魔神のランプ
形を成した魔神は、黒い鎧に紫のマントを纏い、左手の籠手は派手めな金の装飾、腰には煌びやかな剣を提げた高貴な騎士風の男であった。
髪は黒、身長はルゼッタより僅かに低く、強そうには見えないが、不気味な赤い瞳が人外だと確信させた。
「え~!!魔神ってコイツぅぅ?こんなポンコツ来たって状況変わんねぇよぉぉ!!」シュラが今にも噛みつきそうにクレームをつけた。
召喚された魔神は、自船でレウルーラと まったりしていたソドムであった。ただ、いつもと違ってシュラの暴言には反応しない。
いったいどんな化物が現れるのか緊張していたジオルドは、その糸がキレたように豪快に笑った。
「ハッハッハ!貴公らの切り札がソレか!?前は卑怯な不意打ちやらで苦戦したが、もはや通じぬぞ。しっかし・・・、召喚されたのが小細工ばかりのペテン師とはな、笑いが止まらぬわ!」と、戦いの最中に指をさして笑い転げた。近衛騎士も、騙し討ちや毒しかとりえのない影王など恐れてはおらず、失笑する。
一方、月山レイコは違った。直接ソドムを見たことはないが、赤い眼をした男はこの世で影王ソドムしかいないと知っている。
それと、祖父からソドムが竜王と聞いており、絶対に戦うなと口酸っぱく言われて育った。
竜王の力を失ったと聞いてからも、その情報には懐疑的で、大和人として畏怖の心が「逃げろ!」と訴えている。
「総員、退却せよ!」と叫び、隣の専属セイントに頷いた。
セイントは槍先の旗を大きく振って、退却を皆に報せた。
するとアクシーズは、波が引くように素早く撤退を開始した。ハーピーは散開し、サムライは背を向けずに粛々と後退する。
練度の高い軍隊は進退が機敏で、命惜しさに勝手に逃げたり、手柄のために身勝手に動く者はいない・・・だからこそ強いものだ。
躑躅色の軍団は戦場を離脱して、タイタンズとガーターズのみが残った。
「・・・我が名はソドム。呼び出した者よ、望みを言え」散々バカにされても無反応だったソドムが口を開いた。
その視線は、ただ真っ直ぐ前に向いていて、感情のようなものは感じられない。
すかさず手を挙げたシュラが、イタズラっぽい表情で命令した。
「ソドム、自害しろ」
が、まったく反応しないソドム。論外な望みには応じないのか、もしくは呼び出した者の命しか聞かないのかもしれない。
「何なのよ、もぅ!つまんないわね!」と、少しすねたシュラはドーゾドーゾと手を動かし、ルゼッタに主導権を譲る。
戸惑うルゼッタだが、魔神として現れた以上、何らかの力があるのだろうと思って少し楽しみではあった。
百識は、自らが封印されていた時に抱えていた【魔界石】を、ソドムが誤って飲み込み吸収したのを見ていたので、おそらく魔神化したとは思っていた。
さらには、ソドムがルゼッタの【魔神のランプ】を手に取り「どこにでも駆けつける」と言ったことで契約が成立したとみていて、今回ソドムが召喚されたことには驚かない。
(問題はソドムの能力・・・。竜王の力は失っても、潜在的な力はある。逆にやり過ぎなければよいのだが)
ルゼッタは勇者人間の手ごわさと しぶとさは十分に知っている。仮にソドムが強いとしても、手加減できる相手ではない。
どの道タイタンズ全員、帰還の魔法が使えるのだから、強烈な命令を下そうと思った。
「ソドムに命じる、我が敵を殲滅せよ!」ルゼッタは、見える範囲の敵を手でなぞって命じた。
その直後、ソドムから殺気が滲み出て、危険を感じた百識が『小娘、時間制限をしろ!』と心話った。
ルゼッタはハッとして腕時計を確認し「五分間!!」と、慌てて付け足した。
「承知」ソドムは無表情で応じ、右掌を下に向け、自らの影に何かを命じるような仕草をした。
するとソドムの影が膨張し、ソドムをも呑み込みどんどんと膨れ上がり、シュラとルゼッタはそれに捕まって、遥か上空まで運ばれてしまった。
「ぎゃ〜、なんじゃこりゃ~!」数十メートルも上に引き上げられたシュラは、何が起こったかわからず騒ぎ散らす。
「ひぃ~、どどどうやら私達は手の平の上にいるみたいです、たぶん!」ルゼッタは高さで足がガクガクとなりながらも周りを見渡し、黒い魔物の手にいるのではないかと思った。
(この高さ、落ちたら助からない!偶然引き上げたのではなく、戦闘に巻き込まないために保護した・・・と思いたい)
「あ!頭、竜の頭が見える!」黒い指の隙間から竜の顔を見たシュラは、何となくソドムの影武者が竜王を模したとわかってきた。
そうと分かれば、以前 竜王の舎弟である巨竜ゴモラに乗ったことがあるシュラは落ち着きを取り戻してきた。
その時は、ただ乗っただけでなく、ノリの良い竜とアクロバティックな飛行をしながら、当時敵対していた大和帝国の陣を遊び半分で焼き払った。それから降りて、百人斬りをして名を馳せた。
こんな事があったのだ、「ソドム、竜、チビドラ」は恐怖の対象として、ザックリと大和帝国民の記憶に残っている。
ついに全貌が露わになった黒き竜。影から出でた竜は全身が黒で、眼だけがソドムと同じく赤い。明らかに他の竜と違うのは、首が二つある事。そんな竜は伝承にある終末の双頭竜しか存在しない。
黒き双頭竜は、地上のタイタンズに日の光が届かないほどの巨大さで、軍馬は怯え、騎士の中には腰を抜かすものもでた。
剛毅なジオルドでさえ、城ほど大きい竜を前に後退りした。かつてソドムの剣撃で感じた恐怖とは比べ物にならない絶望が目の前にあった。
この魔竜と地竜アレキサンドリアと比べるなら、人間の大人と赤子、自分と比べたら人間とダンゴ虫・・・とても渡り合える姿など想像できなかった。
(しかも、頭が二つで赤き眼・・・まさか終末乃双頭竜!かつて影王が召喚したというのが誤りで、ヤツ自信がデスドラゴンだったというのか!?)
タイタンズは、デスドラゴンの特徴と一致する魔竜を見上げ、「世界のために戦わなければ」とは思うのだが、今 眼前にいるということは、かつての五英雄ですら倒しきれなかったわけなので、勝ち筋など見えはしない。
もはや不確かな伝承とはいえ、二十年前 終末竜を倒すのに大陸三強である悪魔王・大天使・竜王と、最高峰の付与魔術師である冴子が連邦の国家予算を湯水のように使って創り上げた巨大な石灰巨兵をぶつけて、勇者ゼイターが国宝である【封印の宝珠】を使い、やっと封じたというのに、今ここには それら一つたりともないのだ。
加えて、帰還のポイントが現在地だと知らないルゼッタが、苛烈な命令をしているので、逃げるという選択肢を失っている。
タイタンズを率いるジオルドは、戦わずに洞窟に避難するか、散開して運任せで逃げるかの決断に迫られた。
なぜ、封じられたデスドラゴンが眼前にいるのか、ソドムとは何者なのかなど考察する余裕などなかった。
(今まで罵詈雑言吐いた手前、降伏などできぬ。洞窟に逃げ込めば安全に思えるが、竜の炎を吹きかけられれば逆に窮地になるやもしれん)
ほんの一時、ジオルドは どう逃げるか思案したが、聖印徒クインが恐怖を跳ね除け、
「ハッタリです!ソドム卿の影武者は、能力を再現こそできても、耐久力は一割ほど。以前、影武者が弓矢程度でアッサリと霧散したのを見たことがありますので・・・」そう言いながら、巨大弩を双頭の魔竜に向けた。
「これでペテンは暴かれます!」つい、ポーカーフェイスを崩してニヤリと笑うクイン。
(いいぞ、ソドム卿!これで、私が討ち取れば名誉は独り占め。さらに、落下事故ということで王位継承権あるルゼッタと、継承の可能性があるシュラを葬れる。さすれば、ジオルド様が次期国王になるのは確実。自ずと私も栄達が見込めるというものだ!)
クインは手始めに骨格で鎧われていない腹目掛けて、槍のように太い矢を放った!
「ドズッ!」命中した矢が鈍い音を立ててから、虚しく地に落ちた。
「はぁ?」予想外の結果に、冷静沈着なクインのキャラは崩れ去り、口をあんぐりと開けている。
これにはジオルドも期待が打ち砕かれ、言葉を失い凡人と化した。
無傷の魔竜は、逃げ場がないタイタンズより、早々に退却した連中が戻って来ぬよう、威嚇目的で適当な場所に攻撃しようと大きく息を吸い込む動作をする。
そして、数百メートル先に黒い雷雲のような死乃吐息を吐いた。
ソドムの特性である毒を含んでいる黒い粒子群は、摩擦により電気を帯びて、大地に接触して拡散したと思ったら一気に発火した。魔竜のブレスは広範囲を粉塵爆発のように爆破したのだ。
誰もいない荒野だったので被害者はいないが、仮に戦場だったなら百人規模の死者が出て、運良く生き残っても、対象は感電で動けないまま毒と残火で死ぬだろう。
百識は遠くで燃える大地を見て、
『災厄が具現化したような姿、禍々しき吐息、まさに邪神よのぅ。しかし、本来の終末竜は業火のような激しい炎を吐くと聞く。となると、これはソドムが以前に変化した姿を影が模倣したにすぎぬか。まあ、聞かれぬ限り、わざわざ説明する気はないがな』と、思った。
百識にとってはガーターズへの説明などより睡眠が優先で、少しでも早く力を取り戻したかった。
「すっげぇ~!あれ食らったらヤベーよ」味方の攻撃ながら、ビビッてしまうシュラ。
ルゼッタも見たことのないド派手な吐息に度肝を抜かれた。
「はわわ、私はデスドラゴンを復活させてしまったのでしょうか・・・」
(これが国宝の力、影王ソドム殿の正体?ソドム殿が魔神だったとは・・・。時間制限していなかったら、大変なことになるとこでした。それにしても、ソドム殿の余裕は、この力があったからなんですね。改心したのかはわかりませんが、今のソドム殿が温厚で良かった)
タイタンズ陣営は、魔竜のブレスに驚きを通り越して思考停止している。
天を覆うような大きさ、頼みの対巨大生物用の巨大弩は弾かれ、圧倒的攻撃力を有する魔竜を前に、万策尽きていた。
地竜アレキサンドリアは、僅かに注意がそれた隙に、タイタンズを守るべく、
『主たちは洞窟に退かれよ。その入り口をこの頑丈な体で蓋しますゆえ』と心話った。
「馬鹿な、そんなことをしたら、お前が持つまい」と、ジオルドは竜を犠牲にすることを拒んだ。竜を使役しているように見えるが、実は両者は対等であり、盟友関係であった。
『問答してる間が惜しい、早々に退去されよ!』唸りながら心話う地竜。
(今回は相手が悪い・・・。竜王様に酷似しているアレは、人間で太刀打ちできるとは思えん。討伐対象になってもおかしくない私を今の形で雇ってくれ、主と共に旅をした日々は楽しかった・・・)
地竜の眼に決意の固さを感じたジオルドは、
「わかった・・・、ならば殿を頼む。あと数分耐えたあかつきには、好物の牛肉を約束しよう!」そう言って、皆には洞窟に退避するように命じ、自らも退却した。
(竜族は物理に強く、炎耐性もあるため同族同士では決着がつきにくいという。魔竜との体格差は凄まじいが、なんとか耐えてくれよ!)
人間と違い、竜の表情は読み取りにくいが、別れ際のアレキサンドリアは微笑んだように見えたのであった。




