第二章 第八話
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まずは恒例のICレコーダー探しをしてっと。持ってねえな。うん、持ってねえ。じゃあ、始めるか。何を? うるせえんだよ、トモ、裸にすんぞ。……。そう、おとなしくしてりゃいいんだよ。犬は元気か? ぱははははは。ぱははははは。……死んだ。え、死んじゃったの、ありゃー、かわいそうに。ぱははははは。ぱははははは。……。無視すんなよ、トモ、かわいそうって言ってんだぞ。……。何とか言えよ。声聞かせてくれよ。そんなこと言われて、なんて言えばいいんだよ。口! 言葉使いに気をつけろ、お前のばあちゃん殺すぞ、言い直せ。……なんて言えばいいんですか? そう、そういう口の利き方、しねえとな。痛い目に遭いたくないだろ、なあ? ……、はい。よし、そうだ。ぱははははは。ぱははははは。こないだ、リュウはなんか言ってたか? いいえ、何も聞いてません。本当か? はい。それはそれでつまんねえな、まあ、いいげど、じゃあ、何やってもらうがな、何がいい? こういうのは徐々にエスカレートさせていかねえとな、面白ぐねえべ。根性焼きってのは、どう? いいな、ちょっと待て、準備すっから、ライター、ねえ。俺、ある。よし、準備オッケー、手、出せ、出せよ。三、二、一。あち。ぱははははは。ぱははははは。次は何する? ……もうやめてください。うるせえ、やめてほしいなら土下座して頼めよ。いやです。じゃあ、土下座しろ。ぱははははは。ぱははははは。早くしろよ、俺がナイフ持ってんの、忘れてねえよな、土下座しろ。……。早く。……。ぱははははは、こいつほんとに土下座しやがった。冗談だって、本気にすんなよ、いじめみてえじゃねえがよ。……。次、何する? こないだの、裸にして女便所のやつ。面白がったな。じゃあ、それでオナニーでもさせっか? ぱははははは。ぱははははは。それ、いい。……それは、やめてください。なんでだよ、面白れえべ。てか、オナニーしたこと、あんのが、トモ? ……あります。あんのが。クラスの誰で抜いてんだよ、正直に? ……クラスの誰とかじゃなくて、エロ本見て、抜いてます。写真か? 漫画家か? ……写真のほうが、多いです。ぱははははは。ぱははははは。じゃあ、オナニーはまた今度な、優しいべ、俺、なあ、トモ? ……。無視すんなよ、トモ。優しいよな? ……はい。じゃあ、次は何してもらう? 何がいい? 誰が女連れてきてスカートめぐりでもさせっか? それもいいげど、なんかもっと、こう、なあ? リュウの家がら、エロ本かなんか、万引きさせっか? いいな。それより、リュウと殴り合いの喧嘩させっとがは、どうだ? それいいな。おお、ナイスアイディア。さっそくリュウ、呼んでくっか。待ってください、それはやめてください。なんでだよ? 面白れえべ。……嫌です。ほかのにしてください。
「なんで嫌なんだよ」
「リュウは友達だがら」
「お前ら、ホモか」
「ぱははははは」
「ぱははははは」
「何が面白くて嗤ってんだよ」
「口の利き方に気をつけろて言っただろうが」
木村は左手で胸倉をつかんで、バタフライナイフを喉元に突きつけてきた。殺す度胸はないだろうと思う反面で、血走ったやつに目を見ていると、やりかねないとも、思えてしまう。
「謝れ」
「……ごめん」
「ぱははははは。謝った。じゃあトモ、僕はトモヤじゃなくてホモヤですって言え」
「ぱははははは」
「ぱははははは」
「ホモヤですって、言えよ」
取り巻きどもが、ホモヤ、ホモヤと囃し立てて、木村が嗤い、僕から目をそらした。
人間の我慢には、限界というものがある。そして、どんな人間にも、踏みこまれたくない領域、越えられたくない一線というものがる。それを、木村は踏んだ、越えた。
左腕でバタフライナイフを払い、右手で僕の胸倉をつかんでいる左手を引っ張ると、人差し指と中指に、思いっきり噛みついてやった。
人間の顎の力は、思いのほか強い。それは人の指を噛みちぎることができるくらいに、だ。
「痛え……うわああああ!」
口の周りについた血は、生温かった。口の中の指二本は、気持ちが悪いので唾を吐く要領で吐き出した。二本同時に吐き出そうとしたのだけど、片方が口に引っかかって、一本ずつになってしまった。ちゃんと二本、教室の、埃や消しゴムのカスなんかで汚れている古びた床に転がった。見ると、第二関節の手前ぐらいまであって、さっきまで指だったそれは、肉片と化していた。もっと言うと、人間の体の一部ではなく、ゴミだ。ゴミになったのだ。口の中に残ったねっとりとした血も、二度、三度と吐き出した。
木村はその場にへたりこんで、真っ青な顔で泣いていた。取り巻きの四人も、同様の顔でビビり倒していた。誤解を恐れずに言うなら、いい気分だった。血を止めようとしているのか、あるはずのものがないのを飲みこめずに確認しているのか、右手で指を握って、また悲鳴を上げた。でも誰も駆けつけてくれはしない。当たり前だ。やつらがそういう場所を選んだのだから。木村の股間から、黄ばんだ液体がズボンからにじんで広がっていった。
「救急車、呼べよ、早く」
木村の制服は血でべっとりだ。バタフライナイフと根性焼きに使われたタバコの吸い殻は重要な証拠だ。それらを回収してから、やつらのビビりっぷりを楽しもうとしたが、指をつなげられるからと言われたのか、
「指、どこ?」
と床に目を走らせるので、一足先に拾って逃げた。だがすぐに追いつかれそうになったので、窓を開けて、それ以上近づいたらここから投げっぞ、と脅した。追いかけてきた取り巻きのふたりはそれで動かなくなった。残りのふたりのうちのひとりは教室から顔を出して様子を見ていて、もうひとりは携帯電話で何か話しているのだろう、教室から出てはこなかった。もう一度言う。誤解を恐れずに言うなら、いい気分だった。だから、この後児童相談所に通告されて車に乗せられるまで、そして親の涙を見るまで、悪いことをしたとは、思わなかった。
僕は自分と友達を、悪の魔の手から、救ったのだ。それは褒めらてるべきことじゃないんですか?




