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ルゼッタは忙しい

  ~冒険者ギルド・アクシー支部の酒場~


 ネオギオン一行は、よそ者というだけで浮いた存在なのだが、さらに女性比率が高いので注目されている。

 だがそこはプラチナランク、魔神を討伐して回ってる人外ともいえる連中に絡む者はいないので、朗らかな祝勝会となっていた。


「ソドム様、外孫の熱燗がきましたよ」ルゼッタはウェイトレスから徳利と御猪口を受け取ってソドムに勧め、にこやかに酒を注いだ。


「ソドム様?」と、怪訝な顔でつぶやいたソドムだが、ブロンド美女に酌をされるのも悪くない。加えて、魚介料理に酒というチョイスは大いに気に入った。

 ただ、シュラ同様に猫舌なので、すぐに飲むわけにはいかず、暫し間を置いた。

 

 ルゼッタの態度の変わりように警戒したのか、レウルーラがソドムの酒を引き寄せフーフーしてみせた。

 今までにないジト~とした視線をルゼッタに向けているのは、さすがにこれ以上妻を増やすわけにはいかないからであった。


 ルゼッタとしては別段 誘惑しているつもりはなく、神から選ばれし裁定者に快く過ごしてもらうため、気を利かせたに過ぎない。

 そもそも、親子ほど離れた年齢なのだから、小娘になど興味ないだろうと思っている。そのへんの男女の違い(男はいくつになっても若い女を追いかける)というものをルゼッタは知らない。


「しっかし・・・、驚きました。ソドム様が終末竜《デスドラゴン》だったなんて。雷雲のようなブレスは全てを焼き払い、魔界陣を展開して小さき者どもの動きを封じるという圧倒的な武力。あのような力をお持ちでも、むやみに使わず、我々人類を見守って下さったとは・・・本当《ほんっとに》に感服いたしました。そして、つまらない兄弟喧嘩にご足労いただきまして、申し訳ないやら恥ずかしいやら」そう言って、ルゼッタは自分の御猪口に酒を注いで、グイッと飲み干した。

 酔っているのである。「美味しい!ね、シュラさん!このサザエ・・・酒と相性バッチリですよぅ、この ぐるりんとした緑の気持ち悪い内臓・・・、サザエが食べた海藻の色なわけですから、海藻だと思えば食べれますし、通な感じしますよね。あ、ちなみにシュラさんの食べてるカニミソも内臓なんですよ、知ってました?」すっかりテンションが高くなったルゼッタは、マントを後ろに跳ね除け、惜しげもなくハイレグ姿のままサザエやカニと格闘している。


「え、知らんかった・・・。てか、よくそんなこと知ってるね?連邦王国《てんかい》は海と無縁でしょ」行儀悪く、蟹の爪で指《つめ》さすシュラ。


「ソドム様の座学で色々学ばせていただいてますから」と、すっかりソドム信者になったルゼッタ。

 勝利の美酒は旨いし、世界一の師たちを持ったことに喜びを感じ、連邦ではなかなか食べれない豪勢な魚介料理も格別で、上々機嫌であった。


「シュラさんの剣技も凄かったんですよ。魔剣ゾルディティンによる天空捲覗断罪剣なんて、伝承や壁画の英雄みたいでカッコ良かったなぁ~。稲妻が落ちるのも、シビれます」シュラの影響だろうか、食事の場なのに剣を振り下ろす仕草をするルゼッタ。完全にソドムとシュラに心酔していた。


「あ~、これは重症ね・・・」シュラと同じレベルで はしゃぐルゼッタを見て、レウルーラがボヤいた。

(ん~、シュラちゃんはともかく、ソドムを買い被られても困るわね。それと、魔神のランプを解析させてもらわないと。使用制限や上限などわからないことばかりだから・・・、出来るならば技術を解明して、複製したいものね)


「陛下、うちのソドムが魔神だったようですが、事情を教えていただけますでしょうか?」レウルーラは慇懃に、ルゼッタの胸元にいる百識に問うた。


『ああ、その件か。そやつは余が抱いていた魔界石を飲み込んだろう。まあ、普通の人間なら魔力が枯渇して死ぬところだが、異常なまでの魔力回復量があるので魔界陣を展開しても問題ないようだ』


「げっ、やはりあの時の宝石を飲み込んでしまっていたか。しかも、俺じゃなかったら死んでるとこだった」ソドムは「こっのトラブルメーカーが!」と魔界石を飲ませたシュラを睨んだが、その時に 飲み込まず隠したと思い込んでソドムを宝石泥棒扱いしたシュラは、右手を垂直に差し出して「ごめん」というジェスチャーで話を終わらせた。


「陛下、魔界陣はどのような影響を与えるのでしょう」


『そうさな、発動を見るに邪神《こやつ》の場合は、魔力の出力が低いゆえ広範囲ではない。せいぜい弓や魔法が届くくらいを影響下におくとみた。効果は魔神が好む環境になるわけだが、おそらく自分の妻がいればいいという想いから、無色無臭の神経毒で範囲内の者を排除するようだな。余と毒耐性のあるシュラには効かなかったからな』


「素敵!」レウルーラはソドムの腕を抱いた。

(なんでも私を優先って素晴らしいわ。しかも、苦手な火矢・魔法を封じて、自らは動けるという能力だなんて)


「ちなみに魔界石の精製法をご存知でしょうか?」百識が語りだすのは珍しいので、ここぞとばかりに今までの疑問をぶつけるレウルーラ。


『あれは・・・、余の分泌液だな。おもに寝床に溜まるもので・・・人間でいう寝汗みたいなものだ。あのサイズ・色合いだと数年分といったところか』と、百識は淡々と語った。


「な、なんだよ・・・虫の体液飲まされたのか」今更ながら、がっかりするソドム。

(ともあれ、俺は知らないうちに魔神特有の魔界陣を使えるようになっていたのか。いつでも発動できるよう、人気のない所で練習せねば)


「えっ、ということは魔神災害の元凶は金カブ先生ってことでしょうか?」なんとなく話を聞いていたルゼッタだが、聞き捨てならず質問した。


『無礼な!それは殺人事件での悪者は、剣を作った鍛冶屋と言ってるようなものであろう。余は長きに渡り悪魔王《デーモンロード》の迷宮《ダンジョン》深部に幽閉され、寝汗を悪用されたに過ぎん』


「も、申し訳ありません!つい結論を急いでしまいました」と、胸元のカブトムシに謝るルゼッタ。


「では、悪魔王が力あるもの達に魔界石を渡し、大陸に混乱を招いているということでしょうか?」さすがのレウルーラも、魔界石絡みの知識はなかった。


 ただ、いくつかのダンジョンに挑んだ冴子から「今になって現れたダンジョンは、元々最深部で繋がっていたのではないか」という仮説を聞いていた。

 悪魔王によって力を与えられた魔神たちが、大災害時の地殻変動でダンジョンが分断され、呪縛から自由になり地上を目指し、住みやすくするために魔界陣を展開している・・・という仮説が成り立つ。

 各ダンジョンに共通しているのは、深部は石壁もしくはレンガなどの人類が明らかに手掛けたもので、場合によっては他のダンジョンと同じ造りだったりする。それがダンジョンが繋がっていた根拠になっているのだ。


『さてな・・・。悪魔王は竜王と同じく、先の大災害で滅んだ。今となってはわからぬが、古の神々や古龍に魔神化と引き換えに、隷属させる契約があったのやもしれぬ。契約主が滅んだので、魔神が好き勝手やっているのかもしれんし、悪魔王が死んだときに世界を滅ぼせ・・・という契約なのかもしれん』


「ん~、なんか難しい。とりあえず、討伐の依頼があればこなして儲ける!で、いいんだよね あたしたち」考えるのを諦めたシュラが話をまとめて、またカニ足に取り掛かる。


「それもそうだな。一番詳しいのは昔から趣味で大迷宮に通ってたゼイターなんだろうがな」


「ちょっと待ってください、連邦で習った歴史ではソドム様が世界を滅ぼすために双頭の終末竜《デスドラゴン》を召喚して、それに対抗するため大賢者ザーム様が悪魔王を使役し、召喚士レウルーラ様が竜王を召喚して、叔父のゼイター・冴子様のゴーレム・連邦の守護者たる大天使《アークエンジェル》が戦ったことになってますが・・・。でも、ソドム様は元竜王で・・・今はその力を失って、今日は双頭の終末竜に変身したわけですよね?なんか、わけが分からないんです」と、混乱したルゼッタが頭を抱える。



「ついに・・・この話か」と、ソドム・レウルーラは内心困り果てた。

 話せば長いし、連邦で洗脳同然の歴史教育を受けた者に、悪役側が何を言っても信じてもらえないだろうと思い、ずっと避けてきた話だったからだ。


 とりあえず、「お、ルーラのハマグリいい感じだぞ。いいか、焼き上がりにパカッと貝殻が開いた勢いでひっくり返って旨い煮汁が台無しにならない方法・・・それは、開く直前にひっくり返すんだ!それにより、開いた側に身がつかないので、バランスを崩さないのだ」言うや否やトングでひっくり返し、煮汁がこぼれないことを証明したソドム。

「お~」と、ソドムの小技に皆が感心して、「じゃあ、自分も」と試し始めた。

(ま、絶対ではない小技だがな)


「それから、身を上手く取りたい時は、片方の貝殻を利用してこそげとるといい。丁度いい曲線だから、キレイに取れるぞ」と補足した。


『一時的に誤魔化せたが、いずれ聞いてくるだろうな』と、心話でレウルーラに相談した。

『そうね。ただ、連邦王国の名誉にかかわることだし、国民が知ってしまうとマズいのよね』

『ああ。なかなかブっ飛んでる話だから、信じないかもしれない。シュラではないが、悩んでも好転しない・・・とりあえず、今を楽しもう』

『そうね、貴方は覚えてないけど、今日のように影武者と魔界陣の力を引き出せるようになれば、恐いものはないわ』

『そんなに凄かったのか。さっそく、朝にでも試してみるか』と、夫婦の内緒話は結論を得ないまま、問題を先送りにして終わった。



 四人が炉端でハマグリチャレンジに夢中になってる頃、ギルド入り口では大物来訪に沸いていた。


「ワーハッハハ!」という、とても聞き覚えのある声にルゼッタが反応し、少し立ち上がり 遠目ながら大柄な男を見た。


 大剣を背負う大男にギルドマスターが頭を下げまくり、詰め所にいた聖印徒が挨拶に出てきている様子がわかった。


「パカッ!」ルゼッタのハマグリは残念ながらひっくり返った。少しガッカリしてから、ハマグリをシュラに譲って、

「すいません、少し外します」と言い、怪しまれない程度の速足で入り口に向かった。


 ルゼッタは男と目が合うなり、彼の厚い胸板にタッチしたかと思うと、ペシペシと張り手を繰り出し、ギルドの外に押し出した。


「おいおい、妙な挨拶だなクゥエル」壮年の戦士が苦笑いして、ルゼッタの肩鎧《ショルダー》をガッシリと掴んだ。腕の長さが違うので、ルゼッタの進撃は止まった。

 久々の姪っ子との再会だったが、顔を赤らめ酔っ払った状態で張り手をしてきたので、男は面食らった。


「お久しぶりです叔父様。此度は観光でしょうか?公爵様ともあろう方が、冒険者の宿に泊まるなどありえないでしょう。良い宿を知っておりますので、ご案内いたします。そうそう、今の私は聖印徒になったのですよ。色々、お話がありますので・・・さあ、こちらへ」と、畳みかけるように話し、強引に冒険者ギルドから引き離そうとするルゼッタ。


「聖印徒になぁ・・・。それもいいだろう、一人で武者修行に行ったと聞いて心配していた。元気にやっているのならば、それでいい。では・・・、私は現地のギルマス達に下界《こっち》の様子《こと》を聞くとしようか」そう言って、石像のようにビクともしなくなる。


 かつて終末竜《デスドラゴン》を討ち取って封印した勇者ゼイター。連邦王の兄にして最高爵位のゼイター公爵は齢五十になるが、玉座でうたた寝するタイプではなく、休暇を取っては城を抜け出し趣味のダンジョン攻略を行っている。


 金髪には白さが混じり始めていたが、日々鍛錬しているため、肉体に衰えはないどころか全盛期であった。伝説的な強さを誇った連邦の白い袴《はかま》・先代のファウスト王が霞むほどの戦士になっていた。


 戦闘で髪を掴まれないために、若い頃から変わらぬ短い角刈りで、顔つきは父・甥と同じく精悍で、食いしばるため顎の筋肉が発達している。

 武装は、魔法の大剣に胸鎧《ブレストプレート》という、攻撃特化型。君主《ロード》としての魔法と、勇者としての帰還魔法を扱える。


 思想としては甥のジオルド同様に、光の神ホルスを信じ、悪を殲滅することが目的である。

 大災害前は身分を偽り、当時 公爵であったソドムに仕えていたが、後にソドムが闇の信奉者と知り憎悪を抱く。大災害では勇者として歴史に名を残した。



 だ・か・ら・、ソドムと引き合わせるわけにはいかないと思ったルゼッタ。

 因縁深い二人が戦えば、勝者がどちらだとしても、街と周辺が滅ぶ。罪なき人々が多数死ぬだろう・・・いや、死滅する。今日デスドラゴンを見たルゼッタは、そう確信していた。

(人々を救うために、叔父にはバカのまま領地に帰っていただく)


「話?それなら私から致しましょう」ルゼッタは必死に引き止めている。


「新しくバジリスクが魔神認定されたと小耳に挟み、一足先に仲間を振り切って来たのだが」


「ハイハイ、バジリスクですね。先程、シュラさんと私で討伐しました」


「なにぃ!?早いな。ならば、二十年ぶりに妹に会っておきたい」と、落胆と血族の活躍への喜びが入り混じりながら、食い下がるゼイター。


 そんなやり取りをしている最中、調査聖印徒《ハイランダース》のリーダーが現れ、


「おや?公爵様・・・いや、勇者ゼイター殿ではありませんか!これはこれはいい所に」と、空気を読まず割って入った。


 羽根飾り付きの帽子をかぶり、ド派手な貴族服、先のとがったブーツには使いもしない拍車という道化でもしない出で立ちだが、セイントと同じく勇者人間養成所上がりの猛者であることは、立ち振る舞いからゼイターには分かった。


「いかにも。何やら含みのある感じだが・・・?」と、リーダーの方を向くゼイター。


「いや、別に。ただ、アンタに因縁がある影王も偶然街に来てまして・・・しかも、この酒場に。まるで冗談のような話ですな。ハッハハ」と、恐るべき軽薄さでソドムがいることを伝えた。


 人というものは不思議なもので、服装によって影響を受け、言動が変わるという。温厚なものであっても、極悪人を管理する刑務官の服装になれば 厳しく対処するようになったり、ボロを纏って街に出れば惨めな気持ちになり その行動も乞食のようになったりするものだ。


 ハイランダースの言葉にピタリと動きが止まったゼイター。おもむろに利き手で剣を探り、その柄を握った。

「そうだった。コキュー島で氷漬けになっていた邪鬼が二十年ぶりに目覚めたんだったな。元々は、ソレに会うために来たんだった。つい趣味の冒険に現《うつつ》を抜かしてしまった」もはやルゼッタの制止など無視して、ズンズンと酒場へと向かうゼイター。


「やめとけ、やめとけ。あの御仁は謎が多い。なんと終末竜に変化して大暴れしたって話すら聞こえてきている。手に負える相手じゃないさ」と、男は逆に焚き付けた。


「益々もって面白い!!」ニカッと笑い、「そこをどけ」というしぐさをして、ギルドスタッフを追い散らす。


 もはや止められぬと思ったルゼッタは、何か突発イベントと称して、中の冒険者達を外に連れ出すようギルドマスターに言った。そうすれば、対決による余波で即死する人間は減り、惨状を見れば逃げることもできるとも伝えた。



「おっ!?兄貴じゃん」シュラがゼイターに気がついた頃、聖印徒たちが「賞金ありの剣闘大会」をすると声をかけ、大半の酒場の客を外に連れ出した。


「何それ、楽しそ~」と、参加しかけたシュラであるが、ゼイターと一緒に来たルゼッタが、真顔で首を横に振り「プラチナは除外だそうです」と言ったので、諦めて兄との再会を喜ぶために残留した。


 ここに血縁・因縁が入り乱れた血の宴が始まる・・・。


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