シュナイダーの過去
魔人が住む、薄暗い世界。
一人の魔人が転移して戻ってきた。
そこは、デストモーデスの邸宅だった。
「また、この世界に帰ってくるとはな。せっかくの計画が……」
デストモーデスは足元に目を落とした。
邸宅の床には、大きな穴が開いていた。
しばらくその穴を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……あの坊やに修繕費を払わせるか」
*
「シュナイダーの真相は、まだ解明されていない」
アルフォートはそう切り出すと、シュナイダーについて話し始めた。
「シュナイダーの自室から、昔の日記が見つかった。そこには、祖父がカーツ家の復興に取り憑かれたような人物だったと書かれていた。シュナイダーを領主にするために厳しい教育を施し、残り少ない財産を使って他の貴族との人脈を築いていたらしい。両親、特に父親は、そんな祖父に黙って従っていたとも記されていた」
アルフォートはアーシェに目を向けた。
「アーシェ、お前は部屋を出なさい。ここからは大人の話だ。まだ、お前が聞くには早い」
アーシェはレッドアニマを握りしめ、父親に言い返した。
「私はもう大人なの。それに、私も知りたい。シュナイダー……叔父さんのこと」
こいつは最初から頑固だったが、俺に対してだけじゃなく、父親にもそうなのか。
アルフォートはため息をつくと、再び話し始めた。
「カーツ家は、数百年前にこの国の半分を治めていた一族だ。だが、圧政によって弱体化したところを、隣国の王家に滅ぼされた。その王家が、現在この国を治めている。ただし、カーツ家は貴族として存続することを許されたらしい」
「つまり、今の王家がカーツ家の国を侵略したってことか」
「ああ。弱っていた国を落とす。それ自体に問題はない。国民は圧政から解放され、喜んだようだ」
アルフォートは一息つくと、話を続けた。
「やがて祖父は病に伏せた。ところが、ある日突然元気を取り戻し、それまで以上に狂気に駆られていったという」
俺は、シュナイダーの祖父に化けていたマルクを思い出した。
あいつは祖父の皮を脱ぎ捨て、悪魔の姿を現した。
「病に伏せてから、急に元気を取り戻したのか……」
「ああ。そして、シュナイダーが二十歳になったある日、祖父はどこからか手に入れた書物を持ってきて、それを読むように命じた。そこには、魔人との契約方法が記されていたそうだ」
アルフォートは一度言葉を切った。
「……日記は、そこで終わっている」
魔人との契約方法か。
やはり、祖父に化けていたマルクが関係しているのだろうか。
「ただ、シュナイダーが二十歳のときに母親が亡くなったものの、葬儀は行われなかったらしい。それに、父親は何かに怯えるようになり、翌年には失踪している。これは、当時からカーツ家に仕えていた人物の証言だ」
アルフォートはさらに続けた。
「その人物によると、母親が亡くなってから、シュナイダーは人が変わったようになったという」
「それは、どんなふうに変わったんですか?」
「まず、食べ物の好みが変わった。可愛がっていた犬が亡くなったときも、何とも思っていないような様子で、ただ『埋めてこい』と言ったそうだ。そして、それまで乗り気ではなかった領主の座を、本気で目指すようになった」
俺は、シュナイダーが魔人を逆に利用していたと話していたことを思い出した。
祖父に強制されていたはずのシュナイダーが、自ら領主の座を目指すようになった。
何があったんだ?
アルフォートは少し間を置いて続けた。
「その人物は幼少期からシュナイダーを見ていて、可哀想に思い、よく相談に乗っていたそうだ。シュナイダーは祖父の執拗な教育や、それを見て見ぬふりをする両親、特に父親への不満をよく口にしていたという」
アルフォートはアーシェをちらりと見た。
「ただ、母親は祖父がいないときにはシュナイダーを甘やかし、よく部屋で本を読んであげていたらしい」
「昔は、普通の子供だったってことか」
「ああ。よその子と遊びたがっていたし、犬も可愛がっていた。母親には甘えていた。ただ、ずば抜けて賢かったとも言っていた」
あのシュナイダーにも、そんな時代があったのか。
俺が知っているのは、魔人の力を利用し、人を生贄に捧げていた男だ。
そんな男にも、母親に甘えていた過去がある。
アルフォートはアーシェに目を向け、再び部屋を出るよう合図を送った。
しかし、アーシェは首を横に振った。
アルフォートは仕方なさそうに話を続けた。
「シュナイダーの母親は、私の母の妹なんだ。つまり、私とシュナイダーには血縁関係がある。もちろん、アーシェともだ。だから、シュナイダーが訪ねてきたときも、不思議ではなかった」
アーシェは何も言わず、手の中のレッドアニマに目を落とした。
アルフォートは少し間を置いた。
「ここからは憶測だが、アーシェの持つレッドアニマを力ずくで奪わなかったのは、母親の面影を見たからなのかもしれない」
母親の面影か……。
だが、それだけでシュナイダーのしたことが許されるわけじゃない。
それでも、あいつが何を考えていたのか、少しだけ気になった。
アルフォートはそこまで話すと、今度は俺がここへ運ばれた経緯を説明してくれた。
俺も、シュナイダーとの戦いから、祖父に化けていたマルク、そしてデストモーデスのことまで話した。
嘘みたいな話だが、アルフォートはすんなりと信じてくれた。
話が終わると、身体に障るからと、アーシェを連れて部屋を出ていった。
そのとき、アーシェに付いていた名前が、スッと消えていった。
(……消えた?)
まだ魔人の件は未解決だが……。
シュナイダーの物語は、幕が下りたってわけか。
さて、俺は丸三日眠っていたらしい。
三日か……。
セルフィが心配しているはずだ。マッケンとの約束もある。すぐに帰らないとな。
次は、カールとセルフィの物語があるはずだ。
その前に、ステータスの確認だ。
まずはカールから。
【カール】【種族 ーー】
【レベル 10】
【職業 死者】
【スキル 魂の導き】
レベルが少し上がっている。
ん? 何か前に見たときと違っていないか?
職業は冒険者だったはずだが……。
亡くなってすぐだったからか、それとも何か別の理由があるのかもしれない。
『死者』という文字を見て、カールが亡くなっていることを改めて実感した。
(カール……身体と、この世界の記憶を使わせてもらっている。その恩は必ず返す。だから、セルフィのことは俺に任せろ)
しかし、スキルもなかったはずだ。
魂の導き……。
カールが死者であることと、何か関係があるのか?
今は考えても仕方ない。
次は俺、翔太だ。
【翔太】【種族 異世界人】
【レベル 10】【職業 転生者】
【スキル 主演 12%】
ずいぶんレベルが上がっているな。
シュナイダーとの戦闘を思い返す。
結局、デストモーデスは倒せなかった。どこかへ消えてしまっただけだ。
アーシェの名前とスポットライトが消えたから、結果オーライとするしかないか。
主演12%……うーむ。
結局、レベルが上がったからなのか、物語が進んだからなのかは、分からずじまいだな。
*
王都から調査隊がこちらへ向かっているらしい。
新たな領主が決まるまでは、シュナイダーと血縁関係にあるアルフォートとアーシェ、グレンが屋敷に住めるようだ。
俺は馬車に揺られ、カールの家まで帰ってきた。
セルフィが待っていたら……。
そう考えると、カールの記憶を通してなのか、胸が重くなった。
よし、思い切って家のドアを開けよう。
だが、そこには誰もいなかった。
テーブルの上には、数日分のパンが置かれていた。
ベッドに腰掛け、そのパンを見つめる。
俺が帰ってくるまで、こうして届けてくれていたのか。
なぜだろう。胸が締め付けられる。
ふと、マッケンの話を思い出した。
セルフィに縁談の話が来ている。
だが、その話はカールの記憶にはなかった。
カールはどう思っていたのだろう。
セルフィに聞くわけにもいかないな。
とにかく、セルフィの家のパン屋へ行って、無事を知らせるか。
パン屋の近くまで来ると、店は繁盛しているようだった。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが、辺りに漂っている。
店の様子を少し離れた場所から眺めていると、背後から声をかけられた。
「カール坊じゃないか。こんなところに突っ立って。セルフィなら中だよ」
振り返ると、恰幅のいい元気そうな女性が立っていた。
セルフィの母親だ。
「早く行ってあげな。あんたが帰ってこないって、心配で寝てないんだよ。行かないなら、もう娘には会わないでほしいね」
「それって、どういう意味ですか?」
パァン!
突然、肩を叩かれた。
「何言ってんだい。分かってるだろ。私はあの子が幸せなら、どっちだっていいんだけどね。あんたのことは昔から知ってるから、景気付けさ!」
そう言うと、母親は店の方へ歩いていった。
俺は肩に走る激痛を必死に抑えながら、その背中を見つめた。
……痛い。
あの母親、見た目以上に力があるな。
店が落ち着いてから行くか。
そう自分に言い訳しながら、近くで時間を潰していると、セルフィが店から飛び出してきた。
こちらを見つけるなり、走ってくる。
その瞬間、セルフィの頭上に名前が現れ、スポットライトが彼女を照らした。
【セルフィ】
自宅のパン屋で働く女性。カールの返事を待つが、不安を抱えている。
「カール! 無事だったの? 無理しないって約束したじゃない! どこに行ってたの!」
セルフィにまくし立てられ、少しムッとした。
だが、その目に浮かぶ涙を見ると、胸が痛んだ。
「すまない。急な用件があって、連絡さえできなかった」
「パン、届けてくれたんだね。ありがとう」
セルフィは少し俯いた。
「……それだけなの? ほかに何かないの?」
どうすればいい?
ここは抱きしめて、「俺のところに来い」とでも言えばいいのだろうか。
いや、違う。
カールを演じることはできても、気持ちまでカールになれるわけじゃない。
「いや、元気な姿を見せに来ただけだから」
セルフィは俺の目をじっと見つめた。
何かを言いかけたが、そのまま口を閉じる。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、セルフィは決意したように顔を上げた。
その瞳は、まっすぐ俺を見据えていた。
「……あなた、誰なの? 本当のカールはどこに行ったの?」




