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第三章 第二話


                *


 私、涙が出るくらい大笑いしました。帰り際に、今度、私の都合と天気のいい日に、久澄川っていうところに行ってみないって、誘ってもらいました。本当は勉強が休みの日じゃないと駄目かなって思ったんですけど、海が、歩くのはリハビリになるし、私が勉強するようにって言わなくても、ずっと真面目に勉強してきたからって、特別にって、リュウさんとトモさんに、じゃあ明後日はどうですか? って。二人とも驚いたけど、携帯電話で天気予報を見たらどうやら晴れのようだったから、明後日、行くことになりました。すごく楽しみです。どうなったかは、明後日、報告しますね。


    8月2日 晴れ(やった!)

 パパ、ママ、今日は一昨日に言った久澄川に行ってきました。一昨日この話が出た後で、海がリュウさん、トモさんと携帯電話の番号を教えあって連絡をとりあっていたので、お昼はこっちで用意するとか、川がきれいだから釣った魚を料理してその場で食べられるとかの情報を交換しあって(でも私には釣りの話は内緒でした)、準備を万端に整えてから、リュウさんとトモさんを乗せて川の入り口まで車で行ってから、出発です。


                *


「じゃあ、行ってきます」

 車番をじいに任せて、私と海は、リュウさんとトモさんの案内で、久澄川を目指しました。高い木々が燦々と輝く太陽を遮って作った日陰にある、舗装されてない道を歩くのは、普段のリハビリとはまた違う筋肉を使っているせいなのか、思ったよりいい運動になりました。軽い上り下りもありましたし。久しぶりに嗅いだ森の匂いも、以前パパとママと一緒にハイキングしたことを思い出させてくれました。あのときは私、肩車で連れて行ってもらった記憶があるけど、今は自分の足で歩けるんです。それでも十分歩いて休憩、また十分歩いて休憩。付き合ってくれた三人には申し訳ないけど。休憩の間に、リュウさんとトモさんはカブトムシを捕まえてきてくれました。本物を見るのも触るのも初めてで、ちょっと怖かったけど、図鑑で見るよりつやつやしてました。

 二度目の休憩を終えて、また歩き出すと、名前のわからない鳥がキュウキュウみたいなキャッキャッみたいな声を残して飛んでいきました。

「またあの鳥だ」

「また、ですか?」

「ちよりちゃん、あの鳥はね、僕とリュウが小学生の頃からこの辺に住んでて、ここに来ると五回に四回は、さっきの鳴き声で鳴くんだよ。でもなんて名前の鳥かは、わからないんだ。住んでるって言っても、鳥にも寿命があるから、何代目かはわからないけど」

「名前、勝手につけちゃおうか。ちよりちゃんのち、海さんのか、トモもと、僕のりで、チカトリ。鳥って入ってるし、それでいいじゃない。そうしよう。あいつはチカトリ」

「安易なネーミングだなあ」

「あ、じゃあ、トモはなんて名前つけるんだよ。言ってみろ」

「よし。じゃあ僕がセンスのいい、安易なネーミングでもない、きらりと知性の光る、かっこいい名前をあの鳥につけてみせようじゃないか」

「なんて名前?」

「チカトリ」

「一緒だっぺ。思わず方言出たわ」

 また大笑いです。リュックサックを背負い直して、私はまた歩きました。私のリュックには四人分のお昼ご飯が入っているので、絶対に落としちゃいけないし、いるかもしれない狸とかに盗られないように、しっかりと背負わなくちゃ。

 そう、服装。海はいつものモーニングじゃなくて、Tシャツに膝下のジーパンていう滅多に見られないファッションで、ちょっと照れ臭そうにしてました。あの海が。私も汚してもいい服、って言うと服を作った人たちに失礼だけど、いつものワンピースみたいな上品なのじゃなくて、Tシャツにホットパンツに、バスケットシューズっていうちょっとリハビリのときみたいな、元気な服を着ました。リュウさんとトモさんが、かわいいね、似合ってるよ、って言ってくれたんですよ。川に行く前、車を降りてから、トモさんが虫よけスプレーを手と足にシューってかけてくれて、なんだかワクワクしたんです。だって私には冒険なんですから。

 また、三度目の休憩をとろうか、どうしようかってくらい歩いたときに、だんだんと遠くが明るくなってるのが見えてきて、リュウさんが振り返って言ったんです。

「ちよりちゃん、もうすぐ。もうすぐ久澄川が見えるよ」

 だから頑張って歩きました。近づくと川の流れる音がだんだん大きくなってきて、心臓がいい意味でドキドキして、疲れてるのなんて忘れちゃって、そしてとうとう到着しました、久澄川。森の深いところ、木々の間、長い月日を経て丸くなった石がいっぱいある、思ったより大きな川幅で、流れも私には少し急な、でも涼しい風の吹く、水のきれいな川でした。

「どう?」とリュウさんが聞くので、

「きれいです」と答えました。

 リュウさんとトモさんがハイ・タッチをしてよろこんでくださいました。次には靴と靴下を抜いで川に入って、冷てえって、ちよりちゃんも入りなよって。海がうなずいてくれたので、私も裸足になりました。初めて裸足で踏む小石の感触は何とも言えない感じで、一歩一歩歩くたびにくる足の裏への刺激が、気持ちよかったです。川に入るのは、ちょっと、じゃなくて、かなり、おっかなびっくりになっちゃいました。川の水の冷たさにまた驚いて、でこぼこした川底で転ばないようにしながら、服が水にぬれないくらいの、川の真ん中の近くにまで歩いていこうとしたら、リュウさんが言ったんです。

「ちよりちゃん、あんまり真ん中のほうにまで、行かないほうがいいよ」

「どうしてですか?」

「この川にはね、河童がいるんだよ」

「河童ですか?」

「うん。この川に住む河童はね、本当はすごく優しくて、人間とも相撲を取って遊んだりするいい河童なんだけど、居眠りが大好きで、自分が昼寝してるときにあんまり人間が川に入ってうるさくすると、怒って、人間の足をつかんで川の中に引っ張りこもうとするんだってよ。うちのじいちゃんが子どものときに、川で泳いでたら、河童に足、つかまれたこと、あるんだって。だからリュウも久澄川で泳いじゃ駄目だぞって、じいちゃんが言ってたんだ」

「そうなんですか」

 じゃあ、気をつけますって私が川岸のほうに行くと、泳ぐのは駄目なんだけど、その代わりにってトモさんがリュックサックから釣り竿を取り出したんです。

「ちよりちゃん、釣り、したことある?」

「ないです」

「じゃあ、やってみよう」

 そう言うと、てきぱきと準備をしてくれて、餌もつけてくれて、私、生まれて初めての釣り体験です。この川ではイワナという魚が釣れるそうです。と言っても、一時間頑張っても釣れないときがあるからって言われたので、私は駄目な場合も覚悟しよう、そう思いました。ふふふ、思ったんですけど、釣れました。魚が餌に噛みつくと、竿がビクビクって震えるんです。リュウさんとトモさんと海が、リールを巻いて、とか、ちょっと泳がせて、とか、あ、見えてきた、ゆっくり、とかコツを教えてくれて、魚に逃げられないようにしながらリールを巻くこと数分、に感じたけど、数十秒かもしれません。リュウさんがタモって言う網ですくってくれて、初めてのイワナです。その後はリュウさんと私が釣りに専念して、トモさんは釣りをしたり姿が見えなくなったりして、海は荷物の管理と私の手伝いをしてくれて、結局三人で八匹、釣れました。今日は大当たりだって、こんなに釣れるのはめったにないって、リュウさんもトモさんも驚いてました。釣りが終わったらお昼ご飯です。さっきは釣り竿が出てきたトモさんのリュックから、今度はまな板と包丁と長い串が出てきて、釣ったばかりのイワナの内臓をとって洗って、串にさして、リュウさんが火を起こして、四匹焼き始めたんです。焼きあがるまでの間、キンキンに冷えたコーラを飲みました。これもトモさんのリュックから出てきたんです。いろんなものが入ってるんだなあって感心しました。イワナの残りの四匹は、私が持って帰っていいよって言われて、海を見たら、じゃあ今晩のおかずにしましょうって。私が釣った魚もあるんですよってみんなに言ったらきっと驚くだろうなあってワクワクしました。その上、イワナの内臓の取り方を覚えたんですよって言ったら、みんなどんな顔をするのかって、想像しただけでおかしくなっちゃいます。その日食べたイワナの塩焼きは、きっと自分で釣ったからっていうのもあるでしょうけど、とってもおいしかったです。

「ごちそうさまでした」

 四人で声をそろえて言いました。私が持ってきたお昼ご飯は、私が食べられなかった分も全部、リュウさんとトモさんが食べてくれました。おいしいって言ってくれたので、よかったです。私もイワナの塩焼きがおいしかったし、何かの形で、恩返しって言ったら変かもしれないけど、リュウさんとトモさんにお返ししたいと思いました。

「ちょっと休んだら、バレーボール持ってきたから、それで遊ぼう。海さんにも、参加してもらいますよ」

「はい。任せてください」

「え、自信あるんですか? 実は元バレー部とかだったり」

「いえいえ、そういうわけではないんですけど、足を引っ張らない程度には、できると思います」

「スポーツは全般、何でもこなせるタイプなんですね。いいなあ」

「なあ。僕もトモもスポーツは何でも、ビリから数えたほうが早いんですよ」

「どうやるんですか?」

 私はリュウさんに聞きました。

「バレーボールでレシーブってあるでしょ? こんな感じでボールを上げる、レシーブ。あれを何回連続で落とさないでできるか、記録に挑戦するの、どう?」

「こうですか?」

「うん。腕を伸ばして……そう、そう、そんな感じって言っても、僕も人に教えられるほどうまくないんだけどね」

「こんな感じ」

「ちょっと練習してみる」

「はい」

 するとリュウさんがリュックサックからバレーボールを取り出して、優しく投げてくれました。最初はうまくできなかったんですけど、だんだんとできるようになってきたんです。

「じゃあみんなでやってみようか」

「目標回数は何回にする?」

「うーん、きりのいいところで、二十回、くらいは、どうかな?」

 リュウさんとトモさんが話して決めて、私たちは二十回を目標に、始めました。

 結果を発表します。なんと、実は、驚くことに、できました、二十回。二十四回まで続けてできたんです。それまでに何回も失敗したんですけど、最後にみんなで大笑いして終わりました。気がついたら腕が真っ赤になってたんですけど、いい思い出です。

「ああ、汗かいた。いい運動になったね。日差しも強いから、余計に汗、出るね」

「はい。こんなに動いたら、リハビリ二回分にはなったかもしれないです」

 私が返事すると、リュウさんは団扇であおいでくれました。目を閉じて風を浴びていると、川の流れる音、木々の葉のこすれる音が耳に心地よくて、するとトモさんが言いました。

「ちよりちゃん、海さん、リュウ、みんなで記念写真撮ろうよ。こっち来て」

 目を開けると、トモさんがリュックサックを重ねて台を作っていて、カメラを操作していました。行こうってリュウさんが手を引いてくれて、川辺で四人並んで写真を撮ったんですけど、その後です。

「じゃあ、今日はこれくらいで、帰ろうか」

 リュウさんが言って、私はもっと遊びたかったから、はいとは言えなかったんです。でも、 それを言ったらわがままになっちゃうしって困ってたら、

「今日はこれで終わりだけど、また今度、遊ぼうよ」

「はい」

 自分でも聞いたことがないくらいの大きな声で、返事をしていました。


                * 


 私はまだ早いって思ったんですけど、でも、帰りの車の中で、私眠っちゃって。だからちょうどいいタイミングで帰れたのかもしれないって、リュウさんが正解だったのかもって思いました。疲れるのも忘れるくらいに遊んだのって初めてです。その分、明日からは勉強もリハビリももっと頑張ります。今日は本当に楽しかったです。

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