魔人の力
シュナイダーの頭の両側から伸びた二本の角が、完全にその姿を現した。
「ウオオオオオッ!」
天井に向かって放たれた雄叫びとともに、膨れ上がっていた赤いオーラが一気に解き放たれた。
地下室が激しく揺れる。
押し寄せる圧力に身体が浮きかけ、俺は足を踏ん張って剣を構え直した。
やがて、荒れ狂っていた赤いオーラが静まっていく。
その中心に、シュナイダーが立っていた。
姿はさほど変わっていない。だが、そこにいるのは、もはや先ほどまでの男ではなかった。
額を汗が伝う。
剣を握る手に、自然と力が入った。
「シュナイダー、悪魔に魂を売り渡してまで、何を欲しがる?」
*
シュナイダー自身も、己の変化に驚いていた。
(これが……魔人になるということか)
身体の奥から、際限なく力が湧き上がってくる。
それでいて、心は不思議なほど静かだった。高揚するどころか、以前よりも冷静に物事を考えられる。
目の前の冒険者を見据え、シュナイダーは口を開いた。
「この国の主人になるつもりでいたが……小さなことだったな」
手にしていた剣を投げ捨て、悠然と腕を組む。
「貴様には悪いが、ここまでだ。もはや誰にも、この私を止めることはできん」
その言葉が終わると同時に、シュナイダーの姿が消えた。
*
――ズヒュンッ!
何が起きたのか分からなかった。
気づいたときには、俺の身体が天井に叩きつけられていた。
石片が飛び散り、舞い上がった粉塵が視界を塞ぐ。
「ぐはっ……!」
意識が飛びかけた。強化された身体でなければ、今ので終わっていただろう。
速すぎる。目で追うことすらできなかった。
「くそっ……攻めるしかない!」
俺は天井を蹴り、落下しながら両手をシュナイダーに向けた。
「フルバーストライトニング!」
両手から放たれた無数の稲妻が、巨大な渦を巻いてシュナイダーへ殺到する。
だが、シュナイダーは避けようともしなかった。
両手を前に突き出す。
途端に空気が震え、その手から身体をはるかに上回る巨大なエネルギーの塊が放たれた。
床の石材を捲り上げながら、稲妻へと突き進む。
激突した瞬間、俺の魔法が押し返された。
いや、違う。
稲妻が、次々と飲み込まれている。
「うそだろ!?」
巨大なエネルギーは勢いを失うことなく、俺に向かって迫ってきた。
空中では逃げ場がない。
俺は咄嗟に剣を地面へ向けて振り抜いた。
「スラッシュ!」
斬撃を放った反動で身体の軌道を変える。
直後、すぐ脇を巨大なエネルギーが通過した。
背後で轟音が響き、砕けた石が降り注ぐ。
着地して振り返ると、床が大きく抉れていた。
まともに受けていたら、ひとたまりもない。
「魔法が駄目なら、こいつだ!」
地面を蹴った。
「神道流無双斬り!」
剣が赤く燃え上がり、俺の身体が残像を引いて加速する。
虎が獲物へ飛びかかるような斬撃を、シュナイダーめがけて振り下ろした。
だが――。
ガシッ!
刃が止まった。
シュナイダーが、剣を素手で掴んでいた。
「なっ!?」
振りほどく間もなく、身体が宙に浮く。
シュナイダーは剣を掴んだまま俺を振り回し、壁に向かって放り投げた。
剣が手から離れ、背中に凄まじい衝撃が走る。
「がはっ!」
壁に叩きつけられた俺の目の前で、シュナイダーが奪った剣を持ち上げた。
ミシッ……。
刃が歪み、細かなひびが広がっていく。
バキンッ!
次の瞬間、剣は粉々に砕け散った。
「所詮、勇者といえど、魔人の力の前ではこんなものか。そろそろ終いにするとしよう」
砕けた刃が床に散らばる。
こんな奴が街に出たら、全滅だ。
俺は立ち上がり、両手を大きく広げた。
「フルバーストライトニング・ダブル!」
左右の手から、それぞれ凄まじい稲妻が迸った。
青白い閃光が地下室を埋め尽くす。
「ぐあっ!」
両手のひらに焼けつくような痛みが走った。
皮膚が焼け爛れ、肉の焦げる臭いが鼻を刺す。
それでも両手を下ろさなかった。
二つの稲妻が空中で合流し、巨大な雷となってシュナイダーへ突き進む。
「チッ、まだ抗うのか」
シュナイダーは再び両手を突き出した。
先ほどと同じ巨大なエネルギーが放たれる。
雷とエネルギーが正面からぶつかった。
またしても、稲妻が飲み込まれていく。
だが、今度は違った。
後から押し寄せる雷がエネルギーの中心へ食い込み、互いの力を削り始めた。
バチバチッ!
青白い閃光が弾け、衝突地点の床に亀裂が走る。
「いっけえええッ!」
次の瞬間、地下室を揺るがす轟音が響いた。
二つの力が弾け、跡形もなく消滅する。
俺は荒い息を吐いた。
相殺できた。
だが、両手のひらは真っ赤に焼け爛れている。指を曲げるだけで激痛が走った。
それでも、わずかに希望が見えた。
「まだだ! まだ終わらせない!」
床に落ちている二本の剣が目に入った。
兵士長の剣と、シュナイダーが投げ捨てた剣だ。
まずは兵士長の剣を拾い上げる。
「バーストアタック!」
一歩踏み込み、蒼い斬撃を放った。
「バーストアタック!」
さらに踏み込み、間髪入れずに二撃目を繰り出す。
シュナイダーは両腕を振るい、斬撃を次々と払い除けた。
蒼い光が砕け、その腕に火傷のような痕が残る。
シュナイダーの身体に赤いオーラがまとわりつき、足元の床に細かな亀裂が走った。
俺はその隙に、もう一本の剣を拾い上げた。
両手に一本ずつ。
二刀流の構えを取る。
焼け爛れた手のひらが柄に触れ、思わず顔が歪んだ。
指先が震える。握り続けるだけでも限界が近い。
「こんちくしょー! 神道流無双斬り!」
歯を食いしばって地面を蹴った。
二本の剣が左右に閃き、無数の残像を描く。
まるで二頭の虎が咆哮を上げるように、斬撃が左右からシュナイダーへ襲いかかった。
シュナイダーは後方へ跳び退いた。
だが、斬撃は逃さない。
咄嗟に両腕を交差させ、迫る刃を受け止めた。
ザシュッ!
両腕に新たな傷が刻まれる。
先ほどの火傷と重なり、赤い血が腕を伝った。
シュナイダーの表情から、わずかに余裕が消えた。
「訂正しよう、勇者よ。少しはやれるようだな」
赤いオーラが再び膨れ上がる。
シュナイダーは距離を取ると、両手を広げた。
まずい。またあれが来る!
巨大なエネルギーが放たれる。
両手じゃ間に合わない。
俺は咄嗟に片手を突き出した。
「フルバーストライトニング!」
焼け爛れた手のひらに激痛が走る。
放たれた稲妻が渦を巻き、迫り来るエネルギーに正面からぶつかった。
激しい閃光。
だが、今度は押し負けなかった。
稲妻とエネルギーは互いを削り合い、そのまま消滅した。
片手だった。
それなのに、相殺できた。
奴が疲れてきたのか。それとも、勇者の力が上がっているのか。
どちらにせよ、今なら――。
シュナイダーの姿が消えた。
「しまっ――!」
気づいたときには、すでに目の前にいた。
迫る拳を、かろうじて剣の柄で受け止める。
ガキンッ!
衝撃で身体が弾き飛ばされた。
だが、シュナイダーはすぐさま間合いを詰めてくる。
「終わりだ!」
鋭い蹴りが迫った。
俺は咄嗟に片方の剣を突き出した。
ザシュッ!
刃がシュナイダーの左足に深く突き刺さる。
「ぐっ……!」
シュナイダーの動きが止まった。
奴は自分の足に刺さった剣を見下ろし、困惑したように眉をひそめた。
そして、刃を一気に引き抜いた。
ブンッ!
剣を振ると、付着していた血が床に飛び散った。
シュナイダーは何事もなかったかのように剣を握り直す。
痛くないのか? それとも、平然を装っているだけなのか。
だが、あれだけ傷つけたんだ。動きには必ず影響があるはずだ。
俺は腰の布袋を引き裂き、残った剣の柄と手をきつく縛りつけた。
演じるだけでは、駄目なのか?本物の勇者じゃないと......。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
今は俺が勇者だ。最後までやり遂げる。
もう握力は当てにならない。次が最後かもしれない。だから。
全身のオーラを限界まで高め、空いた手を突き出す。
「喰らえー! フェニックスアロー!」
無数の炎の矢が放たれ、シュナイダーへ殺到した。
シュナイダーは剣を振るい、次々と炎の矢を薙ぎ払う。
火の粉が舞い、赤いオーラがその身体を包み込んだ。
今だ!
俺は地面を蹴った。
「神道流無双斬り!」
一頭の虎が咆哮を上げるような斬撃が、シュナイダーの左側から襲いかかる。
シュナイダーは即座に反応し、剣を合わせようとした。
だが、その瞬間――。
ガクンッ!
左膝が崩れ、床についた。
「なっ!?」
足の傷だ。
崩れた体勢を立て直そうとするが、剣の軌道がわずかに逸れる。
その隙を逃さず、俺は剣を振り抜いた。
ザシュッ!
刃がシュナイダーの肩を斬り裂く。
「ぐあっ!」
シュナイダーは肩を押さえ、よろめきながら距離を取った。
先ほどまでの余裕は消え、その顔には焦りが浮かんでいる。
よし、もう一息だ。
奴は確実に弱っている。
だが、俺の手にも限界が来ていた。
もはや剣を握る力は残っていない。布に縛りつけられた剣が、手の先で重く垂れ下がっている。
それでも、あと一撃。
そう思ったときだった。
シュナイダーが突然、両手で頭を押さえた。
「ぐっ……ぐあああああッ!」
身体を折り曲げ、苦しげに叫ぶ。
その声が、地下室に響き渡った。
読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




