影王敗れたり
背丈ほどある大剣が影王ソドムの頭上に振り下ろされた。素早い踏込みから繰り出されたゼイターの斬撃は、座っているソドムでは回避できない。
その大剣は長いだけではなく、1cmもの厚みがあり、魔法剣としての切れ味を差し引いても、人を真っ二つにブッた斬れる質量があった。
唸りを上げる大剣に、シュラは物理耐性など無意味と悟り、ソドムを守るため金剛聖拳で防壁を張ってから、魔剣の柄に手をかける。
「パキッ!」見えない防壁渇いた音を立て突破され、やや勢いを失いつつも大剣はソドムを襲った。
「ガツリ」という鈍い金属音が響いた。座ったままのソドムが籠手で斬撃を辛くも受けた。ソドムが攻撃されたと認識した時には、無意識に魔界陣を展開して反撃態勢をとっており、影武者の手がソドムの剣を抜いている。
防壁で勢いが削がれたから受ける事ができたが、重い・・・。無表情で余裕を見せているものの、結構ヤバかったと肝を冷やすソドム。
レウルーラは、自衛のために魔術師格闘で応戦はできても、とっさに人を守るのは不得手なので、ネオギオンに挑みし不届き者を討伐すべく召喚魔法を唱えた。
急を要するため、数ある召喚魔法の中で絶対服従を省き、室内でも戦えるサイズの対象、下級悪魔を召喚した。床に浮かびあがった黒い魔法陣から現れた2m級の山羊顔の悪魔は、怪力と鋭い爪での攻撃に加え、中級魔術師並みの魔法を扱える。
コキュー島のダイン神殿に仕える神官が変化した姿なので、絶対服従契約がなくとも、部下として命令を聞く。
短時間に これほどの刀傷沙汰があっても、大騒ぎにならないのは、モメ事が起きやすい冒険者ギルドならではだろう。
大半の冒険者は剣闘大会の見物及び参加の為に外に出ているが、興味を示さなかった者が何人か残っていて、普通に飲食していた。
魔界陣・威風凛然の効果範囲は魔神にしては狭いものだが、その影響はギルドと周辺に及んで、謎の呼吸困難をもたらした。
平気なのは、派閥ネオギオンの連中で、ソドムらガーターズと、カウンターに陣取っているライオンズは毒耐性があるので、どこ吹く風である。
「コホッコホッ!お止め下さい!治安圏内では勝手な争いは罪に問われます」ルゼッタが咳をしながら間に入り、「キッ」とゼイターを睨みつけ、大楯で剣を押し返した。
ゼイターは毒気を抜かれたように(抜けてはいない)殺気を治め、ゆっくり剣を引いた。咳をしながら、「もうやめろ」と右手をソドムに向けた。勇者にも毒は有効なのだ。
無意識に魔界陣を展開したソドムだが、なんとなく中断方法がわかったので、精神を集中して止めてみせた。皆が神経毒の影響を受けたのは、ほんの20秒ほどのことなので、騒ぎにはならないと思われた。
完全に戦う意思がなくなったと判断したネオギオンは戦闘態勢を解除した。カウンターにいたライオンズは、始祖たるソドムを守るため、音もなくゼイターに接近し、襲い掛かる寸前であったが、何事もなかったかのように席に戻り、酒をあおった。
「久々だというに、随分な挨拶だなゼイター殿」そう言って、ソドムは深く座りなおした。
(国に帰りたい・・・、あっちなら襲撃されることがないからなぁ)
「ワッハハ、これは失礼した。嫁いだ妹が護衛を兼ねていると聞いていたので、実力を知りたくて試させていただいた次第」ゼイターは豪快に笑いながら、近くのイスを引き寄せ、シュラの隣にどかっと座った。
「兄貴、狭くなるじゃんよ。あ、この辺は あたしの獲物だからね!」と、シュラは両手で料理を囲ってみせた。
「つれないなぁ。後で防壁の効果的な張り方を教えてあげるから、お兄ちゃんに少し分けてもらえないかな?」「今日は魔神討伐したらしいじゃないか。話を聞かせてくれ」などと、別人のようにシュラにかまうゼイター。
ギオン公国時代、共に十年間過ごした仲であったが、その時は腹違いの妹とは知らなかったので、あくまでも剣の稽古をつける程度の間柄であった。
妹だと知ったのは、悪魔王を討伐しに行った二十年前で、ゼイターとしては可愛がりそびれた月日を悔しく思っていた。
なにせ、ソドムの養子になったアレックス(現・連邦王)が心配で、偽名を使ってまでギオン公国にいたのだ、妹ならばなおの事だろう。
相容れぬ影王ソドムの第二夫人という愛人のような存在になったことには、当然不満がある。ましてや、闇の眷族にされたのだから、怒り心頭で・・・先程の一撃も殺気がなかったわけではない。
が、シュラが魔人となったおかげで、若くて可愛いまま・・・ということは、大いに評価していて、言葉にこそ出さないが感謝していた。
ソドムは冷めた目で兄妹を見ながら、
「嫌いなんだよな、連邦王族の物理的な挨拶。先代といい、ゼイターにシュラ・・・、俺じゃなかったらマジで死ぬぞ。冗談になってない」と思っていた。
ゼイターは前かがみになりながら、おもむろに手を伸ばし
「レウルーラ、元気にしてたか?」と、頭を撫でた。
四賢者であるレウルーラを呼び捨てにするのは、ソドム以外にこの男しかいない。撫でられたレウルーラも、まんざらではないようで「ええ、おかげさまで・・・」と言った。
レウルーラが犬であった10年間、基本はソドムにしか懐かなかったが、マメに餌付けしてきたゼイターは別であった。犬にとっての一生分くらい共に生活して来たのだ、ゼイターの為人はわかっているつもりである。
ルゼッタは、まさかの仲良しぶりに目が点になっていた。突如乱入したゼイターが、すっかり馴染んで家族のように食卓を囲んで談笑しているではないか。
召喚された悪魔に至っては、出番がないので勝手に離れて、ライオンズと酒を飲み始める始末。
(アレ~?何だか平和・・・。私はいったい何を心配していたんだろう)
「ん?立ってないで座れ、クゥエル。ではなく・・・ルゼッタ」ハイメガジョッキを片手にゼイターが声をかけてきた。
「は、はぁ。では・・・、遠慮なく」棒読みのように応じたルゼッタは、元々の自分の席に座った。
ソドムは、この異常な状況を処理できないでいるルゼッタに気を使い、
「ギオン公国時代も、こんな感じで食事したり会議したものだ」と、珍しい状況ではないと説明した。
「だが、あの時はソドム殿たちが闇の眷族とは知らなかった。戦鬼兵団が本当のトロールだったとも。この私と手合わせして渡り合える人間が十人もいて、おかしいとは思っていたんだがな」そう言って、豪快に笑うゼイター。
「でも、戦鬼兵が一年中 鎧兜を脱がないって時点で怪しいと思いそうだけど」笑ってツッこむレウルーラ。「ワッハハ、確かに」と、また笑うゼイター。
なんとも和やかな宴に、一石を投じるのはシュラ。この場合、石ではなくサザエの殻だった。
カニやサザエの殻を捨てる小さめのバケツがテーブルにあるのだが、彼女から遠い場所にあるため、少し投げなくてはいけない。その距離は、あくまでも少しなのだが、わざとソドムの顔面に投げつけたのだ。
「ハブッゥ!」サザエは無警戒のソドムの顔面にヒットして、彼は少しよろめいた。サザエの殻は転がり落ち、石床に鈍い音を立てて落ちた。物理耐性があっても、突起はなかなか痛かったソドム。
レウルーラは「大丈夫!?」といって、ナプキンをソドムの口元に当てた。「問題ない」と答えたソドムの眼には怒りは感じられない。
「ゴメン!!」と、両手を合わせ大きな声で謝るシュラ。続けて、「スカッとしちゃって」と付け加えてニヤリッと笑った。
ルゼッタだけでなくゼイターも「これはマズい」と思ったが、ソドムはキレたりせず「ハハハ、いいんだ」と流した。代わりにレウルーラが怒るのかと思いきや、彼女は微笑さえ浮かべていた。
「よろしいのですか?いくら結婚してるとはいえ、今のは無礼でしょう」と、ルゼッタは小声でソドムに言った。が、ソドムは柔和な笑みを浮かべ、サザエを拾ってバケツにいれる。
『気にしないでくれ、このくらい何てことはない』『そ、むしろ歓迎するくらい』と、夫妻は心話でルゼッタに伝えたが、その心中とは・・・「どんどん怒らせてくれ、その方が夜の営みが盛り上がる!容赦なく羞恥プレイや無茶な体位を命令できるというもの。魔法抵抗が低いから、忘れろと命じればサッパリ忘れてくれるのも面白い」と、なかなか腹黒かった。
「コラコラ、お前というやつは昔からソドム殿とじゃれるのが好きだな」ゼイターは、シュラの頭をワシワシ撫でる。
ジョッキの酒を空にした彼は、にこやかにシュラを眺めてから真顔になり、
「ソドム殿、このような我が妹ですが、本当に返品しなくてよいのですか?」と、聞いた。
「・・・公私ともに、よくやっている。特に戦闘力は大陸屈指でしょうな」嘘をつけないソドムは、当たり障りのないことを言った。
数多のイタズラや修復不能なトラブルを頻発してます・・・と言いたかったが、自分の教育不足ということもあってグッと飲み込んだ。
「そうですか、強くなりましたか。じゃあ、シュラは悩みとかないのか?」少し身を屈め、視線を低くして妹の様子をうかがうゼイター。
自分や父に全く似ていない赤髪の娘を見ていると、厳格で愛妻家の父が、一夜の過ちを犯したのが、わからなくもなかった。
宮廷にはない野趣あふれるというか・・・手入れされた庭の花々では持ちえない、野草の花の美しさを感じられた。
強引に迫られて事に及んだという父の言い訳が、本当のように思えてきている。
「あのさ・・・」と、話を切り出したシュラは、ソドムへの不満を兄の耳にささやいた。
ニコニコしていたゼイターの顔が、みるみる赤らみ 憤怒の形相になってゆく。
ゼイターは波立つ自らの心を鎮め、怒りが爆発せぬよう あえてソドムと目を合わせずに、
「ソドム殿、あなたがレウルーラを愛し、本妻だと思っていることは重々承知しているが、夜の営みを週末限定としているのは、いかがなものであろうか?それと妹のささやかな希望もかなえないというではないか。お嫌いなのか?それとも、我が妹は魅力がないとでも?」ズイッと詰め寄るゼイター。
何かと思えば、しょーもないクレームだったが、キチンと説明しておかないと面倒事になると思い、
「待たれよ、まずは話を聞いてくれ。自論ではあるが・・・例えば、牛が草を飽きて肉を食うということはないだろう。だが、人は飽きるので毎食違うものを食べたがったり、たまに御馳走を求めるもの。動物や魔物と違い、飽きる もしくは好奇心から、新たな挑戦や新たな工夫をして、人は勢力を伸ばしてきた。まあ、人間の寿命ならやりたいことをトコトンやって飽きるのもいいだろう。だが、俺たちは違う・・・魔人へと転生して、年を取らない存在となった。食事や合体行為に飽きてしまったら、長くつまらない日々になるだろう。もしくは、非人道的な趣味に傾倒するかもしれん。そうならぬ為に、心を鬼にして自らルールを作ったのだ」と、ソドムは長々と説明した。その後半にはヒートアップして声が大きくなってしまっていた。
その大きな声はカウンターのライオンズにまで聞こえ、リーダーである白い獅子男が、体を捻ってソドムの方を向き、
「据え膳食わぬは男の恥。可愛い可愛い娘に 美しいレウルーラ殿、さらには豊満な冴子を妻にしていながら、お前は何をやっているのだ?小難しい理屈をこねおってからに。ハーレムを抱える雄ライオンは雌達からの誘いは断らないと聞く、たとえそれが一日に二十回でもな」と、やや怒気を含んだ横槍を入れてきた。思わぬ援軍が来たのでシュラは こっそり「キシシシ」と笑う。
これには珍しくカチンときたソドム。
「それはライオン界の話です。そもそも、人の家庭に口出しするのは控えて頂きたい」と、バッサリ言い切った。
獅子男は諭すつもりで、もう少し話したかったが、ゼイターに遮られ、話すのをやめた。
「まあまあ、そう難しく考えず・・・、ソドム殿は昔から先々を見据えすぎている気がする。ダインを信仰しているのに、その生活は光の聖職者のように厳格で、人生を楽しんでいるようには見えない。この地では光の教えが絶対ではないからこそ言うが、もう少し肩の力を抜いたらどうだろう」と、光の勇者らしからぬ人間的なアドバイスをするゼイター。
魔王や邪悪な司祭を、容赦なく倒しまくってきた男とは思えない発言にモヤッとしながらも、ソドムは一理あると思った。
大陸で指折りの実力者である自分たちでも、先ほどのような奇襲、もしくは卑劣な手段で倒される未来はなくもない。
確かに100年、200年先の生きがいを心配するより、今この時を全力で楽しむというのもいいだろう。
そもそも、ダインの教えは自由を重んじる。しかも、今の自分は上司はおろか 上に国家があるわけではない。言ってしまえば、この世界で最も自由にふるまえる人間の一人である。
ならば いっそ好き放題にやってみるか・・・世界征服に邁進して酒池肉林とかやっちゃおうか、と目の前がパァァ~と開けたように思えたソドム。勇者により枷が外され、暴走しそうであった。
だがそれは、今までの節制を間違いと認めることであり、これまでの忍耐は無駄だったことになる。それは、自らのプライドが許さない。
ソドムは 、レウルーラの肩を抱いて 立つように促し、シュラにはアイコンタクトでついて来るように合図した。
「どうされました?ソドム様」気を悪くしたのかと心配したルゼッタが声をかける。
「ご馳走様でした。私の負けだ・・・お二方からの助言、まさに目から鱗。飽きることを恐れるなど無用な心配かもしれん。さっそく二階の自室にて家族サービスし合うことにする。そちらも家族水入らず、話に花を咲かせるといい」
「やっとヤル気になった!?言ってみるもんだナァ♪」言質取ったぞ、とばかりにガッツポーズして跳ねる様に立ち上がるシュラ。おかげで椅子がブッ飛んだことなど気にせず、ソドムに駆け寄って腕を組んだ。
「じゃあ、行きましょ。皆さん、おやすみなさい」レウルーラは、もう片方のソドムの腕を組んだ。その様子は、まるで逃げられないように捕まえてるかに見えなくもない。
「素直でよろしい」白獅子男は満足げに頷いて見送る。
「程々にして、寝るように」ゼイターは変に生真面目なソドムを少し楽にしてやれたことを喜んでいた。
(ソドム殿は我ら連邦王族にとっての恩人。かの大災害は悪魔王が元凶とはいえ、人災という側面があった。ソドム殿がその悪名を背負ってくださったからこそ、天界の平和がある。そうでなければ、内乱が勃発し、下界同様の荒れた状態になっていただろう。せめて彼のささやかな幸せは守ってやりたいものだ)
男性経験のないルゼッタでも、男女の関係になるくらいは何となくわかった。
(そういえば、船では私が先に寝ていたから、考えもしなかった。そうか、気を使うべきだったのかぁ!)
「よし、行こう~!」シュラとレウルーラはクルリと後ろを向いて、持ち手を変えて連行するようにソドムを引きずった。
言質を得たシュラはご機嫌で、
「据え膳ナントカだからスパンキング解禁ね」ニヤリとしてソドムの顔を覗き込む。
「ちょ、物理耐性のあるお前は思いっきり叩かないといけないから、影武者の紙耐久じゃ叩いてる方が霧散するって」タジタジのソドム。
「かといって自分でやると筋肉痛になるんだっけ?だったら、ベルトを二つ折りにしてムチにしてみたら?」意外にもサラッと会話に入るレウルーラ。「え、止めないのかよ」ソドムは唖然としている。
「いいかも。それとさ・・・首絞めって、お互い良いらしいじゃん。挑戦してみよっか?」シュラは無茶苦茶な提案をする。
「首絞めはダメだろう!それで死んだら、俺は立ち直れね〜よ。ダメ絶対!」ソドムは、ゼイターと白獅子男に「お前ら、この状況どーすんだよ!」と言わんばかりの視線を向けた。
トンデモない会話に、ゼイターは動揺し空のジョッキなのに、口にしては置くを繰り返して間をつないでいる。ルゼッタに至っては、エッチな行為に格闘要素みたいなことが入ってきたので、混乱して頭を抱えていた。
「確かにプレイ中に細やかな力の調節は難しいわね」と、レウルーラは反対派にまわってくれた。
シュラは一瞬考えて、
「じゃあ、首絞め役をルーラにしてもらおう。ならいいっしょ?」
「了解」
「えっ!?」軽いノリに驚くソドム。
「まあ、少しやってみるだけよ。たまには変わったことをするのもいいじゃない。浮気されるよりはね」と、ネジが外れぎみの回答をするレウルーラ。さすが闇司祭といったところか。
ゼイターはガーターズのやり取りに呆れながらも、シュラの残食が気になり、
「ところで、この料理はどうするんだ?」と妹に聞いた。
(すまないソドム殿、妹の要求がこれほど苛烈とは知らず…。が、それはそれ 貴重な食料を無駄にするのはよくない!)
「兄貴たちにあげるよ。あたしは、コイツを食べるからさ」と、あれほど執着していた魚介をあっさり譲るシュラ。
王族が残り物を与えられるなどありえないのだが、大食いのルゼッタ、ゼイター、ついでに白獅子男は「任された!」とばかりに、親指を立てた。
「あっ、そういえば ルーラってソドムかじったことないよね?」
「吸血?ないわね」
「旨いんだって。コレがさぁ、藻塩と胡椒を振った最高級のステーキを噛み締めた時の肉汁みたいで最高なのよ。あと、前にも言ったけど、アレも 飲みやすくした練乳みたく美味しいんよ」
「え~、流石にないわぁ~。でも・・・、試してみようか」
「いいね!据え膳ナントカだから、今のコイツに拒否権なしだもん。あと・・・、かじるタイミングのおススメは、汗ばんでる時。塩気が増して、旨いよ!」散々な言われようのソドム、赤い眼が虚ろになってきている。
この辺になると、完全にルゼッタの理解を超えていた。
グイグイ引きずられ、ソドムは階段へと連行されてゆく。
「おい、いいのかコレ?ライオンも逃げ出すハードな夜になりそうだぞ!」と、ゼイター達にクレームをつけるが、外の剣闘大会の喧騒に紛れて皆には届かず、抵抗虚しく土嚢のように担がれて二階に消えた。




