで聞こえはしないが、ソドムは健闘を祈りながら激励の言葉を放つ。レウルーラは「餌役を押し付けておいて、よく言うわ・・・」という言葉を飲み込んで、テーブルの映像を注視している。



 主の前で旋回して10mほど離れた時、次のフェイズに移行するため、ソドムが操船を代わった。まずは水兵たちに一旦ロープを緩めさせて、


「空戦隊・出撃せよ!!」とガーターズに命じた。


「了解!」と、連邦式敬礼(なんとなく定着している)をしたレウルーラとルゼッタは、司令塔《ブリッジ》左前の滑り棒を使い、素早く船底へ降りた。ルゼッタは悩んだ末、海上では大楯が邪魔だと結論を出し、背負っていた盾を床に置く。


 船底で待機していたスタグビートルにヒラリと乗ったレウルーラは、レバーで昇降機を動かし、後ろ甲板床を船底まで下ろした。スタグは『おぉ、やっと出番が来ましたね。レウルーラ様、何なりとお申し付けください』と心話《いい》、少し体を上下させて喜んでいる。レウルーラは前進するよう命じ、昇降機で船上に出た。

 

 アクシーズの水兵は驚いた。突如甲板が下がったかと思ったら、戻ってきた甲板には巨大クワガタが鎮座してるのだから。


 そんな動揺など気に留めず、

「レウルーラ、出撃する!」と言って、「ブゥゥ~ン」という羽音を立てて飛び立った。


 ルゼッタもこれに続き、

「金カブ先生、お願いします!」と言い、百識にスタグビートルと同じサイズの巨大カブトムシに変身してもらって、それに飛び乗り、


「ルゼッタ、出撃します!」と言って、同じように飛び立った。

(あ~、この出撃をどれほど夢見たことか!冴子様のロマンが詰まってます!)

 前日スタグに乗せてもらったが、百識はクワガタと違って掴める角があるので、すこぶる乗り心地は良いので、内心気に入っていた。


「すいません、金カブ先生。このような扱いをしてしまい」

(そ、空を飛ぶのは不慣れですけど、先生と一緒なら頑張れる!)


『ふん、あとで対価は貰うぞ。まったく・・・』などと文句タラタラの百識だが、鎧を着けていないルゼッタの尻の感触を気に入っていて、存外乗せるのも悪くない・・・とは思っていた。



 飛び立った空戦隊の任務は、ロープを引っ掛けるという大任を成したレイコを空から救い出すことであった。


 黒いクワガタと金のカブトは上昇し、即応できるくらいの高度を維持して、レイコの合図を待った。


 動力が謎の外輪船、よくわからない兵器の大砲、船底に飼っていた魔物・・・アクシーズの水兵にとっては次元が違い過ぎて、頭で処理しきれず ただ眺めているだけであった。



 最初は船による体当たりを警戒した主《ぬし》であったが、船が恐れをなして逃げたので、食事を再開しようとした。


 だが、何やら旨そうな獲物の匂いを感じ、近場を見渡せば・・・半分溺れた人間の女が近くにいたので、不味そうな肉は放り投げ、女の捕獲に動き出し 一潜りして真下から獲物をキャッチした。


 掴まれたレイコは、気管に水が入らぬよう、大きく息を吸ってから、ゆっくり鼻から息を吐いてゆく。


 だが、水中に引きずり込まれたレイコは自分のペースを乱され、不覚にも海水を飲んでしまう。

 主は大人しくなった頃合いに浮上して、背泳ぎ態勢に戻り 左手で獲物を腹に乗せ、またも両腕で岩を構えた。


「いけない!彼女、気を失ってるわ!!」と、レウルーラは作戦の失敗に青ざめた。

(わたしたちがロープを引っ掛けに行くか、何とかしてレイコを起こすか。でも、どちらもリスクが大きすぎる!)


「てぇ~りゃぁぁ~!!」雄叫びと共に百識から飛び降りたルゼッタは、斧槍を逆さに構えて、落下と同時に魔物の首に突き刺した。

 斧槍を両手で持ち、高さ5mから飛び降りての一撃は、主の首に深々と刺さり、動脈と気道をブチ抜いた。水飛沫《みずしぶき》が高く上がり、上空のスタグたちは羽が濡れることを避けるため、急旋回してから高度を下げて救出態勢をとった。


「グェェェ!」気道をやられた魔物は鈍い叫びをあげ、もがき苦しんでレイコを振り落とした。出血量が凄まじく、潮の香りに不快な血の匂いがムワリと混じり、ルゼッタは少し顔を背けた。


 彼女はソドムの座学で習ったとおり、刺した箇所を容赦なくえぐって、傷口をズタズタに拡げ、血が止まらないようにした。

 そして、動きが鈍った隙に、海に投げ出されたロープを拾い上げて魔物の首に巻き付けた。ソドムらに引っ張るように合図し、自らはレイコを救うべく魔物から離れる。


 合図を見た 愛しのレウルーラ号の水夫たちは、皆でロープを引き、ソドムも船を動かし、魔物を引っ張り首を絞めた。

 致命傷を与えているとはいえ、魔物相手には止めを刺すまでは油断できない。


 ルゼッタは、レイコを仰向け状態にして呼吸を確保しながら、何とか浮いて助けを待った。


『まったく無茶をしおって・・・』などと小言を言いながら百識は海面まで降下してレイコを足で掴み救出した。

 レウルーラは、重量オーバーの恐れからルゼッタを拾わず、機転を利かせて、水の代わりに空気を詰めた皮袋を二つ投下して、せめて溺れるのを防いだ。



 ルゼッタの活躍により羅虎《ラッコ》の大きな個体・主《ぬし》は倒され、レイコに代わりソドムが勝鬨《かちどき》を上げた!

         ~~アクシー港~~


 意識を取り戻したレイコは、ズブ濡れのまま顛末を聞き、呆然と突っ立っていた。

 彼女の周りには無事を喜ぶ部下がわんさかと集まっている。彼らは、棟梁が危険な囮役を買って出てくれたから、勝利できたと思っているのだ。


 しかしながら、レイコとしては餌役は誰でもよくね?手柄を総取りされたのでは?という事が頭の中を反芻《はんすう》していた。

(不覚にも気を失ったのか・・・、わたしが活躍するはずだったのに。いや、待てよ・・・最初からこのシナリオだったのではないか?わたしが鉄板を引きはがしたなら、それはそれでルゼッタが土手っ腹《ぱら》を突き刺すだけだったのではないのか!?)

 

 レイコは段々と怒りがこみ上げて、無意識にソドムを睨みつけていた。

 ともあれ、実務はこなさなくてはならない。部下に主討伐成功をギルドと漁業関係者・派閥へ報せる様に命じ、聖印徒であるルゼッタにもギルドへの正式な報告を頼んだ。


 皆に指示を出し終えたレイコは、ソドムとレウルーラのもとに来て、


「さて、わたしがしくじり、作戦変更を余儀なくさせたわけだが、よくよく考えてみれば わたしが命がけで鉄板を引きはがしたところで、結果は同じく・・・手柄はルゼッタ殿が取ったのではないのかな?ソドム卿」レイコは怒りのあまり、影王の恐ろしさなど忘れて詰め寄った。

 それはそうだろう、結果的には生餌を演じただけなのだ、怒らない方がどうかしている。これにはレイコを敵視しているレウルーラも反論できず、バツが悪そうに目を逸らした。


「待たれよ、話せば分かる。これでも味方を裏切ることはしない主義だ。今回は共闘関係であって、アクシーズは友軍なのだ、それを騙したりはしない」両手で押しとどめる仕草をして、ソドムはタジタジだ。


「だが、説明前に海に突き飛ばしたではないか!」と、レイコは畳みかけた。

 レウルーラは「あちゃ~!」と思い頭を抱えて後ろを向く。

(わかるわぁ、ソドムったらシュラちゃんのポジションとしてぞんざいに扱っちゃったのよね、たぶん)


「それは謝る、つい順序を間違えた」

(やっば、イタズラしたら面白そうなどと言えないわな)


「ほう、それで!?」レイコは囀《さえず》りくらい聞いてやるぞ とばかりに腕を組んだ。

(この男・・・、さては良い奴だな!強気の女・そして押しに弱いとみた。女として篭絡しようとしても拒否されるだろうが、友垣《ともがき》のように接すれば攻略できるのではないだろうか。友ならば、レウルーラも手出しできまい)


「驚かせるために詳しく説明しなかった俺が悪いのだが、鉄板を引っぺがすだけで、勝負は決まるはずだったのだ」


「なぜ?」全然レイコは納得していない。


「実は羅虎の死因で多いのが、石で叩くことに夢中になり、自身で怪我をして死ぬ・・・ことなのだ。つまり、叩き始めたら、獲物がいなかろうと、ガンガン叩きつけちまう習性があるのだ」


「えぇ!?そんなことあるの?」レウルーラは、あまりにもバカバカしい根拠を作戦にしたことを可笑しがる。対するレイコは、頭の中が真っ白になった。


「ほら、頬《ほほ》にどんぐりとかを蓄えているリスの死因で多いのが、食中毒・・・みたいな感じだ」ソドムは、怒りを笑いに転ずるのに必死でリスの顔真似までして見せた。


 レイコは、恐れていた影王が気さくで陽気なのに半ば呆れ、安堵した。リスの真似などしなくても、歯向かうものなど殺すことも出来ように・・・ましてや、それを止める存在や街ごと滅ぼすことも。

(不思議な男だ。かつて祖父は、シュラ姉を養女にしてソドムに嫁がせ、婚姻関係を結び、長い敵対関係を手打ちにした。せっかくだ、その関係を利用させていただこう)


「婿殿の誠意は十分伝わった、この話は終わりにしましょう」と、レイコは矛を収めつつ、さりげなく縁戚関係を強調した。


 ソドムとレウルーラの頭には疑問符が浮かんだが、「ああ、一応はシュラの実家か」と不覚にも納得したのだとか。


「では、ギルドでの打ち上げの前に、ウチの【魔像の湯】にでも浸かりながら、今後の協力体制を話し合う…でよろしいか?もちろん、全てこちらが出す」と、レイコは威勢を張って上からものを言ってみせた。


「それはありがたいわ!潮風でベタついちゃってたのよね」と、レウルーラが喜ぶと「ああ、そうさせていただこう」と、ソドムもあっさり賛同した。


「決まりだな、正直わたしも海水まみれにウンザリしていたのだ」と踵を返し、レイコは先導するように歩き出した。角度的にソドムからは見えないが、彼女は含み笑いをしてしまっていた。

(ソドムは金に弱い、奢りならホイホイついてくるだろうと思っていた。クックック、店に入ったなら最期…夫婦共々 地獄を見ることになろう)

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