武神vs魔術師
昼前、【魔像の湯】に到着したソドム夫妻とレイコ。ここに来て問題が発生していた。
さりげなく姻戚関係を持ち出し、友垣という雰囲気を作ったレイコが想定外の行動をしたからだ。
「では、こちらの貸切風呂へ・・・」ソドム夫妻を案内したレイコだが、そのまま一緒に脱衣所までついて来た。白い鎧を外して、ゴトリと棚に置き、無造作に衣類を脱ぎ始める。
思わぬ展開を歓迎するソドムだが違和感をぬぐえない。さすがにレウルーラが、
「あの~レイコさん、ここは貸切じゃ?」と、問うた。
「もちろん、わたしたちの貸切だが。・・・ああ!失礼した。大和では裸の付き合いというものがありまして・・・。それと、銭湯では混浴も珍しくない。文化の違いがあろうが、風呂ならば、腹を割って話せると思ったわけだ」淡々と話すレイコは、もう引き返せないレベルまで脱いでいる。
「な、なるほど・・・」郷に入っては郷に従え・・・という言葉もある、夫妻は反対しにくい状態に困ってしまった。
(おお、これが本家・出羽守か)
「ソドム卿は三人も妻がいらっしゃると聞く。ならば、女の身体にドギマギすることもありますまい」本当に嫌がっていると、関係性にひびが入るので、レイコは下着の段階で手を止めた。
「もちろんだ、ウブな少年じゃないからな」と言い、レウルーラの鋭い視線が突き刺さる中、ソドムも鎧を脱ぎ始めた。
(度量が狭いと思われては心外だ)
ほんの数秒であるが、ソドムは今後の展開をシュミレートしてみた。
レイコが年頃の女である以上、裸体を見てしまえばアレが勃つのは避けられない。男の身にならねばわからぬ生理現象なのだが、それを理解してくれとレウルーラに言ったところで不信感は払しょくできないと思われた。
では、視線をややずらしたり、宰相タクヤの裸体を思い浮かべるなりしてアレを鎮める対策をしたらどうだろう。仮に功を奏して、全くもって無反応と言うのは、レイコにとって屈辱なのではないかと思ったりもした。
いずれにせよ、バッドエンドしか想像できなかったソドムは、
「お、そろそろルゼッタが合流するはずだ。俺は店先でルゼッタを待って連れて来る」と言って、鎧を置いたまま脱衣所を出た。
(これでルゼッタを送り込み、狭さを気にした俺は仕方なく男湯に行ったというシナリオが成り立つ。それにしても、レイコは油断ならん女かもしれんな)
港湾都市アクシー自慢の白い漆喰土扉は、大和伝統の土蔵扉をそのまま大きくして採用したもので、土と漆喰による耐火性と、20㎝もの厚みが守備兵への安心と油断をもたらしていた。
「土門拳!!」
夜陰に紛れ、監視の目をかい潜り、門前まで接近した修羅国王(首領)の正拳突きで、爆音と共にアッサリと土扉は粉砕された。王は「芸術ハ粉砕ダ」と言い、呆気にとられている守備兵を見上げた。
武装は半透明な羽衣のみ・・・裸王(ラは小声で、オウを強調して発音する)と呼ばれる全裸の変態であった。
いや、本人は全裸のつもりはなく、他の者には羽衣が衣服のように裸体を隠していると・・・スペードらに信じさせられているので、恥ずかしがっている様子はない。
身軽?な防具であることと、戦闘力の増加(たぶん気のせい)を実感していて、羽衣をたいそう気に入っている。
それと、防具という程ではないが、額に金獅子 白いヤクの毛を使用した総髪が特徴的なタケダシンゲンのレプリカ兜を被っているので、敵だけでなく味方からも畏怖されている。
いや、恐ろし気な兜を被っていなくとも、全裸なので異常者にしか見えないから畏怖されたかもしれない。
守備兵が怯んでいる隙に、街の入口を目掛けて松明を持った暴走賊が殺到した。
門上にある矢倉の兵達は、気を取り直し、一撃で街を危機に叩き落した輩へ報復の矢を放った。
街を囲う壁の上に待機していた兵達も爆音で異常に気づき、侵略者である裸王へ矢を放つ。
門を破壊したことで仕事の大半を終えた裸王は、俊敏な動きで矢を避けたかとおもえば、空を薙ぎ払うような仕草をして、数十本の矢を素手で叩き落した。
これにはアクシー守備隊は閉口した。
守備兵の注意を引きつけることに成功した裸王は、手下と交差する形で街から離れてゆく。
「行けぇ~!!ガッツリ稼げよぉ!ただし、若い女以外は皆殺しだ、いいな!」顔に十字の火傷とスペードの刺青をしている”不死のスペード”という男が戦車から指示を出し、自らも鞭を打つ。その軍勢はおよそ百人。
騎馬が中心の暴走賊は、オレンジ色のモヒカン男 スペードと共に「ヒャッハー!」「酒に女ぁぁぁぁ!!」などと奇声を上げて、守備兵からの矢など気にせず我先にと突入して、混乱を招くため松明を放り投げて行く。
気怠なそうな王は、矢の届かない場所まで来て戦況を一望し、特別仕様(ソファー付き) 戦車のソファーに身をゆだねた。
裸王と参謀である副首領ドロス以外は、欲望全開で街へと攻めかかって、周りには誰もいない。
一応はアクシーズ本隊が出払うように情報操作して、隙は作ったものの、ドロスの見立てでは、兵の集まりが悪いので、勝率は低いとみている。
「精鋭達は出払っているようだが、リスクが高い攻略戦は人気がなくてゴロツキ共の集まりが悪い。スペードに任せたものの、こりゃダメだな」と言って頭を掻いた。ドロスは王に気を使う様子もなく、
「まあ、負けは負けでいいとして、[逃亡者には死]ってのを実行するのは骨が折れる。王様、いっそのこと出入口を戦車や瓦礫で塞いじまってくれ、そうすりゃゴロツキ共も死力を尽くすし、全滅してくれれば、俺らへのクレームもこないからな」と、進言した。
勝ったら儲けもの程度の作戦なので、執着などないどころか、賊への罪悪感もないドロス。
(よし、裸王に入り口を塞いでもらったら、塒へ帰って熱燗キメようか。そうそう、裸王は大食いだから飯も多めに準備させないとな)
風呂上がりの牛乳を飲み、昼食にラーメンを食べてから、浴衣姿のまま、座敷でゴロゴロしていたソドム達。そもそも仕送りのため冒険者になったことと、その後の冒険譚をレイコに話し、互いに警戒が解けてマッタリしていた。
「何のことはない、ただの冒険者なのか。強さは規格外だが」というのがレイコの感想であった。
「ん!?街が騒がしいな」ソドムは、何かが砕けるような大きい音と、人馬の騒々しさに反応した。
「襲撃かしら!?」と、レウルーラが的確に予想した。下界という土地柄、魔物や賊による攻撃は珍しいことではない。
レイコは振り返り、
「ああ、賊どもの襲撃だろう。この音からして門を破ったようだが・・・」と、余裕を見せる。
ソドムは、あらかじめ忍者から襲撃情報を得ていたと想像できたが、戦力が心配であった。
「主力部隊が不在で苦戦するのではないか?」
「主力がいないとはいえ、ここの民は大和帝国時代の足軽が多いので、賊ごとき自警団のみで撃退できる。地区ごとでサムライが指揮をとり、男女問わず志願した足軽の小集団で 槍衾を形成して、侵入者を追い立てる。無数の槍衾は包囲の輪を徐々に縮めて、侵入者を中央広場に追いやり、包囲殲滅する手筈だ。広場で四方八方を長槍に囲まれている中、上からはハーピー部隊により火炎瓶が投下されれば、ひとたまりもないだろう」と、レイコは自信を示した。
「賊は隙をついたつもりで、手痛い逆襲をくらうわけね」やぶ蚊を潰すように賊を討伐してきたレウルーラ。一度劣勢になった時の賊の脆さを熟知している。
そんな中、店の一部スタッフが戦に参加するために武装を整え、いそいそと路地に出て行く。
足軽の主兵装は、三メートルの長槍で、普段 庭で物干し竿に使われていたりもする。
鎧は兵として登録している者にアクシーズが支給している赤紫の当世具足で統一されていて、家か職場の具足櫃に保管されていた。頭の防具は鉄製の陣笠で、野営時に鍋としても使える優れものである。
店長をしている中年の兜武者が手を挙げ、
「戦は我らにお任せあれ!姫様はごゆるりと勝利の報をお待ちくださりませ」と言い、我が胸をドンと叩く。足軽達も 粛々と包囲に向うところが、つい歓声を上げてしまっていた。
「これ!姫はやめぃ」と、白い浴衣姿のレイコは顔を赤らめた。
ソドムとレウルーラは、「ぷくく〜、三十間近で姫って」などと思ったが、シュラと違い口には出さず、頼もしげに見守るフリをしてあげている。
一応ソドムは、
「さすがは命知らずの帝国人よ、代替わりしていても気骨は変わっていないようだ」と、褒めた。
レイコは照れ隠しで「いやいや、集団戦しか取り柄がなくてお恥ずかしい」謙遜してみせる。「腕試しと、手柄による報奨での小遣い稼ぎという側面もあるのだ」と、リアルな事情も、付け足した。
「なるほど、ここの民にとっては祭みたいなものですね」と、王族らしい多少ズレたことをルゼッタが言い、人数分の あんみつを注文した。
「待て、まずはラーメンだろう」ソドムは真面目に止めに入った。
「え!?お昼に食べたでしょ?」と、ソドムのラーメン熱に呆れるレウルーラ。
「食べ納めになるかもしれないからな」
「では、どちらも注文しましょう」大食いのルゼッタは折衷案かわからない結論を出し、ラーメンを追加した。
すっかり庶民的な商売に魅了されたソドムたち。食べて寝て・・・王族(一応は)とは思えないだらけっぷりであった。
「風呂と食事の店は、スウィートにも欲しいな。できれば、コキュー島にも」と、出店を望むほど気に入るソドム。
「資金援助はできないけれど」と、レウルーラは念の為 補足を忘れない。世の中、何でもポジティブに捉える人がいるからだ。とくにソドムのような成金ファッションの発言なら、拡大解釈しかねない。
「願ってもない。遠隔地に支店を持てば、仕入れと経営も安定するというもの」レイコは明言こそしないが乗り気な返答をした。
(商売的にもいいが、拠点ができれば、堂々と情報収集できるというものだ!)
最初の衝突があった門周辺は、静まりかえっていた。
不覚にも賊に突破されてしまった守備兵は、敵の増援はないと判断して、市民の被害を減らすべく追撃に移っていた。
今更 持ち場を死守しても、街が陥落しては意味がないからだ。
裸王は注意深く様子を伺い、壊した門前まで戻って来ている。
「さて、どうやってここを塞ぐか・・・」と、思案しているところに、クロスボウの矢が飛んできて、頬をかすめた。
「チッ、外したか!」そう言ったのはスペード。逃亡者処理のために、単身で現れるであろう王を待ち伏せていたのだ。
「どうせ矢なんぞ効かねぇんだろうがな。だが、その油断が命取りだと教えてやるぜぃ。オメ~を倒して俺が王なる!・・・では先生、殺ってくれ!!ヒャハハ」と、後ろに控えていた男に声をかけた。
門を素手でブチ破り、矢を叩き落とすフィジカル化物とて、内面は凡人と変わらぬと考えたスペードは、シルバーランクのサイコセラピスト・ラブロを雇っていたのだ。
山賊王のみ殺す約束で雇われたラブロは、略奪集団には加わらず、スペードと共に裸王が孤立するのを待っていた。
スペードに裸王暗殺を持ちかけられた時は、山賊に身をやつすのが耐えがたいと思ったが、大罪人である裸王の首を取れれば、ゴールド入りも夢ではない大手柄だと思いなおし依頼を受けることにした。
髪型を山賊で流行っているモヒカンにし、ダサいトゲトゲ肩パッドを装備してまで溶け込んできたラブロ。だが、髪を剃るほど気合は入っておらず、ソフトモヒカンなのは仕方がない所だ。
魔術師崩れである彼は、才能不足のため初歩的な【眠りの魔法】ですら中途半端な効果しか出せない。
だが、それを逆手にとって、少し寝たかな?というタイミングで暗示をかけて対象を催眠状態にすることを閃き、勝手にサイコセラピストと名乗り始めた。
イメージ的には、現実に近い夢を見ている時に起こして夢と現実をごっちゃにさせ、同士討ちに誘導したり、呆けた状態に止めを刺す戦闘スタイルだ。この手法で何人かの強敵を屠ってきた。
寸鉄も帯びず、「せ、先生!?私は違いますよ」とばかりに両手を挙げて、敵ではないとアピールし、柔和な笑みを浮かべ、裸王に近づいてゆく・・・腹話術のように魔法の詠唱をしながら。
彼の催眠は魔物相手に通用しない手段なので、冒険者パーティーでの貢献度は低く、仲間になどしてもらえない。たまたま転がり込んできた この大仕事をサクッ済ませて手柄を上げ、その後は危険の少ない街中での仕事を考えていた。
シルバーランクから抜け出せれば、仕事を選べるようになるだろうし、事務方にでも潜り込んでゴールドランクを十年維持してから退職すれば、ギルドから生活を保障され、まあまあな引退生活を送れる・・・という算段でいた。
「十坂落とし・なごみ!!」
裸王は、つまづいて転ぶような前転をしたかと思うと、そのままラブロに体当たりした。
魔術師には先手必勝!というより、敵はすぐに殺すという反応で、接近戦が不得手なラブロは倒れざまに太腿で頭を挟まれた。
完全にロックされた首は、不自然な着地により「ゴキリ!」折れて、ラブロは即死した。
「十坂落とし・やすらぎ!!」
裸王は、ラブロの死体を頭上まで持ち上げて、思いっ切りスペード目掛けて投げつけた。
ジリジリと後退りしながら「ま、待て・・・」と、言いかけたスペードは、投げられた死体と共に壁に叩きつけられ、ゴブゴブと血を吐きながら絶命した。
これほどの組織を率いる王を暗殺するなど、簡単ではないと身をもって知ったスペードであった。
修羅国と名乗っていても所詮は犯罪者の集まり・・・裏切りは茶飯事で、味方などいない。裸王や副首領ドロスは、したたかに利でゴミどもを操り、裏切り者の処理も容赦なくしているから生き残っているのである。




