魔界陣【威風凛然】
遥か遠くに、馬の嘶きがした。逃げ去ったアクシーズは徒歩なので、大方は漁夫の利を狙った修羅国が、魔竜のブレスを見て逃げ去ったのだろう。
邪魔者が去ったので、魔竜は本来の目標であるタイタンズ目掛けて死乃吐息を見舞った。
黒き雷雲のようなブレスは、ダンジョン入口を守る地竜に直撃して爆発した。
鉄板で鎧われている竜車の車両部分は、数メートル吹き飛ばされ大破している。
「うっわぁ!かわいそ〜」シュラは強烈な熱風を手で防ぎながら、地竜とタイタンズに同情している。
「な、なんという威力!・・・でも、兄たちはギリギリ洞窟に退避したみたいです。それに竜は炎耐性がありますから、有効打ではないかもしれません」ルゼッタは相手の力量を知り尽くしているだけに、生存能力を信じていた。
「しぶといねぇ、さすがプラチナランクの冒険者だわ」シュラは目を細めて、逃げ切ったタイタンズに感心している。
仕留めきれなかった魔竜は、物理的に倒す方針に切り替え、爪での攻撃を繰り出した。
爪・・・といってもスケールが違う。指だけでも人間より大きいのだ、その一撃は家数軒を吹き飛ばすどころではないだろう。
「ゴッゥゥ!」鈍い衝突音が木霊し、激しく土煙が巻き上げられた。
だが、頭を隠すように丸まった地竜は、トゲと頑丈さで耐えてみせた。その堅牢さはウォンバットの尻骨とヤマアラシの棘が合わさったような厄介さで、魔竜は二撃目を躊躇した。
「すげぇ、今の一撃で死なないの?」と、シュラが感心した。
(あたしの物理耐性でも、即死だろうなぁ)
「無意味に思える地竜の突起は、さらなる巨大な魔物には有効なんですね」
なんとか耐えられたのには、理由がある。洞窟内の聖印徒クインが防御魔法で地竜を強化し、ジオルドら勇者人間が解毒と回復魔法でサポートしていたのだ。彼らの助力がなかったら、地竜はとうに倒れていたに違いない。
「今こそ踏ん張りどころだ!皆でアレキサンドリアを支えよ!」と、ジオルドは部下を鼓舞した。
アレキサンドリアを倒すのには時間を要すると判断した魔竜は、少し距離を取り呪文を唱えた。
地竜の周りに黒いモヤがでて、そこに不死者が召喚される。いつものソドムなら臭いを気にして骸骨しか召喚しないのだが、魔神としてのソドムはこだわりがなく雑多な不死者を召喚したため、数は多かった。
骨のみのスケルトン、動く死体であるゾンビ、影のみの存在シェード、多少は知能があるグール、実体をを持たないゴーストなどが、双頭それぞれから召喚されたため、あっという間に百体ほどの軍勢となった。
日は沈みかけている。アンデッドにとって活動しやすい環境だった。
魔竜はダンジョンの入り口が比較的脆い泥岩であることに目をつけて、崩すよう命じた。
不死者の群れは地竜を素通りしてダンジョンに殺到した。
わざわざ倒しにくい地竜を相手にせず、眷属どもが穴を拡張するのを待ち、そこに死乃吐息を吹き込めば、害虫を燻すがごとく彼らを外へ出し、殲滅できる。
出てこなければ、それも良し。デスブレスを継続すれば、数分で死に至るのだから。
一方、守備側は必死であった。敵の狙いは明白で、穴を拡げて恐るべき吐息を吹き込むことなのだから。
少しずつ削られ、崩れる岩盤。そこから覗く不気味なゾンビに戦慄し、即座に剣で突いて撃退していく。悪辣なことに、不死者たちは数か所から攻めてくる。
恐怖心のないアンデッドは、倒しても倒しても押し寄せてきて、タイタンズを疲弊させた。
いっそ、自分もアンデッドになれば楽になれるのだろうか・・・などと頭によぎる者がいるほど絶望的な戦いであった。
タイタンズは、この防戦で半数のアンデッドを倒し、累々たる屍は穴が塞がるほどになり、薄っすら希望が見えてきた。
撃退されることは魔竜にとって想定内で、損害など気に留めず、再びアンデッドを召喚した。
不死者召喚で呼び出されるのは基本雑魚だが、暗黒転生と同じくランダム性があり、稀に強力な魔物が召喚されるので、それに突破させようという考えであった。
普通の闇司祭ならば、不確定かつ魔力消費が多い上記の作戦はとらない。無駄に多い魔力量と二つの頭による同時詠唱があるからこそとれる物量作戦なのだ。
容赦のない魔竜は、ダメ押しで魔界陣【威風凛然】を展開して、半径100mの空間に神経毒を発生させた。
無色無臭の毒は空気中から呼吸器に入り込み、痺れと呼吸困難をもたらすもので、毒耐性のないものは戦闘力は半減し、魔法の詠唱も困難になる。
まさに、魔竜ソドムは人間にとっての天敵だった。対峙する者は、痺れで力を発揮できず、魔法攻撃の射程は魔界陣より短いため詠唱すらできないからだ。
魔神たちが扱う強力な魔界陣は、永続させるための魔力が必要なので、仮に普通の人間が展開するとしたら、維持できるほどの魔力量がないため昏倒して、そのまま死んでしまうだろう。
ソドムの場合、竜王を取り込んだ名残で魔力がモリモリ回復する体質であるため、魔界陣を展開しても支障がない。ただし、魔法の出力が低いため、効果範囲は魔神の中では狭い方だ。氷竜ウィルがコキュー島の半分を極寒の地にしているのと比べると、児戯に等しい魔界陣であった。
「ありゃ?どうしたのルゼッタ、具合悪そう」異変を感じ、気遣うシュラ。
「コホッコホッ!お、おそらく神経毒か何かでしょう。命令に私の安全を含めなかったため、無差別攻撃をしたのでは・・・」
「じゃあ、止めさせるよう命じれば!?」
「ですが、すぐに死に至る毒ではなさそうなので・・・」ルゼッタは体に痺れを感じながらも、勝ちに執着し、「こうなったら、兄との我慢比べといきますか!」と言い、無理に笑ってみせた。
再び攻勢に出たアンデッドに対し、タイタンズは原因不明の痺れと呼吸困難により苦戦を強いられていた。解毒しようにも詠唱がおぼつかず、仮に成功したとしても、空気中が毒なのだから意味はない。
「カハァ!ハァハァ。これは・・・いけませんね」聖印徒のクインは大楯を手放し、槍を杖代わりにして、ジオルドに指示を仰いだ。
「ゴホッ!どうにもならぬか?」良い策が浮かばないジオルドは、近衛騎士に意見を求める。
「退けばアンデッドが雪崩れ込み、さりとて留まっても死を待つのみかと」そう答える騎士に、クインも賛同し頷いた。
つまり、「降参せよ」と。
「降伏は屈辱的は選択ではありますが、妹君は惨い仕打ちなど致しますまい。ゴホッ、こ・・・ここは一つ、良き学びの機会を得たと思って命を拾い、これからの糧にするのが良策かと・・・」そう進言するクイン。
ジオルドは悔しさを滲ませながらも、クインの言う事を理解した。あとは、プライドの問題であった。
(まさか口先だけの影王に、これほどの力があったとは・・・。四賢者のレウルーラ殿が常に一緒にいるのは、ヤツを見張っていたからなのだろうか。それとも、魔剣ゾルディティンが近くにあると本領を発揮できるのか?いずれにしても、敵にまわすべきではなかったという事か)




