アクシー港~冒険者ギルド酒場~
「ただいま~」
アクシー港に停泊している ”愛しのレウルーラ号”に戻ったシュラ。デッキでソドムとレウルーラに迎えられた。
「あ~、やっぱいるわよねぇ!」シュラは目を丸くして、不思議そうにソドムの顔をほたほたと叩いた。
「ああ、どうやら俺は召喚されてたようだな」ソドムは、シュラの臭いと汚さに、少し後ずさりした。
(なんだコイツ、酸っぱいな)
遠見の水晶で一部始終見ていたのを隠そうか迷ったが、外部の者がいないので打ち明けることにしたレウルーラ。
「そうそう、ちょっと目を離したら消えてて驚いたわ。実は戦いぶりを遠見の水晶で見てたんだけど、制御できたからいいものを、そうでなかったら大惨事よね」
「なんだ、見てたんだ」自分の大活躍と一緒に、魔竜の暴れっぷりを話すつもりだったので、若干しょんぼりするシュラ。
「でも、ソドムは召喚されたときの記憶はないんだって。そもそも、魔神だったのも知らなかったし」
「マジ?ある意味、20年前のソドムが竜王に変化した時よりヤバかったかも。黒い吐息をブァァァ!ってさ。んで、アンデットをうじゃうじゃ召喚したり、地獄絵図よ」シュラは、子供のように身振り手振りで状況を伝えた。やはり、我慢できなかったようである。優しい夫妻は、シュラの話に「おお!」「すごい」「それは大変だ」などと、いちいち相づちをして話を盛り上げてやった。
何にせよ、人は褒めるべき時に褒めておかないと不満がでるので、
「魔神のランプは想定外だったが、それを抜きにしても二人の活躍は目を瞠るものがあった。よく頑張ったな」と褒めた。
「お、それも見てたんだ。ふふ、若造どもにお灸を据えてやったわ」と、したり顔のシュラ。
「それに危険なバジリスクをよく倒せたわね」
「あれはルゼッタの作戦が大きかったかな。あの子は、腕っぷしだけじゃなく、機転が利くから助かったよ」
「そうか、そうか。ハイレグアーマーも実戦で有効みたいだったな。さて・・・、勝ったから良かったものの、無理そうな時は退くのも勇気だからな、無茶するなよ」ソドムは本当に心配して釘を差した。
「わかってるってば、いざとなったらタイタンズみたく逆にダンジョンに逃げ込んで時間切れを狙うつもりだったし」シュラは目をそらして頭をかく。
「うぅ、限界だ。臭くてかなわん。話は後にして、まずはシャワー浴びてこい」ソドムは羽虫を追うような手振りで、体を洗うようにうながし、レウルーラが気を利かせてタオルを渡した。
「そう!それ。バジリスクから毒液をぶっかけられたり、散々だったわ」臭い粘液と汗に土埃がへばりつき、見た目と臭いが酷いことを思い出したシュラは、船の後尾にあるシャワーに向かった。
ひとしきり喋って疲れがドッとでたのか、シュラはダルそうに歩きながら、武具を外してはデッキにボトボト落としてゆく。「あ、ルゼッタはギルドに報告しにいったから」と、今さら伝えた。
シュラは簡易シャワーの扉を閉めて、服を脱ぎ捨てた。シャワーといっても、ギアボックスの動力を利用して水樽から汲み上げた水が、無数の穴からポタポタと落ちてくる程度の代物だ。
利点は、最初にレバーを下ろせば両手が空き、洗うことに専念できるくらいだろうか。
ちなみにシャワー室は、服屋の試着室くらい狭い。排水は、床の傾斜に沿って直に船の外へと排出される。
さらに余談だが、トイレは屎尿を便器の下のオガクズや藁で止め、使用後にレバーを下ろすと、内部の藁が少し攪拌され、臭くない藁と入れ替わる仕組みを採用していた。
都市部のトイレも手動ながら基本的に同じ仕組みだ。このようにすると糞尿が臭わず、時間をかけて良い肥料となり、売ることができる。
汲み取り式や垂れ流し方式だとコストは低いが、その臭いのせいで敵に見つかるのを危惧した冴子が、トイレにだけは金をかけたのであった。
体を洗っているシュラに、ソドムが「ならば、俺たちもギルドへ行って祝勝会だ!諸々の話はその時にしよう。また話すのは面倒だからな」
「りょ~かい。そうそう、明日から あたし有給だからね。前に申請したけど」シュラはシャワーを浴びながら、タイタンズを仕留めきれなかったことを思い出していた。宝石が散りばめられた改心の王杓を奪い損ねたことと、討伐報酬が減ってしまったのは痛い。
(降参目前まで追い詰めたのに、時間切れになるなんて・・・。でも、稼ぐだけ稼いだし、いーことにしよ)
「ああ、そうだったな。有給明けにスウィートに戻っていれば、何をするのも自由だ。俺は数日滞在して、観光しながら本来の目的であるアメノヌボコ捜索で一儲けしようと思ってるが」
(魔神討伐で稼いでくれたから、気負わなくていいので助かる)
「ん~、予定が合えば一緒に帰るわ」
「わかった。じゃあ、俺たちは先に行ってるぞ。留守中の船の見張りをギルドに依頼しなくてはな」
(正直、有給に何をするのか気になるところだが、ルール上聞くわけにもいかないし)
「はいは~い」バイト先から、アクシーでも仕事を頼まれていたシュラは、有給とバイト代でホクホクであった。
(討伐報酬も入るから、ここの簡易ベッドや椅子を居心地のいいものに買い替えよっと。ほぼ、家だもんなココ。・・・しょ~がない、ソドム達の分も新調してやるか)
なんだかんだで、優しい娘なのである。
レウルーラはシュラの散らかし具合に呆れながらも、今回は稼いできてもらったので、衣服を洗濯箱にいれてやり、スペアの服を取りにブリッジへ向かった。
(魔神のランプ・・・、当のソドムは召喚されていた時の記憶がないことから、よほど強制力のあるってことね。召喚魔法の場合は、意思や記憶があるもの。それにしても、ソドムの影武者にあのような使い方があるのには驚いた。あの力を使いこなせれば、どれだけ楽だったことか・・・)
日が沈み、辺りは暗くなるが、アクシーの街は全体的に明るく活気がある。
田舎では寝る時間でも、ここアクシーは鯨油が安価に入手できるため、街灯も多く、夜の活動時間が長い。
暗がりは犯罪を助長するので、明るいこの街は治安がいいのがわかる。
治安維持には、ギルドの聖印徒と守備兵が要所を守っているだけでなく、銅ランクの冒険者が警備兵として雇われ、街を巡回していた。
三人一組の巡回は、事件や揉め事が起きたとき、二人で対処し、一人がギルドに報せに行くのがルールである。
金ランクなどの増援が来るまで場を持たせる、もしくは見張るのが任務なので、駆け出しの冒険者でもできる貴重な収入源かつ経験を積める仕事であった。
ギルドの造りは下界共通で、空堀に跳ね橋、頑丈な扉、石造りという要塞チックな朴訥な建造物だ。
ギルドへ凱旋したシュラは、受付カウンターでギルドマスター・アズサやスタッフに称賛され、奥から調査聖印徒まで出てきて労いの言葉を受けた。
なにしろ、たった二人でダンジョンに向かい、派閥タイタンズ本隊とアクシーズ本隊を退けて帰還したのだ、大快挙であった。
「ギルドのみんな、情報ありがとね!おかげで、大儲けできたわ」と素直に礼を言うシュラ。「にしても・・・、あんたらホントに聖印徒なの?」とド派手なハイランダースにツッコミを入れて談笑し、ギルド内の酒場に向かった。
本当は疲れていて眠りたいシュラであったが、空元気で はしゃいで見せてるのは、見栄のようなものだろう。
途中、カウンターで酒を酌み交わしている四人の獣人を見かけ、「ダイバーシティ計画ってヤツが浸透して、めっちゃ馴染んでるし」と思い、つい彼らの毛を撫でながら通り過ぎるシュラ。
とても失礼な行為だが、獣人達は赤髪の小娘を一瞥しただけで、怒りもしなかった。むしろ、白い毛の獣人は喜んでるようだった。
彼らは、下界に生息する亜人とは違い、狼人のライオンバージョン・獅子人という魔物で、ソドムの暗黒転生 成功者であった。
当然、ソドムの配下であると同時に、派閥ネオギオンに属し、ゴールドランク「ライオンズ」として独立採算制で活動している冒険者である。
冒険者として活動している時は、ソドム達に気を使うなと言われているので、全く気にせず骨付き生肉に食らいついては酒をあおっていた。
ライオンの大きな口から覗く凶暴そうな牙に、大柄で骨太な体躯、隆々とした筋肉・・・、ギルドが受け入れる決定をしていなければ、それだけで討伐対象になりそうな連中だが、元は人間なのでルールを守り、ギルドにも従順なため評判はいい。
今回のバジリスク討伐も、先に情報を得ていれば彼らが攻略していたに違いない。特にリーダーである白い獅子人は修道僧でもあるため、魔神相手でも武器を用いず体術のみで戦い、光魔法も君主同様に扱える・・・どっちが怪物かわからないほど強い男であった。
ともかく、ヤバい連中ではあるが、コキュー島から解き放たれた魔物の中では、まだマシな方かもしれない。
なにせ、魔神クラスのリッチーやヴァンパイアに、10m級の大悪魔まで進出しているのだから。
それら人類の敵っぽいヤツ等でさえ、「法を守るならば・・・」と冒険者登録しているギルドもかなりブッ飛んでるのではなかろうか。
「シュラさ~ん、こっちです~!」と、奥まった席から手を振るのはルゼッタ。彼女は気を利かせて、ハイメガジョッキを注文してから、シュラのために椅子を引いた。
テーブルにはアクシー名物である鮮魚料理が並んでいる。ソドムが料理監修しているスウィート支部のような洗練されたものではないが、茹でたカニや刺身、ホタテに焼き魚など素材を活かしたシンプルさも魅力的である。
珍しいことに、今夜はソドムの隣に陣取っているルゼッタ。普段なら、ソドムの両脇にはレウルーラとシュラが座る。
今まではセクハラを警戒して・・・ということと、影王は悪逆非道 と教育されていたことが頭を離れず どうにも隣を避けてきたルゼッタだが、今回の魔神召喚で絆を感じたからか、隣に座り とても友好的にソドムと話していた。
彼女なりの推測で「終末竜であるソドムは、人類を完全に滅ぼす決定を猶予しているのではないのか?おそらく、魔神災害を一丸となって乗り切れるか試しておられる」と考えた。「ソドム殿は悪ではなく、裁定者なのだ」と、超ポジティブに解釈していた。
「ま、とりあえずカンパ~イ!」座ってジョッキを受け取るなり、シュラは皆とジョッキを合わせて一気に飲み干した。
「ふぃ~、キクねぇ。死闘のあとの一杯は格別よぉ!」と言って、ジョッキを高く掲げておかわりを注文するシュラ。
まずはソドムに問いただすつもりであったが、ずらりと並ぶ海鮮料理に心奪われ、茹でズワイガニを手に取って、その足をもぎ取り、端の方を折って身を引きずり出して、口に入れて歯でしごいて食べた。
「うっまい!」と、絶賛したシュラは数本連続して食べた後に、自らの武勇伝とソドムのさえずりを聞くために手を止めて、フィンガーボールの水で手を洗った。
とても自然な所作であるが、シュラが連邦王国のディナーに招かれた二十年前は、お約束の・・・変わった器に入った飲料水だと思い 飲んでしまって恥をかいたものだ、親のソドムが。とはいえ、育ちがお貴族様ではないので、カニの爪先を駆使して、しっかり身を穿る姿は庶民的で好感が持てる。
ソドムとレウルーラは、無邪気にカニと格闘するシュラをしばらく眺めていたが、シュラが話の主導権を握ると面倒になりそうなので、[報告]という形でルゼッタに今日の出来事を聞くことにした。肩透かしを食らったシュラが抗議したが、ソドムはおもむろに蟹の甲羅を開いて「カニミソ旨いぞ、食べてみろ?」と勧めたら、シュラは あっさり黙り スプーンでカニミソを頬張り、満面の笑みを浮かべた。
「・・・そうか、わざと尻尾を狙って逃がし、地竜を利用してバジリスクを倒したか、見事な機転だ!そして、タイタンズ相手に健闘したものの、アクシーズも現れたため【魔神のランプ】を使用して俺を召喚したわけだな」
「ソドム殿の変身した魔竜の力は、圧倒的で驚きました」ルゼッタは顔を赤らめ、興奮気味に語っている。
「そのことなんだけど・・・、ギルドへの報告は?」レウルーラは探るように質問した。
受け取りようによっては討伐対象になりかねない事案だからだ。災害をもたらす魔神であり、世界を滅ぼしかけた終末竜・・・やはり、アウトだろう。毒を以て毒を制す方針のギルドでも、獣人などと違い扱いに困るはずだった。
「ギルドにはバジリスク討伐と、タイタンズ・アクシーズとの交戦を報告しただけです。あとは・・・、貢献度による報奨金の配分はタイタンズと半々と伝えて、報告書は明日作成ということになってます」
「そう、でもソドムの力が知られるのは時間の問題ね」
(もっとも影武者が、かつて竜へ変化した姿を復元できることはソドムと私すら知らなかったのだけど。召喚されて戦闘モードになったことにより、持っている能力を合理的に使用したんでしょうね。討伐の危険はできたが、ソドムが竜王時代同様の力を秘めていたことがわかったのは大きいわね)
「それはどうだろう、もしも俺がジオルド達だったら、あえて黙っていると思うぞ」
「なんでさ?ヤベー奴と戦ったけど生還した、って自慢したくなるもんじゃないの?」と、シュラは炉端で殻ごと焼かれているサザエに醤油を注ぎながら、指摘した。
まあ、ソドムが大天使相手に生き残った自慢みたく、人に語るだろうというのである。
「そうだな。だが、今回は事情が違う。【魔神のランプ】を手に入れれば、スーパーパワーを我が物にできると知ってしまったからだ。そうなると、競合を増やさない為にも、わざわざ人に話すことはしないだろう。盗むという姑息なマネはないだろうが、決闘などの形で奪おうとするに違いない」
(せっかくの力だがランプがないと本領発揮できないのは痛い。召喚された記憶はないし、たとえ自分で変身できるように鍛錬したとしても、高所恐怖症だから、空を飛べないんだよなぁ。飛べない竜は、頑丈な的でしかないから、せいぜい千人を道ずれにできる程度だろう。討伐対象になったら負けるのは必定、今のうちにコキュー島に撤退しようか・・・)
「確かに・・・、その力の奪い合いに発展する可能性は高いわね。でも、遠目で見た人が話を広めていたら、討伐対象になるかも。勝利はめでたいけど、厄介なことになったかもしれないわね」喜んでばかりいられない状況に、レウルーラは頭を抱えた。
(誰が悪いというわけじゃない、そもそもソドムが魔神化していて、契約をしてしまっていたのは知らなかったわけだし。不幸は寂しがり屋・・・必ず友を連れてくるもの、さらにややこしい事が起きそう)
ルゼッタは、余計なことを報告しなくて良かったとホッとしつつも、いずれバレるなら一か八かギルドに打ち明けたほうが印象が良いのではないかと思った。
「わわわ、私が話してみます!ソドム殿の秘めた力は脅威ですけど、制御できるものだと!」
頑張って言ってみたが、ソドム・レウルーラの反応は薄い。
昔、竜王に変化したソドムは自我を失い制御できなかったからだ。魔神のランプで召喚されれば、制御できるのかもしれないが、強力さゆえに争奪戦になるのは目に見えていた。
どんよりした雰囲気になった祝勝会・・・。だが、能天気なシュラは悲観などしていない。
「ま、争奪戦だろうが討伐対象になろうが、どっちでもいいじゃん。喧嘩上等、敵が多いのは今始まった話じゃないし、返り討ちにして儲けようぜ!どうせ、影王ってバラしてるわけだし、それがマジで強いってだけの話だからさ。逆にビビッて挑んでこないかもよ」
「おっ、まともなことを言った」と、三人は密かに思った。
何気なく持論を言ったシュラは、グツグツ沸いてきたサザエをトングで皿に移してフーフーして冷めるのを待った。人間をやめて魔人になったため、猫舌ぎみで すぐに食べれないのだ。
まあ、物理・毒・冷気への耐性への代償が、火と光魔法に弱いというものだから、火に弱いのは人間も同じなので、猫舌くらいの代償は安いものだ。
「ハハハ、確かにな。今さら敵が増えてもおなじことだ。まあ、下界で活動する以上はギルドに所属したままが理想的ではあるが」
「そうね、寝込みを襲われたり、街に立ち寄れないのもやりにくいわね。あと、魔神を倒しても報酬はないのも痛いわ。タクちゃんに大目玉くらうわよ」とレウルーラは安全面と金銭面から、なんとかギルドへ残留すべきと主張した。ただ、その交渉を支部のギルマスに言ったところで通らないことは分かっている。
(ギルドへの忠実さは十分伝わっているだろうけど、誰か大物に保証してもらう必要がある。刃を交えたジオルド殿下・・・には頼みにくい、どうしたものか)




