勇者の力
祭壇のような物の奥に、部屋が見える。
(めちゃくちゃヤバそうだけど……)
こんなところで、わざわざ鶏肉を捌いたりしないよな。帰ってこない使用人たちの血と肉である可能性が高いはずだ。
(異世界の主人公といえば勇者だ。勇者がこんなものを見て、何もせずに帰るなんてないよな……)
剣を構え、奥の部屋に向かって慎重に進んでいく。扉の前に立つと、その奥から男たちの声が聞こえてきた。
「シュナイダーの奴は、何を悠長にあの小娘が十六歳になるまで待つと言っているのだ。その間に生贄がいなくなってしまうぞ。もう、使用人たちの件も噂になり始めている」
「まだ王都にバレるわけにはいかんからのう」
「代わりの兵を募集しています。すでに新人を何名か、この砦の警護に就かせています。順番に休暇を取らせるようにしていますので」
「はっはっは! 永遠の休暇か。よく思いついたな。当面はそれで凌げるな」
(なんじゃ、この悪の巣窟は。ゲームか? 役者の世界じゃないか)
(……やるしかない。さすがに、このまま放ってはおけない)
主役を演じてやる。
剣を構え直し、扉を一気に開いた。
「そこまでだ! お前たちの悪行は聞かせてもらった。素直に投降しろ!」
「なにっ! まさか、王都から憲兵が来たのか! なぜここが分かった!」
男の一人が剣を抜き、前に出てきた。
「奴は一人のようです。始末してしまえば、分からないはずです」
俺は剣先を下に向け、下段に構えた。即興芝居はお手のものだ。
「バカはお前たちだ。俺一人でここまで来るわけないだろ。この砦はすでに憲兵が包囲している。兵士が憲兵に逆らうわけにはいかないだろう?」
男は一瞬たじろぎ、剣を下ろしかけた。そのとき、もう一人の白髪の男が口を開いた。
「憲兵の突撃隊が、こんな若造のはずがない。格好も安物だ」
白髪の男は、剣を持つ男に命じた。
「兵士長、やってしまえ」
さらに、こちらを見据えて続ける。
「仮に本物だとしても、計画が少し早まっただけだ。レッドアニマはこちらにある。大丈夫だ」
兵士長は再び剣を構え直し、こちらへ向かってきた。
(ヤッバ! 兵士長って強いのか? ええい、仕方ない!)
そのときだった。突然、目の前に文字が浮かび上がった。
【名前】カルツ
【役職】ウォールの兵士長
【人物】野心家だが小心者。剣技は兵士の中では随一。
【名前】カーツ・マルク
【関係】シュナイダーの祖父
【人物】王都転覆を狙い、シュナイダーをそそのかした人物。
次の瞬間、三人をスポットライトが照らした。
(今この瞬間、この三人の物語が始まったのか?)
身体が急に熱くなり、内側から燃え上がるような感覚が広がっていく。
【スキル『主演』発動――戦闘バージョン】
【ステータス上昇】
STR:100
AGI:120
MAG:200
MP:∞
【スキル解放】
スラッシュ
バーストアタック
神道流無双斬り
【魔法習得】
フェニックスアロー
フルバーストライトニング
俺の周囲に、蒼いオーラが輝き始めた。身体の奥底から力が湧き上がり、剣を握る手にまで伝わってくる。
(これが『主演』……今回は勇者か)
兵士長は蒼いオーラに包まれた俺を見て、動きを止めた。
「オ、オーラが見える……。こんな相手に戦って勝てるわけがない……!」
兵士長は剣を下ろし、後ずさった。
「こいつは本物の王都の将軍……いや、噂の勇者だ!」
(この世界には、本物の勇者が存在するのか)
「ええい、使えん奴だ! 邪魔だ!」
マルクが兵士長の背後から片手を突き出した。
「二人とも消し飛べ! ダークネス!」
その手のひらに黒い光が集まり、一気に放たれた。黒い魔法は兵士長を弾き飛ばし、そのまま俺に向かって迫ってくる。
俺は剣を軽く振り抜いた。蒼い光をまとった刃が黒い魔法を捉え、弾き返す。
跳ね返された魔法は壁に激突し、黒い煙を上げて消えた。
俺は剣を構え直し、マルクに向かって歩き出した。
「もう後がないぞ、カーツ・マルク」
「……仕方ない。ここまでのようだな。お前の顔、しかと見た。覚えておくぞ」
マルクはローブを脱ぎ捨てた。次の瞬間、背中が裂け、そこから大きな翼が飛び出した。
人間の皮がずるりと滑り落ち、その内側から悪魔のような姿が現れる。
悪魔は翼を大きく広げ、床を蹴って空中へ浮かび上がった。そのまま階段へ向かって飛んでいく。
俺が追いかけようとした、その瞬間――。
「ぎゃああああっ!」
凄まじい悲鳴とともに、悪魔がこちらへ吹き飛んできた。床に叩きつけられ、そのまま転がっていく。
下半身は失われ、断ち切られた胴体から紫色の血が噴き出していた。
階段の方へ目を向ける。そこには、剣を片手にしたシュナイダーが立っていた。
【シュナイダー】
ウォールの領主
その身に魔人を宿す。非情な人物
(前は見えなかった文字が見えるようになっていた)
刃先から紫色の血が滴り落ちている。シュナイダーは剣を軽く振り、血を払い落とした。
悪魔は苦痛に顔を歪めながら、シュナイダーを睨みつけた。
「貴様……何をした! 裏切ったのか! ぐああっ……! これほどの力を、いつから……」
「ふん……祖父に化けて俺をそそのかしていたことなど、最初から知っていたわ。下賤な悪魔め」
シュナイダーは倒れている悪魔を見下ろした。
「だが、力を得られるというのなら、利用しない手はない。だから、あえて受け入れてやったのだ」
悪魔が何かを言おうとしたが、シュナイダーは構わず続けた。
「ちょうど用済みだと思っていたところに、その汚らしい姿で現れおって……」
シュナイダーは笑いながら、悪魔に片手をかざした。その手から炎が噴き出し、悪魔の身体を包み込む。
「ぐああああっ!」
炎の中で悪魔がもがき苦しむ。
「はははっ! 消えてなくなれ、穢らわしいカーツの亡霊が!」
やがて悲鳴が途絶え、悪魔は動かなくなった。
シュナイダーは燃え尽きた悪魔には目もくれず、俺に剣を向けた。
「冒険者風情が、黙って褒美だけ受け取っておけばいいものを。死にたいらしいな、下民が」
俺は余裕の笑みを浮かべ、剣先を向けた。
「貴様の悪行はすべて分かっている。このカールが必ず倒す!」
「くらえ、バーストアタック!」
全身を包む蒼いオーラが、いっそう輝きを増した。剣を高く掲げると、蒼い光が刃に集まっていく。
俺は一気に振り抜いた。
剣から放たれた蒼い斬撃が、床を削りながらシュナイダーへと迫る。
「なっ!?」
シュナイダーは咄嗟に横へ跳んだ。斬撃がその脇を通り抜け、背後の石壁に激突する。
轟音とともに壁が砕け、石片が飛び散った。
「遅い!」
シュナイダーが着地するよりも早く、俺はその横へ回り込んでいた。
「なにっ!?」
踏み込んだ勢いのまま、脇腹を蹴り上げる。
「ぐああっ!」
シュナイダーの身体が宙へ浮いた。俺は間髪入れずに手のひらを向ける。
「いけー! フェニックスアロー!」
手のひらに赤い魔法陣が浮かび上がった。そこから無数の炎の矢が放たれ、宙に浮いたシュナイダーへと降り注ぐ。
一本、二本、三本。
炎の矢が次々と身体に命中し、空中に火花が散った。
「ぐああああっ!」
最後の一矢が胸元で炸裂し、シュナイダーは勢いよく床に叩きつけられた。
俺は剣を肩に担ぎ、倒れたシュナイダーを見下ろした。
「どうした? 威勢の割には、こんなものか」
土煙の向こうで、何かが動いた。シュナイダーだ。
血を吐きながら剣を床に突き立て、その剣を支えにゆっくりと立ち上がる。身体には炎の矢による傷が残り、足元には血が滴っていた。
「き、貴様……何者だ。ただの冒険者ではないな。王都の勇者か……?」
シュナイダーは荒い息を吐きながら、俺を睨みつけた。しかし、その口元がゆっくりと歪んでいく。
「レッドアニマはないが……仕方あるまい。このままでは勝てぬか」
シュナイダーは床に突き立てた剣を引き抜いた。
「魔人の力、見せてやる!」
その刃を自らの手のひらに押し当て、十字の傷を刻んだ。流れ出した血を啜り上げる。
次の瞬間、シュナイダーの身体から赤い炎が噴き上がった。
炎が渦を巻き、周囲の空気が激しく揺らぎ始める。
シュナイダーの顔色がみるみる変わり、額の左右から大きな角が突き出してくる。身体を包む赤いオーラが、さらに膨れ上がった。
その圧力に押されるように、床に散らばっていた石片が周囲へ弾き飛ばされる。
赤いオーラは、すでに俺の蒼いオーラをはるかに上回っていた。
俺は剣を構え直し、シュナイダーをまっすぐ見据えた。
そして――次の瞬間。




